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群青の空へ  作者: 朝霧美雲
第二章 -The Sky Dominated by Aces in 1998-
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特別編「乗り越える時」




栃木県の上空に来た事が、私の前に座る機長から告げられた。機長の名前は吉原三郎。20代の頃からパイロットとして飛んでいるらしい。

たまには他人に操縦してもらう飛行機もいいなと思いながら、私は高度1800メートルからの景色を眺める。



朝奈から、私が先日当事者となった事件はロックウェル家事件という、朝奈のいる世界で起きた悲惨な事件だった事を教えられた。

事件直後の私はとても正気を保っていられなくて、本当に死のうとしていた。でも二人に助けられ、来る最後の戦いの前に故郷に帰るように説得された。

おばあちゃんに会いたい気持ちもあるけど、会わず何かの事に関わらずしばらく過ごせと二人からは言われている。


「譲ちゃんは自分で空を飛んだ事はあるか?」


「・・・いえ」


「たった一人で空の世界に踏み込むとな、価値観が変わるんだ」


私はあえて嘘を付いた。他の、普通の人から見た空を知りたいという興味本位で。

血で血を洗い流すような地獄を知らない、純な広い空を知りたかった。


「雲の間を縫うように飛ぶのも面白いし、いっその事避けて飛ぶのも面白い。何が面白いって、地上と違って毎日景色が違うんだ」


もしくは時間によっては、と彼は言う。言われてみれば時間や日によって空という世界の景色は大きく変わる。

ここで、私はふと気が付いた。この地球には、幾つもの世界があるんじゃないかと。


「もし大人になって時間があったら、是非飛行機の免許を取るといい」


「ええ、そうですね。そっちの道もいいかもしれません」


私が今口にした「そっちの道」というのは、戦うために空を舞うのではなく、人々を空の世界へいざなう道。

例えば民間の小型機や、貨物輸送など。色々な話を聞いているうちに栃木県上空を抜け、群馬県へと差し掛かる。


「俺は昔は零戦に乗ってたんだ。海軍航空隊の魔王の二番機だった」


海軍航空隊の魔王、という言葉を聞いて、私は驚いた声をあげた。でもわざとわからないフリをして、詳細を聞く事にする。


「1番機の魔王って誰だったんですか?」


「霧乃宮義弘。空戦の達人とも言われてたな。79機を撃墜して、その翌日に被弾した俺を逃がすために死んだ」


「・・・」


もしその話が本当なら、この人もまた私の家系と大きく関わりのある人物だ。


「譲ちゃん、長野に用があるんだったな。俺も同行していいか?」


この人と同行していたら、何か重要な情報を得られるかもしれない。

私は小さく頷いて、長野へと向かった。




 ○




長野に着く頃には日は落ちていて、その日は降り立った小さな空港で一泊する事に。

幸いにもお風呂やおにぎりの自販機があり、一晩過ごすには問題なさそうだ。


「突発で悪いな。宿も予約してないし、はっきり言って隊長の家は知らない。だから聞いて回る事になる」


「・・・わかりました」


この空港は見覚えが無い。だけど、私の生まれ故郷である長和町まで行けば家の場所はわかる。

とはいえ長和町に私の家系の住居がある事を知るのにどれくらいかかるだろうか。

よく考えればこのご老体で飛行機を操縦していたのはすごい事だ。よっぽど自信があるんだろう。


「ところで名前はなんて言うんだ?」


「名前・・・ですか」


私は自分の名前を言う事を躊躇していた。霧乃宮だと告げればとてもややこしい事になりかねない。


「もし私が霧乃宮だって言ったら?」


「そうだな・・・いてもおかしくはないんじゃないか?それに、長女の由里に似ているとは思っていたからな」


この人からも「由里」の名前が出た。お父さんもそうだけど、霧乃宮の血筋の人は色々な人に好かれる傾向にある事がわかった。


「私は霧乃宮由比と言います」


「そうか・・・」


「もし差し支えなければ、私と出会った事は内緒にしてくれませんか?」


もし私と出会った事が他の人に、おばあちゃんあたりに知られたら未来がどうなるかわからない。

だからそうお願いをして頭を下げた。


「何か事情があるんだろう?わかったよ」


「お願いします」


