第2話「時に遺したもの」
「ちょっとだけ重い話になっちゃうけど」
私は配信中、そんな言葉で一つの過去を明かした。私を育ててくれた師匠の実力を超えたけど、同時に失ってしまった話。
あまり深くは語らなかった事もあって、中には中二病と言う人もいた。確かにアニメでよく聞くような話だ。
でも半分くらいの人は私へ励ましのコメントを送ってくれて、安堵から私はそっと目を閉じた。
「それはそうと、今から歌おうかなって思ったんだ」
そう言い、私はゆっくりと歌い始める。パレンバンにいた時に歌ったリリーマルレーンを。
大体2分くらいで歌い終えてコメントを見れば、やっぱり色々な人が心地よく聞いてくれていた。
「じゃあ今日はこれくらいで。次の配信はまだ決まってないけど、決まったらまた告知するよ」
ばいばい、と言って私は配信終了の為に手順を踏んでいく。友香から指示された、放送事故が起きないようにする手順。
配信を終えて、ベッドの上へダイブする。同時に猛烈な眠気に襲われる事となって、耐えられずに目を瞑る。
○ ○ ○
目を覚ました私は、おばあちゃんの家で寝ていた。いつの間にか着ていた衣服も肌蹴ていて、身を起こしてすぐに直す。
だけど、さっきまで着ていた服ではなかった。
「服が・・・」
視界に写る髪の色も黒色で、半ば焦りながら鏡を見た私は私ではなかった。眼の色や形は同じだけど、それ以外の容姿は別の誰かだ。
家の中を歩いてみれば、パソコンもテレビも無い。どこか懐かしい雰囲気もあるけど、それ以上に何かが変だ。
「おばあちゃんの家なのに、どこかおかしい」
誰もいなくて、だけど夢の中のような感覚ではない。夢というよりも、誰かの記憶とかそういうのを体験してるような感覚。
玄関へ来たところで普段は置いてない写真立てのようなものが置いてある事に気が付いて、それを手に取った。
昔のプロペラ戦闘機と、その前に二人の軍服姿の男性と、その間に一人の女性。さっき私が鏡越しに見た容姿とまったく同じだ。
「どうして・・・まさか」
急いで家の中にあるカレンダーを探して、日付を見た。1947年の7月1日。
そういえばこの容姿、どこかで見た事がある。
「確か・・・」
そう。確か夢の中で一人の女性と出会った事があった。名前は霧乃宮由里。
私と少しだけ名前の語感が似ているのは偶然だろうか。それとも必然なんだろうか。
今はそんな事を考えるより先に、この記録を残さなきゃいけないような気がした。
「ノートとペン!」
急いで机の上にある紙に鉛筆を使って書き込んでいく。今この瞬間に起きている事を。
もしかしたらまた何ヶ月も戻れなくなるかもしれない状態を書き記して、どこかに隠しておきたい。
だけど、そこまでが限界だった。気が付けば私の視界には紙と鉛筆が写っているわけではなく、自分の部屋の天井だった。
一応、自分の名前とどうしておきたいのかは書く事が出来たと記憶している。だけどもし由里さんが自我を認識した時に捨てていたら?
明日はおばあちゃんの家に行って僅かな希望に賭けて探すことにしよう。
○ ○ ○
「夢の中で由里さんになってたって?」
「うん」
「不思議な夢、と言いたいところだけど・・・これが現実である事を裏付けてるのよね」
おばあちゃんと、たまたま来ていた朝奈と、ライアーと私。一枚の紙を囲うように座り、昨日の現象について話し合っていた。
私が書いたあの紙が、おばあちゃんの家の押入れの中に大切に保管されていた。
「間違いなく由比の字だな。そうなると、本当に過去のその人になってたってわけか」
「そうとしか言えない。これも多分、霧乃宮の血筋の影響だと思う」
「でも私そんな話聞いてないわよ。先代の意識と入れ替わるなんて」
朝奈の言う通りだった。朝奈が持ってきた霧乃宮家に関する書記を見ても、そんな事は書いていない。
もしかしたら私がその運命を変えた故に起きているイレギュラーなのだろうか。
それから話は一旦打ち切って、私はライアーと一緒に喫茶店へとやってきた。
「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか」
「もう一人この後に来ます」
ライアーは喫茶店の真横の本屋に少し用があると言って、私が先に喫茶店へ入店した。
一足先に席へと案内されて、机に置いてあるメニューをじっくりと眺める。
すると誰かが私の前に座る音が聞こえ、私は少し期待に満ちた表情でその人物へ視線を向ける。
「ライアー、おかえ・・・誰?」
「お姉ちゃん、一緒にお茶しない?奢るから」
いかにも染めたような金髪の若い男が座っていて、私の中に殺意が芽生えかけた。
でも事を荒立てないように笑顔で丁寧に断る事にする。パレンバン配属直後と比べてだいぶ成長したなと自分を褒めたい気分。
「えっと、待ってる人がいるので」
「そんな奴よりさ、俺の方がいいと思わない?俺、大手務めだし」
「・・・おい」
今なんて言った?そんな奴?ライアーの事を?
「今の言葉、撤回しろ」
「は?」
私は机をドン、と叩くと立ち上がって男を睨む。さすがにライアーの事を悪く言われるのは一番頭に来る。
「由比、そこまでだ。落ち着いてメニュー選んでな」
ふと男の後ろにライアーがいる事に気が付き、私はちょこんと椅子に再び座る。
ライアーは男の肩をガシっと掴み、椅子から引き剥がすように突き飛ばした。
「痛ってぇな、何すんだよ」
「ソイツは俺の相棒だ。手を出すんなら生きて帰れると思うなよ?」
「は、はい・・・」
ライアーがいくらゲルマニア人としては小さいとはいえ、扶桑人よりは体格がいいからさすがに引き下がってくれた。
それはそうとライアーが改めてかっこよくて素敵だと思う機会をくれたあの男の人にはちょっとだけ感謝したい。
「悪い、遅れた」
「いいよ。ありがと、ライアー」
そんな出来事から数分経ってようやくメニューを決めた。ライアーはやっぱりカルボナーラとコーヒーで、私は期間限定の抹茶スフレケーキとお茶。
ゆっくりと美味しく頂きながら、今度のミニライブについて話す。
「今度のミニライブの夜、花火大会があるって聞いたの。もしよかったら」
「ああ。でも大丈夫か?ライブの後だろ」
「疲れてるとは思う。だけど」
20年前にいたあの日、ライアーと一緒に花火を見られなかったあの切なさを晴らしたくて、大変だけどそんな選択をした。
私がそう言うと、ライアーは小さくため息をついた。
「だろうな。サポートは任せろ」
「無茶に付き合ってくれてありがとう」
「当たり前だ。俺が認めた相棒だからな」
やっぱりライアーは頼もしくて、私は安心して色々な事に力を注げる。
ライアーと私は似ているようで正反対な、だからこそ背中合わせで困難を乗り越えていける。
少しだけ、普通の夫婦とは違う形なのかもしれない。
最近仕事が忙しいですが、更新はしていきます。




