第九話 自殺志願
5日後、結羽は退院してまた学校に通い始めた。その間はまた病院から抜け出さないように、心美と未來にしっかりと見張られていた為、結羽は大人しく病室で過ごしていた。
そして時々、拓士も病室に来て、結羽の様子を見に来ていた。ただ、拓士は結羽が話しかけても何も言わず、いつの間にか帰っていたというのが多かったのだが。
「こんなに拓士君が気遣うなんて珍しいよ。もしかしたら、結羽ちゃんのことを……好きになったんじゃない?」
そんなことを未來が言うと、拓士が未來を恐ろしい形相で睨んできたので、結羽は「それはないよ」と苦笑交じりに返した。
影操者であるロベリアを倒したからか、影鬼の数が少しだけ減っていて、結羽は心美に言われた通り、1週間影鬼と闘わずに過ごした。
それから数日経ったある日、その放課後は久しぶりに多くの影鬼が出現した。
結羽と未來が校舎から出た時には既に、他学年の影闘士が影鬼と闘っていた。その間にも影鬼が生徒を次々と影世界に引きずり込んでいく。
そのうちの数人は間に合わず、引き込んだ影だけが残っている。少し経てば、すぐに消滅してしまうだろう。
そこに大剣を召喚した拓士が躊躇わずに影の中に入っていく。そして未來も、他の生徒が引きずり込まれた影世界に入っていった。
地上にいる影鬼がいなくなったと思った時、別の生徒が引き込まれそうになっていた。
「危ない!」
結羽は双剣を召喚し、影を斬った。絶叫を轟かせながら、影鬼が飛び出てくる。
結羽は瞬く間に影鬼を斬り、影鬼は消滅した。
結羽に助けられた女子生徒はスカートに付いた砂を軽く払うと、何事も無かったように立ち上がって、校門に向かう。
女子生徒は去り際、近くにいた結羽に感情のこもっていない声で呟いた。
「……もう少しで死ねたのに」
彼女が校門を抜けた後、周囲にいた生徒達がひそひそと話している声が聞こえてきた。
「ねぇ、あの子って……」
「自殺志願の人だよな……」
結羽は何とも言えない表情で、あの女子生徒が去っていった道を見つめる。去り際の彼女の表情は、肩に付かない程度の茶色の髪に隠れて見えなかった。
それから1週間が経った休日、結羽は特に用事がなかったので、見回りがてら散歩をしていた。一応、気分転換を兼ねたものなのだが、やはり彼女のことが忘れられずにいる。
柳佳奈。それが彼女の名前だそうだ。
以前は、常に笑顔でいるような明るい性格だったらしいが、最近は全く元気が無く、笑顔も見せなくなったそうだ。その原因は、少し前に仲の良かった姉が亡くなったからだという。
それから何度も影鬼にわざと襲われて、自殺未遂を繰り返したそうだ。やがて業を煮やした拓士がこう言い放ったらしい。
―――次に同じことをしたら、もう見捨てるからな
1週間前の、生徒たちの会話が脳裏に浮かぶ。
この世界では、高い場所から飛び降りたり、首を吊ったりしても死ねない可能性の方が遥かに高い。命の管理人である神々が、その人物の余命がある限り、何度でも生き返らせることが出来るからだ。
だが、影鬼に捕食されたら、どれ程余命があろうと関係なく死に、人々の記憶から消える。おそらく、それが彼女の望みなのだ。
そんな事を考えていた時、結羽から少し離れたところに、俯き気味の少女がいた。茶髪の後ろ姿は、見覚えがあった。佳奈だ。
その時、佳奈の影が円状に変わり、影世界に引き込まれそうになる。彼女は全く抵抗せず、影の中に沈んでいく。
佳奈が完全に引き込まれた直後、走ってきた結羽も影世界に入った。
登場人物の花言葉
柳:「従順」「自由」