由比の日常②/「継がれる意思」
オーディション当日になると、私達のスタジオに一人の女性が尋ねてきた。
友香はいつもよりピシッとした服を着て対応していて、その様子を私は少し離れた場所から知らぬフリをしながら見守る。
経歴書は事前に送られてきていて、私と友香の手元にはそれがある。
名前は松原美崎。扶桑空軍大学を1年で中退し、Vライバーを目指し始めたという。
つまり私と同じ年齢で、19歳だ。これは仲良くなれるかもしれない。
「じゃあそこへ座って」
「はいっ」
彼女は黒髪のショートヘアで、私や朝奈よりも背が高いように見える。
高校時代はバレー部に所属していたそうで、長身でスポーツ選手らしい体型だ。
「まず、どうして空大を中退しちゃったの?」
「元々両親が扶桑空軍所属で、勧めで空大に入ったのはいいんですけど・・・」
どうやら静音と間逆の家庭環境のようで、空大に入れたのはいいけど上手くいかなかったとの事。
空大を中退した事で両親と不仲になってしまい、そこで見つけた私達の事務所の募集が理由。
「じゃあゲームとかアニメには?」
「ゲームはかなりやっていて、アニメも期ごとに3~4つは見てます」
「中々じゃん!あと、桜宮空奈は推し?」
「そうですね!再推しです!」
まさかと思い、私は友香の隣に座って質問をした。
「えっと、美崎さんだっけ?この間5万スパチャしてたのって?」
「あれは私ですね。自棄になってつぎ込みました」
私は両手で頭を抱えた。私のファンなのはいいんだけど、もっとお金を大事にしてほしい。
私が言える事じゃないけど。
「ではこれにて面接は以上となります。次は11時半から歌のテストをします」
面接が無事に終了し、次は30分後の11時半から歌唱力をテストする。
友香に合否はどうするのかを聞いてみれば、笑顔で即答した。
「もちろん美崎ちゃんは合格だよ。声は綺麗だし、少しぶっとんだ感じもいい」
「そっか。よかった」
次の歌のテストまでは少し時間があるけど、彼女は満天堂のボタンというゲーム機で遊んでいた。
そういえばボタンのゲームの実況配信はしたことが無いので、今度購入して何かやろう。
30分が経過して、普段私が歌の収録をしている小さな防音室で歌のテストをする。
彼女の歌声は私と違ってとても力強く、有名な曲の千ノ桜が似合いそうだ。
「お疲れ様でした。最後にシミュレーターでテストフライトをしてもらいます」
「はい!」
「じゃあ試験官、よろしくね」
「はい。じゃあこれよりブリーフィングを開始します」
「えっ!?あっ、はいっ!!」
私はフライトシミュレーターの訓練空域の地図を机一杯に広げた。
そのまま赤いペンで飛行経路と通過時点での高度を書き込んでいく。
離陸後に旋回せずポイント01で高度600~1000メートルで、そこから段々とポイントを通過するたび高度の許容範囲が狭まっていく。
最終通過地点ではたったの60メートルの幅しかない。私と静音、朝奈は余裕で出来るけど、彼女はどうだろう。
「マップは見やすい場所に置いていいから、とにかく落ち着いてゆっくりね」
「は、はいっ!」
ちなみにこのテストはあくまでもどれくらいの実力か見るだけで、合否には全く影響しない。
私は別の部屋にある機材を使って随伴機として近くを飛ぶ。
テストが始まると、彼女は扶桑空軍の練習機で離陸を開始した。私は扱い慣れたイーグルだ。
普段からしっかり練習をしているからか、横方向にフラつく事なく飛行をしている。ただ少しだけ、高度の調整が荒い。
ポイント01は当然余裕でクリア。次はポイント02へ向け少しだけ右に針路変更。
通過してポイント03へは大きく針路を変える。これもしっかり出来て、次に04で05。
それから06を通過し、最後の通過地点へ。ここが一番の難所で、これが出来ればある程度の技術はある。
『あっ』
「あ」
最後の通過地点を通る直前、ほんの数メートル高度がズレた。本当に誤差以上失敗未満くらいの、惜しいところ。
でも試験という緊張する中で、彼女は上手に飛ばす事が出来た。褒めてあげたい。
「では、これにて飛行試験は終わりです。お疲れ様でした」
ニコニコとそう伝える友香に対し、美崎さんはかなり焦った様子だ。
これじゃかわいそうと思ったけど、友香が手を出して制止。
「じゃあ美崎さん、合否に関しては後日・・・」
友香は少しだけ間を置いて、私の方を見た。
「後日伝えるわけじゃなくて、こっちで機材が準備出来たら連絡するから」
「・・・えっ?」
美崎さんはとても驚いた様子で、目を丸くしている。
「なので、美崎さんは今後この事務所のライバーとして勤めてもらいます」
「今まで黙っててごめんね。私が桜宮空奈です。本名は霧乃宮由比」
「えっ!?霧乃宮!!!?」
さっきよりも更に驚いた表情で、スマホで何かを調べている。
「代々エースパイロットの家系である霧乃宮さんが桜宮空奈って・・・!気絶しそう・・・!!」
彼女はそのまま頭に手を当ててとても悩ましくしていた。私はそんな光景を見て思わず笑い、彼女の前に立つ。
「じゃあ、これからよろしくね」
「一生ついていきます!!師匠!!」
「師匠って・・・ふふっ」
師匠と聞いて、私は自分自身の師匠であるクリスさんを思い出す。
今度は私が師匠なんだ。しっかり色々な事を教えてあげて、そして。
「何かあっても安心してね。私が守るから」
「はいっ!!」




