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群青の空へ  作者: 朝霧美雲
第三章 -The fate of the white-winged demon will change drastically-
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第5話「変化と喪失」







とても嫌な夢を見た。



世界大戦が起きて、戦禍が広がって扶桑が巻き込まれて。お父さんもライアーも、扶桑の空を守るために戦闘機に乗って。


「嫌な夢だ・・・」


私が自分を犠牲に、世界の平和を取り戻す夢。私に訪れるはずだった運命の、そんな夢。

隣にはライアーが寝ている。私だけが起きて、額から垂れる汗をタオルで拭った。


夢だと思ったけど、あの現実感は夢じゃない。もしかしたら、本当に別の世界の私の運命を見ていたのかもしれない。

そうじゃなきゃ、こんな感情は発生しない。


虚無感と絶望感、悲壮感。とても胸が苦しくて、私は隣で寝ているライアーに寄り添うように再び寝転がる。



私の選んだ道はきっと正しい。私が生きている限り続けなきゃいけない儀式だけど、平和は保たれる。

空舞う翼と引き換えに選んだ、私が生き続けられる運命。





昨日はライアーと一緒に旅館へとやってきた。夕方に豪華な食事を頂き、混浴でライアーと一緒に少し恥ずかしかったけど、とても楽しかった。

今日は二日目で、近くの山林散歩道を歩く予定。高度は1500メートルで地上より酸素は薄いけど、私とライアーには全く問題は無い。


「人の力だけでこれだけの高さに上れるんだな。不思議な感覚だ」


見晴らしのいい展望台から絶景を眺めながら、ライアーはスポーツドリンクをゆっくりと口へ運ぶ。

私はと言えば、少しだけ体力が落ちたからか汗を拭ってライアーの方を見る。


「どうした?」


「少し体力落ちたかも」


「どうする?少し休むか?」


もう少しだけ上ろう。私はそう言い、展望台から降りて山頂を目指す事にした。

高度1500メートルの世界はやっぱり地上とは違って、雲を見下ろせる高さ。

思わず立ち止まり、感動をじっくりと味わうためにその場へしゃがんだ。


「いい眺めだな、空は」


「うん。空は飛べなくても、やっぱり私は空が好き」


空を飛びたい気持ちは今もある。

だけど、今はまだ抑えなきゃいけない時だ。




宿に戻ると、これから夕飯の時間だった。部屋に料理が運ばれ、その料理を食べながらテレビに目をやる。

すると、一人の男性が手から放電をして、それをカメラで写している場面が放送されていた。

ニュースキャスターがその感想を伝えながら、その男性とじっくり話している。


「ライアー、これって!」


「信じられねぇ・・・」


その男性曰く、数日前に急に能力が発現したという。更に驚いたのは、男性の友人も不思議な力が宿ったとの事。

この世界で一体なにが起きているのか。もしかしたら自分の儀式で、何か異変が起きているのかもしれない。


『不思議ですよね。でも正直役に立ちませんよ、手品みたいな事しか出来ませんから』


最後にそうコメントして、その特集は終わった。

私やあのジェネラル・マロース、朝奈みたいに力を使いこなせる人は少ないとはいえ、何人も急に力が宿ることなんてあるんだろうか。

考え込んでいると、朝奈からの着信を知らせる音がスマートフォンから聞こえた。


「はい、霧乃宮です」


『由比、今の見た!?』


「見たよ」


『能力についてはともかく、世界中で異変が起きているとしたら・・・由比はとにかく何もしないで!』


「わかってる。だから朝奈は心配しないで」


私はもう、自分の身を捧げるつもりはない。だから朝奈には安心してほしかった。

夕飯を食べ終えて私は外へ出た。月は少し雲に隠れ、辺りは少し薄暗い。


「由比」


「なに?」


「少しいいか?」


「うん」


ライアーが外へ出てきて、私の横へ座る。でもその表情は少し嬉しそうだ。

どうしてかと尋ねた時、私の指輪とペンダントを指差した。


「もちろん大切にしてる。でも・・・」


写真に写ってる私と、今の鏡に写る私を見比べると、かなり違う。

運動量もそうだし、軍属の時は食事制限があった。あの時と比べ、私は少しだけ平均体重に近づいた。




友香のいる事務所へ帰ってきて、すぐにそれを話した。すると友香は笑いながら私の体のあちこちを触る。


