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群青の空へ  作者: 朝霧美雲
第二章 -The Sky Dominated by Aces in 1998-
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第14話「希望の見える道」




扶桑での戦争終結から2ヶ月の平穏の時を経て、いよいよナールズの強行偵察作戦の噂が立ち始めた。

正史との違いを熱心に分析していた静音が私と朝奈を呼び、格納庫で秘密裏に会議を行う。


「多少の紆余曲折はあったけど、正史とほぼ同じと言って過言じゃない」


「・・・未来を変えられるって事?」


朝奈が静音にそう尋ねた。私達の未来に寄っている事がわかって、期待と自信に満ちた表情を浮かべていた。

そして”私達ならやれる”と言わんばかりにこぶしを握り締める。


「断言できるわけじゃないけど、変えられる可能性の方がかなり高いはず。次に来る作戦は」




【カムチャツカに存在する核兵器製造拠点の強行偵察】





静音が導き出した答えはこれだった。ナールズのカムチャツカ半島の工場のどこかにある核兵器の製造工場を徹底的に探し出すのが目的だ。


「噂が立ったからには、もうすぐ第二の戦いが始まるって事ね」


「そういう事。由比は大丈夫?」


「・・・大丈夫」


あの日から、私は心のどこかに存在していた枷が外れた気がした。いや、外れたのかもしれない。

数日前に行った模擬空中戦では鮮明に仮想敵機アグレッサーとの戦闘では、3vs10という圧倒的不利な状況において勝利した。

撃墜数の内訳としては私が6機、静音3機、朝奈が1機。空戦中、私は敵の動きが手に取るようにわかり、短時間で何機も撃墜する事が出来た。


会議が終わってすぐ、私は二人と一緒に食堂へ向かう。今日はこの後に素手での格闘訓練の練習を予定している。


「由比、格納庫見ていこうよ。昨日来た新型見てないでしょ?」


そう。昨日、アスタリカ空軍で極秘に開発が行われていたイーグルの性能向上型機が百里に運ばれてきた。

どこがどう変わったのかと言えば、まずはエンジンの強化。私と静音の乗るイーグルは二つのエンジンが空気を吸い込み圧縮し、燃料と混ぜて後方へ出す事で最大20トンの推力を生み出して飛んでいる。

それを新型エンジンへ換装した事により最大で26トンの推力を生み出す事が出来るようになった。これにより旋回という、空気抵抗を大きくする行為をしても速度の損失を減らす事ができ、高性能化しているナールズの戦闘機に対抗できる。


