特別編「密かなる亡霊」
あれから何時間が経っただろうか。私が目を覚ました時には氷は溶けていて、代わりに頑丈な手械が私の手に着けられていた。
しかも考えられているのか、手を合わせる事ができないくらいの間隔が私の手首の間にある。
「・・・よく考えたらそうだよな。私や朝奈みたいな特異な能力を持ってる人は私達だけじゃないよな」
あまりにも相性の悪い能力が相手だった故に、氷漬けにされるという他の人が経験しないような状態にされていた。
「リリーさんならきっと勝てた・・・」
リリーさんもまた特異な能力の持ち主であった事を思い出す。彼女は高温の燃え盛るエネルギー体を放出していたなと、まだ覚めきらない頭で考える。
私に存在する風を操る能力では、どうやっても勝てる見込みは無い。じゃあどうすれば勝てるかと言えば、もう一人の雪や氷に対抗できる能力の持ち主が必要だった。
でもそんな人は私の周りにはいない。そうなると対抗手段なんて一切無くて、損害ばかりが増えていくのは考えるまでも無い。
「おい、今から尋問だ。牢を開けるから出て来い」
歩兵が二人歩いてやってくると、私へそう告げた。でも私は首を横に振って拒否。
こんな奴らに従う気は微塵も無かった。歩兵二人は少し困った様子で、私の知らない言語で話し合っている。
「従わないなら無理やり連れていくぞ」
拒否ばかりしていても埒が明かないので、施設内の構造を見て脱出の計画を立てる事にした。
二人についていくとわかった事がいくつかあって、一つがここが地下一階である事。もう一つは。
「軍事施設には見えない・・・」
どちらかと言えば商用施設を基に作られたような構造で、地上への階段は3箇所確認できる。
歩兵の数は平時の状態だと定位置に八人、哨戒が二人の計十人。私だけで脱出するには少しばかり不利な状態だ。
しばらく歩いて倉庫の一室のような場所に入れられ、グイっと突き飛ばされた。
「っ!」
若干頭に来たので突き飛ばした歩兵の足を蹴飛ばしてやろう。と詰め寄ろうとしたが、椅子に座らされて足を固定される。
「なに、変な事はしない。だが、答えないならそれなりの処遇にさせてもらう」
私への問いはまず所属だった。これはアスタリカ軍でもかなり高位の機密情報なので当然私は口を開かずにいた。
しばらく黙っていると、兵士が顔を見合わせて手にしている棒を私へ突きつけてきた。
「どこの所属だ!」
それでも私は答えずに黙っていた。心のどこかに自分は少女だから大丈夫、という考えもあった。
だけど、その考えはすぐに覆された。油断していたところへ、右肩に鋭い痛みが走る。
「痛っ!」
「おい、上から丁寧に扱えって言われてるだろ。そのくらいにしとけ」
「正直俺はコイツを痛めつけて全て吐かせたいんだ」
私が痛みに苦しんでいる傍らで、兵士が言い争いを始めた。
右肩に関して言えば折れてはいないようで、どうにか痛みを我慢しながらその様子を観察する。
それ以降殴られたりする事は無かった。だけど仲間のいない、敵だけの状況は私にはただただ辛かった。
ここがどこなのか、救出部隊が到着するのはいつなのか。静音達は帰れたかどうか。
色々な事に不安を感じる中で、再び朝が来た。
いつもなら朝食を食べているであろう時間に再び連れ出された。敵か味方かの区別がつかなかったあの時よりも怖い。
ライアーがいるわけでもない。あの時みたいにライアーが助けに来るなんて事は絶対に無い。
「・・・どうする」
「急がないとマズイんだよ。近くの基地に動きがあった」
「ここは私に任せて」
兵士達が慌てる中、一人の女性兵士がその場を任せてほしいと小さく手を挙げた。
「彼女がどう見ても子供である以上、大柄な男にやらせてもダメよ」
兵士達は舌打ちをして、その場を去っていく。やっと安心できるかと思えば、そういうわけでもなく。
私の頬を軽く平手打ちをして、やや大きめの声で問い詰められる。
「あなたの名前はシフィル。これはコードネームでいい?」
「・・・」
「次に所属部隊」
彼女は私の答えを待たずに次々何かを書いていく。時折私を威嚇しながら。
何十時間にも感じられる時間が終わり、再び夜が来た。
「明日で最後にする。情報を本部に送って、明日の11時にここを出る。いい?」
「えっ」
「あと、あなたの名前は由比。間違いはない?」
私が動揺したのを見て、彼女はまた何かを書き足していく。どうして何かを喋ったわけでもないのに色々な情報を得る事ができるのか。
「こちらイリュージア。明日の準備は整った」
無線でそう連絡すると、私を牢へと連れて歩いていく。でも朝の兵士ほど乱雑ではなくて、彼女が少しだけ優しい性格である事が伺える。
牢の鍵を閉めて去ろうとした時、彼女は何かを呟いたように見て取れた。
「・・・次、10分後に私の同伴でシャワーを浴びる。くれぐれも逃げようなど考えないで」
「・・・」
私の中で少しずつ逃げる方法を探すという考えが薄れてきている。もしこのまま誰も助けに来なかった時、私はどうなっていくのだろうか。
それすらも考えるのが怖い。
○
3日目。昨日はシャワーを浴びてすぐに、現実から逃げるように眠りに落ちた。
起きてすぐにイリュージアが私を連れ出して昨日と同様に、かと思えば別の部屋へやってきた。
部屋の鍵を閉めた後、イリュージアは監視カメラがあるかどうかを確かめて無線を取り出す。
「こちらファントム。イリュージアは死んだ。繰り返す。イリュージアは死んだ」
「死ん・・・だ・・・?」
彼女が無線でそう告げると、私に着けられた手械を持っていた鍵で取り外した。
「シフィル、作戦開始だよ。ついてきて」
「は・・・?」
手械が外れると同時に、部屋の鍵を再び開けて私は外に出た。
「脱出するの。ここから」
「えっ、ちょっと!?あなたは誰!」
私がそう問い尋ねると、彼女は私に微笑んだ。よく見れば、それは私がよく知る人物。
「私だよ。エリ・カロライナ。遅くなったけど、これから助けるから」
はい。エリの登場です。少し強引ですが、エリの登場ですよ!!!




