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群青の空へ  作者: 朝霧美雲
第三章 -The fate of the white-winged demon will change drastically-
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第3話「望む世界の形」





霧乃宮。扶桑に存在する「神の血を引く者」の一つであり、稀有な力を有する家系の一つ。

同様の家系に、扶桑の象徴とされている天皇家がある。彼らは儀式の時、雨天であっても不思議と空を晴らすと聞いた。




彼ら天皇家の起源は「天照大神」であるとされている。そして。私の、霧乃宮家の起源は。







「天空神、か」


ライアーは腕を組みながらゆっくりと椅子へと腰掛けた。何だか腑に落ちないような表情だ。

だけど何かを思い出したようにため息をつき、目を瞑る。


「大空の果て、だったか?あそこに俺がいた理由がまだわからんな」


「それは朝奈も今調べてる。でも有力な手がかりは無いって」


机の上にはおばあちゃんの家の書庫にあった古びた書物が重ねられている。既に5時間近く調べているけど、これと言った情報は得られずにいた。

得られた情報と言えば、霧乃宮の起源が天空神という事だけ。とはいえ、これでも大きな成果だ。


「空の神様の末裔って事?」


「かもな」


ふう、と息をつく。時間が経つのが早くて、私はもうじき12時になろうとしている事にようやく気が付いた。

慌てて支度をして再びライアーの前に立つと、一つのお願いをした。


「ライアー、少しだけ遅れるかもしれないけど待ってて!」


「ああ。わかってる」


私はそれだけ言い残し、急いで外へ出た。駐車場の前に友香の車が停まっていて、小さく手招きをしている。

友香の車に乗り込んですぐ、車はそこそこ速い速度で走り出す。


「機材の準備はもう整ってるから、後は由比に合わせて準備をするだけ」


「うん」


「スタジオに着いたらすぐに準備に取り掛かるよ」


「了解」


ツブヤイターのアプリを開けば、昨日よりも沢山の人からのフォローが来ている。

チャンネル登録者数も直前になって1万を突破して、とても嬉しかった。



やがてスタジオに到着し、すぐに準備に取り掛かる。

幸喜は私が来る直前まで音響機器のテストで可能な限り100%になるように調整してくれていた。


「由比、最終チェックするよ!」


「OK!」


急いでモーションキャプチャーの準備をして、ゆっくりと動作を確かめる。

前方にあるモニターには私の第二の姿である「桜宮空奈」が映し出され、寸分も狂わない高精度な動きをしてくれている。

これなら問題なく出来そうだ。


「幸喜くん、そっちは?」


「不具合対応マニュアルも既に完成。完璧だよ!」


これから、私は始めてのライブを行う。以前友香が言ってくれた日から着々と準備は進んでいて、今日の日まで音響機材の購入などが行われていた。

中古の機材もあるけど、それも全て幸喜が完璧なまでに修理してピカピカに磨き上げた。二人の機械スキルに感謝しなきゃ。


「それじゃあ始まるよ!空奈!」


「OK、最後まで歌います!」



そこからは無我夢中に喋って歌って、時々コメントで笑いながら、友香や幸喜の無茶振りに困惑したりしながら。

今までただの戦闘機乗りだった私がこんな舞台に立てて、あの時とは違う形で人々の希望になるのがとても楽しくて嬉しい。

1stライブの1時間30分は同時接続が2500人もいて、正直緊張を隠せない部分もあった。



「Let's fly up to the clear blue sky」


5曲を歌い、最後はClear blue skyという曲のそんな歌詞で終わった。



「ありがとうございました...初のライブでとても緊張したけど、何だか嬉しいです。お礼以外になんて言えばいいのかわかんないや」


目尻から流れた小さな涙を拭いながら、私はゆっくりと自分の気持ちを言葉として紡いでいく。

この後はまだまだ私にとって嬉しい事があるけど、このライブで胸が一杯になっていた。


「最後のclear blue skyは私が前から歌いたいなって思っていた曲で、今日歌えたのは二人の仲間のおかげです」


モニターの横の小窓から覗く二人へ深々と頭を下げて、再び頭を上げた。友香と幸喜も嬉しそうに笑っていて、再び目頭が熱くなった。





18時を過ぎた頃、神社へ小走りで向かっていた。さっきまでの衣服と違い、今は浴衣姿。

ライアーの姿はあの時と違い、間違いなく私の目の先に立っている。


「よう。似合ってるな」


「う、うん・・・ありがとう」


顔がすごく熱くなって、私はライアーの方を向けずにいた。でも落ち着いてからはライアーの隣を歩き、あの20年前の祭の時の悔しさというか、それに近い感情を消化できている。

射的の屋台を見つけて、その近くに見知った人物がいないか探した。いるはずも無い人物だってわかっているのに。


「・・・」


「どうした?」


「ううん、何も」


「そうか」


長倉さんなんかいるわけないのに。小さな願いは永遠に叶うはずもない。


「ライアーは取り戻したい人とかはいるの?」


「ああ。何人もな」


ここにいる人の中で私達だけが大切な人を何人も目の前で失っている。そんな気さえした。

日も暮れ、打ち上がる花火に私は小さく願った。どうか、あの戦争たたかいで失われた命が報われるように、永遠の平和が訪れてほしいと。




花火には、扶桑ならではの意味を持っているとおばあちゃんが言っていた。慰霊・鎮魂。そんな特別な意味が込められている。

あの時の花火も、東京の、更に言えば扶桑の奪還で失われた兵士達への弔いの為に開かれた花火大会だった。




「ライアー」


「なんだ?」


「二度と私達が戦う事の無い世界が・・・実現しないかな」


「人々が互いを信じられる世界、が一番の近道だ。信じあえば憎悪なんて生まれない」


けど、とライアーは煙草を手に取った。私はその手を止め、ポケットから一つ煙草を取り出してライアーの手に握らせる。


「何ヶ月前のだ」


「わからない。・・・ふふっ」


思わず小さく笑う。あの時の煙草を返したのはいいけど、何ヶ月前のか、もしかしたら1年を過ぎているかもしれない。

そんな煙草を渡してしまったから。


「実現するといいな。いつか」


「うん、いつか」


雲間に見える夜空に、私とライアーは祈る。人々が信じあい、手を取り合う世界が実現する事を。






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