第百二十話 望まない結末
リナリアが目を覚ました時、最初に目に入ってきたのは、スターチスだった。リナリアが目を覚ましたことに気づいたスターチスは、ほっとしたように微笑む。
「……良かった。気が付いたか」
「……スターチス様……」
ぼんやりとした頭のまま、リナリアが口を開くと、スターチスは愛おしそうに彼女の頭を撫でた。
リナリアはそんなスターチスをぼんやりと見つめたまま、考える。自分はどうして今、ベッドで横になっているのだろう。確か、影世界に誰かを引きずり込んだのだ。それは、誰か。
―――結羽!
白髪の影闘士の言葉が蘇り、リナリアは思い出した。霞みがかっていた意識がはっきりとする。そうだ。自分はもう一度彼らに会う為に、傷つきながらも闘って、やっと彼らに会えたのだ。だが、最悪の状況でスターチスが来てしまったのだ。
「……あの影闘士達は?」
リナリアは恐る恐るスターチスに尋ねると、スターチスは微笑んだまま答えた。
「あの影闘士達は始末しておいた。もう、お前を傷つける奴はいない。安心しろ」
スターチスの言葉にリナリアは絶句した。彼らは殺されてしまったのか? 彼らは今まで自分が闘った影闘士の中では最も強かった。だが、きっとスターチスには到底敵わないだろう。
「そう、ですか……」
力の入らない喉を振り絞って、何とかそれだけ言った。
気を紛らわせようと、スターチスから貰った髪飾りに手で触れようとする。だが、あるはずの場所にない。近くに置いてあるわけでもないようだし、スターチスが預かっているというわけでもなさそうだ。どこかで落としたのだろうか。
視線をせわしなく彷徨わせているリナリアに、スターチスが問う。
「どうかしたか?」
「……スターチス様から頂いた髪飾りを、どこかに落としてしまったみたいで……。申し訳ありません……」
謝るリナリアにスターチスは優しく微笑む。
「気にすることはない。また新しい髪飾りを用意しよう」
「……ありがとうございます」
そう言ってリナリアは何とか笑みを作る。口元に力を入れなければ、その顔はたちまち悲しみに歪みそうだった。
それからしばらくして、リナリアはゆっくりと瞬きを繰り返し始めた。
「眠いのか?」
そんなリナリアの様子に気づき、スターチスが問うと、リナリアは頷く。スターチスは微笑み、彼女の頭を優しく撫でる。
「まだ傷も癒えていない。ゆっくり休むといい」
「……はい」
リナリアはそう返事をして目を閉じる。数分後、スターチスの気配が消えて、リナリアは静かに目を開けた。眠いというのは嘘だ。眠いふりをしただけだった。自分が眠れば、スターチスはきっと、気を遣ってこの影世界から出るだろうと考えたのだ。
つまり、今はこの場所に自分一人だ。誰の目もない今なら、何をしてもかまわない。
リナリアは不可視の空間を創る。この中であれば、どれだけ大きな音を出しても、スターチスは気づかない。たとえ大きな声でむせび泣いたとしても。
リナリアの瞳から雫が一つ零れ落ちた。そしてまた落ちる。最初は雫が落ちる微かな音だけが聞こえていたが、やがてそこに嗚咽が混じる。その嗚咽も、小さかったものが次第に大きくなっていった。
「……っ」
自分はただ、彼らに会いたかっただけだった。影操者になる前の過去の自分を知っている彼らと会って、話をしたかっただけなのだ。こんな結末は望んでいない。
「―――――っ!」
リナリアは叫んだ。誰にも聞かれることのない、どこにもぶつけることの出来ない怒りと悲しみと、絶望を叫んだ。
やがて不可視の空間が消え、泣き腫らした瞳のリナリアがベッドに座っていた。もう自分は、スターチスと共にはいられない。影操者でいたくない。過去を忘れた自分なんて、いらない。
まだ痛む体に力を込めて、ベッドから立ち上がる。ふらつく足で歩き出す。影操者は自死できない。だから、誰かに殺してもらおう。影鬼でも、影闘士でもいい。スターチスが戻ってくる前に、自分の命を絶つために。
リナリアが別の影世界に行こうとした時、誰かがこちらに来る気配がした。スターチスが戻ってきてしまったのだろうか。今が唯一のチャンスだったかもしれないのに。だが、リナリアの目の前に現れたのは、スターチスではなかった。現れた者達の姿を見て、リナリアは瞠目する。
「……うそ……」
そこには、スターチスに殺されたはずの、拓士達がいた。