第13話[ 前編 ]「染められる意思」
それは旅先で商店街を歩いていた時の事。
この日、私は4泊5日の長めの旅行の2日目で、旅行先は石川県の小松基地近郊の街。
時折離陸していくイーグルをチラリと見ながら前を歩いていると、奇妙な光景を目の当たりにした。
何かを投げて、その先にある木の板に刺している。興味本位で近づいた時、私はそれが刃物の類で無い事に気がつく。
「何をしているんですか?」
「ああ、パフォーマンスだよ」
刃物でないなら細い何かかとも思ったが、実際にはただの木の板だった。それがどうしてか、木の板に刺さっている。
まさか。この人は何かの能力を持っている可能性があり、少し避けたい対象だ。
「2日後に控えたイベントでお披露目するつもりでね」
「2日後に何かあるんですか?」
「この先のライブハウスでね」
彼が指差す方向には小さなライブハウスがあり、そこでイベントがあるとの事。
それに向けて練習をしていると、にこやかに話す。
「ところで、キミ」
「はい?」
「僕と同じ、半神の類だよね」
「・・・いえ、違いますね」
少し間を置いてしまったからか、彼は嬉しそうに私の肩を叩いた。
次の瞬間、自分の中に何かが入り込んだような気がした。
それから、私はどうしてか動けずにいた。体に力を入れようにも、その意思はコンマ数秒後にはどこかへ消え去る。
「触れた人を思い通りにするのと、幻覚を見せる能力。キミには木の板を刺してるように見えるけど、実際には普通のナイフ」
「えっ?」
気がつけば、私が木の板だと思っていたものは数センチの小さなナイフとなっていた。
やっぱり能力を持つ半神だった。これは早いうちに逃げないと、厄介な事に巻き込まれるかもしれない。
「で、こうすると今度はこう」
今度はナイフだったものがお金に見えて、中々異様な光景だ。お金が木の板に刺さっている光景なんて普通は見ない。
私は笑いを堪えきれず、プッと吹き出した。
「面白いでしょ?」
「面白いけど・・・」
どうにかして切り抜けないとと思っていたところで、パトカーが赤色灯を点けてこちらへやってきた。
すると彼は少し慌てた様子で逃げ出し、警察官の一人が降りてきて彼を追いかけていく。
「大丈夫?怪我は無い?」
「ええ。けど彼はどうして」
逃げた理由を尋ねると、どうやら要注意人物らしい。この商店街に時々現れては、女性に声を掛けて通報されるという事が多々。
時期的には私が儀式を行った8月の半ばくらいから。やっぱりあれを境に各地で色々な事が変わったんだ。
「とりあえず、また何かあったら110番するように」
「わかりました」
会話を終えて少しすると、息を切らせた警察官がこちらへ戻ってきた。
取り逃がしてしまったようで、無線で報告している。
「相変わらず逃げ足の速い奴だ」
「引き続き近くを見回ろうか。気をつけてね」
警察官二人はパトカーへ乗り込むと、そのまま走り去っていく。
さっきの事は由里さんに報告して、私はこの商店街から離れて由里さんの到着を待つ。
由里さんが到着したのは夕方になってからだった。
ホテルは由里さんの分の代金を払えば一人部屋に二人での宿泊は許可してくれて、私と由里さんは部屋で話し合う事に。
「由比ちゃんの意思で動けなかった?」
「はい。思考が働かなくて、何も出来ず・・・」
「また厄介なのがいるんだね・・・それ、多分彼の固有の能力だよ。しかも誰かから与えられたタイプの」
「誰かから与えられた?」
由里さん曰く、神の中には人間に能力を与えて遊ぶものがいると言う。
大体誰がそういうのをするのかは検討はついているとの事で、そいつを探し出さなきゃいけない。
「・・・由比ちゃん、ちょっといい?」
「え?」
私の腕に触れ、そっと目を閉じる由里さん。そして、何かを私の腕から取り出した。
黒い、霧のような物体。それは固体でも気体でもなく、液体でもない。
「何これ・・・」
「由比ちゃんが動けなくなった原因。彼はこれを由比ちゃんに宿らせて、それで動けない状態にしたんだと思う」
触れられないように気をつけて対処しないといけない。とても厄介な対象だ。
「いざとなったらMIASでやるしかない・・・」
「うん。MIASなら物理的に外部と遮断されるから、宿らせる事は出来ない」
由里さんとの話を終えて、次に私はライアーと電話をする。
ライアーも明日にはこっちに来るとの事で、他にAISASの部隊もこっちに向かっている。
『くれぐれも気をつけろよ。何だか嫌な予感しかしねえ』
「うん。わかってる」
私の旅行の期間で、今回の問題を解決したい。
彼の場合は、きっと良くない結末が待っている気がした。きっと、血を流す事になる。
どんなやり方をしても、それだけは避けられない。




