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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺って過去編に出てくる死亡モブっぽいんだけど。

作者: *bank*

 「―――おぶらしッ!?」


 お目覚め一発、ビンタを食らった。

 なんで急に暴力を振るわれなきゃいけないんだよ!?


 「あ! 良かった、目が覚めた!」


 おいおい、人の顔にバチンと一発やっといて何笑顔で見つめてるんですか?

 こちとら幼女だろうと殴ることを辞さない信念を持ってる男女平等主義者ですよ?

 その可愛らしいほっぺに指先ぶつけてやるからな!


 「心配したんだよ、ジャロ。急に倒れたりするから……!」


 おろろ? 目尻に涙が溜まってますぜお嬢さん。

 どうやらビンタしたのには相応の理由があったみたいだな。

 てへへ、俺のうっかりさん。急に倒れたりするなんて貧血かな? いけない。早く血を啜らないと!


 しっかし、此方のお嬢さん……。随分と可愛らしいですね。

 少し灰色がかった白髪に銀の瞳、そして右目の下にあるオシャレなタトゥーっぽいやつ。……いや、この歳でタトゥーはダメですよ、お嬢さん。お友達がからかってきたりしてないかい? もし辛いことがあったらお兄さんに相談してみなさい。

 ほら、お嬢さ……―――あれ?


 「……ジャロ? どうしたの、急に固まって……」


 このタトゥー見覚えがあるぞ。

 どこだ、何処で見たんだ。一度なんかじゃなく何度も見たはずだ。


 「ねー、ジャロ? 早く行こー」


 幼女がタトゥーをしてるなんて珍しい光景を何度も見たのに忘れるなんて事があるか?

 きっと思い出せるはずなのに、出てこない……。


 「メイリー? ジャロー? そろそろ孤児院に帰りますよー」


 そう呼びかけながら近づいてくるのは落ち着いた様子の妙齢の女性。

 今、あの人は何て言った。メイリー? この幼女の名前は、メイリーだって?


 右目の下にあるタトゥー、名はメイリー……そして、孤児院―――思い出した!


 「きゃっ! ど、どうしたのジャロ。急に立ち上がって」


 「二人とも遊ぶのはそこまで。ほら、帰りましょう」


 優しい微笑みとともに両手を差し出してくる女性。

 ……じゃあ、遠慮なく握らせてもらうぜ、院長先生。

 メイリーも早く手をつないで仲良く帰ろう。

 俺たちが暮らしていて―――いずれ、メイリーン以外誰も居なくなってしまう孤児院へと。




 ◆




 全くもって驚いた。

 俺はどうやら転生なんていう摩訶不思議なびっくり体験をしてしまったらしい。

 前世での最後の記憶は猫同士の喧嘩に巻き込まれた末にゴミ袋に突っ込んでの感電死。

 わけがわからねえ。

 最後の死に様くらい美しく飾りたいと思ってたんだけど……どう見ても格好悪い死に様だよな。

 ま、まあ過去の事は其の辺に置いておくとして、だな! 重要なのはこっちだ!

 俺が転生したこの世界! どうやら俺が過去にプレイした事のあるゲームの世界ってー事だ! なんという運命だろう! かつて遊んだゲームの世界に一人の人間として入れるなんて……とは、思えないんだよな。

 別に俺がただの一般人の名も無き町人だか村人なら良かった。

 このゲームの主人公たちが活躍する様を見聞きできれば満足だったんだ。

 なのに、なんだ俺の立ち位置は―――!


