第13.5話「克服と罪」
ストーブの前で、私は暖を取っていた。少し前まで出来なかった事だ。
あの日以来、火を見ても全く恐怖心が湧かなくなり、ようやく普通に戻れたと思う。
ただ、血だけは未だに克服が出来ないのは、原因が別にあるからだと友香は教えてくれた。
「俺は由比がトラウマを克服できた事が何より嬉しいな」
「うん。私も、火を見る度あの光景の怯えて動けないのが嫌だった」
宿泊4日目で、明日の朝にはこの宿を発つ。明日の夜には1ヵ月後に控えたライブの為に、スタジオに篭る。
それから友香と、ライバーの先輩であるイブキと、もう一人特別ゲストも来る。とても楽しみで、私はライアーにそれを話した。
「で、どうだ。あれから体に異変は無いか?」
「今のところ大丈夫。でも正直悔しいよ」
半神も結局は人間で、ああいった人知を超えた能力の影響を大いに受ける事がわかった。
要するに能力だけ与えられた、不完全な神格。それが、半神だと理解した。
対して神格である由里さんは人間でない故に、黒い霧の影響を全く受けていない。
「だけど、私は人間でいたい」
「ああ。そうだよな」
由里さんは既に長野の家に戻っている。交通手段は使わず、光になって移動していった。
次はまた要請を受けるまでは家にいて、何か神格の関係する事件に備えるとの事だ。
部屋も温かくなったところで、私は着ていた上着を脱いだ。
友香から貰った働きたくないシャツをライアーに見せると、飲んでいたコーヒーを吹き零しそうになる。
「いやお前・・・働けよ」
「いいでしょ、平和の為に戦ってるんだし」
「まあそうだけどさ」
ライアーはまだ笑っていて、つられて私も笑い出す。
外から戦闘機が飛んでいくものと思われる爆音がして、私は外を見た。
「あの様子だとスクランブルか」
「そうみたい」
戦争は無くなっても、建前として防空任務は存在する。
領空に入ってくるのが必ずしも軍用機ではないし、故障で迷子になってしまっている時もある。
「そろそろ寝るか?」
「うん」
ストーブを消して布団に潜ると、私の横へライアーが寝転がった。
「明日の夜だっけ、泊り込みで練習は」
「うん。親友と、もう一人特別ゲストが来るんだって。特別ゲストは友香が呼んでくれた」
その特別ゲストについてわかってる情報はただ一つだけで、歌がとても上手で、大先輩ライバーである事。
そうなると大体予想はつくけど、でも特定はできない。
「歌ってる時の由比も好きだな」
「ありがと」
以前私の1stミニライブを見せたら、ライアーはとても上手だと言ってくれた。
次のライブも全力で練習して、ライアーに見せられるようにしたい。
「頑張るから、ライアーも応援して」
「ああ。応援するさ」
「ふふっ」
嬉しくて笑みを浮かべる。
段々と眠くなってきて、ライアーにおやすみと言って目を閉じた。
次に目を覚ました時、またあの空間にいた。ストアリテールのいる、何もない空間。
以前来た時は膝を抱えていたけど、今は背を向けて立っていた。その背中には白い翼がある。
何度も見た事のある、白い翼。
「あなたはどうしてここにいるの?」
「顕現した時にはもうここにいた」
つまり、ずっとここにいるという事。それなら聞く事は一つ。
「ここは何なの?」
「幾百人もの憎悪と悔恨から生まれた空間」
「憎悪と悔恨って・・・」
私は思い当たる節があり、右手を見た。右手をぐっと握って、ストアリテールへ言い放つ。
「私は生き残る為に変わった」
その言葉を告げて、夢は覚めた。