「で、それに合わせて機体構造を6割再設計。実は昨日、私が乗ってみたんだけどすごい性能だよ」


「ふうん」


私は性能や試験結果が書かれた資料とイーグルを順番に見ていく。確かにエンジンの出力は大きくなってるけど、若干重量が増えている。

挙動が少し変わってくるだろうけど、そこは訓練をしてどうにかできる。


「そろそろ行くわよ、二人とも」


「りょうかーい」


格納庫にいたのはほんの数分だけど、新しい機体を見ている時間は10分以上に感じられた。

今日の朝食は至ってシンプルで、トースト2枚とスクランブルエッグと野菜サラダ、そして牛乳。

出撃が無い日々が続くと僅かではあるが体重に変化がある。主に+の方向で。


「由比、今日は何キロ走るの?」


だから終戦を迎えてからは夕方にある程度の距離を走っていた。ここ数日は精神的状況もあって止めていたけど、そろそろ再開するつもり。


「10マイル」


「キロで応えてよ、わかんないじゃない」


「あ、ごめん。えーっと・・・16キロ」


私と静音は西側戦闘機の距離と速度の単位であるノット・マイル式を使っているんだけど、パッと出したマイル数が朝奈に通じる事はまず無い。

そんなやりとりをしながらの朝食を終えた後に部屋へ戻り、ジャージに着替えてからトレーニングルームに向かった。


「ごめん二人とも、トイレ行ってくる」


格納庫が見えてきた時、静音がそう言い残してトイレへと急いだ。残された私と朝奈は無言で近くの壁によりかかって静音を待つ。

私はこの光景に既視感のようなものを覚えた。というより、間違いなく見たと言わんばかりに鮮明なシーンが脳裏に浮かんだ。

制服を着た私と朝奈が誰かを待つ光景。それがなぜだか薄れずにいる。


「ねえ朝奈、私とあなたって同じ中学に通ってたりする?」


「・・・通ってないわよ。私は横浜の中学で、あんたは長野でしょ」


そう否定された。だけど朝奈が記憶を辿るような表情を一瞬ではあるが見せてくれた。きっと、まだ私の知らない何かがある。


「でも、不思議よね。おばあちゃんの世代から三島わたし霧乃宮あんたに繋がりがあるって」


「確かに」


今の言葉で、私は気が付いた。


「どうしたのよ、そんな真剣な顔して」


朝奈が最初から私の色々な事を知っていたのって。


「朝奈、あなたの世界にも霧乃宮家は存在するんだよね?」


どうして気が付かなかったんだろう。さっきのあの記憶は。


「・・・ええ」


もしそうだとしたら。・・・ううん、そうだ。

だけど、私はそれ以上話を続ける気にはならなかった。嫌な予感がしたから。

しばらくして静音が戻ってくると、再び歩き出す。私と朝奈の間に生じているぎこちなさを察したのか、静音は間に割って入った。


「二人ともなんか変だよ、どうしたの?」


「なんでもないわよ」


優しく答えた朝奈はそのまま歩き続け、私は少しだけ立ち止まった。

すぐに歩き出して二人へ追いつく。二人は私が立ち止まっていた事に気付いていなくて、トレーニングルームの前で私の方を向いた。


「由比って格闘は自身あるの?」


「それなりに」


トレーニングルームとは言っても、射撃訓練場と併設された小さな部屋だ。扶桑空軍の憲兵隊の管轄下にあるけど、司令から許可は貰っている。

じゃんけんで順番を決める。最初は静音と朝奈に決まり、二人はグローブを着けて構える。


「朝奈、武術の経験は?」


「合気道を十年」


「・・・ねえ由比、代わってもらっていい?」


静音が朝奈に恐れを成し、私と交代するよう求めた。仕方が無いので代わり、朝奈と対峙する。

こうして対峙してみると、確かに朝奈の構えというか雰囲気から全くの隙が見られない。


「なるほど・・・」


ナンパする人に対してあんなに強気でいられるのは合気道を極めつつあるからか、と納得する私。

でも私も負けてられない。まずは上段蹴りから。だけどこれは避けられた。そのまま中段へ回し蹴り。

とにかく全力で攻撃を加えた。










結果。最終的に私と静音が両方で挑んでもねじ伏せられた。攻撃をしっかりと見切られ、最低限の力で投げられ、腕をとられる。

どんな手を使おうとも地面に倒れているのは私と静音。想像以上に強かった。


「でも由比の攻撃は結構ヒヤヒヤしたわね。アレを食らったら間違いなくノックアウトされてた」


「そりゃね。由比、配属当初は普通に由比をからかってた人ぶっ飛ばしてたし」


「それは・・・その・・・確かにそうだけど・・・」


でもそれは過去の話で、今の私はそんな事をしようとは思わない。それに、そういう事をする人もいない。

この後も引き続き静音と組手をやり、その後再び朝奈との組手。今度は手加減をするわけにはいかず、私は深呼吸をする。

そして朝奈へ攻撃を仕掛けようとした時、朝奈は既に私の動きに合わせて懐へ潜りこもうとしているのを認知した。