 ゲームの主人公がいずれ出会う孤児院出身の女の子、メイリー・カルメファン。

 彼女はゲーム中でも屈指の敏捷性の持ち主だ。

 その素早さったら敵の四天王の一人とタイマンで殺りあえるレベルにまで育てる事ができるほど。

 メイリーの戦闘力は、流石は主要キャラの一人だと言えるほど……いや、主要キャラの観点から見ても凄い強かった。

 ……で、このメイリー・カルメファンという激強女の子。悲しい過去を持っている。

 なんでも孤児院で過ごしていた頃に四天王が襲ってきて友達全員殺されたらしい。

 偶然にも彼女は俺が気絶したらしい森へと忘れ物をしたらしく取りに帰っていて難を逃れた。

 まあ、帰ってきてから目にした光景に衝撃を受けすぎて感情を失くす事になるんだけど……。

 それで氷の殺し屋なんて呼ばれたりもするらしいけど大事なのはそこじゃない。

 この殺される事になるメイリーの友達……俺も含まれてるんだよな。


 そう、俺の立ち位置は主要キャラと全く関係のないその他一般人じゃない。

 主要キャラの過去に登場する闇を背負わせるための死亡モブなんだよぉ!




 ◆




 というわけで、鍛えよう。

 四天王が来る前に何処か遠くへ逃げようとも思ったけど、メイリーの中に眠る希望の種が四天王連中には発芽する瞬間にその居場所が大体だけど分かるらしいって事を思い出した。奴ら具体的な居場所は分からずともこの辺だよなー、とは分かるみたいだから確実に殺される。四天王が来る前に逃げて生き延びるためにはメイリーを置いて行くっていう選択をとる方法があるんだけど、そんな事は俺には出来ない。うん、出来るわけがないんですよ。

 だってメイリーって、俺がすげえ使い込んでたキャラなんですもの!

 いやーめちゃくちゃお世話になりましたよー。主人公以外に一番使ったキャラと言っても過言じゃないね! うん、だから置いていけない。いろんな局面で助けてくれた恩人を置いて行くなんて出来ない!


 「ジャロー! ご飯だってー!」


 ……ゲームじゃ見られなかった笑顔で俺を呼んでくれる彼女を置いて逃げるなんてできねえ。

 まあ、俺だけが逃げ出すっていう選択肢もあるっちゃあるんだけど、それだと他の仲間を見捨てる事になるから却下だな。

 俺の中にある楽しい記憶を作ってくれた仲間を死ぬと分かってて置いて行くなんて出来ない。

 なら、残った選択肢は一つだった。

 鍛えるしかないよな。


 「ジャロー? 聞こえてるー?」


 おっと、不思議そうに此方を見つめてくるメイリーと目が合ってしまった。

 あんな綺麗な瞳に見つめられたらこれ以上待たせる訳にはいかないな。いずれあの瞳が闇で暗く黒く澱んでしまうとしても、今だけは子供らしいあの瞳には勝てない。

 さあ、メイリーのためにも早く飯を食べに行って鍛えるとしよう。

 もし可能なら全員を逃せるくらいに強くなりたいぜ。




 ◆




 この世界だと成人は十五からって事になるらしいから俺はあと二年で大人の仲間入りらしい。

 先生と一緒に飲みながら話すっていうことが出来るようになるのは嬉しいな。

 他の年上の人たちはもう孤児院を出て旅立ってしまったから、俺が今の孤児院での子供内最年長者。

 どうやらメイリーは俺の一つ下ってことが分かったからこりゃ一層頑張らないとな、って決意したのも懐かしいぜ。


 さて、俺が転生者だと気づいてから早数年。

 子供ながらに鍛えていた俺としては中々の体になってきている。やっぱりゲームの世界だけあって身体能力としては一般人でも鍛えるとそれなりのものになるらしい。

 今じゃ国の軍に入れてもらえるかも、なんて先生も言ってるほどだ。これは孤児院を出たあとも安泰ですな。

 ……まあ、この状況から生きていられたらですけど。


 「―――ハハハハッ! おいおいおいおい、人間のガキってのは馬鹿みてえに柔らけえなぁ! 俺たちとは大違いだぜ―――っと、いけないいけない。これは失礼しました」


 見た目は俺たち人間と大体同じなのにその額から伸びた二本の角が種族が違う事を訴えてくる目の前の男は、今しがた殺した俺の家族を血の海へと投げ捨て此方へと頭を下げてくる。

