ExtraⅠ 記憶の欠片
馬車の一際大きい揺れで目が覚める。どうやら寝てしまっていたが、多分今日の仕事の疲れだろう。
「お兄さん!もしかして冒険者?」
キラキラと目を輝かした小さな同乗者が僕の持っている剣と軽鎧からその疑問を投げてきたようだ。
「そうだよ、僕は冒険者のグレン。まだc級だけどね。」
「私冒険者見るの初めて!ねぇねぇ!どんな依頼受けたことあるの?」
「そうだね。流石にドラゴンとかはないけど、ここら辺の村を襲うウルフとか名前は忘れたけど危険度が高い四本腕の熊とかと戦ったことはあるよ。」
「お兄さん強いんだね!」
「そうだね、強いね。すいませんね娘が。」
「いえいえ、子供達の笑顔が僕の力になりますから。」
この言葉に嘘はない。実際僕は誰かを救いたいから冒険者になったのだ。
騎士団に入るという選択肢もあったが、祝福と職業は騎士には向いていなかった。
「お話の所悪いが兄ちゃん、冒険者っていうなら話があるんだが。銀貨一枚で何処まで働ける?」
「どうかされましたか?」
御者の男がこちらに声をかけてきた。
「どうやら進行方向にどうやらゴブリンの小さな群れがいるらしいです。嘘じゃない、私の気配察知スキルがそう言ってるんだ。」
「成程、分かりました。乗りかかった船です。無報酬でいいですよ。」
そう言い放ち止まった馬車から降りる。腰に携えた剣を抜いて確認する。
少しガタがきているが問題はないだろう。
「じゃあ行ってきますね。」
僕は馬車を後にしてゴブリンの群れに単身切り込んでいった。
喧騒の中僕はギルドカウンターへと依頼達成の報告をする。
ついでに舗装路にゴブリンの群れが出たことも。
「お疲れ様でした。まずウルフ討伐の報酬と素材換金で銀貨十枚、それにゴブリンの換金で銅貨三十枚となります。」
「ありがとうございます。」
報酬を受け取りそのまま冒険者ギルドを後にする。
結局あの後僕はゴブリンの群れを一掃してそのままこの街『モンブ』に帰ってきた。
御者の人に報酬をと言われたが何も言わず、貰わずに逃げるようにその場を去った。
そうして報告を終えて今は行きつけの装備屋の所へ向かっている。名前は『アロンダイト』という店だ。
作る剣は非常に出来が良く、一時期は王への献上品にまでもなった。
しかし、そんなちやほやされるのが嫌いで王都から逃げ出し隠れながらもちまちまと剣を作っている。
街を囲む円形の東壁の近くにそれはある。僕はゆっくりと身構えながら装備屋に入った。
「お邪魔しまーす。マリーいるか。」
返事が無い、ただの屍のようだ。そういう訳でも無く恐らく奥に籠って作業をしているのだろう。
こういう時は出てくるまで待たないと来ないから仕方なく待つことにする。壁に立てかけられた数本の剣。どれも出来が良くそしてどれもが斬鉄剣。簡単に鉄を切ってしまうことが出来る。
どれどれ久しぶりに値段を見てみる。まぁ、案の定手が出るはずもなく。
一本金貨三枚という業物であり高級品だ。
ガチャリと扉の開く音がしたのでその方を向くとマリーが出てきた。
何時もと違って綺麗な金髪の長い髪を括らずそのままだったのだ。
「ん?グレン来てたんだ。ごめんね気づかなくて。」
「何時もの事だから慣れてるよ。いつも通り装備の点検をしてもらいたいんだが。」
「分かった。じゃあそこに装備を置いてくれ。」
「所でマリー、一ついいか?」
「どうしたん?」
「今日は珍しく髪を括ってないじゃないかどうしたんだ?」
「あー、さっき髪に汚れが付いたから風呂入ってたんだよ。それで風呂から出てきたら店の方に誰かいるみたいだから服着て適当に乾かしただけやから。変?」
「いや、変じゃないけど珍しいと思って。それじゃあ装備頼むよ。」
「ご利用ありがとうございます。明日の朝には間に合うから。」
「分かった。じゃあその時に。」
「はいはい、じゃあ明日ね。」
そうして僕はアロンダイトを後にした。
「もうちょっと綺麗とか言ってほしかったなぁ。」
そんな彼女の独り言は誰も居ない店内に消えていった。
再びギルドに僕は戻った。明日の朝に装備が整うのなら明日も依頼を受けようと思ったからだ。
依頼ボードには相変わらず依頼書でぎっしり埋まっていた。
薬草採取から護衛任務。挙句の果てには雑用等の低ランク向けの依頼が多い気がする。
「グレンさん、少しいいかな。」
後ろから声をかけられたので振り向く。そこには三人組のパーティーがいた。
見た感じ魔法使いに剣士、後はビーストテイマーという異色のパーティーだった。
「どうかしましたか『メルト』の皆さん。」
「いや、今回新しく見つかった遺跡の探索に行こうと思ってね。だけど俺のパーティーには前衛が少ないからさ。良かったら一緒に行かないかなと思って。」
「成程、そういうことか。それで報酬は幾らなんだ?」
「まぁ基本出来高制だけど最低でも銀貨が一人十枚。それでマッピング一階層銀貨五枚。道中で手に入った物の所有権は知ってのとおり発見者の自由だ。どうだい、悪くないだろ?」
