第15話「霧が晴れる日を」
私の、もとい霧乃宮家の敷地はとても広くて、築100年にもなる屋敷と不思議な場所がある。
その不思議な場所というのは広い敷地内にある小さな神社の事。おばあちゃんや両親からは近づくなと言われていた。
私がまだ6歳の時、ほんのいたずら心でその神社に近づいた時の事だった。強烈な風と共に私は数十メートル吹き飛ばされて、背中から落ちる感覚に思わず叫んだ。
だけど落ちなかった。どういう事か、私は白い羽に包まれ、ゆっくりと地に足をつけていた。たぶん、その時から私にこの力が宿っていたんだと思う。
― ― ― ―
「ふうん・・・気になるなぁ」
ライラプス隊用の格納庫で、静音は私の話を聞いて腕を組んで考え込んだ。
朝奈は私のそんな過去を知っているようで、少し暗い表情をしている。私自身も、そんな事がこれからの事に繋がるなんて思っていなかった。
「でも便利だよな、ゆいゆいのその能力」
「そうでもないよ。いくらこの腕輪があると言っても、それでも多少の疲労感はある」
もしかしたらまだ能力を扱いきれていないのかもしれない。だけど、この能力で誰かを救えるならいくらでも使うつもりだ。
「予定時刻まではあと2時間あるし、少しコンビニ行ってくるわね」
朝奈はフライトジャケットを脱ぐと、そのまま格納庫を出ていく。
残された私と静音は特に話す事もなく、ただじっと朝奈が戻るのを待つ。
「ごめん、ちょっとお手洗い」
「うん」
静音も席を立つと、格納庫から出てすぐのトイレへと歩いていった。
話す相手がいなくなり、先ほど二人に話した事を思い出す。
あの出来事については二人に話したのが初めてで、両親にもおばあちゃんにも言っていない。
だけど朝奈は知っているように見えて、恐らくは朝奈の世界の私が話した可能性が考えられた。
「本当にどこまで知ってるんだ」
ただ一人、そう呟いた。
この後向かうのは三沢基地で、休憩と時間調整の為に一時的に駐留するのみ。
時間の調整が出来次第作戦が開始され、核査察に向かう高官の乗る輸送へリの護衛が目的だ。
護衛に充てられたのはライラプス隊とクーガー隊の合計6機。クーガー隊は扶桑海側の警戒監視のため石川県の小松基地に駐留している。
「クーガー隊の隊長、なんて名前だっけ」
「フランコ・ルイーニ。今日までに戦闘機と爆撃機を合わせて58機撃墜」
クーガー隊全体で150機近く撃墜している事を静音に聞かされて、ルイーニさんの隊長としての力量の高さが伺える。
以前スヴェート級戦艦の撃沈に際して共同作戦に当たったけど、その時も見事な連携で護衛艦を相手にしていた。
「彼らがいれば、例えオリョール隊と出くわしてもどうにかできるはずだ」
「でも撃墜はできないはずよ。あくまで推測の域を出ないけど」
静音の希望的観測に対して、朝奈は現実味のある言葉を向けた。歴史が変わっていない以上、最後に彼と戦う事になる。
「・・・」
「彼は言ってた。私がいると計画の邪魔だって」
私は未来の、あのパレンバン撤退の時のあの言葉を思い出していた。彼の言う計画は恐らく、世界に影響する何かをする計画だ。
それを防ぐためには歴史を大きく変えなきゃいけない。その手段はただ一つ。
「操縦席を狙うしかない・・・のかな・・・」
操縦席を狙えば・・・パイロットの命を奪ってしまえば、彼が未来で何か悪巧みをする事も無い。
だけどそれが本当に正しい事なのか。他に方法は無いのかな。
「残念だけど、それしか方法はない」
「・・・」
何か他に手はあるはず。最後の戦いまではまだ時間があるから、それまでに方法を考えなきゃ。
格納庫から滑走路へ歩いていると、二機の扶桑空軍所属のイーグルが離陸していくのが見えた。
これから訓練だろうか。
「由比、さっきはあんな言い方してごめん」
立ち止まって離陸を見ている間に静音が横へ並び、さっきの会話の言い回しを謝罪した。
「私も色々考えたんだ。だけど、やっぱりパイロットを、アレクサンドルを狙うしかないなって」
「別に謝らなくても。悪いのは静音じゃないから」
静音はほんの少し赤面して、すぐに嬉しそうに笑う。どうしたんだろう。
「由比のそういうとこ、好きだなって」