 その動きは紳士然としていてまるで敵には見えない。……まあ、さっきまでの狂ったような言動を見てたら敵としか思えないけどな。


 まさかこのタイミングで来るとは思ってなかった。

 奴がメイリーが過ごした孤児院へと希望の種を潰しにやってきた四天王……ヴァンギアとかいうヤバイやつ。たしか血を見ると興奮して更に血を欲するみたいな性格だった気がするけど、直接生で見るとそのヤバさがひしひしと伝わってくる。

 なんだってこんな野郎を平和な孤児院に寄越してきやがったんだ他の四天王は。

 まだ、他の奴らなら俺たちにトラウマを与えたりする前に一瞬で殺したりとか、メイリーだけを抹殺して去ったりとかしただろうに……。いや、メイリーだけを殺されたらもっと困るんだけどよ。

 それにしたっておかしいだろ。

 殺した子供の体を柔らかいからって玩具みたいにぐねぐね弄びやがって……! 死者への冒涜どころの話じゃねえぞ。

 というか、俺の家族なんだぞ! お前が殺して遊んだやつらは!


 「ほほう。この状況を見てもまだ立ち向かう勇気がありますか。……どうやら、貴方が希望の種を持つ忌々しい人間のようですね。他の糞……おっと、人間どもとは力も多少違うようですしね」


 ヴァンギアめ、俺が希望の種を持つ人間だって勘違いしてやがるな。これはラッキーだぜ。

 鍛錬から帰ってきたらもう来てるなんて聞いてなかったけど、少しでも役に立てるなら良かった。

 どうかメイリーに気づかずに帰ってくれよバカ野郎。


 「さあ、どうぞ。最初の一手は貴方に譲りましょう」


 両手広げて待ち構えるなんざ情けのつもりか? いや、馬鹿にしてるなコイツ。

 まあ、いいさ。俺にお前を斃せる強さなんてない事はこの数年で気付いてる。

 だからせめて他の皆を逃がすためにお前に立ち向かおうと思ってたんだけどそれも叶いそうにないからよ、精々メイリーの代わりに死に様晒させてもらうぜ。


 待っててくれよ、先生に皆……メイリーを逃がしたら俺もすぐにそっちに行くからよ!











 ―――あれ、そういやメイリーってヴァンギアに仇討ちをしようとして相討ちで……。




 ◇




 「やだ、やだよ。みんなぁ……」


 赤く、紅く。

 月明かりに照らされて光るのは、かつて家族だった者たちが流した血によって出来た血溜まり。

 つい今日の朝まで寝て起きて過ごしていた孤児院は外見はそのままに、中は全てが赤く染まっていた。

 まだ十二歳のメイリーにとってその光景はあまりにも酷だった。


 腹を貫かれた者、頭を弾き飛ばされた者、子供を庇いながら共に殺された者……そして、腕しか残っていない者。

 もうこの場所に共に笑ってくれる家族は、泣いてくれる家族は、喜んだり喧嘩してくれる家族は居ないのである。

 全員が動くことのない孤児院で、メイリーは大きな声で泣いた。

 それが彼女の人生で最後の慟哭となるとは幼い彼女は知らない。この先、彼女の瞳に光が宿ることもなく、喜びを感じる度に胸が痛くなる事も今の彼女は知る由もない。




 ◆




 吹き抜ける風によって髪が揺れる。

 それを気に止める事もなく見つめるのは地面に咲く一輪の花。

 昔、共に暮らしていた家族が外で倒れた時に近くに咲いていた花と同じだ。


 『ねー、ジャロー。そんな事してないで一緒に遊ぼうよー』


 『悪いなメイリー。俺って大人だからよ、もう遊んだりはしないんだ』


 『本当に? 本当に遊んだりしない?』


 『な、なんだよ。遊んだりしねーぞ』


 『ふーん。じゃあ、ダオと一緒におままごとしよーっと』


 『んな!? ダオはお父さん役じゃないだろーな!?』


 『教えなーい』


 そう言うと彼は慌てた様子で付いて来て一緒に遊んでくれた。

 彼はきっと私の事を好きじゃなかっただろうし、私も彼のことを好きだとは思ってなかったと思う。

 年下である私がもしかしてその子の事が好きなんじゃないか、って兄か親みたいな気持ちで彼は気になって付いて来てるんだって分かってた。こう言えば彼が来てくれると分かってたから私もよく使う手だった。


