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群青の空へ  作者: 朝霧美雲
第二章 -The Sky Dominated by Aces in 1998-
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番外編④「サダメ」






目覚ましがなるのを待つようにして、私は覚醒しきろうとしている意識から目を覚ました。

不思議な夢を見たのは何度目だろうか。時代の違う、私じゃない誰かの人生の夢を見ていた。夢のようで夢じゃない、そんな気もした。

体を起こした私は、その夢を思い出そうと記憶を辿る。でも思い出せたのは辛い思いをしたという事と、最後に無数の白い羽が目の前で舞っていたという事だけ。


「・・・」


私は隣で寝ている朝奈を横目で見た。朝奈なら何か知っているかもしれない。だけどあの朝奈の事だから口を割らないだろう。

直後に私はある事を思い出した。今は戦争も終わった。以前会ったあの人に聞きに行ってみよう。

二人が起きる前にバッグに着替えを詰めて、財布と以前から作っていた霧乃宮家に関する謎をまとめたノートを持って基地司令のもとへ訪れた。


「構わない。だが君は名の知れたパイロットだ、十分に気をつけたまえ」


「わかっています」


しばらく戻らない事を伝えてすぐ、駅から始発の電車に乗り、千葉からはタクシーに乗るように促された。

なんでも線路がところどころ爆破された痕があり、完全復旧まで2ヶ月程度かかるそう。


車窓からは朝日に照らされた街並みや、人々の行き交う姿を見る事が出来た。私は電車に乗った事が多くなくて、そういう景色が新鮮に感じる。

幼い頃は旅行と言えばお父さんの運転する車に乗るのが当たり前で、電車といえば百里基地のあの墓地へ行く時の一回きり。

あれから十数年が経った今、私が両親とあったらどんな反応をされるんだろう。


電車に乗って一時間が経つと、多数の通勤のためと思われるスーツ姿の人がたくさん乗車してくる。

都会の方へ来るのはこれで二回目だけど、車内が徐々に満員になっていく中で私はそっと席を立った。


「おじいちゃん、ここいいですよ」


人混みの中杖をついて窮屈そうにしている年配の男性を見過ごせず、席を譲った。

申し訳無さそうに小さくありがとうとお礼を言い、ゆっくりと座るのを確認して窓際の人が唯一少ない場所で景色を眺める。


「・・・あ」


遠くの方で飛行機が飛んでいるのが見える。大きさからして旅客機だろうけど、機首を少し上げ緩やかに上昇しているらしい。

私も静音も、旅客機を操縦したいとは言わない。自由に向きを変えられる戦闘機の方がやっぱり気持ちよく飛べるから。

そんな空の様子を眺めていると、駅で電車が停まった。



それから2時間で千葉へ到着し、改札口を出た。次の予定はタクシーを見つけてタクシーへ乗り、横浜へと向かう。

タクシーに乗る前に少しだけ探索する事にした私は、駅近くでゲームショップを見つけた。興味本位で入店してみると、新作のゲームがたくさん販売されている。

中でも一番に目に付いたのが、戦闘機が大きく載せられたWing Fightというゲーム。静音が好きそうなゲームだ。


20分ほどゲームを見て回った私は、ゲームショップから少し離れたコンビニでおにぎりとお茶を買って外でゆっくりと味わう。

この時代のコンビニのおにぎりは食べられないほどではないけど、おいしいかと言えばそうでもないような気もする。

たぶん年々味は進化していたんだろう。


おにぎりを食べ終えた時、ちょうどタクシーが駐車場へと停まった。表示と車内の様子から乗客はいない。


「ラッキー」


そう呟いて私はタクシーへと駆け寄る。すぐにドアを開けてくれて、行き先を告げる。行き先は横浜。


「またずいぶんと遠いなぁ。距離にプラスして多少追加料金取るけどいいかい?」


お金は山ほどあるし、いざとなれば銀行から10万ほどおろしても全く問題はない。


「大丈夫です。お願いします」


「あいよ」


タクシーはゆっくりと走り出し、千葉の町中を西の方角へ向けて走り出す。


「まだ若いみたいだけど、いくつだい?」


「18ですね」


誕生日は既に1年も経たないうちに2回迎えているけど、過去に来るという異例な出来事だからカウントしない。


「そうか。今のご時勢だと、やっと故郷へ帰るタイミングが来たか?」


「いえ、知人の家に」


「そうかそうか!ところで、君はパイロットだったりしないかい?」


私は特に驚く事はなかった。戦闘機パイロットであるかどうかは、わかる人にはわかるからだ。

時に9倍もの重力に晒されるから、顔の肉のつき方が独特であるという事を色々な人から聞いていた。


「詳細は言えないですけど、そのとおりです」


「だろうなぁ。ナールズの侵攻の時にたまたま戦闘機同士で戦っているのを見たんだけど、ありゃあすごかった!」


運転手がその時見たのは、10機ほどの青い戦闘機を相手に数分かけて1機ずつ落としていく灰色の戦闘機。


「後から聞いた話じゃ、その時千葉上空で戦ってたのは扶桑空軍が雇った傭兵パイロットだったそうだ」


「あの、その話詳しく聞かせてもらっていいですか?」


