第7話[前編]「一足早い冬の訪れ」
『昨夜、東京の渋谷駅で20代の男性が突如感電し、救急車に運ばれ病院へ搬送されましたが、まもなく死亡しました』
朝のテレビでそんなニュースが流れる。原因は警察が調べても全くわからず、取材に応じた警察官はお手上げ状態だった。
きっとまた、神格として適合せずに耐え切れずに絶命したんだと思う。
私が儀式をしたあの日から、この世界のいたる所でそんな怪事件が頻発するようになった。
戦争は無くなったのに、そんな事件でどんどん人が亡くなっていく。
更に別の怪事件も起きはじめていて、この世界が壊れているように思える。
『続いてのニュースです』
静岡の清水市で燃え続ける人が近くを歩いていた人に襲い掛かり、機転を利かせた警察官が消火器で消化して事は収まったという。
これもまた能力故に起きているのかもしれない。
「変な世の中になっちまったな」
「・・・」
「お前のせいじゃない。神様は結局、犠牲となってあの世へ行く人がほしいんだろ」
それが神なのかわからない。だけど、私によって世界がおかしくなるきっかけが作られた。
なんだか気が重くて、この後予定していた配信を少し見合わせる事を友香に伝える。
『そう・・・由比、辛かったら言ってね。相談に乗るから。一人で抱えないようにね』
「うん・・・友香、ありがと」
友香もかなり心配している様子で、でも私の声を聞いて安心したようだった。
通話を終えた時、呼び出しのチャイムが鳴った。インターホン越しに誰かを訪ねると、安心できる人だ。
「静音!すぐ開けるから待ってて」
ドアを開けて静音と対面した瞬間、静音は驚いた表情で私を見つめる。
「由比・・・だよね?その髪どうしたの?」
「あ、これは・・・座って話すから」
私はすぐにお茶とお菓子を用意して、静音にこうなった経緯を話した。
「そっか・・・アスタリカも今大変な事になってて、色々な人が突然与えられた能力に怯えたり混乱してる」
静音は大きく怪我をした手を机の上に乗せた。扶桑へ戻ってきた理由はこの怪我だと言う。
「報道されてないだけで、2つの州が非常事態宣言を出してるよ」
そして静音は、今朝報道されていた能力を持たされた人の事を話し始める。
「人ならざる者。一度あの状態になったら、もう人じゃない。例えば火を纏う人に水を掛けたとしても」
「助けられるの?」
私の問いに対して、静音は首を横に振った。
「人ならざる者と遭遇したらまず逃げる事。特に由比は」
「・・・」
静音はこの騒動が終わるまで扶桑にいるらしい。私はいつ終わるか不安だったけど、静音は必ず終わると信じている。
気の持ちようも、やっぱり静音の方が上手だ。
だけど、私は人ならざる者の存在がこの一連の騒動の鍵を握っているような気がした。
調べたいところではあるけど、肝心の由里さんは私が行った儀式以降の事象については全くわからない。
「そうなると、町中を調査しにいった方がいいかな・・・」
「由比だけじゃ不安だから、私もついてく」
静音は私達よりも先に人ならざる者と遭遇して、無力化まで成功した唯一の存在。
その代わりに手を負傷し、しばらくパイロットとしての活動は出来なくなってしまった。
町中へやってきてすぐ、警察官が私達の方へ向かってくる。どうやらすぐ近くで事件が起きたらしい。
軍人の時に嗅いだことのある嫌な臭いが私の鼻につく。
「うぅっ・・・」
強烈な吐き気に襲われ、私はその場にうずくまった。静音は私の様子を察して、すぐにその場を離れようと手を取って走りだす。
「ちょっと待て!」
「今この子体調悪いんだから待ってらんないよ!」
臭いの正体は普段嗅ぐ事は絶対に無い。人が焼けた臭いなんて。
静音は割とそういうのは平気で、間逆な私を助けてくれる。
警察官もさすがに諦めて、私はコンビニのトイレへ急いで駆け込んだ。
はっきり言ってあの臭いは私にとってトラウマの一つで、身体が拒絶反応を示す。
「どう?落ち着いた?」
「おかげで。ありがとう、静音」
ツブヤイターで調べてみると、複数の人が突然発火したらしい。それも同時に。
原因はもちろん不明。事情を知っている私達以外からすれば、誰かが仕組んだ殺人事件でしかない。
もしくは誰かの陰謀か。
色々な人がいつ発火するかわからないという事に怯えているのが、不安を打ち明けている人が多い。
とはいえ、発火だけではなく突然の凍傷、感電死、水中毒なども多いとニュースで報じている。
私が立ち上がって背伸びをしていると、フラフラと誰かがこちらへ歩み寄ってくるのが見えた。
何だか少し様子がおかしい。服の一部が焦げ、皮膚は赤く焼けている。
「コイツ・・・由比、逃げよう!」
「えっ?」
静音はそれを見た瞬間私の手を引いて逃げ出した。けど私は突然の事に対応できず、躓いてその場に倒れてしまった。
「由比!?」
ふと後ろを見た時、私はその光景に恐怖心から腰を抜かしてしまった。
人が燃え、私にゆっくりと近寄ってくる。火を見ると蘇るあの記憶から、私はかなりの混乱に陥っている。
どうしようもなくなって、逃げる事すらできない。
「嫌だ・・・!来ないで・・・!」
「くっ!」
静音が近くにあった水のビンを投げつけて攻撃をした。
だけど水のビンが当たっても、水に濡れても相手は平然としている。水はすぐに蒸発して、白い煙となる。
「誰か消火器!!!」
静音が助けを求めても誰もいなかった。心の底から恐怖した私を静音は抱きかかえようとしたけど、静音も手の痛みからそれができない。
「なんでだよ・・・!!」
静音と私へ、「人ならざる者」はどんどん近づいてくる。とても熱くて、焦げ臭い。
「お前が必要だ・・・」
相手はそう言った。お前って・・・私の事?じゃあこの人はまさか・・・。
最終手段の、私の能力を使おうとした時、周囲の温度が急激に下がっていく。
「本当に大した事ないな。炎相手なんかアンタでも行けるだろうが」
その言葉が聞こえたかと思えば、目の前の相手は氷で覆い尽くされる。
燃焼に必要な酸素が断たれ、燃えていた相手は焼け焦げた人となった。
私と静音は助かったんだ。20年前の、あの時の敵に助けられたんだ。




