番外編①
はい、番外編です。ライアー視点です。
あの空域を離脱し、難を逃れた俺だったが・・・。
アイツが落とされた。あの由比が。
「何でだよ・・・」
脱出は確認したが、無線で呼びかけても反応が無かった。
最悪の事態になってなければいいんだが・・・。
俺はリンガ島基地へ連絡を取るために再び無線のスイッチを入れた。
「パレンバン基地42番隊からリンガ島管制へ。いくつか用件がある、緊急事態宣言!」
まず俺の機体だ。右側の主翼を欠き、飛んでいるのがやっとの状態。こんな状態で再び敵と遭遇すればそれこそ二階級特進だ。
次に燃料ももうじき底を尽くため、緊急着陸の要請。
そして。
「最後に、・・・42番隊の1番機が撃墜された。今すぐに捜索をしてほしい」
『こちらリンガ島管制。42番隊にはうちの隊員が何度か助けられたと聞いてる。早急に捜索させよう』
「すまない・・・アイツを助けてやってくれ」
『良い報告ができるよう最善を尽くそう』
緊急着陸後、機体を降りた俺は後ろを振り返る。
飛ぶ為の翼を抉り取られた愛機は、なぜか怒っているように感じた。
「・・・どうした」
問いかけても返事は無い。愛機とは言え、人じゃないんだ。言葉が返ってくる筈も無い。
やり場の無い怒りから、ヘルメットを地面に叩きつけた。
「フィル中尉!」
こっちへ慌てた様子で駆け寄ってくる友香は、いつもの明るい声ではなかった。
「はっ・・・はっ・・・由比は・・・?」
「・・・」
由比の事を聞かれた俺は、口を開く事ができなかった。
伝えたらどうなる?混乱するんじゃないか?
葛藤している最中、パレンバン基地の司令がやってきた。
「無線は聞いていた。2個飛行隊に捜索行動に入ってもらったが、場所の詳細を教えてくれないか」
「・・・場所は」
「ちょっと待ってくださいよ!あの子は・・・由比はどうなったんですか!!まさかそんな・・・っ」
柿本は今にも泣きそうなくらい感情的になっていた。
それもそうだろう。自分の整備した機体で飛んでくれて、いつも傍にいる由比がいない。
俺でさえ感情的になってしまっている。
そんな様子を見ていられず、俺は目を逸らした。
「由比の緊急脱出は確認した。だけど無線応答は無かった・・・」
敵機は強かった・・・。勝てなかった・・・。
悔しくてしょうがなかった。真っ先に俺を狙い攻撃し、激昂した由比を軽くあしらい撃墜しやがった。
まるで、由比の動き方を知っているようだった。
「司令、由比はきっと心身共に極限まで疲労している。捜索するのに2個飛行隊じゃ足りない」
見たんだ。音速を超えた時に発生する衝撃波と、普通は発生し得ない旋回時の雲の量を。
由比は・・・俺を助けようと極限まで身体を酷使したんだろう。じゃなきゃ気絶して無線に出ないなんて無い。
「・・・わかった。陸軍の部隊にも応援を要請しよう。空軍は3個飛行隊を動員する」
頼む・・・。無事でいてくれ・・・。
幸い怪我の無かった俺は、敵の口にしたワードとライラプス隊について調べていた。
調べているうちに、今まで見つからなかった記事を目にした。
「1998年10月。戦争が終結した後に2ヶ月の間、”全てが平等な世界”という反資本主義集団とアスタリカ合衆国との戦争が勃発」
初めて耳にした出来事だ。扶桑とアスタリカ、東側諸国との戦争に隠されていたのか?