「そんな事言って・・・空戦中に撃墜されないでよ」
少し怒り気味に言ったけど、静音は動揺しなかった。それどころか、自信満々に答えた。。
「私は二度と撃墜されないよ。だって、日々強くなる由比が認める近接空戦派だから」
それは、いつか見せた空戦の天才と称される戦闘機乗りの表情をしていた。
静音は遺伝や血筋に由来する事のない、本当に稀有な「空を飛ぶ天才」だ。
「ありがとう、静音」
やがて私達は三沢基地上空へとやってきた。既に上空待機をしていたクーガー隊と合流すると、そのまま針路を北へ向けて作戦空域へと飛行する。
三沢からカムチャツカ半島までは非常に遠く、機外燃料タンクを満載して更に作戦後に空中給油を行う。
『ストラトアイからライラプスとクーガーへ。今回の作戦はブリーフィングの通り、コジレフスクにある核兵器製造拠点を査察するアスタリカ軍高官の乗る輸送ヘリの護衛だ』
作戦空域突入まであと20分ほど。それまでに機体に異常が無いかをチェックしていく。
『ライラプス2より1、特に異常は見当たらない』
静音の乗る機体が水平飛行をする私の近くを飛び、外装の点検をしてくれた。静音はそのまま朝奈の機体もチェックして報告する。
『雨は降ってないけど、不気味な暗さね』
遠くに見えるカムチャツカの地表付近は雲に覆われ、薄暗くなっている。幸いにも雷雲ではない。ストラトアイから送信されている作戦空域の反応の数も、私達だけだった。
やがて千歳基地の遥か上空を通過し、洋上へと飛び続ける。
『あと10分で作戦空域だ。既にヘリは半島上空に差し掛かっている』
「了解」
微弱な反応すらも無く、今行われているのが攻撃ではない事を認識させられる。
あくまでも上空の哨戒任務であり、アスタリカとナールズ間の話し合いでこの作戦は一般にも知られている。
『由比、少しいい?』
大陸に差し掛かったところで静音からの通信が入り、私は無線の周波数を静音の機体のものに合わせた。
『史実では、この先にBe-0用の巨大滑走路が作られてたはず。見当たらない?』
「ちょっと探してみる」
私と静音は一度編隊からはずれ、ゆっくりと旋回しながらその巨大な滑走路を探した。
しばらく探していると、ようやくその滑走路を見つけた。通常の飛行機が横に何機も並ぶ事ができそうなくらい巨大な滑走路だ。
『・・・おかしい、Be-0の姿が無い』
「既に移動してるんじゃない?もしくは解体されたとか」
『あんな、資産にもできるような巨鳥を解体するとは思えない・・・警戒した方がいい』
「了解」
編隊に合流すると、ストラトアイからの指示で高度を下げてヘリの護衛のために低速でヘリの横を飛ぶ。
『まもなくヘリの着陸地点だ。上空の警戒に当たれ』
事前のブリーフィングで決めた二機編隊で行動する。私は静音と、朝奈はクーガー1と、残りはクーガー隊の2番機と3番機で行う。
そのまま地点から70キロメートル離れたところを飛行し、査察が終われば合流して帰投する。
『奴らが核を処分したとは思えないんだがな』
「どういう事?クーガー1」
フランコが言うには、既に運び出されているんじゃないかと言う。確かに、事前に協議をしてからの作戦であれば運び出す時間はある。
『でももし使えば世界中から批判されて制裁を受ける。運び出して隠す意味はないはず』
ナールズは既に扶桑への賠償をする事が国際会議で決まっていて、そこで核の隠蔽をすれば話がややこしくなる。
『とにかく、今は任務に集中だな』
「ああ」
20分が経過した。敵機が来る事もなく査察が終わり、私達は三沢へと機首を向けた。
『作戦本部より入電。アスタリカ空軍の駐留しているオジョールナヤ基地へ着陸し、今後の作戦拠点とする』
オジョールナヤ基地はここから一番近い空軍基地で、アスタリカの作戦本部はここを拠点とするらしい。
だけど、私は納得がいかなかった。というのも、元々敵であるナールズの国内の基地は嫌な予感がするからだ。
基地へ着陸してすぐ、トーイングカーによりイーグルを格納庫へ収容する。まだ建てられたばかりなのか、綺麗な格納庫だった。
「お疲れ様、シフィル」
「うん、二人ともお疲れ様」
