第13話[ 後編 ]「その世界はきっとある」
朝になり、私と由里さんは二人で商店街へとやってきた。
昨日に引き続き彼はナイフ投げをしていて、やっぱりナイフではない別の物を投げているように見える。
「あの人が例の?」
「うん」
私を見た彼は、ニコニコと不気味に笑いながらこちらへ近づく。
そして、昨日と同様に私へ触ろうと手を伸ばしてきた。でも由里さんが立ち塞がり、代わりとなる。
「おや・・・」
自分の能力が効かないからか、それとも他の理由からか、彼は顔をしかめた。
かと思えば、なにやら考える素振りを見せる。
「・・・キミ、人間じゃないだろ」
「ええ。神ですけど」
由里さんがサラッと答え、引きつったような表情へと変化する。
直後に彼の様子が変わった。徐々に黒い霧のようなものが立ち込めて、それが商店街に広がっていく。
「まずいっ・・・!」
「全員飲み込ンでやルよ・・・!」
その黒い霧は周りにいる人にも影響を及ぼすことは明確だ。たちまち周りにいる人はその場に膝をつき、意識を失い始める。
それは人間の範囲内である私も例外ではない。少しずつ意識が薄れている事に気がついた時にはもう遅く、全身の力が抜けていく。
「この人、神格化してる・・・!?」
由里さんは保護する為に能力で私を青い光で包み込む。それでも濁る意識は回復せず、思考がはっきりしない。
さすがの由里さんも全力を出して彼に攻撃を加えている。
「それ以上はキミの身が持たないから止めなさい!!」
「お前ラナンテ・・・!!全テノミコンデヤル!!!」
「由比ちゃんごめん!後で回復させるから・・・!」
私を包んでいた青い光が消えると、黒い霧が再び私を包んだ。
意識がどんどん薄れ、意識は完全に黒い何かに飲み込まれていく。
再び目が覚めた時、私は由里さんの膝の上に頭を乗せていた。
何があったかと体を起こして周りを見渡すと、黒く焦げた地面と一人の倒れた男。
「えっと・・・」
「終わったよ、由比ちゃん。だから安心して座ってて」
由里さんにそう促され、私は近くの地面に腰を降ろした。
彼は死んでいるわけではなく、気を失って倒れているだけ。
「周辺には近づけないように警察が規制を敷いてるから大丈夫。ライアーくんが色々やってくれたから」
「そうですか」
でも、どうして焦げているんだろう。
私がそれを由里さんに訪ねると、優しく微笑んで答えてくれた。
「由比ちゃん、あの時はごめんなさい。両親への恨みを晴らすことばっかりでキミの事を傷つけてしまって」
由里さんからのその言葉は、私の記憶にある思い出したくない光景を蘇らせる。
でも不思議と、その記憶が蘇っても苦しくもなんとも無かった。
「それって・・・」
「由比ちゃんがこれから苦しくないように、おまじないをかけておきました。リリー・ロックウェルより」
その名前を聞いて、私は苦しくなくなった胸の内に寂しさを覚えると同時に、嬉しさが湧き上がる。
「じゃあ、この焦げ後って・・・」
「そう。あの男を倒す為に、リリーさんと協力してね。ちなみにあの男の能力も全て焼き尽くしておきました」
由里さんが言うには、あの男はもう二度と黒い霧と幻覚を見せる能力を使えないとの事。
神格である由里さんと、神格となったリリーさん。その二人が協力したから出来た一種の封印。
「リリーさん、ありがとうございます」
ただ一つ、私は願い事が出来た。
もしもこの願いが叶うなら。
ロックウェル姉妹がずっと生きている世界があったらいいなと。
「ううん。私が今も生きている世界があるんだから」
そう。きっとあるはず。ロックウェル姉妹が楽しく暮らしている世界が。