「そうだな。悪くない受けさせてもらうよ。」
「ありがとう。一応自己紹介させてもらうね。俺がリーダーのハク。職業は剣士だ。祝福は『二刀流・紫陽花』だ。効果は二刀を持ったときに紫陽花という連撃重視の型が使える。結構便利だ。俺からは以上かな。」
この白髪で二振りの曲刀を持っている男がハクさんか。確か実力はAランク相当の実力を持っているらしい。この街では最強候補だろう。
「じゃあ次は私が。私の名前はダンで職業は銃使い《ガンナー》です。祝福は『鷹の目』。まぁ、見てのとおり後衛ですので守っていただけると助かります。」
そしてこっちのお辞儀をしている初老の黒髪の男の人がダンさん。
銃の腕は祝福の相性もあってか百発百中といっても過言ではないだろう。
今は腰に付けた拳銃しか持っていないが得意としているのは狙撃銃らしい。
「わ、私はハンナ...です。職業はビーストテイマーで。えっと、テイムしているのはスノーウルフのウルです。よ、よろしくお願いします。」
おどおどした気弱な茶髪の少女は言い終えると共にダンさんの後ろに隠れた。
ビーストテイマーと組むのは初めてなので少し不安だ。
「最後に僕だね。僕はグレン。職業は実質無いのだけど強いていうなら剣士だね。そして祝福は「加速」。触れている物を加速させることが出来る、勿論僕自身も。今は装備を点検に出してるけど明日の朝には帰ってくるから問題ないよ。」
「分かった。それじゃあ皆、明日遺跡に潜ることにするよ。じゃあ今日は解散!」
それじゃあまた明日と言葉を交わして皆バラバラになる。
パーティーといっても別に街の中でも一緒というわけじゃないからね。
僕も唾を返して宿屋に戻ることにした。
飯食って風呂に入ってさっさと今日は寝ようか、そう思い歩みだした。
時計塔の鐘が街中に鳴り響く。今日という朝が来たことを僕達に告げに。
僕もその音で目を覚まして手早く着替え宿屋の1階降りる。
1階は食堂となっており宿泊者には金を払うことで3食ついてくる。
ほかの宿屋と違い値段も良心的なので本当に助かる。
「グレンさんおはようございます!今日もいい天気ですね。」
「おはようクレア。朝食を頼めるかい?」
「任せてください!心を込めて作らせてもらいます!父が。」
胸を張ってそう言う彼女はこの宿屋を経営している夫婦の一人娘だ。
元気な子ではあるのだが、少し残念な子である。
「それとクレア。僕は最低でも三日は帰ってこないから。」
「え?グレンさん何処かに行かれるんですか?」
「うん。新しく見つかった遺跡があってね、その調査に。」
「ちぇー。昨日また戻ってきたと思ったのにまた何処かに行くんですか。」
「ごめんごめん。約束のご飯奢るのはまた今度な。」
「もしかして奢りたくなくて長期の依頼ばっか受けてません?」
僕は誤魔化すかのようにクレアの頭を撫でてやる。最初は抵抗していたが諦めて僕に撫でられていた。
「おいクレア。できたから運んでくれ。」
おじさんが厨房から顔を出してクレアを呼ぶ。
それに対して元気よく返事をして僕の朝食を運んできてくれた。
そして満面の笑みを僕に向けて彼女は言う。
「どうぞ!お召し上がりください!」
これがこの宿屋『夢見がちのアリクイ』の魅力である。
「はい、これがメンテナンスが終わった装備。」
「ありがとう。」
僕はそのまま装備を身につけて軽く体を動かしてみる。
違和感も無く、メンテナンスする前で気になっていた損傷箇所は驚くぐらいに修復されていた。
「相変わらずいい仕事だ。」
「そりゃどうも。私にとってはもっと大事に扱って欲しいんたけどね。」
「無茶言わないでくれ。んっ?」
そこで僕は違和感に気づいた。剣がない。
「なぁ、マリー。僕の剣どうした?」
「あぁ、あれね。修復不可能。ウルフの牙で損傷していたところにゴブリンの群れを相手にしたのが決めてやね。後は長年使ってたから老朽化やな。」
「嘘だろ。今日もう依頼に行かないといけないのに。スマンがそれ同じくらいの剣を売ってくれ。」
「いいけど金貨3枚よ?買えるの?」
「そ、それは無理です。今手持ち銀貨50枚しかない。」
「まっ、その代わりと言っちゃあ何だけど。私のこの試作品の感想をくれるのと、今度食事に連れていってくれることを条件にすればお代はいらない。どう?悪くない話でしょう?」
マリーは1度奥に戻り、その試作品とやらを持ってきた。
それは短剣の形をしているがグリップの部分にトリガーがある。押してみるとカチッという音がした。
「何も起こらないな。失敗か?」
「危険だから弾を入れて無いだけ。よくその短剣見てみ。」
そう促され僕はソレを注意深く見てみる。
「この短剣。刃が通常の短剣と違って少し厚い、その上刃先には穴が空いている。これってまさか銃剣?」
「正解。基本的に拳銃の弾が使えるよ。銃の下に剣があるやつはどうしても強度が問題になるからね。なら刃を銃撃を加えること前提で作れば解決するからね。」
成程。よくある銃剣というものは拳銃や狙撃銃の銃身に後付けであるため基本的に強度は保証出来ない。
