第19話[ 中編 ]「守られる命」
翌日に私達は実家へと帰ってくる。玄関へは向かわず、御神木があった場所へ向かう。
その場所には社が建っていて、その社の中には私の血の入った酒である血酒が供えられている。
はずだった。
「これどういう事・・・」
「完全にそれ目当てだな」
社の扉には南京錠が掛けられていたけど、それが壊されている。何者かが私の供えた血酒を狙って錠を壊し、盗みに入ったのが丸わかりだ。
けどよく見れば血酒の入っていた升は捨てられ、その近くに液体が捨てられている事に気が付く。
「まだ捨てられて間もない。由比、気を付けろ」
「了解」
周囲に人影は無いけど、私とライアーは臨戦態勢に入る。その時後ろから物音がした。
後ろを振り返れば拳銃で武装した男が三人居て、構えながら私達へ近づいてくる。
「大人しくしてろ」
「そっちの女に用があるだけだ」
男二人はライアーを特に警戒し、二人で狙っている。でもライアーはただ手を上げて事を荒立てたりはしない。
一人が私の前に立ち、ナイフを取り出した。まさかと思いながら私は目の前の男に尋ねる。
「私の血が目当てなの?」
「ああそうだ。だがソレを知ってお前はどうする?」
「別に」
この距離なら避けられる。
そう確信した私は、ライアーを横目でチラリと見た。ライアーも同時に横目で私の方を見て、すぐに視線を前に戻す。
これが緊急時の合図だ。私とライアーは目の前に立つ脅威に対して攻撃を開始する。
私は構えられたナイフを持つ手に素早く蹴りを入れ牽制してからその足を軸にして男の顔に思い切り二段蹴りを加える。
小柄とはいえ元軍人だ、甘く見るな。そう言わんばかりに相手に更に攻撃を仕掛けナイフを奪い取った。
「ライアー、そっちは」
「制圧完了、大丈夫だ」
ライアーも男二人が持っていた二挺の拳銃を片手で持ち、警察へ通報をしている。
あっちは完全に気絶していて、後は私の相手だ。気絶させるに至っていないし、ライアーにどうにかしてもらうしかない。
視線をライアーへ向けて手招きをして合図をした時、ライアーが持っていた拳銃をこっちの方向へ構えたのがスローモーションのように映る。
乾いた破裂音が二回。一回目の直後にライアーが撃った。
「由比ッ!!!!」
ライアーが大慌てで駆け寄ってくる。でも私にはなんとも無い。
どうやら相手の撃った弾は私には当たらなかったようで、ライアーの撃った弾が相手に当たり出血している。
「悪い、俺が油断してた!」
私は唖然としていた。この距離で弾が外れる事があるんだろうかと。
相手の使っている銃は見たところ異常は見当たらない。本来なら負傷して倒れていてもおかしくはない状況なのに。
私達の件に関して普通の警察署の人が来る事は無く、特殊な案件としてその部署の捜査員が来る。
だから拳銃を所持していても罪に問われずに済む。同時に、世間一般に知れ渡る事が無い。
『お前さんは死んじゃいけねえよ』
夕焼け空の下、実家から出た時にそんな声が聞こえた。振り返っても誰もいなくて、気のせいだと私は前へ歩む。
でもなんだか聞き覚えのある声だった。懐かしいような、心苦しくなるような。声を聞いてそんな心境に至る。
「・・・」
帰宅して、あの声が誰の者だったのかすぐに理解した。
ベッドの近くに飾ってあるクマのぬいぐるみの腹部が破れ、綿が飛び出してしまっていたから。
そういえば聞いた事がある。昔、扶桑とアスタリカとの短期間の戦争で活躍したエースパイロットの話だ。
軽爆撃機部隊を戦闘機部隊と誤認して急接近した時、防御機銃に蜂の巣にされてしまったそうだ。
一度気絶し、起きた時には右目が見えなかった。けど次第に、視力が回復してきたと。
やがて命からがら帰還し、療養の為実家へと戻ったら母の右目の視力が急激に落ちてしまっていたそう。
今回の件は、少しだけそんな状況に似ている気がした。いや、似ているだけかもしれない。
だって、とうの昔にその人は空へとその命を燃やしたのだから。
「ライアー、明日は朝奈と静音と一緒に少し東京へ行ってくる」
「今日の事もあったし、気をつけてな」
「うん」
私はまた守られた。生き延びる事が出来た。だからお礼を言いに、東京のあの場所へ。