今からリカバリーしようにももう遅くて、腕を掴まれて投げられた。


「一本!朝奈の勝ち!」


「由比、隙が大きいのよ」


「でも朝奈、由比の攻撃って結構素早くない?」


「確かに一旦速度が乗った攻撃は並の男性以上にある。でも、ある程度経験を積んだ武術家からしてみれば・・・」


朝奈が言うには、私の攻撃は速度が乗るのも早いし速度もある。だけど、攻撃の瞬間の動作は見極めやすいらしい。


「例えば・・・由比のその回し蹴り、そこのサンドバッグ蹴ってみて」


「こう?」


私はやや強めにサンドバッグを蹴った。乾いた音と共に、吊るされたサンドバッグが一瞬だけ浮く。


「威力は強いんだけど、やっぱり最初の一瞬の隙が大きい。何か動作の小さい攻撃と連続させた方がいいんじゃない?」


アドバイスを受け、私はゆっくりと動作を確認しながら一発ずつ打ち込んでいく。

それを30分ほど続けた頃、私は休憩のために外へ出た。戦況と同じように厳しかった夏の暑さも抜けつつある。

だけど空は変わらず、私達人間を包むように存在する。それがなんだか不思議に思えて、私は空を見上げた。


「なんだか夏も終わりって感じね」


しばらく空を見上げていると、朝奈が私の横へ並んだ。朝奈といると、やっぱりどこか懐かしいような感覚を覚えるけど、これも別の世界の記憶なんだろうか。

私が戦闘機乗りとして配属された時から1年くらいしか経っていないのに、静音や友香と出会い、ライアーと出会い、幸喜と出会い、朝奈とであった。

それに付随するように、不可思議な事ばかり起きている。考えれば考えるほど、私の運命さだめゆえに起きているとしか思えなくなる。


「はい。由比、実はラムネ好きでしょ」


朝奈は私へラムネを渡すと、同じように空を見上げた。彼女の言う通り、私は頻度を控えているだけでラムネが好きだ。

どうやら朝奈のいた世界でも週に何度か、放課後にコンビニでラムネを買って飲んでいたと言う。


「あんたは教師になってみたいって思って・・・」


「無理だよ」


私は言葉を遮って否定した。


「私は・・・もう引き返せない。お母さんみたいにはなれない」


右手で操縦桿の引金トリガーを引き、数百機を墜としてきた。脱出した人を除けば、既に何十人と命を奪った。


「なれないじゃなくて、なってほしいの。静音もそう言ってた」


「だけど私にそんな資格は無い!戦争だったら人を殺していいなんて絶対に無い!私が撃墜したパイロットにだって家族がいて!」


「そんなのはわかってるの。でも、由比だって家族がいるじゃない」


語気が強くなってしまっても、朝奈は私を慰めるように諭してくれた。

数秒の間を置いて謝ると、直後に今の声を聞いたのか静音が駆けつけ、心配そうに様子を見ている。


「あの・・・二人とも?」


「大丈夫よ、静音」


「うん。解決したから」


私と朝奈がそう告げると、静音はほっと胸を撫で下ろした。私は少し自分を見つめなおして、考え方を変えた方がいいのかもしれない。


「というか二人とも、シャワー浴びない?透けてるよ」


「・・・」


静音の一言で、私達は急いで部屋へ戻った。朝奈の提案で一緒にシャワーを浴びる事になったけど、こういうのはちょっと初めてで少し緊張していた。

他人に背中を洗われる感触というか、手馴れているのか強く弱くなくといった具合に擦ってくれる。

次は私が朝奈の背中を洗う番。だけど、私は朝奈の肩の傷痕を見て言葉が出なかった。


「朝奈・・・これ、いつの?」


「東京の時」


「ずっと隠してたの?」


朝奈が小さく頷いたのを見ても、それでも怒る気にはならなかった。


「もうやめにしようよ・・・お互いに何かを隠すの」


私はそう呟くように言った。本当に、お互いに隠しあいっこは終わりにしてほしかった。


「そうね。今までごめんなさい」






シャワー室を出て寝室へ戻ると、静音が誰かと電話をしていた。冗談を交える事も無く、ただ真剣に通話の内容をメモに取っている。

やがて通話が終わり、静音はこちらの存在に気が付いた。


「今ストラトアイから電話来てさ、決まったよ。2週間後の9月17日。核施設調査を目的としたワルキューレ作戦の実施」


「いよいよね・・・」


「この作戦から、また戦況は厳しくなる。二人とも、覚悟は出来てるよね?」


静音の問いかけに、私と朝奈は同時に頷く。この時代の戦いももうあとわずかだ。

ここで覚悟を決めなくていつ決めるんだ。


「必ず生きて帰ろう」


私も、朝奈と静音も、今まで以上に真剣な眼差しをしている。




必ず成功させて、朝奈の未来も私達の未来も守る。それが私のここから最後までの任務だ。



書けました。次回からまた熾烈な空中戦をしていく予定なのでご期待ください!!!

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