そのため使い捨ての印象が高い。
更にそれを使うということは拳銃をメインにして戦わないといけない為しっかりと剣の訓練をしないと全く使えない。
その点からあまり使用されていなかった。だが、これならば剣をメインにした戦い方ができる。
「これは画期的だな。だけどやっぱりこの銃は。」
「あくまで保険みたいな感じやな。収納する為に省いた部分もあるから拳銃と比べると性能は劣るんやけど。私が開発したこの専用弾なら。」
マリーは僕の手から銃剣を奪うとポンメルにあるスイッチを押した。
するとポンメルから四角形のパーツが出てくる。それはマガジンだった。
そこに弾頭がフックになった弾丸を1発入れる。そうしてマガジンを戻してマリーは僕に言う。
「見ててな。あと最初は音に慣れんかも。」
そういうと店にある剣に向けて発砲する。大きな銃声が狭い店の中を駆け巡る。
鼓膜が破れたかのような感覚がするが少し音が聞こえづらいが破れてはいないようだ。
「んでトリガーと逆のこのスイッチ押すと。」
彼女はそんなことを気にせずに自分の作った銃剣の説明を続ける。
スイッチが押されるとワイヤーはみるみる回収されていく。
巻き上げ音が聞こえるので多分そういうことだろう。
巻き終えた短剣の先、そこにはフックが突き刺さっている剣がぶら下がっていた。
「まぁ、こういう訳やな。今のところはこの特殊弾しかないけど、実用化する時には色んな弾が出来てると思う。」
「これは確かに使えるな。その上巻き取りってことは。」
「火薬さえ入れればこの特殊弾頭は使いまわせる。ただ複数発動時に撃つとワイヤーが絡まって使い物にならなくなるからね。ただその代わりに強度が高くなるから上手く使えば人1人くらいなら吊り上げること出来るんじゃないかしら。」
彼女は視線を剣に戻して刺さったフックを抜こうとするが、中々抜けない。
そりゃ剣に突き刺さってるんだからな、抜こうとすればそれ相応の力が必要だろう。
「あっ...物凄く...がん...こ!」
手が赤くなるほど引っ張っているが一向に抜ける気配がないので彼女からそれを奪う。
そして力1杯引き抜いてやるとパキッという音と共にフックは取り出せた。
「やっぱり剣は折れたか。まぁ、結構深く刺さってたからな。」
「気にしなくていいよ。その剣そんなええ剣じゃないから。」
嘘つけ、これを外で買おうと思ったら金貨2枚はするぞ。本当に感覚が狂ってるな。
「まっそういう事でどうかな?この話受ける?」
「喜んで受けさしてもらうよ。飯の話はまた今度詰めよう。」
「うん、ありがとう。じゃあ弾とかホルダー持ってくるから待っといて。」
彼女は再び店の奥に引っ込んでっく。これで装備は以前よりも良くなった。
今回の遺跡調査も少しは楽になるだろう。装備を受け取ったら直ぐに彼らの元へ行こう。
僕は今日の遺跡調査に胸を踊らせていた。
一方奥へ引っ込んだマリーは。
「よっし!グレンとデートの約束できた!早速着る服とか選んじゃおう。」
早くグレンが調査から帰ってくる事を心から待ち望んでいた。
店から出た僕は新しい剣を腰に差し、駆け足でパーティーの元へ向かっていた。駆け足の理由は2つ。
1つはこの銃剣を早く使って見たいということ。
もう1つは少しでも早く街に帰りたいから、出発時間を早める為だった。
それから10分程走った頃、待ち合わせ場所の広場に到着した。
当たりを見渡すと普通の街の住人が行き交う中、武装をした集団が目立っていた。
そこへ近づいてみると、案の定メルトの皆だった。
「僕が最後ですか、お待たせして申し訳ない。」
「おっ、グレン来たのか。ってお前もしかして走ってきたのか?まだ待ち合わせ時間より少し早いのに。」
「あー、色々あってね。気にしないでくれ。」
「あの...お水飲みます?」
「ありがとうハンナ、頂くよ。」
僕はハンナの手から水筒を受け取り一気に流し込む。
走って火照った体に染み込んでいくような感覚がしてとても気持ちよかった。
「グレン殿、私らは全員既に準備が整っています。もし準備がお済みであるのならばもう出発しませんか?」
「俺も賛成だ。どうだ?まだ少し寄るところとか休んだりしたいか?」
僕は首を横に振る。
「いや、もう行こう。早く行きたくて走ってきたんだから。」
「そうか。まぁ無理するなよ。んじゃあ行こうか!」
「「「おー!」」」
そうして僕らは遺跡を出発した。
遺跡に着くまでゴブリンや狼、猪等が出たが大体戦闘になる前にダンさんが狙撃で蹴散らしてくれたので殆ど止まることが無かった。お陰でまだ日が高いうちに遺跡の前に到達することが出来た。
「結構早くつけたな、流石だダン。」
「いえいえ、これくらいは普通ですので。」
ダンさんが普通だと一般的な銃使いは一体何なんだろうということになってしまいそうだ。
「じゃあテントを設営しましょうか。」
「そうだなグレン。ハンナはウルと一緒に周囲警戒頼む。」
「わ、分かった。」
ハンナはウルを撫でてから森の中へ入っていった。