 他の子達はこんな事を言っても何も反応なんてしない。

 彼だけが反応して構ってくれるからよく言っていた。とても優しかった。自分よりも年上だったから甘えさせてくれたし、怖い夜は一緒に寝てくれたし、次の日に他の子に言いふらしたりもしない人だった。

 急に鍛えたりしだしたのは不思議だったけどあれも年上だから皆を守ろうって思ったからなのかな?

 今はもうその理由を聞くことも出来ないけど……。


 「おーい、メイリー。そろそろ出発するよー!」


 遠くの馬車からケイルの声が聞こえてくる。

 どうやらもう休憩は終わりらしい。少しだけ騒がしい馬車へと戻り、後部に座り込む。

 懐かしい花を見て楽しかった記憶を思い出したのに私の表情は何も変わらない。ただ少し心が痛むだけ。

 どうせだったらあの日、私も皆と一緒に死んでいれば……なんて何度考えたか分からない。私だけが生き残っているなんてきっと皆は許していない。

 リケもロシトもキュウテもキアも……ジャロも、先生も。

 きっと皆は私を恨んでる。一人だけ生き残ってしまった私を。


 だから、私はこの旅で孤児院を襲った奴らを見つけて仇を取る。少しでも皆のためになる事をしたい。

 そこで死んでも私に後悔はない。この命は皆の死の上に、あるものなんだから。


 「ったく、アンタって本当にいつも暗い顔してるわよねー。もうちょっと明るい顔できないわけ?」


 「やめないかディア。メイリーだってしたくてしてる訳じゃないんだ」


 「でも、旅は明るい顔してたほうが楽しいわよ。……それに暗い顔してたんじゃ気持ちまで暗くなっちゃって、自分でも考えてないような事しちゃうかもしれないじゃない」


 きっと彼や先生が居てくれたら良い仲間を持ったねって褒めてくれるだろう。他の子達は、カッコイイとか可愛いとか言って彼女たちを困らせるのかな。きっと私は、それを見て笑ってるんだろうな。

 ……皆の所に行ったら、皆は笑って迎えてくれるかな。


 「―――ッ!?」


 馬車に揺られて進んでいた折、過ぎ去っていく景色の先に一つの人影がある事に気づいた。遠く離れた場所にポツンと立っている黒い影。

 それが誰かなんて分からなかった。

 けど、体が自然と動いて口から言葉が飛び出していた。


 「ケイル、このまま馬車を走らせて。決して止めずに」


 「え、メイリー?」


 進む馬車から飛び降りて走り出す。

 あの日から鍛え続けた体は、きっと誰よりも速く動けるっていう自信がある。もう皆が死んだ後にたどり着く様な事がないよう、誰か一人でも救けに行って間に合うよう鍛えた体は、きっと彼よりも速く強いと思う。


