第0話「終わりは始まり」
扶桑の首都、東京。今日は奇跡的に雪が降り、街中が賑やかに鮮やかに。
色々な店舗の入り口が赤に緑に、煌びやかに飾られている。そんな中で私はライブの準備をしていた。
『それでは、バーチャルクリスマスイベントをお楽しみください!』
このライブイベントのメインである、雪野舞衣がお辞儀をして幕開けとなる。
私達の出番は5番目と最後だ。それまでは楽屋での待機。隣にはそわそわと出番を待つ、雲田わたあめこと美崎さんが座る。
「由比さんはこういう時って緊張しないんですか?」
「緊張してるよ。でもしっかりとどうやって盛り上げようか考えてる」
私はこういう時は紅茶を飲んで落ち着ける環境を作るようにしている。そして、こういう時はライアーの事を考えているのが常だ。
「空奈ちゃん!」
突然ドアを開けて、最近親しくなったライバーの道咲カエデが入ってきた。彼女は私の目の前にあったケーキをフォークで一口頂くと、満面の笑みに。
「ちょっと、人のケーキ!」
「いいじゃん!」
イベントへの招待状メールが届いたのは、つい1ヶ月前の事。東京から帰ってきてすぐの時だった。
事務所にもメールは届いていたけど、私が参加意思を見せるまで友香は教えてくれなかった。
『それじゃあ、わたちゃんにも出演してもらうね』
友香からそう告げられた時、美崎さんは大慌てだった。私なんかでいいんですか、と。
元々美崎さんも歌のレベルは高かったので、ボイトレで仕上げるまでは割と簡単ではあった。
ただ、彼女は割りと上がり性な部分がある。そこだけが少し心配。
カバーできる限りしてあげて、このライブを成功させなきゃ。
『ユニット「桜の雲」、準備室で待機をお願いします』
アナウンスで告知がされ、私と美崎さんは準備の為部屋を出た。いよいよだ。
今回の二人のライブは新曲を発表する為の場だ。前を向いてやるしかない。
私は緊張している美崎さんの手をそっと握り、引っ張るようにステージへと歩いていく。
「やろう!」
「はいっ!」
今回の新曲はクリスマスをイメージして私達二人で作曲して、それをプロの方に修正してもらったもの。
振り付けも二人で考え、こっちは極力修正はせずによくない部分のみ最低限の修正。
練習期間は10日間だけだったけど、それでも友香と朝奈からは評価をしてもらった。
シンメトリーになるように踊りながら歌う。でも美崎さんは緊張もあって少し息が切れている。
そこでまだまだ体力に余裕がある私が横目で合図をした。
2番のサビは私が一人で歌い、それをカバーしてもらうように美崎さんに歌ってもらう。
その考えは成功し、どうにか美崎さんの体力の消耗を抑えられた。
3番はサビが2回続くから、そこで美崎さんに全力でやってもらおう。
新曲である奇跡の夜。クリスマスの夜を過ごす幸せなカップルをイメージした曲だ。
続いてわたあめは抜けて、私のソロ。ここで歌うのは定番の曲であるアイドルソング。
「それじゃあ、ここでアイドル精神!を歌います」
アイドル精神!という曲は色々なアイドル系ライバーが歌っていて、今までシンガー路線だった私にとっては少し緊張する曲。
でもここで歌って成功すればファンは増えるはず。だから、私はアイドルになってみようと思う。
10分間のステージは終わり、私は楽屋へと戻ってくる。清々しい気分だけど、このライブのラストに全員でクリスマス曲を歌う。
それまで休憩になる。ただし、配信は禁止されていた。
動画チャンネルを見ると、ライブ前よりも500人ほど登録者数が増えて7万人を突破。
2月から始めたライバー活動だけど、この1年で7万人は大きい。
「お疲れ様でした!アイドル精神、めっちゃ好きです!」
「ありがと。わたあめも今度披露してね」
「もちろんです!」
クリスマスライブは21時に終わり、私はライバーのみんなに挨拶を済ませてホテルへと向かう。
今日は特別な日だ。いつもなら友香と泊まるはずのライブ後のホテルは、私にとって大切な人達と泊まる。
友香にライアー、幸喜、静音と朝奈。いつものメンバーだ。
面白い事に、この場にいる全員が元軍人。更に言えば静音は1ヶ月前に扶桑空軍に入隊している。
「それじゃあメリークリスマス!!」
友香とライアーはシャンパン、それ以外の未成年組はシャンメリーで乾杯。グラスの音が綺麗に響く。
色々な経験をしているというのに、私や静音に朝奈はまだ未成年である。
「朝奈って成人したらお酒めっちゃ飲みそうだよね」
「そう?」
朝奈は相変わらず綺麗な黒のロングヘアで、とても羨ましい。髪の手入れもしっかり行き届いている。
「どうしたのよ、人の事まじまじと見て」
「髪が綺麗だなって」
「ありがとう」
そして相変わらずよく食べるなと、その食べっぷりを見て思う。ローストビーフやマッシュポテトを頬張っては飲み込んで、静音や友香と話している。
時間が経つにつれて友香は酔いはじめて、ゲラゲラと笑っている。
「相棒も飲むか?」
「私が注ぐからフィルさんはあっち!」
ライアーはシャンパンを勧めてくるし、友香は私に抱きついてくるし。
そんな様子を見た朝奈はシャンパンをストップさせ、飲酒した二人に水を飲ませていく。
夕飯が終わった後、私はイブキからの通話に応じた。
実は今日のライブで、最後に私とイブキは隣り合って歌っていた。お互いに連携を取りながら、その場にいた誰よりもシンクロしていたと思う。
イブキはお疲れ様と言った後に、私にお礼を述べた。
『空奈には言ってなかったけど、私の夢はとても仲のいいライバーと一緒に大きなライブへ出る事だったんだ』
「そっか。じゃあ夢が叶ったんじゃない?」
『うん。ファンのみんなも私も余韻がすごいよ』
彼女は笑い混じりに感動を言葉にしていく。
『それでね、私はやりたい事、夢が叶ったんだ。だからね』
「うん」
『急だけど、今月限りで音羽イブキとしての活動を終わりにする』
「えっ?」
その発言を聞いて、私は思わず思考が停止した。
私はまだ10万人に届いてないのに。イブキともっと活動していくと考えていたのに。
イブキと歌えると思っていたのに。
「待ってよ、何よそれ!」
『今はただそれだけ伝えようかなって。それでね、最後に一緒にコラボしようね』
先ほどまで笑い混じりだった彼女の声は、どこか寂しさを感じさせるようにトーンが下がっていた。
ただただ肯定の一言を伝えるだけしか出来なくて、朝奈と友香と静音が見ている中で私は通話を終える。
「・・・」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
私はショックを隠すように、声を掛けてくれた友香に笑顔を見せてから布団へと潜った。
今この時は寝て、起きてから色々と考えよう。少し疲れたから。




