第十一話 悪夢の始まり
私の目の前で一週間に一回、必ず誰かが死ぬ。
佳奈が違和感に気づいたのは、中学生になってからだ。
ある日の月曜日、目の前で猫が車にはねられた。
次の週の木曜日、目の前で老婆が倒壊した建物の下敷きになった。
さらに次の週の火曜日、目の前で男性がビルの上から落下してきた。
そんな事が一週間に一回、必ず起こっていた。
佳奈は怖くなって、通学路を変えたり、休日はどこにも行かないようにしたりしたが、全く意味が無かった。
ある日、そんな事があって悩んでいると姉に話した。姉は、今にも泣きそうな顔をした佳奈の手首に、白い紐をより合わせたミサンガのようなものをつける。そして、佳奈ににっこりと笑いかけた。
「もう大丈夫。これで、佳奈の目の前で誰も死なないよ」
そんな姉につられて佳奈もにっこりと笑った。
姉には霊感があるらしく、厄除けの類いをしてくれたのだと佳奈は思った。
それから、しばらくの間は佳奈の目の前で誰かが死ぬことは無かった。だが、佳奈が中等部を修了した一週間後の金曜日。
目の前で姉が死んだ。
通り魔に遭って、ナイフで胸を刺されたのだ。
「ごめんね……嘘、ついちゃった……」
姉が哀しげな笑みを浮かべて、冷えていく手に撫でられる中、佳奈は神に願うしかなかった。姉は自分と5歳違うだけで、まだ若い。寿命は残っているはずだと。
だが、姉はそのまま息を引き取った。この世界の理からすれば、姉の寿命はここで終わりだったのだ。とても信じられなかったが、佳奈にはどうすることもできなかった。
今、目の前で傷ついている結羽と、あの時の姉の姿を重ね合わせてしまう。
佳奈は思わず、後ずさりをしていた。そんな佳奈を見てザクロは優雅に微笑む。
「どうしたのかしら? 貴女は先程、死にたいと言いましたわよね?」
佳奈はびくっと体を震わせる。確かにそう言った。でも今は……。
「最期だから教えてあげるわ。前に貴女の目の前で死が訪れていたのは、私の能力よ」
「……え?」
あれが彼女の能力だとしたら、自分はずっと幻を見せられていたということ?
「でも貴女のお姉さんが私の能力を遮っていたせいで、貴女を殺せなかったわ。だから、その前にあの女を殺して差し上げたの」
「……!」
姉の命を奪ったのは、自分の目の前にいる、残酷なことを嗤いながらやる女。
「―――佳奈ちゃんは……殺させない……!」
結羽が、体をふらつかせながら立ち上がる。その瞳はまだ輝きを失っていない。
「しつこいですわね。……影鬼、あの死に損ないを殺しなさい!」
ザクロに召喚された影鬼の群れが、結羽の方へ向かっていく。
佳奈は何とかしようと一生懸命考えていた。だが、自分は影闘士ではない、ただの無力な存在だ。それでも、彼女を助けたい。
その時、佳奈は姉の最期の言葉を思い出す。
―――目の前に、助けを求めている人がいたら、その人を必ず助けてあげてね
「さあ、無様に血肉を撒き散らすがいいわ!」
結羽を襲おうとしていた影鬼の体に巨大な穴が開いていて、絶叫しながら崩れる。
結羽の目の前には、新たな影闘士になった佳奈がいた。