第1話「それぞれの距離」
『ファンの皆さん、おはようございます』
私は起床してすぐ、友香から見るように言われたライバーの配信を見ていた。
雪野舞衣というこのライバーは、活動を始めて2年と半年ほど。
有名なライバーでさえ一つの発言のミスで炎上したりする中で、彼女は炎上しかけた事さえ無い。
色々な場面でその賢さが見られていて、そういった賢さを勉強する為に私に推奨したんだと思う。
彼女は歌も上手くて、いつか一緒に歌いたい。それくらいに引き込まれる歌い方をしていた。
今日のその配信は1時間で終わり、私は友香達が作業をしている事務所へとやってきた。
これから発声練習を軽く行い、その後に収録を行う。私の活動はまだ配信頻度はそこまで多くなく、時々収録をしてアップロードしているくらいだった。
「いつもののど飴置いとくよ」
「ありがと」
受け取ったのど飴で喉を癒しながら発声練習をしていると、遅れて幸喜が事務所へと入ってくる。
「幸喜くんは機材の点検お願い」
「了解。昨日新しい機材を入れたから念入りに見ておくよ」
まだまだ収録に慣れているわけではなく、緊張して声が出ない時もある。
そういう時は友香にアドバイスを貰ってから再チャレンジしている。すると案外上手く行く事が多い。
「今日は由比が先日歌いたいって言ってたのを用意してるから、それを収録して後日アップする予定」
「雪が舞い、積もる愛だっけ」
「そーそ。雪野舞衣のオリジナルソングだけど、既に何人かが歌ってみたで出してる」
友香がパソコンでカタカタと何かを打った後、私に画面を見せてくれた。
【歌ってみた】雪が舞い、積もる愛 / Covered by 桜宮 空奈【雪野舞衣】
と書かれていて、恐らくこれは動画のタイトル。そして、私のVライバーとしての名前は「桜宮 空奈」。
名前の由来は私の大切な親友の佐倉静音から桜を、宮は私の霧乃宮から、朝奈から奈という字を貰い、空という文字を入れたかった。
「どう?こんな感じでいい?」
「うん」
収録に備えて水を飲んだりしているうちに準備が整い、スタジオへ続くドアを開けた。
6畳ほどの部屋に設置されたマイクと、VR配信用の機材。それが置かれたスタジオ。
『それじゃあ・・・桜宮空奈、よろしくね!』
桜宮空奈。私に与えられた、新しい名前と新しい場所。仮想空間技術が生み出した世界で、私は色々な人と関わって生きたい。
曲が始まり、ひたすらに思いを込めて歌った。雪が舞う地の、愛の歌。それが雪野舞衣さんが自分で創った歌だった。
私は希望が絶望となったあの日が変わるように、そんな風に歌う。
見える景色はVRによって、白一面から銀世界になっている。だからこそあの日が脳裏に浮かんだ。
曲が終わると再び景色は戻り、私は呼吸を整えるために息を大きく吸う。
『いきなり本番だったけど、いいと思うよ!じゃあ休憩入って!』
友香から指示が出され、スタジオを出て事務所内でお茶を淹れる。しばらくして友香が戻ってきて、幸喜が編集を開始した事を告げられた。
「もう編集?」
「今日の夜にはアップロードするからね。さすがに先日のあの件を利用するには、時間を置くわけにはいかないし」
桜宮空奈の登録者数は5000人を超え、もうじき1万人というところまで来ている。
初配信からまだ半年経っていないのにこれだけ増えていると、正直気味悪く思う部分もあった。
でもよく考えれば、ルーガン空軍に所属していた時に300人からサインを求められた事もある。
「友香、私ってそんなに好かれそうなタイプ?」
「そりゃね。逆に由比が嫌われるタイプだなんて全然思えないよ。そのくらい不思議と好意を抱いちゃう」
そう言われるとなんだか恥ずかしくて、私は目を逸らした。
「由比、顔赤いって」
「友香が悪い」
その後、友香が「あ」と言って何かを思い出したように立ち止まる。
「由比、今度小さいライブやろうと思ってるけどいける?」
○ ○
夜になり、私はおばあちゃんの家でスマートフォンを使っての音声のみの配信をしていた。
と言っても数名がアクティブ状態なだけで、そこまで視聴者は来ていない。
登録者数が一気に増えても、日常的な配信だとこんな感じなんだろうか。
「・・・こんな状態でライブパフォーマンスかぁ」
そう呟くと、いくつかコメントが流れてくる。
[くーちゃんライブやるの?]
[ライブ?]
[くーちゃん歌うんだ!?]
今のアクティブは見た感じ4人。そのうち3人が積極的にコメントをしてくれてるみたいだけど、やっぱり人数がいない故に盛り上がりに欠ける。
「とりあえず明日からはボイストレーニングと・・・体力づくりと・・・」
配信をしながら、明日からの練習メニューをメモに書き記していく。
そうだ、今日は私が歌った動画が公開されるからそれも告知しないと。
「そう、今日はこの後ツブヤイターでも告知しますが、歌ってみた動画が公開されます。是非お楽しみに」
スマートフォンでツブヤイターを開き、私は告知のために文を打つ。投稿してすぐ、誰かにフォローされてる事に気が付く。
音羽イブキという、同じVライバーが私をフォローしていた。すぐにフォロー返しをすると、次にダイレクトメッセージが送られてくる。
「もしかして由比ちゃんですか、もしそうなら今度会えませんか。って・・・」
私は冷や汗が止まらなかった。Vライバーを始めて数ヶ月で身バレ・・・?
