第6話[後編]「与えられるもの」
夜の帳が下り、私は朝奈の儀式の準備を手伝っていた。
朝奈が数日かけて抜き出した血液の入った神酒壷を半紙で丁寧に包んだ後、儀式をする部屋の祭壇へ置く。
「後は大丈夫。ありがとう、由比」
「うん」
「・・・私がいない間、能力を使ったりしないでね」
「わかってる」
二度目の約束。どんな事があろうとも、私は二度と能力を使わない。色々な事を乗り越えた今ならそう言える。
やがて儀式を行う時間になった。朝奈は私服の上から巫女装束を身に纏い、祭壇の前に立つ。
朝奈の纏うあの巫女装束は消耗品とも言えるもので、数日間かけて布を縫い合わせて作るもの。
それもただ縫い合わせるわけではなく、京都にある月読神社でお祓いを受けた布を用いる。
三島家に伝わる能力の由来はツクヨミで、深夜に最も効力を発揮する。20年前へ行ったのもこの時間帯に儀式を行ったとの事。
朝奈は私が行った儀式と同じように伝わる言葉を唱えて、パンと大きく音が出るように手を合わせた。
すると赤色とも白色とも認識できるような不思議な光が朝奈から放たれ、次の瞬間には誰もいない。
とても不可思議で、同時に私は神という存在に対して恐怖心が芽生えていた。
科学では証明できない現象が、この世界には数多に存在するんだと。
「由比、大丈夫か?」
「うん。何とか・・・」
儀式の翌朝、私と由里さんとライアーはテレビを集中して見ていた。
以前特異な能力に目覚めた配信者が動画サイトで配信中に突如として亡くなり、その原因が人体発火現象によるものだったから。
「・・・身体が神格化に適さずに起きた現象だ」
由里さんがそう呟いた。
「どういう事・・・ですか?」
私が訪ねると、由里さんは丁寧に説明してくれた。
世界には扶桑神話で言う八百万の神の末裔が居て、本来であればその血筋の者のみが能力を使える。
神から選ばれた適合者だからだ。
けどこの異常事態が起きて、何も持たない人に能力が与えられた時。
当然身体が耐え切れずに能力由来の死が訪れる。
「というのが今私が考察した限りの考え方」
「でもいるんだろ?能力を付与されても問題のない、特異体質な人間が」
「うん、いる。例えば静音ちゃんとか、キミとか」
そう言って、由里さんはライアーの方をじっと見つめる。
「は?俺・・・?」
「そう、キミ。私はキミが青空の果てに来ているの、知ってるから」
「それってどういう事?」
由里さんは神格になっていた故に色々な事を知っていた。
この世界には空に好かれ選ばれし人間が存在し、かの有名なライト兄弟が最初の対象だと言う。
「青空の果てにいけるのは、大空の巫女とその周りに存在する『空を統べ得る者』」
つまり静音も青空の果てに行く事ができるらしい。だけど、どうしてか彼女は行けなかった。
理由はもう一つあると由里さんは説明してくれて、意思が継がれている事も条件の一つだ。
「ライアーくん、父親がパイロットだよね」
「ああ。ただ、誇れる親父じゃなかったがな」
「・・・」
そういえば、結局あれ以来ライアーのお父さんと会う事は無かった。
歴史が変わってしまった以上仕方が無いとは言え、結婚している身なのだからせめて挨拶に行きたい。
それは後でライアーに伝えるとして、今は重要な情報を得たいところだ。
「意思が継がれていて、なおかつ大空の巫女と深い交流のある人が青空の果てに行ける条件」
「それなら納得がいく」
「でも、私がわかるのはここまで。由比ちゃんがやった儀式以降の変化に関しては・・・ごめん、わかんない」
「いえ、ここまで情報を得られればどうにかできるはずです。ありがとうございました」
私は深く頭を下げておばあちゃんの家を後にした。
この後は特に行く宛もないから、ライアーとの時間を過ごせる。
「由比、どうせなら映画にでも行こう」
「ライアーも映画見るんだ?」
「そりゃな。そうだな・・・トップファイターⅡでも見に行こう」
トップファイターⅡは有名な映画で、2021年夏公開のトミー・クルーズが出演する戦闘機乗りの映画。
戦闘機乗りを退役してはいるけど、それでも戦闘機が好きな私には楽しめる映画だった。
一番よかったシーンは・・・主人公がメインヒロインの為に過酷な空中戦を生き延び、無事に帰還しての再会シーン。
それが最後のシーンで、私は大粒の涙を流してライアーに慰められるという、一部の人から反感を買いそうな状態だった。
これからもずっと、ライアーと何事も無い日々を。これが今の私の願いだ。
ただただ、続いてくれればいい。