 「ちょ、ちょっとアンタ!?」


 「メイリー! 一体どうしたんだ!?」


 ディアとマイナの声が聞こえるが足を止める事は出来ない。

 あの場所に立っている人物が、あの日孤児院を襲った犯人だと体が確信し心が奴を斃せと訴えてくる。

 分かってる。そんなに急かさなくてもいい。

 私も奴を見逃すなんてする気はない。


 どれだけ強いかは分からないけど……仮に彼女達の元へと戻れなくなってしまうとしても、皆の仇が取れるならそれでもいい。

 私は皆が死んでいく事にも気づけなかった最低な人間なのだから。


 時間にしては数瞬、けど進んだ距離としては馬車でも何十分もかかる距離を走り抜けた末にたどり着くと、男は少し驚いた表情で此方へと目を向けてきた。


 「おやぁ? これは……」


 落ち着いた様子で独り言を話す角の生えた男。

 一見すれば執事のように見えなくもない佇まいの良さ。けど、胸の奥に隠してるどす黒い悪意はあまりにも黒すぎる。

 間違いない。きっとこの男だ。


 「全く……私たちを殺そうとしている者たちが、一体どれほどの強さか見に来ただけだというのに。何故こんな事になってしまうのか」


 「貴方に一つ、質問があるの」


 「いきなり質問とは、随分と失礼な方ですねぇ。まあ、殺気を向けてきている時点で今更ですか。いいでしょう、何ですか?」


 「貴方、昔孤児院を襲ったことはある?」


 そう言うと、わざとらしく顎に手を添えて考える素振りを見せる。


 「……ああ、一つだけ。確かに襲ったことがありますね。平和な森の傍にある小さな孤児院。それがどうかしましたか?」


 「そう……。やっぱり貴方が―――」


 もう言葉は交えなくていい。

 そのニヤケた顔を見ればこれ以上何も訊く必要なんてない。ここからは只の殺し合いだ。

 腰に佩いた剣を手に取り構える。


 「おやおや、もしやとは思いましたが……貴女、あの孤児院の出身の方ですか? それは良かったですねえ。私が訪問する前に独り立ち出来ていて―――ッ!?」


 「黙って」


 話し終わる前に攻撃を始める。

 狙うは心臓だけど相手は明らかに人間じゃない。私たちと同じ位置に心臓があるかも怪しい。

 なら、まずは動けなくする事が先決。動くためには大切な足、それも重心をかけているだろう左足を不意打ち気味に切りつけた。


 「ッ!!」


 思わず喋るのをやめて後退する男へと更に近づき次の攻撃へと移る。

 左足の手応えから考えると服の中に鎧のような物を着ているようだ。皮膚へと至る前に何か別のものを切った感触がした。恐らくは騎士が身につける物と同等かそれ以上、随分と立派な物を持っているらしい。

 だけど、関係ない。

 私の剣は全てを斬るために鍛えてきたんだ。


 「こ、これが希望の種を持つ者ですか……。少々骨が折れそうですね」


 「黙って」


 声も聞きたくない。

 まだ着地もしていない男の右腕から左足へと切り落とす勢いで攻撃を仕掛けようとする。そうすれば、きっと右腕で剣を防ごうと上部へと上げる。

 ……がら空きになった腹へと五連撃を叩き込んだ。


 この男なら私の体の動きで次に何が来るのか予測して動くと思っていた。だから、わざと上段から攻撃するように体を動かしたら、案の定反応してくれた。

 やっぱりこの男は強い。

 これほど強い奴がまだ幼かった皆を殺したのか。


 「ぐぅッ!! なんと、まあ。お強いことで……。これは、あの時殺しておいて正解でしたねえ……―――ん? あの時殺して……?」


 何かが引っかかったような男は、大げさに距離を取り魔法で障壁を作り出す。

 こんな脆い壁ならすぐにでも壊せる。が、一体何を考えているんだあの男は。

 わざわざこんな壁を作る意味が分からない。私に対してこの壁が意味がないなんて分かりきってるなのに。


 まあ、いい。

 この壁に何か仕掛けがあるとしても関係ない。

 私はただあの男を斃して皆の仇を取るだけだ。


 障壁を一瞬のうちに切り裂いて男へと接近する。

 そのまま何かを考え込んでいるうちにその首を切り飛ばしてやる。

 腕で防ごうとしても間に合わないし、防いだとしても腕ごと切り飛ばす勢いで横から剣を振るう。

 男の先にあった岩に線が走り、群生していた草花と共に二つに分断されていく。

 なのに、男の首は離れていない。


 「ハハ、ハハハッ! そうか、そうかそうか。あのガキは違ったって事か!」


 急に腹を抱えて笑い出した男が体を屈めたことで、偶然にも首が体から離れることはなかった。

 この戦いの中に笑う所なんて無かったはずだ。この男は私を馬鹿にしてるのだろうか。


 「あぁ……そうだったのか。だからあのガキは笑って……―――糞がァ!!」


 落ち着いていた様子から一変、怒声をあげて周囲に風を巻き起こす。

 一旦離れた方がいいかもしれない。気がおかしくなった人は一体どんな事をしでかすか分からない。

 