何事も無く作戦が終わったのは、この時代に来てから初めてかもしれない。パレンバンの時は哨戒任務で当たりを引く事も無かった事を思い出す。
この基地の住居は個室で、それぞれの部屋にお風呂とシャワー、台所と冷蔵庫もあるという豪華な住居だ。
「でも、やっぱ私達は集まっちゃうよねぇ」
お風呂を済ませてから、私達は静音の部屋へと集合した。百里に置いてある荷物は既にまとめられて輸送機でこっちに送ってくるとの事。
こうしてピリピリした雰囲気の無い基地で、次の作戦に備えるのはずいぶん久しぶりだ。
ただ一つ気がかりなのは、Be-0の行方。扶桑周辺での目撃情報は無く、かといってユークライナ方面での目撃もされていない。
「飛んでるとしたら、ナールズ国内って事かな」
「・・・」
静音がベッドで天井を見つめたまま、何か考え事をしている。
「私達さ、強いんだよな・・・?」
「あんた達が異常に強いだけよ。でも、おかげで私も強くなれる」
確かに朝奈は初期の飛び慣れていない様子は無く、それどころか飛行技術は一端のエース級にまで上がっている。
「私達3人ならきっと未来を変えられる・・・」
「変えられる、じゃなくて変える。でしょ?朝奈」
「そうね。ありがとう、由比」
作戦で飛んだ後は塩分も水分も糖分も何もかも不足しがちで、静音が戦闘機パイロット用の料理を作ってくれた。
和風の五目餡かけチャーハンと、コンビニで買ったおはぎ。疲れた時にはこれを食べるのが静音の定番と言う。
「静音って料理できたんだ」
「そりゃねー」
「現代に戻ったら幸喜と友香に言ってあげて。せめて自炊くらいできるようにしようって」
「友香さんかぁ。確かにあの人料理めんどくさがるもんね。というか幸喜って誰?」
私は幸喜について話した。話を終えた直後に朝奈が友香について聞いてきたので、それも教えてあげる。
「友香は私が配属された当初からの専属整備隊長。面白いしゲームとか詳しいし、私が寝坊しかけるとすぐに起こしに来るお姉ちゃんみたいな感じ」
「お姉ちゃんって・・・」
「私を時々妹扱いするから。でも本当に面倒見もいいし、私が精神的に弱ってる時にも助けてくれた」
友香は本当に感謝してもしきれなくて、だからもし戻ったらちゃんとお礼を言いたい。
いつも助けてくれてありがとうって。
「うぅ、今日のお昼まで扶桑の適温な環境にいたから寒く感じるなぁ」
そう言い、灯油ストーブの点火スイッチを入れる静音。言われてみれば確かに寒くて、思わず身震いする。
「私は幼い頃にナールズにいたからこのぐらいなら平気」
「そうなの!?」
朝奈の新事実に驚く静音。私は以前からなんとなく察していた。
「じゃないとナールズ語の文書なんて読めないと思うよ」
「静音驚きすぎ。仕方ないじゃない、私の世界じゃ小学1年から3年、ナールズへの留学が義務付けられてるんだもの」
「うっわぁ、すげえ大変そう・・・」
「って思うでしょ?そういうのが当たり前の世界だから、本当に大変かって言ったらそうでもないのよ」
私達はお互いの過去の話を打ち明けた。少し暗い話になってもおかしくないのに、それどころか明るく前向きな話になっていく。
それはなんだか私達の成長を表しているようで、私は心の底から嬉しかった。
「あとはベリーエフと・・・最終決戦だけだよ。それで終わる。この時代の戦いが終わる・・・」
「複雑ね・・・」
戦いは終わってほしいけど、三人で過ごす時間は終わってほしくない。静音も朝奈も同じ気持ちで、言葉が途切れた。
「でも、私はまた会えると信じてる。だからやろう。戦いを終わらせて未来を変えよう」
「そうね」
「だよね。三人ならやれる」
夜になり、私は濃霧の中を歩いていた。行き先は滑走路の端。
そこに到着すると、祈るように手を合わせて呟く。
「見えるものを霞ませる霧よ、私のこの力を以て・・・」
私の体が青白く輝き、やがて風が吹く。滑走路の反対側も見えないくらいの霧がゆっくりと消え、満天の星空も見えるようになった。
だけど私は少しの間呼吸が出来なくなり、その場に倒れこむ。
「これで・・・大丈夫・・・」
そう、もう大丈夫だ。あとは時の流れるままに。
由比のこの力はなんですか?