改めて周りを見渡してみると遺跡は洞窟の入口のようになっており、そこまで目立たないようになっている。
これならば今まで見つからなくてもおかしくなかっただろう。
そしてその周辺には森が広がっており、この遺跡を隠すかのようだった。
しかし、入口の前には小さな広場のようになっていたので僕は今そこにテントを設営している。
「グレン、どうだ終わったか?」
「あぁ、後もう少しで終わりそうだ。そっちはどうだった?」
「ダンと一緒に遺跡の入口を調べてみたがこれといって問題になりそうなものは無かった。モンスターの気配も無かったし大丈夫だろう。」
「なら良かった。ハンナにも戻ってきてもらって今日はもう休もうか。」
「そうしよう。夜警は俺、グレン、ダン、ウルの順番だ。ハンナは夜が苦手ですぐに寝てしまう。」
「分かった。それじゃあ飯にしよう。」
ハクはハンナを呼び戻すために笛を吹いた。
その音に呼び寄せられるかのように森の中から一筋の白い線が僕の前を横切ってハクの前で止まった。
その正体はウルだった。背中には必死にしがみついたハンナが目を回していた。
「相変わらず凄いなウル。」
そうハクも引いていた。
僕はハンナを優しく抱え上げてテントの中に、運んでご飯が出来るまでは寝かせておくことにした。
しかし、索敵で毎回こうなってはダメな気がするんだが、まぁ多分大丈夫だろう。
僕は考えることを止めてそのまま今日の晩御飯である猪肉のシチューを作った。
その後この料理はメルトの皆から好評だった。
空は既に月が昇り、星が暗い夜空に輝いていた。今は僕の夜警の番となっており他の皆は寝ている。
今起きているのは僕だけのようだ。周りに誰も居ないことを確認して鞄から一枚の写真を取り出す。
そこにあったのは今の装備よりも明らかに強く、そして知らない誰かと笑顔で肩を組みあっている僕が写った写真だった。
これを何時何処で撮ったのか、僕にはさっぱり分からなかった。
時々僕は知らない景色、知らない人を思い出す。
それも今の自分とは全く違い、誰よりも意欲的に、そして誰よりも強くなろうと一生懸命だった。
僕は一体何を忘れているのだろうか。僕には記憶を失っているということに全く実感が湧かなかった。
何故なら子供の頃から今に至るまで、小さい頃は覚えてはいないが殆ど記憶が抜けていないからだ。
だからこそ僕はこの不思議な記憶と写真は僕じゃない誰かの物語なのではないかと思ってしまう。
だがこれが僕の手元にある事、そしてそれに映っている自分が全てを否定する。
一体僕は本当に何者なんだろうか。何時か分かる時が来るのだろうか。そんな思いをこの空へぶつける。
帰ってくることのない返しを待つかのように、僕はただただ夜空を見上げ続けた。
「そ、その写真ってグレンさんの。その、昔のですか?」
僕はその声で現実に戻り直ぐに声の主へと振り向く。
そこには目を眠たそうに擦っているハンナとそんなハンナを支えるかのように傍にいるウルの姿があった。
「あぁ、これ?これは・・・何でもないよ。」
僕は写真を直ぐに鞄に仕舞う。まるで最初から何もなかったかのように。
「でも、グレンさん凄く辛そうな顔してますよ?」
「いや、そんなことは。」
僕は慌ててハンナから顔を背ける。そんな筈は無いと言い聞かせるかのように。
「お隣失礼しますね。」
そんな僕の隣にハンナは腰を下ろした。
「グレンさん、過去に何があったかは分かりません。ですけど私はグレンさんの悲しい顔は見たくないんです。だからどうか少しでも話してくれませんか?」
内気な彼女の何時ものオドオドとした感じは無く、胸の内に溢れてるであろう僕への心配をすらすらと彼女は口にした。
「いや、本当に何もないから。本当に。」
そんな気持ちからも僕は必死に逃げようとする。
全く何故そんなことをするのか分からないが、どうしてもそうしてしまうのだ。
「ありがとう、ウル。」
彼女は何かウルから受け取っていた。だが何を受け取っていたのかはここからは見えなかった。
「グレンさん。いい笑顔ですね。この人たちは信頼できる大切な人達だったんですね。」
その言葉に驚いて振り返る。彼女の手には案の定先程鞄に隠した写真があった。
手で鞄に触れてみると少し暖かく、そして湿っていた。恐らくウルが開けたのだろう。
もう少し警戒しておいた方がよかっただろう。
「グレンさん、今よりいい装備してるじゃないですか。この装備とかどうされたんですか?」
「いや、それは・・・その。」
僕はついに言葉に詰まり黙り込んでしまう。これ以上はぐらかしても恐らく彼女は諦めないだろう。
だからといって本当の事を話してしまってもよいのだろうか。
絶対気味悪がられてしまう、そうしてしまえば何処かで連携が崩れてしまうかもしれない。
だが、こんな彼女に嘘を伝えてしまっては次に僕が罪悪感に襲われる。
ここは素直に折れてしまう方が正しいのだろうか。そう思い悩んでいると膝が温かくなった。
見下ろしてみるとウルが僕の膝の間に顔をうずめて此方を見上げていた。
