兄が婚約破棄するはずが、私がしています。
出来心で書きました。
「ティア、君との婚約を無効にして欲しい」
突然、御茶会に乱入してきたのは兄である王太子─エリック・ハーリッシュ。
その横には見たこともない、銀髪の女性がいる。
楽しい気持ちが一気に失せた。
兄のたったひとこと。冒頭の言葉で。
兄の横にいる女をまじまじと観察する。
緩く巻かれた髪がふわふわとした雰囲気を醸し出しているので、可愛い分類に入るのだろう。けれど、私には劣る。決して、ナルシストとかではなくて客観的な意見だ。
分類は可愛いでも顔の作りが私とは別。それは、親が違うのだからあたりまえだけれど、彼女は素朴な感じであるが、私は人形のような愛くるしさを持っているのだから。
チラッとみるけど、やっぱり私のほうが可愛い。
得意気にドヤ顔をしようとすれば、それに気づいたのか義姉様が淑女の仮面と言う名のアルカイックスマイルを浮かべながら、兄を見据える。
「不粋なことはお止めください。品位が疑われますわよ。王太子殿下。それに、私まだ殿下とは正式に婚約しておりませんのでお忘れなく」
「なっ、どういうことだ」
朝摘みの薔薇を紅茶に浸したフレーバーティーを優雅にひと口含む未来の義姉候補筆頭のティエラ・ジャクリーン様は、このふたりに興味などないと暗に示している。
政略結婚に愛を求めていない典型的なご令嬢。
それに、ティエラ様はそこにいる妾候補とは違い美人だ。
誰もが羨む美人なのだ。
ヴィーナスの生まれ変わりなのではないかというくらい絞まるとこは締り、出るところは出る。
なんて、素敵な女性なんでしょうか!
既に私の中ではこの方が未来の義姉なので、「義姉様」と呼ばせていただいている。
「私はいま、王女殿下であるヴィアンカ様に招待され此方の薔薇園で御茶いただいているのですが、何故ヴィアンカ様にお招ばれされていない王太子殿下がいらっしゃるのですか?また、殿下の婚約には議会の承認も必要ですので、その手続きさえはじまっておりませんので私はまだ候補なのです。それに、そちらにいらっしゃる女性は新しい殿下付きの侍女ですの?」
義姉様、どうみても侍女ではない。
侍女があんな高価なドレスは身につけない。
しかも、フリルが多すぎて年齢が大丈夫か疑いたくなる。
フリルどんだけ好きなのだろうか。絶対に私より上でしょう?はずかしくないのかしら?
しかも、侍女ではないということをわかっていて嫌味を言うとは最高ですわ。
流石、義姉様。
「なっ、シェリアは侍女ではない。私の愛しい存在だ」
「……エリック様」
溢れるか溢れないかの涙を浮かべているが、あれは演技だな。
演技だよ!あれくらい令嬢なら出来なくてはいけないのは、この国の淑女の常識だ。
それに、騙される殿方はバカだと叔母である公爵夫人は言っていた。
いまならわかる。兄はバカだ。バカだったのだ!
「お兄様とそちらの妾候補の方はとっとと此方の薔薇庭園から消えていただいてもよろしいですか?私、あなた方を招待した覚えがないので大変不愉快なのです」
「なっ、実の兄に向かってなんという無情な。そして、シェリアは妾候補ではなく未来の王太子妃だ。お前の義姉になるのだからな」
さっきから、「なっ」「なっ」うるさい。
無情ってなに?ここに入る事が許可されているのは王族又は準王族に属する公爵家の人間のみ(近衛騎士と専属侍女、女官長は可)だというを、すっぽり頭から抜け出ている人に言われたくない。
それに、未来の王太子妃ってなに?
議会の候補にも入れなかった方が、王太子妃になれると思っているの?
