第17話「銀世界の希望」
作中に残酷なシーンがあります。苦手な方はブラウザバックをお勧めします。
ナールズのカムチャツカ半島にある、私達が駐留している空軍基地のある町。まだまだ先の、最後の戦いを待ちながら私は買い物へとやってきていた。
どこかしこもナールズ語が標準語で、扶桑語と英語だけな私はなかなか上手く買い物ができずにいた。
「朝奈と一緒に来ればよかった・・・」
やや落ち込み気味にそう呟くと、小売店で買ったホットココアをゆっくりと味わう。冷えた体
白く曇る息を目で追い、すぐにその景色の良さに気付いて思わず声を漏らす。この付近を低く、または少し高く飛んだらどんな景色が見えるだろうか。
静音じゃないけど、そんな気持ちが沸きあがる。
近くの階段を降りていくと、その綺麗な景色を一望できる公園を見つけた。池もあり、水は凍っていて歩けそう。
実際に親子が数組歩いていて、とても楽しそうだ。小さい頃を思い出しながらベンチでその様子を眺める事にし、飲みかけのココアをポケットへしまった。
今日はこの町のホテルを借りる予定であり、いい思い出を作る事ができるかもしれないと期待していた。
朝奈と静音の二人も別行動を取っていて、静音は千歳基地へ、朝奈は横浜のおばあちゃんの家へと向かった。
私も本当はこの時代とはいえ両親に会いたくて、だけど今は会わないようにしていた。
「会ったら・・・私の本当の事言っちゃいそうだな・・・」
それが私が会おうとしない理由だった。
でもこのまま本当の気持ちを隠していたら、その気持ちがどこかへ消えてしまうんじゃないか。そんな不安を感じていた。
やがて日が暮れ、私はホテルへとやってきた。ナールズ語ではなく、英語で名前が書かれたホテル。
このホテルはオーナーがロックウェルという名前の人物が経営していると聞いて、私はそこを選んだ。
出発前に朝奈にそれを話した時、少し考えてから『少しだけ嫌な予感がする』と言っていた。
「嫌な予感・・・」
朝奈の予感は大抵当たる。大抵というか、血筋による人並み以上の察知能力が朝奈にはある。
だから朝奈の言葉を忘れないようにしたい。
このホテルの従業員はみんなブリタニア人で、ナールズのこの町にある海外の方向けのホテルらしい。
そういえば、ロックウェル少佐もブリタニア出身って言っていたけど・・・そんなまさか。
―昔はホテルを経営していた
そんな言葉がどこからか浮かんできた。でも私はすぐにそれを否定した。今私が見ているものと、過去の記憶の曖昧な部分が重なり、都合よく合わさったものだと判断したから。
支払いを済ませるとすぐに部屋の暖房をつけてベッドに突っ伏す。
「・・・会ってもいいのかな」
もし運命を変えられるなら、私はすぐにでも変えたかった。でも、もし変えて・・・私とロックウェルさんが会う事がなくなったら?
そう考えると、私の判断に自信が無くなってしまった。静音のように再会を果たす事ができたらいいのに。
もし生きていたら、戦後に会う事だって叶うのに。私は私自身の目で脱出もしないまま墜ちていく機体を見た。
「・・・」
東京奪還作戦の数日前に、私は静音からあの日起こった事を聞いた。被弾し、墜落の瞬間に光に包まれたって。
静音に起きた現象はロックウェルさんの機体には起きていなかった。だから・・・。
ううん、これ以上はやめよう。
私は体を起こすと、次いで鳴ったお腹の虫に蓋をするように毛布を被せた。夕飯はホテル内の小さなレストランで食べる予定でいる。
レストランへやってくるととても香ばしいお肉のにおいがして、余計に空腹感が増した。
「朝奈から聞いたけど、ナールズって実はステーキ大国だっけ・・・」
ステーキだけでも十数種類あり、更にサラダや付け合せの料理のバリエーションも豊富。
色々なメニューがある中で、私はビーフストロガノフとボルシチを選んだ。
このホテルはそこまで宿泊者数もいるわけではなくて、レストラン内には私と数名しかいない。
その数名の中の一人が私を見つけると、突然前の席に座った。
「あなた、空軍のパイロットでしょ」
食べようとしていた手を止め、目の前に座った人物をじっと見つめた。
背中に届くか届かない程度の金色の髪、金色の瞳、整った顔立ち。どこかで見た事のある容姿で、私は止めていた手を降ろして記憶を辿った。