それは主人であるハンナを信じろというかのように。これも彼女が指示したのかもしれない。
だが僕はこのウルの行動によってもう隠す事を止めることにした。
「・・・分かった、僕の負けだ。全部話すよ。」
「ふふっ、ありがとうございます。」
僕の中で何かが吹っ切れてた気がした。
だがそれはとても晴れやかな気持ちで何一つ不快に思うことが無かった。
「それで何から話そうか。」
「じゃあまずはこの装備とか。」
「いや、それより僕の話に少し付き合ってくれないかい?」
彼女は僕に向かって首を縦に振った。僕はそこからその写真に全く覚えがない事。
さらに身に覚えのない記憶が沢山ある事。そして僕は全く記憶を失っていない事。
その全てを彼女に話した。最初の頃は頷いて此方の話を聞いていたが、途中から反応がなくなっていた。
話終わって彼女の方を見てみると、泣いていた。
今の僕の話を聞き、それを独り抱え悩んでいることを知って。彼女は僕のために泣いている。
僕はそれがただただ嬉しかった。
「まぁ、そんなところかな。結局ここに写っている人も分からない。だからといって悩む事じゃないと分かっているんだけどね。それでもどうしても考えてしまうんだ。」
「も、もじかしたら思い出さないといけないほど大切なごとがあるのがもしれません。」
彼女は泣きながら僕に話しかけてくる。
そんな彼女を心配するかのようにウルはハンナの周りをウロウロしていた。
「そうかもしれないね。だけど今はこれでいいんだ。今は生きることを考えないといけない。だから思い出すのはほんのついででいいと思ってるんだ。」
僕は泣いているハンナの顔をタオルで拭いてあげる。
「だから、思い出した時に僕はどう生きるか選ぶんだと思う。だからそれまでは今の僕として、グレンとして。精一杯生きてみるつもりだ。」
「そうですか。それはいい考えです。」
彼女はにっこりと微笑む。僕もそれに釣られて顔を綻ばす。彼女がいて本当によかった。
これで少しでも僕は前に進めたのではないだろうか。そう思う。
「あっ、もう夜警交代だ。ダンを起こしてくるよ。」
僕はそう言ってハンナの元を離れた。
朝が来た。僕は誰かから起こされるという訳では無く、テントの僅かな隙間から入ってくる太陽の光で。
ゆっくりと体を起こす、少し体が固まっているようだぎこちない。
テントから出るとダンさんが朝食を作っており、ハクとハンナは何やら話しているようだった。
僕は体を動かせるようにするためにストレッチをしていると僕が起きて来たことに気づいたようでハクとハンナが近づいて来た。
「おはようグレン。よく眠れたか?」
「あぁ、ぐっすりとまではいかなかったが体力は十分回復したよ。」
「なら良かった。飯食った後直ぐに遺跡に潜るつもりだから準備しておいてくれ。」
「分かった。」
それを言ったハクはダンの方へ歩いて行った。
「グレンさんおはようございます。」
「おはよう、ハンナ。昨日はありがとう。」
「いえいえ、御礼を言われる事なんてしてないですよ。」
昨日も思ったがあの人見知りのオドオドさがなくなったら最早別人のように見えてしまう。
まぁ、それだけ僕に対して信頼してくれているという証拠なんだろう。
「じゃあ、僕たちも準備しようか。」
「はい!」
彼女は元気よく返事をしてウルを従えてテントに向かって行った。
僕もこうしてはいれない、テントに戻って銃剣に弾を装填しなければ。
ダンの作ったサンドイッチを食べた僕たちは直ぐに遺跡調査を開始した。
罠があればダンさんが見つけて解除。敵がいたらウルが索敵をして教えてくれる。
お陰でまったく異常も無く進むことが出来た。
「二階層にまで来たがこの難易度だとそこまで重要な遺跡じゃなさそうだな。罠も余程初心者でも無ければ引っかかる事もない。魔物の強さも妥当だ。」
「油断はいけませんよハク殿。もしかしたら二階層から難しくなってるかもしれません。」
「そうじゃなければいいんだけどな。」
確かにここまではランクが低い冒険者達でも余程ヘマをしない限りは来れるだろう。
だが隠されていた遺跡にしてはやけに簡単に突破できるのに対して違和感を覚えた。
「皆さま、どうやらこの道には罠は無いようです。安心して進みましょう。」
「ウルも周辺に魔物はいないって。」
「そうか、なら早く進もう。グレン、念のために警戒はしておいてくれ。」
「分かった。」
銃剣を腰から抜き構える。ハクを先頭にして通路を進んでいく。僕は殿として一番最後尾だ。
この階層に来てから罠も魔物も全くなくなった。皆が異常と感じるくらいに。
だが道が永遠に繰り返しとか強い魔法の反応などは無く危険な事は無いのは確かだった。
「もしかするとこの階層が最下層で魔物も配置してなければ罠も配置してないのかもしれない。」
「確かにグレン、それはありえるな。ハンナ、マッピングの方はどうだ?」
「この道が最後です。この道に階段が無ければここが最下層だと思います。」
「っとなると本格的にその線を疑っていいか。」
