エピローグ「戦う事の無い空へ」
目が覚めた時、私はイーグルの操縦席に座っていた。雲は非常に少なく、辺りを見渡せば扶桑の山々が見える。
いくらなんでも扶桑に向けて飛んでいるというのは少しまずいような気がして、急いでレーダースコープを覗き込む。
「やっぱり・・・」
案の定、二機編成の航空機がこちらへ向かってきている。恐らくは私への要撃対応。
現状を把握するために計器をチェックしていく。燃料は規定量以下という事以外は大きな問題は無かった。
私の機体にはアスタリカ空軍の国籍マークでは無く、連合軍の識別マークしか塗装されていない。これだと明らかな国籍不明機であり、恐らく二機のエスコートを受けながら最寄の基地へと着陸させられる。
けど今の私には都合が良かった。急いで地上へ降りたいところだし、体力的にも精神的にも疲労していた。
『警告。貴機は現在、扶桑国領空へと接近している。直ちに針路を変更し、空域より退去せよ』
私はその警告を無視し、そのまま扶桑の本土にある基地へと飛行を続ける。早く地上に降りたい気持ちで一杯だ。
数分間無視し続けると、今度は私の斜め前と真横に扶桑空軍のイーグルが並び、無線で語気を強めての警告を受ける。けどそれも無視。
『所属不明機へ。貴機は扶桑国領空を侵犯しようとしている。針路を変更しろ。繰り返す、針路を変更しろ!』
「燃料が残り少ないんだ。最寄の基地への着陸を要請する」
仕方が無いので無線で着陸を要請し、ゆっくりと高度を下げていく。その時、更に二機の反応がレーダーに映った。
『扶桑領空へ接近中の所属不明機へ。こちら連合軍第3飛行隊。まもなく空中給油機が到着する。給油後に横田基地への着陸を実施せよ』
そのうち一機が私の前方で旋回をしたかと思えば、上手に斜め前へピタリと位置を取った。
黒色のF-15で、右主翼が赤く塗装されている。この塗装で上手く飛ぶパイロットは一人しか思い浮かばない。
『よう相棒、生きてるようで何よりだ』
「ライアー!」
私は思わず叫んだ。声も間違いなくライアーで、嬉しさを堪えながら給油機へ接近していく。
『扶桑空軍機へ、先行して基地への帰投を。当該の所属不明機は連合軍所属機と判明』
『了解。ホーク01、RTB』
『ホーク02、RTB』
さっきまで対応していた二機は基地への帰還、RTBコールの後に旋回して帰っていく。
空域には給油機とライアー、そして私だけになる。
やがて給油も終わり、横田基地の数キロ手前の海上で編隊を組みながら全くと言っていいくらい同時に着陸態勢へと移行していく。
着陸時に少しだけ不安な要素はあった。右主脚の油圧が不足していたけど、折れる事無く無事に着陸。駐機場でエンジンを切った私は飛び降りてライアーの機体を見る。
「ライアー、ただいま」
「少し見ない間に成長したな。由比」
目の前にいるのはあの時のように消えることの無いライアーで、正直私は戸惑っていた。
何を話せばいいんだろう。何から話せばいいんだろう。
「俺との感動の再会もいいが、先にあっちからがいいんじゃないか?」
「あっちって・・・」
ライアーは私の肩を押し、管制塔の方を向かせた。何もかもが嬉しいことばかりで、これが夢ではないかと疑った。
でもこれは夢なんかじゃなくて、私が生き続けた末の現実。色々な局面で死を選ぶ事の無かったからこその現実だ。
「ライアー・・・」
「どうした?」
「私は・・・本当にこんな・・・嬉しい事ばっかり経験していいの・・・?」
顔を隠すように覆いながら、涙声でライアーに尋ねた。
「ああ」
ライアーに支えられ、私はゆっくりとその場所へ歩いていく。滲む視界には見慣れた四人の姿と、見慣れていいはずだった二人の人影。
その六人は何かを話しつつも私の方へ歩いてきていた。見慣れた四人は友香と幸喜、静音と朝奈。それ以外の二人は、少しだけ歳を重ねていた。
「由比!」
「由比ちゃん!」
名前を呼ばれて顔を上げれば、すぐに誰か二人に抱きつかれて頭を撫でられた。
誰かは、声ですぐにわかった。あの時代に会っていた私の父と母。20年前のあの時代に出会い別れ、また出会い、そして。
私はただ泣く事しかできない。けどそれはお父さんもお母さんも一緒だった。ずっと会いたかった家族との再会となれば、当然かもしれないけど。
突然姿を消して、それから10年が経った。今というこの瞬間が、色々な出来事があって、ただひたすらに生きてたどり着いた場所であるなら。
私はそんな場所に立てた事がただただ嬉しかった。
感動の再会を終えてからは宿舎にあるリビングへやってきたけど、私は疲れきっていてすぐに熟睡してしまった。
それから起きたのは翌朝。静音や朝奈は15時間近く寝ていたと言う。
