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影闘士 ―Shadow Slayer―  作者: 玉子川ペン子
第五章
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第百二十四話 回想:不要な感情

 スターチスが結羽の母、アイビーと出会ったのは、約五百年前。数百年の周期を経て、新たな神として誕生した時だった。スターチスは闇の神、アイビーは光の神として誕生した。二人の他にも神は誕生していて、命の管理人としての役割を担うことになった。

 闇の神であったスターチスは、人々の世界に降り立つ前から、持っていたものがあった。それは恋愛感情だった。地上に降り立つ前には、備わっていないはずのものが、スターチスにあったのだ。それは彼が神の誰にも恋心を抱かなければ、誰もが知ることはなかった。だが、スターチスは時を同じくして誕生したアイビーに恋心を抱いてしまったのだ。

 いわゆる一目惚れというものだった。神として誕生し、光の神であるアイビーの姿を見て、スターチスは一瞬で恋に落ちてしまった。

 命の管理人としての役割を担っている間、神の心には意図的に恋愛感情が欠如している。神を地上に降ろす理由として、人々と結ばれ、神の血を引く子孫を増やし、人々の平均寿命を延ばすことが挙げられる。だから、神と神が結ばれても、人々の寿命が延びるわけではないので、ならば最初から、ここにいる時はそれが欠けるようにしようとなったのだ。

 他の神からしてみれば、スターチスは異端だった。ないはずのものがあって、アイビーに恋心を抱き、好意を寄せる姿は、異様な光景に映っていた。無論、アイビーもスターチスから向けられる感情に戸惑っていた。

「申し訳ありません。私にはあなたの感情が分かりません」

 淡々と告げられる言葉に、スターチスは驚きを隠せなかった。

「アイビー。俺はお前を愛しているのだ。それの何が分からないんだ?」

「その“アイシテイル”というものが分からないのです」

 スターチスはそこで初めて、アイビーに恋愛感情がないことに気づいた。おそらく、他の神もそうで、自分だけが持っているのだと。それで諦められたら、どれほど良かっただろうか。だが、スターチスは諦めきれなかった。

 毎日のようにアイビーに愛をささやくスターチスに、ついに彼らを統べる神が動いた。火、水、風、地、光、闇の神全てを統べ、公平さを司る名もなき神は、スターチスとアイビーのどちらを封印するか迷った。

 スターチスを封印する場合、アイビーが地上に降り立った後に封印を解く。その後、アイビーがいないことに気づいたスターチスはおそらく、アイビーを追いかけるだろう。それでは封印した意味がない。ならば封印するべき者は、アイビーの方だ。

「―――分かりました。封印処置の件、承りました」

 アイビーからの了承を得て、名もなき神は、アイビーを封印した。そのことをスターチスが知ったのは、翌日のことだった。

「―――アイビーは封印処置した。これでお前も彼女を愛することはあるまい」

 名もなき神から告げられた言葉を、スターチスはすぐに理解出来なかった。それを知ってか知らずか、名もなき神は更に続ける。

「彼女の存在が無ければ、不要な感情で己を苦しめることもないだろう」

 不要な感情。恋愛感情が不要だというのか。それに、自分は恋愛感情(それ)で苦しみを感じたことなど、一度もない。

「……どうして。どうして俺はアイビーを愛してはいけないのですか!」

 ようやく発した問いに、名もなき神は淡々と答えた。

「その感情が異端なのだ。神は神を愛する為に生まれたわけではない」

 その言葉にスターチスは絶望した。アイビーを愛することを全否定されたのと同義だった。自分のせいでアイビーは、何も悪くないのに、その身を封印された。

 悲しみと憎しみと苦しみと、多くの負の感情がない交ぜになったスターチスに、名もなき神は、いっそ優しげに告げる。

「光の神、アイビーの封印を解きたければ、地上に降り立ち、ヒトとの間に子を成せ。さすれば、後はお前の望み通り、アイビーを愛することを許そう」

 それは、スターチスの望んでいたことだった。たった今否定されたことを、その条件を達成すれば、許されるのだ。だが。

 分かっていた。これは名もなき神が地上の者達の寿命を延ばす為に、自分を利用しようとしていることは。だが、たとえ利用されているのだとしても、アイビーの封印を解き、再び愛することを許されるのであれば、それでも構わないと思ってしまった。

「―――――分かりました」

 全てを飲み込み、受け入れた言葉に、名もなき神は満足そうに笑った。


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