その言葉に皆が気を緩めた。だがそれが間違いだった。その瞬間足元に魔法陣が現れて僕らを包み込む。
「皆!離れろ!今すぐこの魔法陣の上から離れるんだ!」
その声に皆直ぐに反応して飛び退く。ダンさんとハクはその身のこなしで、ハンナはウルに捕まれて。
僕も直ぐに反応して後ろに飛び退いたが、何か固いものにぶつかって魔法陣の中に戻ってしまう。
皆は脱出できたようで少し離れた位置から此方を見ている。
「おいグレン!早く逃げろ!」
「駄目だ、何か固い壁の様な物が邪魔をして出られない!」
「グレンさん!早く!」
「グレン殿!」
皆が呼びかけてくる。僕も必死に逃れようと壁に向かって銃剣を振るが壊れた様子はない。
撃っても同様だ。弾が何かに当たって跳ね返って逆に危ない。
「駄目だ、何も効かない!」
「グレンさん!」
ハンナがこちらに駆け寄ってくる。後ろからダンとハクが危ないと叫んでハンナを止めようとする。
だがそれよりも速くハンナは此方に走ってくる。よく見るとウルに跨っているようだ。
彼女が手を伸ばしてくる。僕はその手を掴もうと手を伸ばす。
しかし僕の手は何もつかまないまま魔法陣は起動した。
魔法陣から溢れる光が僕の目の前を真っ白に染めていった。
白い光が収まり暗い室内に目が慣れるまで時間がかかった。
だんだんと見えてきた室内は石造りの遺跡、ではなく見たことのない綺麗な素材で構成されていた。
更には机の上に見たことのない光を放つ箱があった。
「なんだろうこれ?何かの装置か?」
近づいて触ろうとすると後ろから先ほどまで無かった気配がした。
「あれ?プレイヤーがいるね。どうやって入ったのか知らないけどここはサーバー管理室だから帰った帰った。」
白衣に身を包んだ黒髪の男は僕にそう告げる。
「プレイヤー?サーバー?一体それは何ですか?貴方は一体?」
「あれ?NPC?ちょっと待ってねぇ。」
そう言って彼は僕の後ろにあった光る箱を操作しだした。
「いや、君はやはりプレイヤーの様だね。だけど記憶が無いのか?ログイン履歴を見たらここ三年はログインしっぱなしだな。ここまで来たら病院でログアウトしてない人が居るかもしれない。調べてみようか。」
「あの、先ほどから何を言ってるんですか。」
「・・・手っ取り早く記憶を取り戻して貰った方がいいか。確認は部下に任せるとして。」
そういって彼は虚空に指を使って何かを操作していた。
僕からは何も見えないが彼には何か見えているのだろう。だが僕にはそれにどこが覚えがあった。
「これから見るのは君の過去。現実の方は知らないが君がこの世界、『HerosForest』で過ごしていた様子だ。」
沢山あった光る箱、いやパソコンの画面が切り替わっていく。
そこに映し出されたのは断片的に見ていた記憶より明らかに鮮明だった。
僕が写真に写っていた人達と狩りに出かけたり、新しい装備を買って喜んでいる姿等様々な場面がこの部屋にある全てのパソコンの画面に映し出されていた。
「これで思い出したかい?君はゲームのプレイヤー。先程まで一緒に行動していたのはNPCだ。今君の体の事を部下に探らせているが。どうなるか分からない。ただこれだけは言える。君はこのままこの世界で生きるか、再び現実に戻って君としての人生を歩み出すか。直ぐに選択しなければいけないだろう。」
僕は完璧に記憶が戻った中でその言葉を受け止める。
これが昨日考えていた選択の時、まさかこんなに早く来るとは思わなかった。
「取りあえずこの遺跡の入口までの転送陣出しておいたからそれで戻ってね。体の方は調査結果をメールで送信するからそれまでログアウトしないこと。下手にログアウトすると危険だから。」
「分かりました。ありがとうございます。」
僕はこの場に居るのが嫌でたまらなくなった。すぐに作ってもらった転送陣に乗り再び光に包まれ始める。
色々と思い出して思ったことがある。
僕は最高ランクのSランクを余裕で凌駕する程の実力を持つプレイヤーだった。
ベヒーモスやドラゴン等といった神話級のモンスターを何体も倒してその素材で装備を作る弧押さえ余裕なほど。
そして何より僕はこの世界の人間では無い。
地球という星で、僕はVRゴーグルをかけてこの世界をゲームとしてプレイしていたのだ。
今まで僕はここでずっと、ここが僕の世界だと思って生きてた。その事実が僕を酷く苛ませる。
しかし、僕の心の整理が終わる前に光は再び収まった。
どうやら白衣の男が言っていたとおりに遺跡の入口に転移していたようだ。
とりあえず死ぬことが無い、それだけが分かって僕の心はある程度落ち着いた。
誰も居ないテントに戻って数時間。僕はただただ空を見上げていた。
遺跡に入った時は登っていた大陽ももう地平線の向こうへと沈もうとしている。
作り物の太陽といえど、美しいと思ってしまう。
そんな風に黄昏ていると遺跡の入口の方から複数の足音がした。その足音の主たちは大体予想がついた。
3つの足音はゆっくりとこのキャンプに近づいてきている。
「今日はもう寝よう。皆疲れているだろう。」
