いつかのお話 -1-
頬杖をついている静音と外を眺めている朝奈。あれからもう5日が経ってしまった。
よくない事ばかりが続いていて、基地内のみんながこんな感じだ。
昨日に関して言えば、能登半島沖を航行していた空母艦隊がナールズの飛行空母に襲撃され大破。どの部隊も手が出せないまま敵を帰してしまった。
「・・・やるしかないんだけどな」
「そうね・・・」
東京奪還の前段階の作戦はもう明後日。私達はこんな状態でも全力で挑むしかなかった。
静けさの中、宿舎の廊下から足音が聞こえた。直後にドアをノックする音を聞いて朝奈は立ち上がる。
「長倉だ。ちょっと今度の作戦の事で話があるんだ」
「はーい。二人とも、入れちゃっていい?」
私と静音は間を置かずに肯定した。誰も着替えていないし、特に何かをしているわけでもなく否定する理由は無い。
長倉さんは私達の部屋へ入ると、初めに何かが入った箱を机の上に置いた。
「基地全体が暗い雰囲気だからな。少し景気づけにケーキを配って回ってたんだ」
「・・・ふっ」
長倉さんのちょっとしたギャグで静音が笑うと、朝奈は静音の肩を軽く叩いた。
でもなんだか雰囲気はよくなって、私達は長倉さんと一緒にケーキを食べる事にした。
「ちょっと紅茶を入れてくる」
「四人前でー」
「わかってるわよ」
朝奈が台所へと向かうのを見届けた後、長倉さんは話を切り出した。
「今度の作戦、俺を4番機として飛ばせてくれないか?」
「・・・」
私はケーキへ向けていた手を止めて長倉さんを見た。静音も長倉さんを見ていて、次に私を見た。
「長倉さん・・・それは・・・」
「うん・・・由比も同じ事を・・・」
私と静音が考えた事は全く同じ。私達は地上でさえ敵に狙われているというのに、空で敵と交戦をすればすぐに狙われる。
そんな私達の傍で飛んでいれば・・・。長倉さんの技量が高いのは知っている。
でもライアーやお父さんのような本当の凄腕でない限り、私達の傍を飛んでいて全くの無傷なんて非常に難しいんじゃないかと思う。
「・・・死ぬ覚悟はしてるさ。ただな、お前達の見ている世界ってのがどんなものなのか・・・それが気になったんだ」
死ぬ覚悟という言葉を聞いた瞬間、静音が机を叩いた。
「長倉さん、私は死ぬ覚悟をしている人を・・・そんな覚悟をしてしまっている人に傍を飛んでほしくありません」
「静音・・・」
「もし私達の傍を飛びたいなら・・・生き残る覚悟をしてください」
そう言い、ゆっくりとケーキを食べ始める静音。横に目をやれば朝奈がいて、今の会話を見ていたのか立ち尽くしていた。
私も長倉さんに生き残ってほしい。お父さんの年の離れた友人のような存在である事を、千歳にいる時に散々見せ付けられた。
ううん。私がみんなを守らなきゃ・・・。
「ハッ、なんだろうな。本当にライラプスのお前達には弱気になってる自分を認識させられるな」
「私達の世界はきっと・・・生き残ろうと足掻いた先に見えるんだと思います」
「そうか。霧乃宮もそんな世界を見ていたんだろうな。っと?」
長倉さんは何かに気が付いて私のベッドの方を見た。どうやらクマのぬいぐるみを見つけたらしい。
「クマのぬいぐるみ、気に入ってくれてるようだな」
「そうなんですよ長倉さん!由比ってば毎晩あのクマのぬいぐるみを抱いて寝てるんですよ!」
「ちょっと静音!」
静音に暴露され、私は迷わず報復手段としてケーキを奪いにかかる。
でも長倉さんは笑うわけでもなく、なんだか懐かしむようにしていた。
「前、娘がいると言ったな。娘も小さい頃からクマのぬいぐるみが好きでな」
それから数分間、私達は長倉さんののろけ話をしっかりと聞いていた。
長倉さんが飛行学生時代の挫折しかけた時に奥さんと出会った事や、それから数年間付き合ってから結婚した事。
そして今年になって扶桑の領土が奪われていき、奥さんとの連絡が取れなくなった事。
「俺は一人じゃ何もできない人間さ。それを支えてくれた嫁と連絡が取れずに自棄になってたのかもな」
「長倉さんにも目標があるじゃないですか。奥さんとの再会という立派な目標」
「そうだな。俺はそれを目標に生き残ろうと思う」
景気づけに来た長倉さんだけど、逆に景気づけられたと小さく笑った。
その後ケーキの割引券を置いて長倉さんは部屋を去った。
「三人で買いに行こっか」
「うん」
私達はそれ以上喋る事は無かった。ケーキ屋へ行く途中も何も喋らずにいた。
商店街から出た後、私は一人近くのコンビニの前へやってきた。
あれからエリ・・・イヴァンナとは会っていない。未だに面会の許可が下りず、会う事が出来ない。
「ねえ静音」
「何?」
「会うのは・・・会えるのは20年後とかなのかな」
「わからないよ」
静音は即答した。そんなもの誰にもわからないのはわかっていた。でも答えが欲しくて、私はつい静音に聞いてしまった。
この間の路地へ入ってみれば、少しだけ血痕が残っている。それが、あの出来事が夢で無い事を物語っている。
それを洗い流さんとばかりに曇り空から徐々に雨が降ってきた。
「由比、濡れるから早く帰るわよ」
「うん・・・朝奈達は先に帰ってて。私はもう少しここにいたい・・・」
時間が経つにつれて、私の髪や服は湿り気を増していく。それでも私は動かずにじっと薄れた血痕を見つめていた。
「・・・じゃあほら、傘くらい持ってなさいよ」
「ありがとう」
私は朝奈から傘を受け取ると、すぐに差した。誰もいなくなったところで、私は傘を下に向けた。
もう限界だった。例え相談を受けていたとしても、私に出来る事なんてなくて、イヴァンナの家族を救う事なんかもできなかっただろう。
少しだけ上を向けば、涙が雨粒と一緒に流れ落ちていく。
「ごめん・・・イヴァンナ・・・」
ただ一言だけ呟いて、私はその場を後にした。
ボツになるはずだったものを掲載する事にしました