口調と歳も違うけど、間違いなく私の知っている人の近親者だ。
「・・・やっぱり顔でわかるんですか?」
「ええ。私も元パイロットだから」
「元・・・」
一つ息を吐いた後に私がロックウェルさんですかと尋ねると、彼女は頷いた。だけどその直後にずかずかと歩いてくる音が聞こえ、音のする方を見る。
痩せ型のコックの人がすごい剣幕でこちらへやってきていた。ため息を一つつくと、気だるそうに立ち上がる彼女。
「ごめん、もう時間。今日からしばらく泊まりでしょ?また話そうね」
「あ、はい」
困ったような笑顔で手を振った後、彼女はその人物の後をついていく。
私がその様子を呆然と眺めているその横から再び別の人物から声を掛けられた。どうやら彼女達の事情を知っているらしい。
「あの男はここのコック長であり、オーナーであり、お前さんが今話してた女の子の父親だ」
「父親?」
「俺はアイツは嫌いだがな。アイツがこのホテルの不評を招いていると言ってもいい。そしてあの子の母も止めないんだ、その父をな」
「・・・子供にあんな表情を見せるなんて」
その夜、私は日記帳を広げて今日の事を書きこんでいた。この世界に来てから付け始めた日記だけど、ノートはもう3冊目になる。
万が一の基地襲撃などで損失しないように日記帳は常に持ち歩いていて、この日記帳は現代に戻ってもつけるつもり。
「よし・・・」
このホテルを選んだ理由の一つである温泉に入るために、タオルなどを探して棚を開けてみた。けどそこには何も入っていなくて、私は首を傾げた。
部屋に無いならフロントへ行って受け取るのかなと考えた私は、下着を布の袋に入れて部屋から出て鍵を閉める。
フロントにやってくると、さっき話した彼女がいて、私を見るなり微笑んだ。
「すみません、タオルってありますか?」
「ええ。これから温泉?」
「はい。それと、フルネームを聞かせてもらっていいですか?」
「フルネームはリリー・ロックウェル。よろしくね、由比ちゃん」
「はい、リリーさん」
リリー・ロックウェルと名乗った彼女は、私の教官であり師匠であるクリス・ロックウェルさんの姉である事を話してくれた。
一通りの話を終えたところで私は別れを告げ、温泉のあるフロアへと歩いていく。角を曲がってすぐにとリリーさんの父親と寸でのところでぶつかりそうになり、私は頭を下げた。
「ああ、君か」
彼は私の顔をまじまじと見た後、視線を少し下に移している様子が見てとれた。さすがに私も少し恥ずかしくなり、一歩引いていつでも素手での攻撃ができる体勢を取る。
「そのまま行動を続行するなら、天井を見る事になりますよ!」
語気を少しだけ強め、そう警告した。でも直後に間に割って入る人影があり、構えを解いた。
「お父さん、またやってるの!?」
「お前には関係無い事だろう」
リリーさんはキッと睨んだまま、私の前で手を出して庇うように立った。
いくら私が家族と長く生き別れていたとはいえ、この状態がどういう事なのかくらいはわかる。
単刀直入に言えば「家族として最悪」の状態。子も親も解決へ向かおうとしていない。
「リリーさん落ち着いてください!」
「あなたは下がってて。これは私とお父さんの問題だから」
さっきまでの優しげな声色とは違い、明らかに怒りに満ちた声色だった。それも度を超えているような。
私がこれ以上声を掛けても絶対に状況が変わる事が無いのは目に見えていて、取り返しのつかない険悪な雰囲気になりつつある。
その険悪な雰囲気を破るように再び誰かが割って入った。だけどリリーさんの様子はますます悪化したように見えた。
父親の様子などからこの人がリリーさんの母親だと理解して、私はその母親に一つの期待を寄せて話しかけようと一歩踏み出した。
「行きましょう、ヴォルター」
「ああ、そうだな。こんな奴ら・・・」
そんな私の小さな望みも叶わず、母親は夫である彼を、ヴォルターを連れて外へと去っていく。
視界に湯煙の映る中、私はさっきまでの光景を嫌なくらい思い返していた。赤の他人が踏み込めない、血の繋がった人達の問題。
ライアーや幸喜、静音達と出会い、色々な家族がいるという事はわかっていたはずなのに。
「私に何が出来るんだろう」
考えに考えを重ねても、これといった考えなんて浮かばなかった。いや、浮かばない方がいいのかもしれない。