その後私は飛行場の外へ出て空を見上げた。ナールズのあの極寒を経験すると、12月を明日に控えていてもそこまで寒く感じなかった。

小さな格納庫の隣では吉原さんが焚き火の準備をしていて、その様子を呆然と眺めていた。

だけど、吉原さんが薪へ火を点けた瞬間、思い出したくないあの光景が脳裏に蘇り、私はその場に座り込んだ。


「大丈夫か!」


「ごめんなさい・・・」


とても苦しくて、どうにか出せた言葉はそれだけだった。しばらくの間介抱してもらいながら施設の中へ戻り、吉原さんが自販機でココアを買ってくれた。


「さっきはありがとうございました・・・」


俯いたままお礼を言い、私は少しの間目を瞑る。

未だに体の震えは治まらないけど、それでもだいぶ落ち着く事ができた。


「原因は火か」


「はい・・・」


「聞くのも残酷だな。さてどうしたものか・・・」


吉原さんは腕を組んでしばらく考え込む。でも具体的な策が見つからないまま、時間だけが過ぎていった。


夜も更けた頃、私は冬の星空の下で静かに目を瞑った。時々聞こえる車の走る音と、木々の揺れる音。

本当に静寂という言葉が似合うくらいの静けさで、私は歌を口ずさむ。


兵舎の大きな門の前に 街灯は立っていたね

今もまだあるのなら またそこで会いましょう

約束しよう 愛しいリリーマルレーン


かつて友香の前で歌った曲。あの時と今では私の中で意味が大きく違う。

この曲で思い出すのはライアーだ。私はあの事件の後、みんなを裏切る事をしようとしていた事実に気が付いた。


「・・・」


きっと私がいなくなったら色々な人達が悲しむ。友香もライアーも、幸喜も、静音や、そして両親も。

どうしてあの時、それに気付けなかったんだろう。


「バカだな・・・私・・・」


バカだ。本当に大バカだ。みんなを置いて死のうとするなんて・・・。

この療養が終わって帰ったらみんなに、特に朝奈に謝らないと。私が死んだら、朝奈はきっと心の底から自分を憎んでしまう。






朝の光で目を覚ました時、私はベッドの上にいた。布団は私の顎の下までかけられていて、誰かが運んでくれたんだと理解した。

今この場所にいるのは吉原さんだけ。たぶん吉原さんが運んでくれたんだ。

外を見ればそれもそのはずで、ナールズの時とはまた違った雪が積もっていた。


「おはよう。外で寝てたから運んでおいたからな」


「おはようございます・・・」


まだ眠気が残っているけど、どうにか立ち上がって椅子に座る。少し目が覚めてきたところでお手洗いで顔を洗い、ポケットに入れていた櫛で髪を梳く。

鏡越しに見える私は、眠れていないのか目の下に隈が出来ていた。どんな夢かは全く覚えていない。

目を背けてその場から立ち去った後、吉原さんと共に空港から車で移動する。



今日は目立った成果というものは無く、私はコンビニで買ったカップラーメンを啜りながらテレビを見ていた。

泊まっているのはビジネスホテル。ただ、ホテルは少しだけ居心地はよくなかった。

そもそもの質感が低いのと、あの光景を思い出しかねないから。その二点を除けば、寝て過ごすには問題ない。

だけど私は疲れていた。人と話すのがとてつもなく億劫になっていた。ベッドの上にうつ伏せになると、息を大きく吐いた。


「飲むか?」


横目で吉原さんを見れば、未開封の缶コーヒーを差し出している。私はゆっくり体を起こした。


「コーヒーは苦手で」


「そうか。なんだ、扶桑茶がいいのか」


「いえ、紅茶で」


紅茶を受け取ると、一口ずつ飲んでいく。


「時々悲しそうな顔をするけど、何があったのか聞かせてくれないか?」


「色々、ですね。・・・同じ18歳の少女が経験し得ない事を」


それだけ言い、私は吉原さんに今まで起きた事を語る事は無かった。





翌日になると、私は一人で聞き込み調査のフリをしていた。家の場所を知っているから。

それに、あの人が本当に私の家に着けるなんて信じていなくて、試すように二人で分かれての聞き込みを提案した。


「はぁ・・・」


自販機にお金を入れてお茶を買うと、近くのベンチに腰掛ける。酷い悪夢のせいで昨日もほとんど寝られず。

もしこんな状態をライアーに見られたら、きっとすごく心配される事は間違いない。

折角買ったお茶も喉を通らず、私は手に持っているペットボトルをじっと見つめていた。


「・・・」


立ち上がってしばらく歩き続けると、私の家のある地域が見える高台へとやってきた。

