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群青の空へ  作者: 朝霧美雲
第三章 -The fate of the white-winged demon will change drastically-
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特別編「誰かの流す血で繋ぐ」






8月16日。


霧乃宮家に伝わる儀式はこの日に行わなければいけない。

120年以上前から大切に保管され、どうしてか綻びる事の無い巫女服に身を包んだ私は、正座で祭壇の前に座る。


「その身を捧げば永久とわに、血を捧げば一年ひととしに亘り。地より見えし空は現世うつしよを繋ぎ、幽界かくりよに繋ぎ」


私は祭壇へ言葉を唱えていく。大空の巫女のその役目は、その身を捧げて暫しの平和を繋いでいく事。

だけどそれは大空の巫女と、空を支配する者が二人生まれた時だけ。以前私が読んだあのノートに書いてあったのは、私についてだった。



空を支配し得る大空の巫女の存在は、存在する限り人の世界の終わりへと向かわせる。だから私は空を飛ぶのを止めた。

私があのままどこかの空を支配し続けていたら、世界の情勢は更に悪化していくとされている。



そして私の周りが犠牲になっていく。



少なくとも、朝奈のいた世界はそれが起きて、私が身を捧げて平和を繫ぎとめた。私がいなくなって世界に平和が訪れた。

けど、それで「誰かから見える世界」は良くなるだろうか?



朝奈から見える世界は、私が身を捧げて消えた事によって暗闇へと包まれた。朝奈だけじゃない。きっと、私と友好的な関係を持っていた人全員が。

もしも、この世界で私がそれをしてしまったら?


考えたくもなかった。だから私は空を支配しないで、自分の血を捧げていく道を選んだ。これから毎年、この日にこの儀式をやっていく。


小太刀で、私は指先をスッと小さく切る。痛いような痛くないような、くすぐったいような感覚の後に、じんわりと遅れて痛みがやってくる。

滴り落ちる血はロックウェル家事件のあの光景を思い出す。だけどその恐怖よりも、色々な人が私を失って味わう悲しみよりは怖くない。


血は升に入ったお酒の中に一滴ずつ入れる。一定量入れた後にその升に木の蓋をして、更に半紙で丁寧に包む。

霧乃宮家の大空の巫女の血を少し入れて赤みを帯びた「血酒」を祭壇にお供えして深くお辞儀をした。


毎年の8月16日にこの儀式をする事で、世界情勢、更に言えば人々の感情の激変は抑えられると記されている。

天空神に私の一部、血を捧げる事によって多くの人の血が流れ、幽界へ向かう人の数が減るからだと言う。



けど根本は変わっていない。結局、誰かが血を流さなきゃいけないのだから。

空を支配する大空の巫女の血が、時に数万人分を兼ねる。その血を捧げ、平和を繋いでいく。



考えてみれば、ライラプス1として行動していた20年前の時もそうだ。

私がいたからこそ制空権を確保できて、私がいたからこそ士気が上がって、総合的に見れば数万人に影響を与えていた。



大空の巫女の運命は残酷だよ。と、そんな言葉を思い出した。朝奈のおばあちゃんが言っていた言葉だ。

付き纏う、半ば呪いのような運命。もしも3つ目の世界があるとしたら、私はどうなっているんだろう?


戦争に殉じているのか、生きているのか。・・・それとも、永遠の平和を願い身を捧げたか。




「ライアー、終わったよ」


襖を開け、座っているライアーに声を掛けた。私の表情を見たライアーは心配そうに私を見る。

そのまま何も声を掛けずに、私をそっと抱きしめた。


「俺に出来る事は少ないかもしれないけど、やれる限りやる。だから泣きそうな顔をするな」


「ありがとう・・・」


暑くないとは言えない部屋にしばらくいたからか、私の巫女服は汗で少し重くなっていた。

おばあちゃんにそれを言うと、すぐに手洗いの準備を始めた。どうやら普通の洗濯物のように洗えないらしい。


ふとテレビに目を移すと、長年続いていた中東方面の戦争が終結に向けて動いているというニュースがやっていた。

これは儀式の影響なのか、それとも人々の意向によるものなのか。どちらかはわからない。



だけど、これだけはわかる。



中東方面の戦争も、沢山の人の血が流れ、家族を失った人がいる。

何かを守るために、何かを壊し、誰かを殺める。そんな矛盾が、あの中東方面で起きていた。




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