プロローグ
この世界において、数千年前に運命が分かたれるはずだった神と人間は、一定の距離を保ちながら現在も共存し続けている。そして、天使、悪魔と人間は何の差別もなく同じ世界で共存している。
世界の人間の約9割、天使、悪魔の約7割は別の種族が混じった混血が総人口のほとんどを占め、純血主義であるごく一部の者だけが純血を維持し続けている。天使や悪魔と血が交わったことにより、人間の平均寿命は200歳を優に超えた。
そんな理想郷と呼べるような世界に突如として現れたのが、“影鬼”だった。
今から数百年前、5メートルから20メートルと様々な大きさの漆黒の巨人のようなものが世界各地で出現した。それが影鬼だ。
影鬼は人々を“影世界”と呼ばれる影で創られた真っ黒な空間に引きずり込んで、捕食をし始めた。だが、この時、人々はまだ影鬼を脅威として認識はしていなかった。
この世界で神は、命の管理人という役割を担っている。突然の事故や事件、災害によって余命が残っているにもかかわらず、死んだ者を再び現世に帰すということだ。それを知っていた人々は、たとえ影鬼に殺されたとしても、神が生き返らせてくれるだろうと思っていたのだ。そして神々もそう出来ると思っていた。
だが、影鬼に捕食された者たちを現世に帰すことは出来なかった。それどころか、影鬼に捕食された者の存在を、残された者たちは全く覚えていなかったのだ。神々は戦慄した。
影鬼は、ただ人々を捕食しているのではなく、彼らの寿命と記憶を奪い、養分としていることに。
このままではいけない。そう思った神々は人々のもとに降り立った。人々は滅多にこちらと接触してこない神が現れたことで、影鬼の存在がかなりの脅威であることをやっと理解した。そして人々の中で体内に魔力を多く持っている者が何人か選ばれ、影鬼の討伐を任された。
そんな影鬼を討伐する戦士の名は、後に“影闘士”と呼ばれる。
桜が咲き乱れている四月の朝、とある一軒家の玄関で少女は真新しいローファーを履いていた。腰まで届くふわふわした栗色の髪、優しげな黒曜の瞳。そして彼女が着ているのは、ローファーと同じように新品のブレザーの制服。少女は今日から高校生になるのだ。
玄関のドアを開けて、外に出る前に少女は後ろを振り向いて微笑んだ。
「お父さん、お母さん。行ってきます」
玄関にあるシューズボックスの上には、一枚の写真が写真立てに飾られていた。