第14話「動き出すもの」
『うわぁ・・・緊張するぅ・・・』
音声テスト用の配信画面越しに、「雲田わたあめ」の声が聞こえる。
まだ誕生したばかりの、初配信の数分前。私も初配信の時は緊張しすぎて一回吐いたっけ。
美崎さんがそのわたあめというライバーとしてデビューするのが今日。
「新人ちゃんが気になるのはわかるけど、由比はこっち」
「わかってるって」
私は私で、これから1ヵ月後のライブに向けて本格的な練習が始まる。
今度のライブはミニライブではなく、何人ものVライバーやVシンガーが出演する本格的なもの。
中でも特に注目されているのは流星きらりさん。
流星きらりさんはすかいらいVに所属する0期生のVシンガーで、特技はブロックパズルゲームなど。
水色の髪と、綺麗な歌声で100万人以上登録者数のいる有名な人だ。
ちなみに、そのライブには私やきらりさんだけでなく、イブキや雪野舞衣さん、イナズキさんなどなど、有名なライバーがたくさん。
そんな錚々たるライバーの中に個人勢で新人な私が抜擢されたのは、主にイブキのおかげ。
「でも由比も変わってるよね。すかいらいVからスカウトが来たのに、それを断るなんて」
「理由は一つだけ。友香のサポートがある中でやりたいから」
自暴自棄だったあの頃、どんなに無茶な飛び方をしても、必ず帰ってこれた。それは友香が完璧以上の整備をしてくれたから。
友香のサポートがあれば、しっかりとやれる。そう信じられるから。
3時間の練習が終わって、家に着くなり配信を始めた。
今日はライアーが夜間待機でいないので、まずは30分ほど配信する。
30分の雑談配信が終わったあとは一度休憩しながら、テレビをつけて情報を収集していく。
そこで、気になるニュースを見つけた。以前から起きている人ならざる者と化す現象を目の前で見た人の事。
大体の人が自身もそうなってしまうのではないかという恐怖感から、何かしらの精神疾患を患う人が出始めている。
「・・・」
現実は小説より奇なり。という言葉の通りで、誰もが考えられるような不気味な事がこの世界に起きている。
当然、そんな世界に絶望する人もいる。なら私はどうするか。
「誰かを守る為に戦って、誰かの希望になる為に」
そう言って配信をしようとパソコンの前に座った時だった。
配信画面はつきっ放し。コメントは続々と流れている。
スマホには友香から15回も着信が来ていたけど、マナーモードだったから音は鳴らなかった。
やばい。完全にやらかした。
「ごめんっ!配信切るよ!」
そう言って慌てて配信を終わらせて、友香に電話をかけた。
電話越しの友香の声は少し怒ったように聞こえて、私はすぐに謝った。
「とりあえず由比、すぐにスタジオ集合。幸喜と私で今後の対策講義するからね」
「はい・・・」
どうしてこうなっちゃったんだろう、とため息をつきながらスタジオへとすぐに移動する。
最近買った原付でスタジオへやってくると、友香と幸喜が心配そうに私を出迎えた。
「由比」
「は、はい」
「ああいうのは結構危ないから次から気をつけるようにね」
友香は私へマニュアルを渡してくれた。そのマニュアルには、私がやってしまった事の最悪な結末の一例が記してあった。
暴言などのあるまじき言動が漏れ、そこから大炎上。最終的に引退にまで至ったケース。
私は偶然暴言を吐くタイプじゃなかっただけ。でも、それ以外にも彼氏や夫の存在がバレて、そこから炎上したケースもある。
それだけの事を、私はやってしまった。
「いい?次から必ず配信が終わってるのを確認してから次の事をしてね」
「うん・・・」
友香はこれをしっかり読んでと言った後、机と向き合って座る。かと思えばこっちを向いて手招きをした。
「由比の後輩ちゃん、かぁ」
そういえば私の初配信はどんな感じかだったかと言えば、告知動画が初めてだった。
ありきたりでありながら、幸喜のおかげで最初から3Dモデルを使用しての動画。
アイドルを目指してたわけじゃないから、かなり緊張もした。だから最初は綺麗に歌って。
「で、わたあめちゃんは同じように歌から始まるというこの・・・憧れ感すごくいい」
大体の人が挨拶から始まる中で、歌から入っていくスタイルは私くらいじゃないかな。
もしこの事務所が大きくなっていって、他にもライバーが増えたらきっとこのスタイルがここの主流になる。
というかしたい。
「これから新人さんのデビューの時はオープニングを作ろう。歌で始まるオープニング」
「採用!」
私の案を採用と言ってくれるのはいいけど、たぶん幸喜とかと慎重に協議をした上でやるんだと思う。
それだけ友香は炎上しやすいVライバー界隈を考えながら進んでいる。
それから、私は少しだけスタジオで配信をしていく事にした。
まずはさっきの事故の謝罪をする。
「先ほどは私の不注意で、皆様にご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
と、友香から貰ったカンペを見ながら深く頭を下げる。
高校へ行っていればそういう方面の言葉遣いなどを習うだろうけど、私は高校へ行っていない。
謝罪配信が終わってから、私はおばあちゃんの家にやってきた。
敷地内のかなり奥にある社の方へ来れば、由里さんが丁寧に掃除をしていた。
「この社、知ってるでしょ?」
その問いに私は頷いた。私が能力を得たきっかけそのものだから。
幼い頃に好奇心でこの社の扉を開けて、青白い光が私にぶつかってきた。
「大空の巫女の魂がその青白い光だよ」
「そういえば、結局大空の巫女って何なんですか?」
由里さんは隠すこと無く教えてくれた。遥か昔に天空神と人の間に生まれ、天空神の血を継ぐ血族の女性の事を指す。
「だから半神。半分人間で、半分神様。ちなみにキミのお父さんもそうだよ」
それだけ神の血というのは人間の能力を向上させる事が出来るもの。
ただしそれは血を継いでいるものに限られる。
「神格や半神の血を普通の人が体内に入れたりしたら、適合どころか能力の発現前に死ぬよ」
だから輸血とかはしないようにねと、由里さんは言う。
「・・・でもそれだと、人ならざる者がどうしてそうなるのか」
言われてみれば人ならざる者のメカニズムと血筋について、しっかりと説明が出来ない。
以前の黒い霧が関係しているかもしれないし、まだまだ調査の必要がある。
「でも由比ちゃんは本業こっちじゃないからね。私に任せて、キミはえっと、ばーちゃるあいどる?を頑張って」
「あ、はい」
由里さんもそう言っているし、1ヵ月後に控えたライブの為に頑張ろう。




