第十二話 悪夢の終わり
ザクロの顔に、初めて動揺の色が広がる。
「驚きましたわ。まさか、貴女が影闘士になるなんて……」
左目が緑色に変わった佳奈はザクロを睨み、今まででは想像出来ないような強い声で言った。
「『目の前に助けを求めている人がいたら、その人を必ず助けてあげてね』。そう最期に言われました。だから……だから今、ここで悪夢を終わらせます!」
佳奈は深緑色の拳銃を構えて、ザクロに向かって駆け出した。
「初心者の影闘士など、すぐに片付けて差し上げますわ!」
ザクロが佳奈に影鬼を召喚しようとした時、振り上げた左腕が焼き切られる。失血で青白い顔をした結羽が、双剣で切断したのだ。
「深手を負いながら、まだ動けるなんて―――っ!」
ザクロの一瞬の隙を突いた佳奈は、拳銃でその体を撃ち抜く。ザクロの体はすぐに灰になり、影世界が消滅して元の場所に戻っていた。
「ゆ、結羽さん!」
佳奈は結羽のもとに駆け寄った。壁に寄りかかっている結羽の腹部からは、出血が止まらず、彼女の顔は更に青白くなっていく。
「どうしよう……この近くに病院なんて……」
おろおろする佳奈の背後から、誰かが近づいてくる。そして、佳奈に声をかけた。
「おい」
佳奈が驚いて後ろを振り向くと、そこには拓士がいた。
「拓士さん!? どうしてここに?」
拓士は佳奈の問いには答えず、結羽に近づくと、影闘士の力で傷を凍らせていく。
「とりあえずこれで何とかなるか……」
拓士はそう呟くと、結羽を抱きかかえて歩き出した。拓士の思いもよらない行動に佳奈は瞠目する。
「え……? ど、どこに行くんですか!」
「病院に決まってるだろ」
「この近くにあるんですか?」
「ある」
一瞬の沈黙が降りた後、佳奈は拓士に問う。
「……結羽さん、助かりますよね」
「……助かるに決まってるだろ」
そして病院に着くまでの間、二人の間に会話は全くなく、どちらも無言だった。
やがて、病院というには少しこじんまりとした建物の前に辿り着いた。拓士は玄関の横にあるインターホンを押す。
すると、インターホンのマイク部分から女性の声が聞こえてきた。
『はい。ちょっと待っててね』
足音が聞こえてきたと思ったら、少し大きめの玄関のドアが開き、黒髪を後ろで結んでいる白衣の女性がいた。女性は拓士に抱えられた結羽を見る。
「結羽ちゃん、また怪我しちゃったのね。拓士君、結羽ちゃんを病室のベッドに寝かせおいて」
「はい」
女性はそのままどこかに行ってしまい、拓士は病室に入っていく。佳奈は一瞬、どうしようか迷ったが、拓士について行って病室に入った。
拓士が結羽を真っ白な病室のベッドに横たわらせるとほぼ同時に、少し音を立てて病室の扉が開いて、先程の女性が入ってくる。その手には、包帯とパジャマがある。
「治療するからこれ、持っていてくれない?」
「は、はい!」
佳奈は女性に話かけられたことに驚きつつも、返事をして渡された包帯とパジャマを持つ。するとその直後、女性の左目が水色に変わり、空色の杖が召喚されて、結羽の傷口に杖を当てる。
闘う時とは違う、優しい魔力が発せられ、少しずつ傷口が塞がっているように見える。
半分くらい傷口が塞がった時、女性は杖を消す。
女性の額には汗が滲んでいる。見た目より、多くの魔力を使うようだ。
「結羽ちゃんをパジャマに着替えさせるから、手伝って」
女性がそう言った途端、拓士は病室の外へ出てしまう。
「あれ? 拓士さん?」
不思議そうな佳奈に対し、女性はくすりと笑う。
「結羽ちゃんに気を遣っているのよ」
女性は傷口に包帯を巻き、佳奈は結羽を私服からパジャマに着替えさせる。
「ありがとう。おかげで助かったわ」
女性が佳奈に向けて笑みを浮かべる。結羽の着替えが終わったことを察したのか、拓士が病室に入ってきて、頭を下げる
「心美さん、ありがとうございました」
そしてすぐに病室から出ていった。
この人は、心美さんというのか。
病室から出て行こうとする心美に、佳奈もお礼を言う。
「結羽さんを助けていただき、ありがとうございました」
「そういえば、貴女の名前を聞いてなかったわね。名前は何ていうの?」
佳奈は少し恥ずかしそうに微笑みながら答えた。
「柳佳奈です」