「はー・・・静音も生きていたなんて本当に・・・」
「二度と死にたくはないですよ」
静音と友香の再会も、友香が大粒の涙を流して抱きついたらしい。私としてはこの二人との再会も喜びたいけど、翌日になった今はまた別の人物との再会を喜びたい。
あの時代に出会い、私の運命を変えてくれた仲間。
「朝奈はどうしてここを?」
「数日前に静音がここへ着陸してくるのを見てね、それで基地の人にお願いして入れてもらったのよ」
そう言うと、朝奈はあの時代に持っていた連合軍の識別パスカードを机の上に置いた。
私も引き続いてそれを横に並べ、朝奈の正面に座って苦笑い。
「静音から聞いたわよ。作戦中に私のコードネームを呼んだって」
「それはその・・・」
言い訳が出来ず、私は目を泳がせる。でも朝奈はそれ以上言及するわけではなく、クスクスと笑っているだけ。
「でも良かった。こうして由比が生きているんだから」
「ところで、朝奈はこれからどうするの?」
「私は今年で高校を出るから、その後は声優の学校に」
「声優か。私は・・・」
私は特にやりたい事とかは決まっていなくて、ただ戦場を生き延びてきただけ。
高校に入学して勉学に励んできたわけでもないから、有名企業に就くなんて事も難しいかもしれない。
もっと早くに両親と再会できていればよかったけど、今更しょうがないと思う。
「ちょっと色々な人に相談してみる」
「そうね。それが一番よ」
○ ○ ○
日も暮れ始めた時、私はお風呂で今後について考えていた。
歴史が変わった事により、南洋諸島情勢はナールズの介入が無くなっていて、そのおかげで2年近く続いていた戦争は終結へと向かっている。
でも世界から戦争は完全に無くなったわけでは無い。このままアスタリカの傭兵として戦争に参加するのは嫌だ。
「どうしようかな・・・」
「由比ー、一緒に入っていい?」
「いいよ」
静音が入ってくると、私は少し横にずれて静音が入れるスペースを作る。
私は静音に今後どうするかを聞いた。すると静音からは意外な答えが返ってきて、思わずえっ、と声をあげてしまった。
「私はもう傭兵辞めるよ。これからはアクロバットチームを作るか入るか、どっちか」
「予想外すぎてびっくりしたけど、静音はそうするのね」
「けど扶桑が危なくなったらまた戦うよ。だって、私は20年前の戦争で扶桑を奪還した伝説のライラプス隊2番機だからね」
誇らしげに満面の笑みを浮かべ、静音は夕焼け空に手を伸ばす。
「由比はどうするの?もし争いが嫌なら民間機のパイロットとかも目指せるんじゃない?」
「旅客機はちょっと嫌かな。でもそれもありかも」
「でしょ?空を飛び続けるのもありだよ、由比なら」
パイロットという選択肢も私ならではだ。それも、戦いの空ではなくて、それこそ吉原さんのように。
まだまだ色々な選択肢があるはずだから、他の人にも聞いてみよう。
夜も更け、私は両親の所へとやってきた。お父さんは今は連合軍のかなり地位のある人である為、近くのマンションへ帰宅する。
当然お母さんもそこに住んでいて、そうなれば私も一緒に行く事になる。
「えっ、広い!」
「由比、今までどんな狭い場所に住んでたんだ?」
「空軍の宿舎とか」
そう答えると、お父さんは納得して私の頭を撫でた。
「そうだよなぁ・・・そろそろ家でも買うか」
「ヒロくん今貯金いくらあったっけ?2000万はあるんじゃない?」
なんだかとてつもない額を持っているみたいで、私の頭で計算が追いつかずに呆気に取られる。
そして呆気に取られていると、今度はお母さんに抱きつかれた。
「ところで由比ちゃん、もしかしてシフィルちゃんだよね・・・?」
「・・・そうです」
「そうだよね!!!ずっと会いたかった!!!!」
お母さんは20年前のあの日と全く変わらなくて、10年前のあの日からも変わっていない。
だから私はお母さんとお父さんへしっかりと聞こえるように言った。
「お母さん、お父さん。ただいま」
「ああ。おかえり」
「おかえり、由比ちゃん!」
再び家族と過ごせる日々が待っていると思うと嬉しくて、ついつい泣き出しそうになる。
でも泣かないように堪え、私は笑った。
「まあ、まずは実家へ帰ろう。お袋も由比の事心配してるだろうし」
「そうだね!お義母さんのアジの開き美味しいし!」
「由美は食い意地張らないほうがいい」
「えー!」
まだまだ賑やかになりそうだけど、私は日記帳を付けてから寝巻きに着替えてゆっくりと眠りに就く。
今までの環境よりも遥かに眠りやすくて、翌朝の目覚めはとてもよかった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい!!」