 「あのガキ、俺を馬鹿にしてやがったのか! 希望の種を持ってないあのガキをッ、俺がッ、勘違いしてると分かっててッ!!」


 地面を踏み砕きながら切られた箇所から血を噴出させる。

 怪我している事にさえ意識を向けずただ怒りのままに行動している様は、周りに目が向いていない子供と一緒だ。

 このまま地団駄を踏んでいるままなら斃させてもらおう。別に落ち着くのを待ってやるほど私はお前に優しくないんだ。


 「だったら、もっと痛めつけてやれば良かった! 腕だけで済ませたのは失敗だ! 四肢全部を引きちぎって動けなくしてから殺してしまえば……ッ!」


 切り飛ばすために剣を構えたまま固まってしまう。

 腕で済ませた……?

 あの日、腕が無かった死体なんて無かった。みんな、腕と足だけはあったはずだ。なのに、腕だけは無かったって……。それはあの、腕しかなかった―――。


 「紛らわしく鍛えやがってッ!!」


 「お前ェッ!!」


 今までのどの戦いよりも速い踏み出しは、きっと消えたように見えたはずだ。

 残ったのは踏み砕かれた地面と風圧で巻き上がる砂埃、そして左足を失った男。

 既に男の体は私の後ろにある。

 久しぶりに怒鳴った事で狙いが大きく逸れてしまった。本当なら右足も切り飛ばすつもりだったのに……。


 「―――そうかぁ。テメェがあの孤児院の本当のォ……!!」


 左足が失くなった事を気にした様子もなく、怒った表情で私を睨み据えてくる。片足が無いっていうのに倒れる様子もなく、まるで吹き出す血が足のようにも見えてくる。

 男の周りは静かなのに対してその周囲の草は風に切り裂かれて空中を舞い始める。


 「あのガキどもと同じようにぶち殺してやるッ!!」


 「私は最初から斃すつもりだよ」




 ◆




 『ハァ……ハァ……』


 血まみれの孤児院で家族の死体を眺めながら死ぬなんて誰も経験しない人生だろうな。

 失くなった腕から溢れ出る血なんて見たくもなかったよ。ったく、ヴァンギアの野郎、わざわざ腕を引きちぎって衰弱死させるなんて性格悪すぎだろ。

 見てみろ、俺の右腕が血の海に落ちてるよ。あれくっつけたら治ったりしねえかな。


 『あ、そろそろ死にそう』


 目の前が霞んできた。

 もう皆の姿もよく確認できない。

 ごめんな、皆。

 俺にもっと勇気があって皆を森に隠して俺だけがあのバカ野郎と戦えばよかったんだ。そうしたら、皆は助かって俺だけが死ぬだけで済んだ。それなのに俺は、自分だけが死ぬなんていう選択を取れなかった大馬鹿野郎だ。

 だから、あの世に行ったら好きなだけ俺を罵ってくれていい。殴っても蹴っても叩いてもいい。

 けど、メイリーだけは笑顔で迎えてやってくれ。一人だけ生き残ったアイツは辛い人生を歩むことになるんだ。


 『頼むよ、皆……』


 リケ、心臓を踏み潰されて痛かったよな。ロシト、腹を貫かれて辛かったよな。キュウテ、頭を吹き飛ばされて苦しかったよな。キア、目の前で先生が殺されて庇われてたお前はより怖かったよな。

 皆……ごめんな。


 そして、メイリーもごめんな。

 お前がヴァンギアと相討ちになるって分かってるのに救けにいけないこんなダメな俺で……。せめてお前の代わりにアイツと戦えたら良かったんだけどな。

 もう悔しさで拳を握り締めることさえ出来ねえ。

 俺は、お前をキャラクターとしてじゃなく一人の家族として救けに行きたいってのに、神様は許してくれないらしい。わざわざ俺をこんな立ち位置に転生させたってくせに随分と頭のおかしい神様だなぁ……。

