第百二話 頭から離れない
ずっと、後悔していた。自分がもっと強ければ。もしくは、何も力を持たなければ、リズは死ななかったのではないか、と。強ければ、スターチスを倒せたかもしれないし、無力であれば、リズはスターチスと闘う道を選ばなかったかもしれない。リズの死は、自分が中途半端に力を持っていたからなのではと思ってしまうのだ。
ずっと、復讐の為に生きてきた。両親を殺した影鬼を殲滅することと、リズを殺した男を見つけ出して、殺す。その為だけに闘い続けてきた。あの頃よりも力をつけて、刺し違えてでも、必ず倒したいと思ってきた。
きっと、結羽への想いは、恋ではなかったのだ。全て、両親やリズと重ねた同情や憐れみが、偶然にも恋と似た感情に変化しただけなのだ。本当に大切で、護りたいと思っているのは、結羽ではなく、リズだ。リズだけだ。
なのに、何故だろう。
「……結羽」
どうしてまだ、お前のことが頭から離れないんだ。
空を飛び始めて数十分後、目的地に到着して、結羽達は降り立った。
「―――ここが、拓士様の……」
去年、いなかった飛鳥達が周囲に広がる砂漠を物珍しそうに見ている時、暗い魔力が漂ってきて、彼女達に緊張が走る。結羽達から数メートル離れた場所に出現した闇から、拓士とリズが姿を現す。拓士の右目は黒いままで、未だに闇鬼に乗っ取られていることが分かる。一方でリズはささやかな変化が見られた。光が宿っていなかった瞳には小さく光が宿り、拓士を微笑んで見上げている。だがそれは、生者の笑みではない。
「……もう少しなんだ。もう少しで、リズは生き返る。だから、お前達は帰ってくれ」
口調は比較的穏やかだが、その瞳は鋭く結羽達を射抜いている。その言葉は闇鬼のものではない、拓士のものだ。
そんな拓士に結羽は首を横に振る。
「帰らないよ。私達は、拓士を止める為に来たんだから」
結羽達の瞳には強い意志が宿っていて、何を言っても帰ってはくれないことを拓士は察した。溜息をついて大剣を召喚すると、拓士の頭の中に声が響く。
『良いんだな? ならば、ここからは俺の出番だ』
その直後、拓士は大剣を手に、結羽達の方に向かって駆け出す。彼の周囲に漂う暗い魔力が濃くなり、闇鬼が体の主導権を握ったことを察した。結羽達は即座にそれぞれの武器を召喚する。闇鬼は結羽に向かって大剣を振り下ろした。それを結羽は双剣で受け止める。ガキンッと重たい金属音が響き、結羽の足が少し地面に沈む。やはり、闇鬼に乗っ取られた者の武器は重く、跳ね返すのも一苦労だ。佳奈の時のように深手を負っていなくても、これはきつい。
「胡蝶蘭、ひかるも……!」
光流が一瞬で闇鬼の背後に回ると、電流の鎖で闇鬼を拘束しようとする。だが、闇鬼は振り払うように体を回転させて、それを防ぐ。結羽と光流は振り回される刃を受け流すのに精一杯で、闇鬼を拘束することが出来ない。
「ならば、私が!」
今度は留羽が自分の親指をがりっと噛んで、そこから滲んだ血を双剣の刀身に付ける。そしてその双剣を振り回している闇鬼の刃にぶつける。火花を放ちながら、闇鬼の大剣が凍り付いて動きを止める。
「お?」
闇鬼は凍り付いた大剣をしげしげと見つめる。自分が使っているこの拓士も水の影闘士だが、まさか同じ属性に止められるとは。
「少しは愉しめそうだ!」
闇鬼の持つ大剣から暗い魔力が発せられ、大剣を覆う氷が砕け散った。