10年前と同じ光景。元通りとまでは全然行かないけど、ようやくそれが戻りつつある。
今日の予定は友香と幸喜と大事な話があるとの事で、私は横田基地から離れた住宅街へ向かう。
そういえば免許も取れる年齢だから、どこかのタイミングで取りに行こう。
「おはよう、二人とも」
「おはよう由比!!」
「おはよう、霧乃」
二人は朝からパソコンと向き合っていて、幸喜はモンスターエネルギーという飲み物を片手に作業をしていた。
「柿本さん、霧乃に話を」
「はーい。由比、こっち来て」
「こっち?」
友香に案内されてやってきた部屋には大きなモニターと、その前のテーブルに置かれたグローブとシューズにメガネ。
「ちょっとやってみるから見ててね」
モニターの電源を入れ、グローブとシューズ、メガネを身に付けた友香は、右手を上げて合図を送った。
すうると、モニターには友香の動きに合わせて全く同じ動作をするキャラクターが表示される。
「これは前言ってたバーチャルライブ技術。今そういう技術が日に日に進歩してて、業界ではたくさんのお金が動いてるの」
キャラクターはかなりかわいらしい容姿で、これを自分となって動かすのがバーチャルライブ技術との事。
既に何万ものバーチャルライバーがいて、かなり賑わっている業界だ。
「これなら、例えば・・・自分の姿を見せないまま歌って踊る事だってできるよ。由比が嫌だって言うなら無理強いはしないし」
私の容姿は今や軍隊事情方面で知れ渡ってしまっているし、正直やれる事は限られている。
もしそんな容姿を気にする事無く活動ができるなら、様々な事に挑戦していく事もできる。
「結構興味あるけど、もうちょっと考えさせて」
「いい返事を待ってるね。それと、この後横田基地でイーグルを整備してくるから、もしよかったら行く?」
「じゃあ一緒に」
幸喜も誘おうとしたけど、友香に止められた。なにやら一秒でも早く完成させたいものがあり、徹夜してやっているらしい。
さすがに強引に連れて行くわけにもいかないので幸喜を置いて横田基地の格納庫へと車で向かう。
「戦争、終わったね」
「・・・うん」
「由比が両親に再会できて、私も嬉しくて・・・」
友香は運転しながら、ポロポロと涙を流していた。私の事を一番に考えてくれて、時々自称する私のお姉ちゃんというのが嘘じゃないくらい優しい。
「友香・・・いつもありがとう。あと、ただいま」
「おかえり、由比」
○ ○ ○
「どうだ、直りそうか?」
「大丈夫!これくらいなら余裕で直せるから!」
横田基地の格納庫では、友香がイーグルを整備していた。内容はそこまでハードではなく、私とライアーは傍らで様子を見ているだけ。
とはいえただ見ているというのも気が引けるので、工具を取って渡したりしている。
「戦闘機を降りるのか?」
「今は降りようと思う。でも、またいずれ乗るときが来たら・・・」
「そうならないように願うしか無いな」
「うん。ライアーはこれからどうするの?」
私はそれが一番の気がかりだった。ずっと気になっていた事。
「戦争が終わったし、お互い死と隣り合わせってわけじゃないからな。俺は由比と行動を共にしようと思うんだ」
ライアーはポケットから何かを取り出すと、私へとそれを渡した。黒色の小さな箱。
「これは?」
「俺でよければ、だけどな。開けて確かめてくれ」
私はその箱を開けて中身を確かめた。小さな指輪で、一瞬遅れてそれが何なのかを理解して私は赤面する。
私達の様子を見ていた友香もイーグルから降りてきて、口元を手で覆い隠しながら後ずさり。
「ライアー・・・」
突然すぎて言葉を失い、どうしたらいいかわからなくなっていた所へ友香が後ろに回り、私の手を取って指輪を着けさせた。
「由比、おめでとう!!」
「一応、両親にも一言伝えてある。だけど、また後で挨拶に行こう」
「待って!」
私は待ったをかけた。
「ライアー、一つだけ確認したいんだけど・・・本当に私でいいの?」
「俺が認めた一番機はお前だけだ。僚機としてお前を守らせてくれ」
ライアーの言葉の後に続くように、私は返答をする。自分の心からの言葉を。
「私なんかでよければ・・・この先のどんな困難も、共に乗り越えたいです」
頭を下げて、再び上げた時、ふと空に目を移した。冬の雲ひとつ浮かばない、群青の空へ。
次に翼を広げるのはそう遠くないだろうけど、その空は決して戦いの空だけじゃない。
戦わない空へ、私はライアーと共に。
2章、ようやく終わりとなります。紆余曲折を経て、ようやくハッピーエンドとなりました。
まだ3章も引き続き執筆していきますので、今後ともよろしくお願いいたします!