リリーさんの境遇を見ていると、私なんか幸せな方じゃないかとさえ思えてくる。
かといって自分の目の前にある問題を全て放棄するわけにもいかなくて、そんな矛盾も気にするわけにもいかず。
温泉の淵に体を預けてうつ伏せのまま入り口の方を眺めているうちに、人影が動いているのが見えた。
その人影はやがてドアを開け、ようやく誰が入ってきたのかわかった。
「さっきはごめんなさい。お父さん、昔からあれで色々な人から嫌われてるのに・・・」
「誰も注意してこなかったんですか?」
「注意はみんなからずーっとされてるのに、それでも止めないの」
リリーさんはその綺麗な金髪を束ねると、私の横へ座った。
あんな事があったというのに、それでも彼女は何事も無かったように笑いながら湯船に浸かっている。
「でも・・・その日々ももうじき・・・」
温泉の流れる音でかき消され、その一言しか聞こえなかった。その言葉の続きを尋ねると、リリーさんは笑いながら首を横に振ってごまかす。
「ううん、なんでもない。それより、この後部屋にお邪魔していい?さっきお父さんから勝手にしろって言われたから、しっかり勝手にさせてもらうの」
「いいけど、大丈夫なんですか?」
「もう決めたの。どうなってもいいやって」
「・・・」
私は「どうなってもいいや」という言葉にどこか引っかかりを覚えた。そういえば、変わっていく前の私がそんな感じだった。
まさかそんな事は無いだろうし、杞憂に過ぎない。
「由比ちゃんは見た感じ扶桑人だけど、どうしてナールズのこの田舎町にいるの?」
「近くの空軍基地に所属しているんです。それで、戦争も終わって少しの間休暇を取る事になって」
「そうなんだ!もしかして戦闘機に乗ってるの?」
私が頷くと、リリーさんは天井に手を伸ばして呟くように自分の境遇を話してくれた。
「私も本当は戦闘機乗りになりたかった。中等過程の途中でお父さんに言われて辞めないといけなくなっちゃって」
「由比ちゃん、もしよかったら私に空を教えてほしいな。どんな場所なのかなって。感動した事も、辛い事も」
断る事なんて出来るわけがなかった。温泉を出た後、私は自分の部屋へリリーさんを招き入れる。
そして、招き入れたのはリリーさんだけではなくて・・・。
「こっちは妹のクリス」
「クリスって・・・」
リリーさんは妹のクリス・ロックウェルさんも連れてきていた。その姿を見て思わず容器を落としそうになるけど、慌てて持ち直してごまかすように笑う。
だけど心の底では落ち着く事なんてできず、どんな話をしたらいいのかわからずにいた。
「由比ちゃん、話していいよ」
「あ、はい・・・わかりました」
私は空の事をとにかく話した。訓練が中途半端な気持ちじゃダメな事、初めて飛んだ時の事。
「初めて雲の上を飛んだ時、これが空なんだって・・・何も障害物の無い中を飛ぶのってすごいなって思うと同時に、ちょっと怖くて」
飛行過程も中盤を過ぎた時には超音速の世界も経験した。そこからの続きを話そうとした時、時間は10時を過ぎようとしていた。
二人は寝る時間だと言い、お礼を言ってドアノブに手をかける。
「今日はありがとう。明日もまたこの時間に遊びに来ていい?」
「はい!まだ全部話せていないですから!」
二人が出て行った直後、まだ書ききっていない今日の出来事を書くために机に向かった。
明日もまた色々な事を話したい。その言葉で最後を締めると、日記を閉じて寝る準備も終えて布団に潜り、そのままゆっくりと寝入っていく。
今日は曇り空の、少し雪が降る日だった。私は現代にいた時にライアーに向かって意味も無く言った言葉を思い出す。
「あれは雪の降る寒い日だった・・・か」
気温は昨日より下がっていて、厚めの手袋をしていても寒い。ホテルのチェックインまでまだまだ時間もあるし、今日は少し喫茶店を覗いたりしてみたい。
喫茶店を覗くというよりも、どちらかと言えば暖を取れる場所がほしいのが本音。
「寒い・・・」
雪山で緊急脱出をする事になれば、悲惨な事になりそうだなと考えながら喫茶店を捜し歩く。
しばらく歩くと、英語でも大丈夫なお店が見つかった。徐々に冷え切ってきているし、ここにしようと店に入る。
席についたところで、私はその光景に思わず固まった。大丈夫かと思って入ったというのに、メニューにアルファベット文字が一切無い。