「ちょっと友香!」


「由比、ガリガリすぎても男子にモテない事・・・って言いたいけど、由比もう既婚者だったね」


「そうだよ!」


「友達にモテたいって子が多くてね・・・ごめんごめん」


友香が言うには、私は元々かなり痩せていて心配になるくらいだったとの事。

でも最近ようやく安心できるくらいになり、穏やかな表情でそれを話してくれた。


そんな時、スマホの着信が鳴る。誰からかを確認すると、お父さんからだった。


「もしもし」


『由比、今すぐ東長野病院に来れるか?』


「友香と一緒だから行けるけど、どうして?」


『おばあちゃんが倒れたんだ』


お父さんからの言葉で、私は近くのソファに座り込んだ。

どう返事をしたらいいかわからないまま、私は友香の方を見る。


「由比?」


「おばあちゃんが・・・倒れたって・・・」


震えた声で友香に伝えると、友香はすぐに私の手を掴んで車へと歩いていく。


「由比!あんたが行ってあげないでどうするの!」


「わかってる・・・だけど・・・」


「とにかく行く!」


そのまま車に乗せられ、私と友香はお父さんから言われた病院へと急いだ。

病院の入り口へ到着してすぐ、お母さんの姿を見つけて車を降りる。


「お母さん、おばあちゃんは!?」


「今は手術中。でもヒロくんは無理なんじゃないかって・・・」


「無理って・・・」


どうしてそんな事を言えるんだろう。そんな事を考えているとお父さんが来て、私達に容体を教えてくれた。


「数日前から様子はおかしかったんだ。頭痛だとか、食べた後に吐いたりしてさ」


「まさかとは思うんですけど、くも膜下出血?」


友香がそう言うと、お父さんは頷いた。でも私がおばあちゃんと一緒にいた時は特に辛そうにしてる様子は無かった。

私は長い間、10年近くテレビやメディアの情報に触れる事が無くて、くも膜下出血に対する知識が不足している。

スマートフォンで調べてみると、かなり危険な病気である事がわかった。


「ねえお父さん、無理ってどうしてそんな」


「俺ら家族がいない間に一回やってたんだよ」


俯き気味に座ると、お父さんはポケットから煙草に火を着けて銜える。表情からは悔しい思いをしている事が伺えた。

私も悔しかった。その時に居ればもっと何か出来たんじゃないかって。



私達がどんなに願おうとも、叶わない事なんていくらでもある。

もう誰も失いたくないという私の願いも、その一つ。でもそれも人である証拠だと、お父さんは私を慰めてくれた。


「人は誰だって大切な人を失いたくない。けどな、失った時に悲しみを乗り越えて、人は強くなる」


「・・・私も強くなりたい」


まだまだ私は弱い。クリスさんとの約束を果たすためにも、もっと強くなって、色々な人の支えになりたい。

それが今の私の願いだ。



翌日になり、私は病室内の椅子の上で目を覚ました。

でも、おばあちゃんは目を覚まさなかった。まだ死んだわけではない。


「・・・」


死んだわけではないのに、とても静かだ。心電図の音だけが響き、なんだか虚しい気持ちだ。


「おばあちゃん」


手術は成功か失敗かと言える状態じゃなくて、止血が成功しても意識の戻らない植物状態のおばあちゃん。

そんなおばあちゃんに声を掛けても当然反応は無い。

それでも私は話を続け、育ててくれたおばあちゃんへお礼を言う。


「ありがとう。おばあちゃん」


私がそう言い立ち上がった時、ふと誰かがいるように感じた。

そんな風に感じただけで、実際には誰もいるわけがない。


そこで私は気が付いた。おばあちゃんの枕元に、数枚の羽が落ちている事に。

その羽を手に取ると、スーッとゆっくり消えていく。


「これって・・・」


同時に、先ほどまで病室に響いていた心電図の音はゆっくりと間を広げて行き、やがておばあちゃんの心臓が止まった事を知らせる音へと変わる。


「・・・おばあちゃん」


また、自分の目の前で命尽きる人がいた。赤の他人じゃなくて、戦友じゃなくて、私を育ててくれた人。

何も出来ない自分を、私は恨まなかった。


恨んでも、何も変わらないから。


恨んでも、意味なんてないから。


尽きていく命を助けられる時も、助けられない時もある。

私が20年前の世界にいた時に学んだ事だ。

ただただ涙を零しながら、私は机に飾られた花を手に取って胸元へと置いた。



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