その後もやり取りをしていると、本当に身バレしたらしい。元同級生に。
「松野美羽か・・・懐かしいなぁ」
中学の時にかなり仲が良かった子で、美羽も今はVライバーをやっているらしい。
プロフィールを見ると、すかいライVというVライバー企業に所属していると記されている。
美羽の住んでいる場所は中学校から遠くない場所。今もそこに住んでいるとの事で、遊びに行くのは難しくない。
幸い明日は配信お休みの日で、既に一緒に遊ぶ約束はしてあった。夜更かしするわけにもいかず、早めに寝る事に。
朝になり、私は支度を整えて美羽の家へと歩いていく。家に到着すると、彼女は外で待っていた。
「由比ちゃん!久しぶり!!」
「美羽、久しぶり!元気だった?」
お互いに手を取り合い、4年ぶりの再会を祝う。変わったのは私だけで、美羽は殆ど変わっていなかった。
少し変わった事と言えば、性格が明るくなっていた事くらい。
「じゃあ早速入って入って!もしよかったらコラボ配信とかしない?」
「コラボは・・・」
私は友香から言われている事を思い返す。コラボはまだしない方がいいと言っていたけど、少し確認してみよう。
もし出来るならやりたいし、それで登録者数が増えてみんなと繋がれるなら。
RAINで確認を取ると、普通に許可が出た。とはいえVライバーとしてまだまだ未熟でしかない私にとって初コラボが美羽でよかった。
「大丈夫。コラボできる」
「よっしゃー!」
右腕を突き出して喜んでいる美羽は、早速配信の準備を始めた。大きめのデスクトップパソコンを起動して、配信用ソフトを立ち上げた。
美羽のVライバーとしての名前は音羽イブキ。登録者数は既に70万人を突破している有名なライバーだった。
「この後11時から突発コラボをします、と」
「サムネイルは無し?」
「じゃあ今から作ろっか!空奈ちゃんのイラストある?」
「あるよ。スマホで送るから待ってて」
私は友香から貰ったいくつかの画像を美羽へ送る。すると、イブキの画像を表示させて綺麗に配置した。
美羽は既に3年ほどライバーをやっていて、こういった作業は慣れていると笑顔を交えて私に言った。
「はい、完成!」
「おぉ・・・」
私は編集技術は持っていないけど、もしやれるようになれば友香や幸喜の負担も減るだろうし、いずれは出来るようにしよう。
配信まではまだ時間があるけど、やる内容を決めるために向かい合って話し合いを始める。
「配信前だから、もうお互いの呼び方をライバーとしての名前で呼び合おうね」
「よろしくね、イブキ」
「こっちこそよろしくね!空奈!」
配信の内容は私の紹介などをする事になり、それ以外に少しだけゲームをしたりする。
実際に配信が始まって気付いたのが、私の配信なんかよりも遥かにコメントの量が多いという事。
それもそのはずで、1万人以上の人が同時視聴している。そうなれば当然量は増える。
「皆さんこんイブキー!本日は気になっていた新人Vライバー、桜宮空奈ちゃんとコラボする事ができましたぁ!」
「初めまして、新人Vライバーの桜宮空奈です!・・・本日はイブキちゃんねるにお邪魔させていただいています!」
緊張気味に挨拶する形になってしまったけど、そこまで悪印象にはなっていないと思う。
それが見て取れたのか、一部のコメントは私の緊張具合を心配している。
「えーっと、私はまだ生まれたばかりなので・・・皆さんと仲良くなって、楽しい時間を過ごせたらなって思ってます」
私がVライバーを目指した理由は、色々な人と仲良く楽しく、色々な人の支えになれたらいいなって。
「はい!という事で空奈ちゃんには今から更に詳しく自己紹介をしていきます!」
「はーい」
○ ○ ○
配信は無事に終わった。初のコラボ配信だったけど、美羽のおかげで色々な事を学べた。
登録者数はそこそこ増え、1万人を突破。私はその報告の詳細を聞く為に事務所へ泊まり、幸喜が作業をする横で夕飯を食べる。
「由比、登録者数1万人おめでとう。これでようやく事務所の収益が安定して50万を超えるようになってきたよ」
「それでもまだ50万なんだ・・・」
幸喜の作っている3Dモデルの売上と合わせても傭兵時代の収入に満たないのは少し不満だった。
「白井空みたいに一日一本の投稿頻度は由比は難しいでしょ?」
「毎日収録するの?」
「毎日じゃないにせよ、上手くやっても1週間に7回の収録は必要。ボツ案も発生するだろうから、10回以上になる」
Vライバー黎明期から活動している白井空さんはこれまで毎日欠かさず動画を投稿していて、12人の後輩のいるVライバー。
「それよりは、配信者として1週間に5度程度の配信をしていけば、それなりに稼ぐ事も出来るだろうし」
幸喜は配信時間や内容は事前に申告するようにと伝えた後、私へ一つの質問をしてきた。
「これからはコラボの回数を増やしていくけど、それでいい?」
「いいよ、大丈夫。じゃあ、私はこれで」
挨拶を済ませて事務所を出ると、雨が降っていた。急な雨だけど、慌てる必要は無かった。
どうしてかと言えば、私の最高の相棒がそこにいたから。
「よう」
「お気遣いありがと」
ライアーが傘を持って来てくれたおかげで、ずぶ濡れになる必要は無い。
おばあちゃんの家に着き、私は改めてライアーにお礼を言う。ありがとう、と。
私とライアーの距離感はこれくらいでいい。そんな頻繁に抱き合ったりするわけでもなく、かと言ってずっと無言かと言えば違う。
私とライアーは同じ方向を見ているわけではなくて、背中合わせで立っている。だからこそ、お互い見えない部分をカバーできる。
空での戦いの中で育った距離感。それをずっと保ち続けている。それが、私とライアーだ。




