第百四話 死にゆく運命を
「拓士……」
結羽の呟きが、砂漠の空に溶ける。拓士の体から漂っていた暗い魔力は既に消えていて、彼が闇鬼から解放されていることが分かった。これで良かったはずなのに、大切な仲間の体を貫いた恐怖と後悔が、結羽の心を締め付けて、いつの間にか涙がぽろぽろと零れてきた。
頽れた拓士の体は既に、消滅が始まっている。泣いている暇などない。
結羽は涙を拭うと、すぐに拓士の胸の辺りに手を当てて、そこに神の力を集中させる。
「……拓士、戻ってきて……!」
結羽の願いと共に拓士の体を神の力が白い光を放ちながら包んでいく。光流も留羽も、影世界から戻ってきた未來達も、それを固唾をのんで見守っている。そんな中、留羽だけは複雑そうな表情で結羽を見ていた。
初めて結羽の特訓をした帰り道。留羽は結羽に神の力を持つ者が出来ることを話していた。
「最後にもう一つ。これは、神の余命によるものが大きいんだが……」
留羽は言葉を一旦切ると、結羽を真っ直ぐに見つめて言う。
「天使と同じように、消滅する運命にある影闘士を、こちらの命を分け与えることが出来る」
結羽は瞠目する。それは、佳奈が目の前で消滅した時、最も欲した力だったからだ。
「神は寿命が他の種族と比べて圧倒的に長い。神の血が半分だけでも、天使の寿命を大きく超える」
結羽は顔を明るくする。あまり考えたくはないが、もしも仲間の誰かが闇鬼に乗っ取られた時、自分の寿命を与えれば生き返るのだ。飛鳥は、過去に寿命を父と颯に与えたことによって、母を亡くしている。彼女にはあまりその力を使わせたくはなかったのだ。
そんな結羽に留羽は、だが、と続ける。
「天使のものと違って、私達はその真似事に過ぎない。天使は寿命をある程度失うだけで済むが、こちらはどうなるか分からない。危険が伴うことは間違いないだろう」
留羽の言葉を聞いた結羽は、それを受け入れるように微笑んだ。
「それでも構いません。私はもう、目の前で大切な人を失いたくありませんから」
結羽は拓士に神の力と共に寿命を与え続けた。そしてそれは唐突に終わりを告げた。神の力が突然収束し、結羽は糸が切れた人形のようにその場に頽れた。
「結羽!」
未來達はすぐに二人のもとに駆け寄る。拓士の消滅は止まり、結羽も気を失っているだけで、彼女達は深く息を吐きだした。良かった。どちらも無事だ。
「お二人を休ませる為にも、まずは帰りましょう」
飛鳥の言葉にその場にいた全員が頷いた。そして、行きと同じように颯は竜巻で全員を包み込み、上空へと飛翔した。
穏やかな空気が流れる中、留羽だけが心配そうに結羽を見ていた。死にゆく運命から救ったことによる、彼女への代償が何なのかまだ分からない。
「……何もなければいいが」
そんな呟きが風の音に紛れて消えていった。