いずれにせよ、興味深いな。
「表向きは戦争が12月まで続いている事になってますね。でも、これを見る限り戦争は10月に終わってる事になる・・・」
白い猟犬は、その戦いの最後に首謀者と交戦している事も知ることができた。
首謀者はナールズ連邦空軍所属である事はわかっているが、名前は明かされていない。
そして、その交戦で撃墜されて死亡したことになっている。そこでその記事は終わっていた。
「・・・まさか。柿本、その首謀者は一人で挑んだのか?」
「ええ、シフィルと一騎打ちで交戦した事が当時の管制官によって書かれています」
・・・間違いない。伝説の撃墜王と真っ向からやり合えるヤツだ。
俺たちが敵うわけもない・・・。
「どっちも消息は不明とされていた。だがあの敵機がヤツだとしたら?後の計画ってのが気がかりだ」
「後の計画?」
「ああ。また、何か大きな出来事が起きるかもしれない」
「ええと・・・あった。でもあいまいな表現で書かれていて具体的な情報は無いですよ」
その記事を見てみると、”その名のもとに、世界を創っていく”という表現だけが重要なワードだった。
「クソッ、わけがわからねえ」
やがて、俺は司令に呼ばれた。
リンガ島基地の格納庫の前へやってくると、数機のヘリコプターと捜索用の赤外線カメラが取り付けられた戦闘機が駐機場で待機していた。
「来たか。キミはあれに乗れ」
乗るように指示されたのは、OH-58というヘリコプターだった。
用意するのにずいぶん時間がかかったな。もう18時を過ぎた。
「仕方が無いじゃないか。これでも早い方だ」
「悪いな司令」
「いいさ。キミの恋人が墜とされたんだ、こっちも心配だ」
今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。どういう事だジジイ。
「なんだい知らないのか?基地じゃキミと霧乃宮は恋人じゃないかって噂がね」
俺は今決めた。その噂を流した本人を探し出して空中で撃墜してやろうか。
多分由比も加わるだろうな。
「まあいい。で、作戦開始はいつなんだ?」
「直に開始だ。準備しておくといい」
「ああ。わかったよ」
俺は陸軍の歩兵から小銃と弾薬のセットを調達してヘリに乗り込んだ。
懐かしいな。俺も最初は義勇兵として地上で戦ってた。もう10年も前の出来事だ。
「よう、新入りか?」
感傷に浸っている最中に声をかけられ、横を見ると乗り込んでくる数人の兵士。
俺は首を横に振った。
「さあな。地上から飛び立った烏と言った所だ」
「どういう意味か知らんが、アンタは地上の戦いを知ってるようだな。顔つきでわかる」
「そういうもんなんだな」
10分も経たないうちにヘリは離陸し、あの空域へと向かっていった。
機体の墜落した付近を捜しているが、未だに見つからない。
時間が経てば経つほど、アイツは不安になっていくだろう。
「クソッ、どこにいるんだよ・・・」
ヘリから暗闇に包まれた森を見るが、人影なんて捜せたもんじゃない。
赤外線カメラなんてオペレーターじゃなきゃ扱えない。
ド素人の俺が使ったところで的確に捜すなんてのは無理な話だった。
「そう焦るんじゃねえ」
「・・・あのな、アンタは相棒の事知ってるのか?どんな生き方をしてきたのか」
「知らん。だがな、焦って闇雲に捜したって見つからんモノは見つからん。俺の経験してきた限りではあるがな」
多分、この下士官は俺と同じような状況を何度も経験してるんだろうな。
何度も、部下を失ってる。だからこそ、俺にそう言ったんだろう。
「・・・そうか」
俺は腕時計を見た。あれからもう3時間も経っていた。
どこへ行ったんだよ・・・。なあ、相棒。
また、30分が経った。墜落した機体の近くにはいない可能性が非常に高かった。
時間が経てば、捜索しないといけない範囲は広くなっていく。同時に、戦死の可能性も高くなる。
俺を守る為に由比が死ぬ?そんなの許せるわけがねえ。
「アンタにとって捜索対象はよっぽど大事らしいな」
「当たり前だ。俺の1番機なんだよ」
「そうかい・・・」
その時、信号弾が上がったのを確認できた。
見つけたのか、それとも敵襲か。どちらにせよ向かわないといけない。
「よしお前ら、降りる準備しとけ!」
ヘリの少し上空を戦闘機が高速で通過していく。
深呼吸をして気分を落ち着かせると、暗視装置の用意をする。
だが、その必要は無くなった。
『ブラボーよりチョッパー、捜索対象を見つけたぜ。被害はうちの若造が一人気絶だ」
俺は笑いを堪えきれずに吹き出した。
地上での戦闘も歩兵にすら勝るとは、とんでもないな。
その上空からロープで降下すると、俺は小銃を近くにいた兵士に預けて相棒のもとへ歩いていく。
全く・・・。泣く事多いな、相棒は。
「よう相棒。生きてるようで何よりだな」
俺の姿を見るなり更に泣き出したが、堪えて立ち上がった。
そして・・・。由比は、初めて笑顔を見せた。泣きながらだが、笑った。
「ただいま。相棒」
由比はその言葉の直後、ゆっくりとその場に崩れるように倒れた。
慌てて駆け寄るが、すぐに安心した。ただ寝てるだけだったからな。
「相当疲労してるんだろ。なんせ過酷な戦いだったからな」
そう。本当に過酷な戦いだった。
俺は由比を抱えあげてヘリへ乗り込んだ。
「ったく、ズリイぜ。お姫様抱っこかよ」
「悪いな。俺の1番機だ」
由比は二度と撃墜させねえ。神に誓ってやる。
俺はそう心に決めた。
ライアーの過去が明らかになり、交戦した敵の正体も少しですが明らかになりつつありますね。