とはいえ今更外に出るのも嫌。仕方なく店員を呼び、ケーキの写真と紅茶の写真を指差した。ナールズ語で何かを聞いてきたけど、何を言っているのかさっぱりわからない。
「英語と扶桑語しか喋れないんだ」
そう言うと状況を理解したようで、店員はケーキを指差した後に指で1・2・3と数を示した。これは多分何個がいいか尋ねたという事で間違いはなさそう。
私は少しだけ考えてケーキを1つ注文する。店員が厨房へ戻り、数分後にケーキと紅茶を運んでくると、早速フォークで切っていく。
外を見ると、さっきよりも雪の降り方も穏やかになっていた。これで完全に止んでくれれば嬉しい。
ケーキの方はと言えば、クリームはそこまで甘くないし乗っているイチゴは酸っぱい。生地も焼き加減は微妙で少し固く、美味しいとはいえない。
比べて紅茶の味は少し濃いようで、でも不味くはない。横にジャムが置いてあり、私はそれを紅茶に溶かして飲む。
その時、少しだけ視線が気になった。さっきの店員が呆れたように私の方を見ていて、理由がわからず首を傾げてみた。
すると店員が厨房に入り、新しい紅茶とジャムを持って私のところへ来て、いただき方の手本を見せてくれた。
どうやらジャムを紅茶に溶かすのではなく、ジャムを少量食べながら紅茶を飲むのがここのやり方らしい。
実際にやってみると、こっちの方が紅茶も温かくおいしく飲める。私がお礼を伝えると、店員は手でお金の合図を出してきた。
「・・・」
正直この時代でお金ばかり余っているし、既に所持金は扶桑円換算で四桁の万に到達しかけている。一桁くらい渡したところでどうにでもなるくらい。
100ドルを店員に渡すと、すごい驚いたような表情をされた。
「Thank you」
ニコッと微笑みながら改めてお礼を言い、私は紅茶とケーキを引き続きいただいていく。
よくよく考えたらこの余りに余ったお金を扶桑の復興に充てる事も可能で、基地に帰ったら早速扶桑へ行く手続きを進めよう。
やがて店を出ると、雪は止み雲間から青空が顔を覗かせている。太陽の光で輝く銀世界はまるで違う世界にいるみたいだった。
もし普通の学生だったら、こんな幻想的な景色を見る事も無かっただろう。見れたとしても、ここまで感動を覚えることは無かったんじゃないかと思う。
「すごい・・・」
そんな光景も、再び曇り空となって消えてしまった。それでも、今の数分の間に目にした光景はきっと一生忘れない。
それほどの感動を、この地はもたらしてくれた。
夜になり、私は昼間に見たあの光景を文字に起こそうと必死になっていた。どういう字を使えばいいのか、どういう言い回しをしていけばいいのか。
夕食を食べ終えてからずっと机に向かって3時間が経ってようやく今日の日記を書き終え、入浴も済ませた。
あとはロックウェル姉妹の二人を待つだけで、二人はすぐに私の部屋へとやって来る。今日は昨日の話の続きをしよう。
「今日はティラミスを持ってきたよ」
「ありがとうございます。じゃあ紅茶淹れますね」
「あ、いいよ!由比ちゃんは座ってて!」
リリーさんはサッと立ち上がると、私の手を引いて椅子に座らせた。隣にはあのロックウェルさん、もといクリスさんが座っていて、とても緊張する。
私のいた現代では28歳で、22年前の今は単純計算で6歳。あの大人びた雰囲気とかそういうのは一切無くて、ただただ幼い女の子にしか見えない。
「おねえちゃんはパイロットなの?」
「・・・うん、そうだよ」
そう答えた。他にどう答えたらいいかわからなくて、彼女の質問にサラッと答える事しかできそうにない。
色々な葛藤の最中、リリーさんが紅茶とティラミスを持って戻ってきた。ティラミスだけでなく、フルーツの盛り合わせも。
「はい。オレンジとバナナも」
「本当にありがとうございます」
「その代わり色々聞くからね、空の色々な事」
「はい!」
今日もまた、私が空を飛んでいて経験した色々な事を話した。素敵な事だけじゃなくて、大切な親友を失った事も、大切な仲間が出来た事も。
故郷を取り戻せた事も。何か得るには、相応の犠牲が伴いかねない事。時には何も失わずに得られるけど、大抵は何かを失う。
扶桑という国を奪還して、地上では何百人も、空ではみんなから慕われていた人を失ってしまった。
「空は、確かに綺麗です。でも、戦いの場所でもあって・・・」
「クリスはどう?」