 せめてメイリーを救けるくらいの能力、くれたっていいだろうによ―――。











 「―――なーんて思ってたらコレだよ」


 死にかけた頃を思い出しながら立ち上がり独り言を呟く。

 記憶を辿ってやってきた丘の上は、ゲームでメイリーとヴァンギアが戦う平原の近くに表示されていた場所。

 此処で合っているかは不安だったけどどうやらそれも杞憂だったらしい。目の前に吹き飛んできた傷だらけのメアリーを見ればこの平原があの戦闘場所で、ヴァンギアとメイリーの死に場所になった所って事が確信できた。

 あの日、血まみれで殺されていた家族を見てメイリーにはあんな姿で死なれたくないと思ってたってのに……。

 ダメな兄ちゃんでゴメンな。


 遠くから近づいてくるこれまた傷だらけのヴァンギア。左足は失ってるようだけど吹き出す血を魔法で足がわりにしてるらしい。

 一応、奥も確認してみたけどメイリーの仲間たちは予想通りいない。

 確か馬車の馬の方にヴァンギアが魔法をかけて次の目的地に着くまで走り続けてるんだよな。それで、なんとか戻ってきても既にそこには死んだ二人が横たわっていると……。

 どうせなら神様もそっちの方に力を使って欲しかったぜ。そうしたら仲間全員でヴァンギアに立ち向かってメイリーが死ぬこともなかったってのによ。

 まあ、今は俺が行くしかないか。


 肩から先が無い腕を軽くさすり駆け出す。

 目指すは立ち上がろうとしているメイリーの先、あの日と同じく俺の家族を殺そうとしているヴァンギアだ。

 まずはアイツを命を賭けて弱らせるとしよう。そうすればメイリーを死なせずに四天王戦の一回目を終わらせる事が出来る。

 きっと俺は死んじまうだろうけど仕方ねえ。本当ならあの時、あの場所で死ぬ運命だった命がちょっとだけ遅くなるだけだ。


 だから、その時間を使ってメイリーに教えてやろう。一度死んで会ってきた皆の考えを。

 誰もお前を恨んでないし許してないなんて事もない。誰もお前だけが生き残ったことを怒ったりしていない。

 ―――誰も、お前に仇を取って欲しいとは思ってないし、むしろお前に幸せになってほしいんだって事。


 お前がこれから先の人生を幸せに過ごしていくためにその心の枷を外させてもらう。

 俺が与えられた能力―――たった一度だけ死んだ後に復活できるっていう能力で得たこの第二の命を使って……。




 ◆




 思ったよりも目の前の男は強い。

 流れてくる血を拭い、近づいてくる男を見据える。

 このままだと私の方が先に殺されてしまうかもしれない。みんなの仇を取る前に死んでしまったらみんなに怒られてしまう。それだけはダメだ。


 「ハァ、ハァ……」


 剣を握り締め再び立ち上がろうとする。

 せめてあの男が一瞬でも隙を見せてくれれば……。


 ふと、誰かが頭を撫でた気がした。

 こんな誰もいないような平原で、戦っている私の頭を誰かが……―――






 「動けるか、メイリー―――」






 ―――……懐かしい家族の声が聞こえた。




 ◇




 四天王ヴァンギアとの戦闘はメイリー・カルメファンの勝利に終わった。

 戦場となった平原には彼女が持ち得ない魔法具が大量に落ちており、四天王ヴァンギアに使った痕跡がある事から彼の物でもない事も確認されている。

 人々の間では両名以外にもう一人戦った者が居るのではとも噂されているが、メイリー・カルメファンは旅が終わるとその姿を消してしまったため話を聞く事はできない。


 そう話した荒くれ者は手元の酒を呷り、赤ら顔で横の飲み仲間に口を開いた。


 「ぷはぁ! そういや、オメエ知ってるか? 此処から遠く離れた土地によ馬鹿みてえに強い孤児院の院長が居るって話―――」

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