「そう、ですね。私もそのようにしたほうが良いかと。」
「・・・」
ダンとハクは少し落ち込んだトーンで、ハンナはただ俯いて一人泣きそうになっていた。
そんな中一番最初に異変に気付いたのはウルだった。
僕の匂い、いやそれよりも強い料理の匂いに釣られて一直線に僕の方へ近寄ってくる。
「ウル?!どうしたの?」
ハンナが慌ててウルの後を追い始める。ダンとハクも同じく。
そうしてウルは誰よりも早く僕の元に着いて跳びかかってきた。
「ちょっと待って!舐めないで!」
僕は驚いて叫び声を上げる。ウルは大人しく下がり僕の前で座る。丁度他の三人が僕の目の前に着く。
「グレン、なのか?」
ハクは恐る恐るそう聞いてくる。恐らく偽物だと警戒をしているのだろう。
目の前で死んだかもしれない仲間がテントに帰ってきたら飯を作って待っていたのだから。
普通はそう思うだろう。同じくダンも腰の拳銃に手を伸ばす。
しかし、そんな二人の間をすり抜けてハンナは僕の方に近づいて来た。
そして僕の前で止まるかと思いきや、彼女は僕に抱き付いて来た。
「死んだかと思いました。」
「ごめん。僕もそう思ったんだけどどうやらただの入口までの転移魔法陣だったようで。」
「ハンナ!離れろ!偽者かもしれないぞ!」
「本物です!そうじゃないとウルがこんなにも気を許すことは無いです。」
ハクとダンはいつもと違い力強い言葉を吐くハンナに驚いていた。
そしてゆっくりと二人ともウルへと目を向ける。
そこには抱きついている僕とハンナの足元で寛ぐウルの姿が目に入ったのだろう。
二人とも武器を直してこちらに近寄ってくる。
「すまない、偽物と疑ってしまって。」
「気にしないでください。僕も正しい判断だと思います。」
「そう言っていただけると助かります。グレン殿。」
「何より無事で良かった。俺たちここまで全員顔を真っ青にして来てたからな。いやー、良かった本当によかった。」
ハクはそういうと空を仰ぎ見ながら強く拳を握った。
ダンはそんなハクと僕とハンナを優しい目でただただ見守っていただけだった。
翌日再び遺跡調査をおこなった。あの転移魔法陣はもう無かったようでそのまま難なく調査が終わった。
結果は3階層しかない小さな遺跡だったが最下層の3層目には意外な事に財宝があった。
幾らか帰りの邪魔にならない程取り、僕達は遺跡調査を終えた。
そうして最後のこの依頼のキャンプ生活を皆すごす。
「案外小さくて助かった。1回血の気の引く出来事もあったがなんとか全員無事だったし今回は依頼成功だな。」
「そうだな。そう思って今日はご馳走を用意したぞ。」
そう言って簡易テーブルの上に初日の猪のシチューと共に牛のステーキ、鮭のムニエルを並べていく。
表情の分かりやすいハンナは目を輝かしていた、恐らく尻尾があったのなら物凄い勢いで振っていただろう。そんなハンナを妹のように接していた。
「ウルには皆より大きいステーキだ。」
そんなハンナのテイムモンスターであるウルはご主人様のように喜び今か今かと食べる許可をハンナに求めて鳴いていた。
勿論、尻尾は大き振れていた。そんな皆と小さな宴で今回の依頼の精神的疲れをとっぱらっていく。
だがそんな中、僕一人は心の底まで楽しめずにいた。
だがそんなことを皆に悟らせたくない、だからこそ精一杯楽しむことにした。
再び夜が訪れる。今日は僕から申し出て1日夜警の番に立候補した。
皆不思議そうに首を傾げていたが、明日馬車の護衛を任せるからという嘘の理由で皆をなんとか納得させていた。
少々無理があっただろう、だがそれでも僕は1人で考える時間がどうしても欲しかったのだ。
再び空を見上げる。一昨日見た夜空と変わりなく綺麗だった。
『君はゲームのプレイヤー。』
その言葉がやはり僕の頭の中をよぎる。
もしこのまま運営から連絡が来て体が無事だった場合元の世界に帰れるだろう。
今この場でメニューを表示してみるとしっかりとログアウトのボタンがあった。
その流れでアイテム欄を見てみる。そこにあったのは写真の中に写っている時の装備だった。
そうしてステータス画面。
僕の本当の職業は盗賊の上位職である『短刀を極めし者<<トップスター>>』であった。
祝福である『加速』はただの自己加速魔法であり、本当の祝福は『異世界の冒険者』であり。
ステータスが大きく上昇すると共に、成長限界無しと取得経験値上昇である。
一言でいえばチートであるが、これがゲームの世界であるというならばおかしくはないだろう。
これにより僕はこの世界のNPC冒険者を余裕で越えている、それは自分への恐れが出てきた。
そのせいで僕は余計に迷ってしまう。
出来ればこの世界に居残ることが出来るのなら、僕はこの世界に残りたい。
だが、こんなにも自分自身でさえ自分の力に恐れている。
それはだれかを傷つけてしまうかもしれないという不安だった。
「またなにか悩んでるんですか?」
「いや、何も悩んでないよハンナ。」
「嘘です、今日の夜警の番とか強引でしたもん。バレバレです。」