「うーん・・・決めた!空を自由に飛びたい!」
私はハッと自分のやらかした事に気が付いた。今ここで語って、空の魅力を知ったからロックウェルさんは・・・。
「そっか・・・じゃあ・・・」
リリーさんはふと立ち上がると昨日のようにお礼を言い、クリスさんを連れて部屋を去る。
なんだか様子がおかしいように見えて、それからずっと寝られずにいた。
杞憂とかそういうものではなく、何か嫌な感じをリリーさんから感じ取った。少し気をつけて行動しなきゃ。
3日目の朝が来た。今日はあんまり調子が良くなくて、目覚ましが鬱陶しく感じる。
朝食を食べずに外へ出てすぐにバスに乗り、今日は空軍基地から遠く離れた民間飛行場へと向かう。
どうしてかと言えば特に理由は無く、静寂な雰囲気に包まれる。
時々飛ぶ飛行機を眺めているうちにチェックインに間に合う時間になり、バスでホテルへと戻る。
到着してホテルに入ると、おかしな事に誰もいなかった。客も、従業員も、ロックウェル姉妹も。
「すみませーん」
食堂や温泉の脱衣所など思い当たる箇所を探してもいなくて、営業しているかどうかが気になって外へ出る事にした。
その途中で関係者以外立ち入り禁止の場所へ通じるドアを見つけ、ゆっくりとドアノブへ手を伸ばす。
ドアノブに触れた時、変なぬめりを感じて私は手を離した。何かと思って見てみればそれは血で、思わず悲鳴を上げた。
何が起きているのか。パッと思いついたのは、ロックウェル家の誰かが強盗に襲われ、命からがらここに逃げ込んだという事。
でも私は覚悟を決めてドアノブを捻ってドアを思い切り開けた。いつ襲われてもいいように全力で。
ドアを開けた先。
そこには血だまりに倒れているロックウェル夫妻とその前に立ち尽くしているリリーさんがいた。
目の前に広がるその光景に声すらもあげられなくなった私に気付いたリリーさんがこちらを向き、微笑んだ。その微笑みは可憐な女性のものではなくて、かつての私と同じ「復讐」を果たしている殺人鬼の表情だった。
「え・・・」
「大丈夫だよ、由比ちゃんは殺さないから。クリスは親戚の家に行くように言ってある」
彼女が何を言っているのか理解できなかった。右手の袖は血で赤く染まり、握られた包丁からは血が滴り落ちている。
間違いなく彼女が両親を殺した事はどうにか理解する事ができたけど、それでも恐怖感に支配されて体が動かない。
「どうして・・・」
「あのね、私は知ってるんだよ?あなたがとてつもない憎悪で人を殺すために空を飛んでいた事。気持ちはわかるでしょ?」
何も言い返す事ができず、私は俯いた。自分の大切な物を奪われ、憎悪で人を殺めていた事は事実だ。
リリーさんにとって大切な物、それは恐らく空。そして、私が来て空について教えてもらって、最後にこんな事を。
「リリーさん、今ならまだ罪を償うだけで済む!だから」
「私の夢はクリスに預けたんだ。私の夢を奪ったこの二人を殺して、クリスに夢の続きを叶えてもらう。私はもうそれでいい」
彼女は私の言葉を遮ってそう言うと、床においてあった缶の蓋を開けて血まみれで倒れている夫妻へ中身の液体を撒いた。
特有の刺激臭からガソリンを撒いたと判断した。そして彼女は何も無い空間に手をかざすと、目を瞑る。
「由比ちゃん、あなたはもう逃げなさい。今からここを高温で焼き尽くす。残り続けるならあなたも巻き込むから」
「どうして!」
「私の最期のお願いを聞いてほしいよ。あなたには」
「何で・・・」
瞑っていた目を開けると、彼女は何も無い空間からマグネシウムが燃焼している時のような火花を出現させた。
そのタイミングで私は後ろ髪を引かれる思いのまま部屋を出て、ホテルを出た。しばらく走ったところで後ろを振り返る。
私が泊まっていたあのホテルはもう火に包まれていて、何も出来なかった自分が憎くなる。
また一人を見殺しにした。何も手を貸せないまま、貸さないまま私だけが生きていく。
20年後のあの空戦で、私はリリーさんの希望だったクリスさんを手にかけて。
ここで泣き叫んだって何も変わらないのはわかっているのに。リリーさんがその命で希望を持たせようとしたのに、私がクリスさんを殺した。
こんな結末を生み出した自分自身が憎くて仕方が無かった。
自分の文才の低さが少し腹立たしく思いますが、いかがでしたでしょうか?