ここは幼い頃に何度も来ていて、そういえば時々見知らぬ女性が立っていたのを思い出す。その女性が誰かはわからないけど、どこか私と似た雰囲気があった。


「・・・」


私は高台から幼き日々を過ごした町を見下ろす。この町を離れて数年。現代に戻ったら、もう帰ろう。自分の家に。

そんな思いを胸に、私は泊まっているホテルへ向かうバスへと乗る。











夜。私は寝入ったかと思えば、あの場所にいた。夢の中であり、夢の中でない場所。一面に空の広がる世界。

そう、青空の果て。


「まただ・・・」


だけど今回は誰もいない。どうしてこの場所にやってくるのか、その理由は全然わからずにいる。


「どうしてこの場所に・・・」


私がそう呟くように、誰かに問いかけるように言った時、後ろで足音がした。

振り返れば、私と全く同じ形と色の目をした女性の姿。これは私の未来の姿?それとも全く別の人? 

でもどこかで見た事があって、私は記憶を巡らせていた。


「どうしてって、知らないの?霧乃宮の血を継ぐ者なのに?」


「継いでいても、私は何も知らないんです」


私は自分が知っている限りの事を話し、この人に教えてもらうことに決めた。


「ふふっ、別に知らなくても大丈夫か。私の二の舞になる事は無いだろうし」


彼女はそう言い、私に背を向けた。


「私の名前は霧乃宮由里。霧乃宮の血を継ぐ、あなたの先代にあたる大空の巫女」


大空の巫女と聞いて、私は以前見たあのノートを思い出す。朝奈のおばあちゃんから貰った、霧乃宮の事が綴られたノート。

そして、霧乃宮由里という名前も、そのノートに記されていた。


「でももし真相が知りたかったら、今は無理。時間が無いから」


その言葉の後、私の前から彼女はゆっくりと消えていく。そして完全に消える直前、私にこう告げた。


「あと、吉原さんを私の家に案内してあげてね!兄が生前にお世話になってたから!」


あっ、と声を出して手を伸ばせばそこはホテルの一室だった。昨日は吉原さんよりも早く戻って、先に寝た事を思い出す。

昨日と同じように鏡越しに自分の姿を見ると、由里さんと同じ目の形をしていた。ここまで同じなのは、私の運命故なのだろうか。


「絶対に避けなきゃ・・・」


どうすれば私のその運命を変えられるのか、まだわからない。だけど、絶対に避けなきゃいけない事だけはわかる。

友香やライアー、幸喜、静音、朝奈、両親。それだけじゃない。私がその運命に従えば、色々な人が悲しむ。


「絶対に・・・」








風の吹く山々の間の小さな住宅街を抜け、山のふもとへと私と吉原さんは歩いていく。

私の家、もとい霧乃宮家の住まう家はもうじき見える。後ろを振り返れば、超えてきた丘も遥か遠くだ。


「この先か」


私は無言で頷いた。最後に見たのは数年前だけど、この頃からずっと変わっていなかった。

わざわざ徒歩で来たのも、抜けた先の廃墟で一夜を過ごすから。


「さっき言ってたな。君はサバイバルが出来ると」


「ええ。こう見えても、元軍人ですから」


「元軍人か。さては嘘をついていたな。予感はしていたが」


元軍人。傭兵と軍人は違う。軍人は国に育てられ、国を守る為に、時に国を出て戦う。

でも傭兵は雇われて戦う。国を背負うわけでも、国の為に戦うわけでもない。


「やっぱり強いのか?空戦は」


「それなりには」


よく考えなくても、私は強い方だ。色々な敵と戦ってきて、それでもなおこうして生きているのだから。

敵の新型機相手でも、エース部隊が相手でも、・・・かつての教官が相手でも。


そこで私はふと思い出した。クリスさんは私を恨んでなんかいない。私との勝負において、最後の最後まで私に先へ行けるようにしていた事を。

私を撃墜するように命令が出ていたはずで、それなのにわざわざ弱点まで教えてくれた。それは亡命する私に失望する事なく、むしろ手助けするような事だから。

それなら・・・私は悩む必要はないんだろうか。



しばらく歩くと、ようやく霧乃宮家の住居が見えた。数年前にここからの景色を見たのが最後だった。


「あれがそうか」


「ええ」


「君はあの家には用はあるのか?」


「・・・いえ、特には。それに、今は行けません」


今はまだ、行く事はできない。最後の戦いが終わるまでは。





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