やはりバレてしまっていたか。あのやり方なら仕方がないだろう。俺は断念して再び話すことにした。
いつの間にか僕はハンナに対してここまで信頼していた。恐らく彼女もそうなんだろう。
だからこそ僕はこんなにもおかしなことを簡単に口にすることが出来た。
「つまりグレンさんはこの世界の人じゃなくて別世界の人?それで滅茶苦茶強くてその上向こうに帰ろうと思えば直ぐに戻れるって事ですか?」
「そう。僕の世界じゃあこの世界はゲームなんだ。」
「ゲーム?」
「ゲームというのは遊戯の1種だと思ってくれていいよ。その遊戯の中の世界、それがこの世界だったんだ。」
「成程、分かりました。それで結局何で悩んでるんですか?」
「僕はこの世界に居ていいんだろうか、本当は戻るべきなのではないかってことさ。」
「たしかにグレンさんの本当の力はすごく危険です。ですがそれは使い方を間違えた時です。ですがグレンさんは優しい人です。傷つけることなんて殆ど無いでしょう。」
「じゃあ僕はどうしたら。」
「結局どっちの世界に思い入れがあるんですか?私はいまいち実感がわかないですが、それが分かれば簡単に決めれるんじゃないですか?」
「どっちの、世界に思い入れがあるか。」
僕は戻った記憶を手繰り寄せる。
元の世界では必死に働いて働いて、それでやっとできた時間でゲームをやっていた。
これといった目標もなく、ただただその日その日を凌いでいた。かえってこの世界はどうだろう。
皆と頑張り強くなろうとする目標がある。元の世界と違って僕を気にかけてくれる人も多い。
何処にいても殆ど寂しさを感じられないのだ。
「その顔、もう決まったみたいですね。」
ハンナに言われて顔を上げる。そうだ、悩まなくてももう心の奥底では決まっていたのだ。
それをあれやこれやと理由を並べて迷っていたのだ。
「僕はこの世界で生きていきたい。皆がいて、皆が必死に生きて。多くの友に支えられるこの寂しくない世界で僕は生きたい。」
「そうですか、こちらに残ってくれて嬉しいです。」
ハンナの満面の笑みが僕の心空いていた穴を埋めてくれた。
ただ笑ってくれるた、それだけなのに僕の心は呼応するかのようにその穴を閉じた。
だが、それだけじゃない。今まで何か紐のようなもの1本でこの世界に留まっていたのが今となってはしっかりとこの地面に足をつけて存在しているという感覚があった。
「ありがとう、ハンナ。」
「いえいえ。当たり前のことをしただけです。」
そうして二人揃って空を見上げる。雲ひとつない星空を二人並んでただただ眺めていた。
これが僕の、新しいこの世界での最初の記憶だ。
あの後無事に遺跡から帰還して調査報告を済ませて無事、依頼を完了した。
今回の依頼の中でメンバーと仲良くなった事で臨時メンバーではなく正式メンバーとして『メルト』の一員になった。最初はダンもハクも困惑していたがハンナの熱い説得により入る事になった。
因みに僕も困惑していた。そうしてその足でマリーの所に向かおうとするとハンナも一緒に同行してきた。
まぁ、いい装備があるので何時かは教えてあげようと思ってたので特になんとも思わなかった。
しかし事態が急変したのはアロンダイトに入った時だった。
「あっ!グレン!お帰り!」
何時もとは違い女の子らしい格好に身を包んでいたマリーは店に入ってきた僕を見るなり駆け寄ってきた。
「ただいまマリー。その服はどうしたんだ?今からどこか出かけるのか?」
「忘れたの?ご飯食べに行くって約束。」
「いや、忘れてはないけどまだどうするか話してなかったよね?!」
僕らがいつも通りに話していると僕の背後から敵意が急に現れた。
「グレンさん。その人、誰?」
明らかに目が笑っていない。顔はしっかりと笑っているのだが目が物凄く怖いのだ。
「いや、この人はこのアロンダイトの店主のマリー。良くしてもらってるんだ。」
「へ~。」
僕が様子のおかしいハンナの対応していると今度は逆方向から敵意が。
「そちらの貴方こそ誰ですか?」
「私はハンナです!グレンさんと一緒のパーティーメンバーです!」
両者目から火花が出そうなほど何かを張り合っている。まるで何かそこにあるものを取り合うように。
僕はそんな2人から少し距離を離そうと後ろを向くと両肩に手を置かれる。
「「グレンさん。少しお話しませんか?」」
僕は目の笑っていない2人に渋々その話し合いに参加させられることになった。あぁ、本当に生きている。
そう僕は思ってしまう。目の前の修羅場でさえ僕は楽しんでいるのだ。
チラリと窓の外へ目を向ける。もう偽物では無い太陽が僕達の住んでいる街を照らしてくれている。
あぁ、やっぱり僕はこの世界に生きている。
「「グレンさん!どっちがいいかハッキリしてください!!」」
取り敢えずはこの修羅場を乗り切ることが僕の課題のようだ。
『運営の者です。どうやらあなたの体は不思議なことに病院から物の見事に無くなっていました。』
そんな非現実的なメッセージがこの物語の幕を閉じた。