その事をいま指摘すれば、脳内お花畑の兄は、またピーチクパーチク小鳥の囀り以上の騒音をだすのでしょう。
これ以上、煽っていくスタイルはやめたほうがいい。
頭が痛くなりはじめてきたので、そろそろ終了でもしようかと思えば、遠くから兄の側近という名のお守りをしているライオネルが駆け寄って来る。
どうやら、ライオネルが居ない間に手引きしたようだ。
他の側近達は何をしている。
特に従者とか、従者とか。
あと、護衛騎士とか。
「ライオネルどうしたの?そんなに、慌てて」
空気を読まない妾候補さんが、ライオネルに気づき嬉しそうに呼ぶのだが、何故呼び捨てなのか?
そして何故、兄は「様」付けなのにライオネルのことは「様」が付かないのだ。
この人、教養というよりも貴族の常識を理解しているのでしょうか?あっ、妾候補さんは平民でいらっしゃるのかしら?
そこから、調べなくては。王宮のしかも王族の私的空間に入り込むなんて。
そして、ライオネルはこの妾候補さんと知り合いなの?
あー、なんだかイライラしてきましたわ。
「そこの妾候補さん。何故、貴女ごときがリンデン公爵家のライオネル様のことを呼び捨てにしているのかしら?それに、ライオネル様が私の婚約者だと知っていてその様なことをなさっているの?」
「ライオネルと私は友人です。ですから、友人なら様を付けるべきではないかと。あと、ライオネルを婚約なんて言葉で縛らないであげてください」
「ご友人ですか……未婚の女性と未婚の男性が。そうですか。私の知り得ない世界のようで。そして、婚約という言葉で縛られているのはライオネル様だけではなくて、私と義姉様もですのでお間違えなく」
扇子で顔を隠しながら嘲笑いたい気分だけど、生憎そんなものは持ち合わせていない。
ああ、それにしても気分が悪い。
友人ってなんですの?男女間で友情って育つものなのでしょうか?
それこそ、私の知り得ない世界ですわ。
義姉様に視線を戻せば、反撃するからと微笑まれる。
「あらあら、ライオネル様はあまり淫蕩に耽るようなお方ではないと伺っておりましたのに。ヴィアンカ様に知られなければいいとでもお思いでしたのかしら?学園でその侍女の取り巻きのひとりだと聞き及んでおりますが。それに、ヴィアンカ様との婚約解消を望んでいるような発言は慎んだほうがよろしいのでは?」
学園はやはりふしだらな場所なのですね。
それにしても、ライオネル様は私との婚約解消を望んでいたとは知りませんでしたわ。
義姉様に言われてはじめて理解しようと思いましたが、そこまで私のことがお嫌いだったなんて。
「婚約を解消したいとお思いになるくらいに、私のことがお嫌いだったのですね」
私は私なりにライオネル様のことを慕っていたのに、なんという無情なことになったのでしょう。
これこそ、無情という言葉を使うのですよお兄様。
政略結婚に愛を求めてなどいなかったのに。あんまりですわ。
いままで、義姉様に向けていた視線を外し涙が溢れそうになるのを堪える。
こんなにも私の涙腺はバカだったのですね。
それに気付いたティエラ様が「雨なのでしょうかね?濡れてしまいますわ」とハンカチを差し出してくださいました。
なんて、お優しい。傍観だけしている兄やライオネル様とは違いますわね。
どうせ、蔑んだ瞳で私のことを見下しているのだろうとそっとライオネル様を視界の端に捉えれば、青白い顔をしている。
なぜ、その様な表情をしているのか不思議で仕方がなかったのですが、僅かの勇気を振り絞り「公爵様と父上には私からお話を通しておきますので、ご安心ください。そして、きっと他国に嫁ぐことになると思いますので、嫌いな私を見ることもきっともうないでしょう。御元気で、ライオネル様。最後に、はじめて対面したあの日よりお慕いしておりましたわ」と思いの丈をぶちまけましたわ。だって、最後なのですから。
そして、ティエラ様に支えられながら王宮の私室に逃げ込む。
兄とティエラ様の婚約破棄騒動(仮)よりも私の方がダメージ大のようです。
当分、部屋から出たくありません。
兄と妾候補さんは、その後宰相よりこっぴどく叱られたみたいです。
ライオネル様のことは知りません。
5/1 日間ランキング 7位 ありがとうございました。