ハッとなり、私は運転手にお願いをした。凄腕のパイロットであり、扶桑が雇った傭兵。間違いなく私のお父さんだ。

背後を取られてもすぐに敵機を前に送り出して、直後に撃墜されていく。そんな凄まじい光景を語る運転手、そしてその話を私はわくわくしながら聞いていた。

被弾する事もなく敵機を撃墜し終えたその戦闘機は、轟音を残して飛び去っていったという。


「それでも侵攻を止められなくて、彼は無念だったろうなぁ。結局、ワシは函館まで逃げた」


「・・・」


私は運転手の話を最後まで聞いていた。




やがて数時間が経った。高速道路を使わずに来た事によって、到着時には日が暮れる寸前。

タクシーから降りた私は急いで横浜駅周辺のホテルを手当たりしだい尋ねたけど、どこも予約制だった。

ようやく見つけた当日受付可能なところは少し古い建物で、何かが出そうな雰囲気。少し怖いけどここにしよう。


外観とは裏腹に、中はとても綺麗だった。掃除も行き届いていて、1階では小さいけど食堂もある。

受付を済ませて受け取った鍵の番号は205。2階の5号室。エレベーターで2階に上がり部屋へ入ると、私はすぐにバッグをベッドの上に放り投げた。


「はー」


次いでベッドへと飛び込むと、普段寝ているベッドよりも反発の少ないふかふかな寝心地。これはよく寝れそうだ。

でも寝るにはまだ少し早い。薄着とは言えど少し汗をかいたし、まずはシャワーを浴びる。普段とは違うシャンプーの香りが少し心地いい。。

そういえば、朝奈達はどうしてるんだろうか。書置きを残したわけでもなく、ちょっと心配させてしまってるかもしれない。あとで寮に電話をかけてみよう。

シャワールームから出た私は百里基地の寮の、私達の部屋へと電話をかけた。応対をしたのは朝奈で、一番に私の安否を確認してくれた。


『あんたも書置きくらい残しなさいよね!こっちは危うく由比の捜索願というか、アスタリカ軍に捜索を要請するところだったのよ!』


「ご、ごめんって・・・」


朝奈は結構怒っていて、静音はそれほどでもなかった。とはいえ多少の心配はしてたらしい。

今回の旅行の目的と期間について聞かれ、私は本当の事を言わずに観光旅行という事に。当然のごとくお土産を要求され、静音からは昔の横浜の写真がほしいと言われた。


「じゃあ切るね。明日連絡できたらするから」


『お土産何買ったか教えてね。じゃあ』


通話を終えた私は、窓を開けてベランダへと出た。都会の夜の景色は東京以来二回目。

この風景も写真に収めて静音に渡してあげよう。







翌朝は少し遅く起きてしまった。ホテルを出たところで住所を確認する。

横浜の地理は全くわからなくて、まず駅の交番へと歩きだした。


「ここだと歩いていくより電車乗った方が早いよ」


私は横浜って一部田舎があるのかなと思っていたけど、想像以上に交通網が発達していた。

逆に言えば私の住んでいた町が田舎すぎたんだ。私は都会というものを甘く見ていたんだ。


「そ、そうですか」


おまわりさんにどの電車でどこへいけばいいかを教えてもらい、再び改札口を通って電車に乗る。

二つ先の駅で降りてようやく目的の町へとたどり着いた。ここからは徒歩で朝奈のおばあちゃんのところへ向かう。

とはいっても距離もそこそこあるので夕方ぐらいの到着になりそう。走れば間に合うかな。


「ねえキミ、どこから来たの?いい宿紹介するからちょっと来ない?」


「そういうのはいいからどっか行って」


いきなり面倒なのに声を掛けられたけど、ナールズの特殊部隊やアスタリカの捜索兵の方がよっぽど怖い。

適当にスルーしつつ歩いていると、今度は私の前に立ちふさがった。


「邪魔。急ぎの用事があるの、早くどいて」


「はァ?口の利き方気をつけ・・・!」


当てる気のないフェイントなんだろうけど、大振りで殴りかかってきた。

どう見ても足がガラ空きなので引っ掛けてやると、見事に転んだ。ここまで格好のつかない事になれば、彼も諦めるだろう。

周りを歩いている人も、なんだなんだとこちらの様子を遠目に見ている。


「私なんかよりいい女なんていくらでもいるよ。もっとしっかり探したら?」


「このッ!」


まだ諦める気が無いのか、今度は走って追いかけてきた。ここ数ヶ月走りこみをやっていなかったし、少し走ってみよう。

ルーガンの時の真夏のランニングよりはよっぽどマシだ。さあ来てみろっ!






◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆






目的地へとだいぶ近づいたと同時に、いつの間にか彼を振り切っていたらしい。姿はどこにも見当たらない。

走ったせいで当初の予定よりだいぶ早いけど、お邪魔させてもらう事にした。

さっきのおまわりさんに貰った手書きの地図を見ながら歩いて数分、ようやくその家を見つけた。

そこそこ大きな家で、見た感じ新しい家だ。きっと戦争が始まる少し前に建てられたんだろう。


「・・・入って大丈夫かな」


私が家の前に立ってベルを鳴らそうとした時、後ろに人の気配を感じた。


「大丈夫だよ。お入り」


気配の正体は朝奈のおばあちゃんの小夜さんで、私の顔を見て微笑んだ。


「お邪魔します」


私は小夜さんに続いて家の中に入り、ゆっくりと家の廊下を歩く。他人の家は以前のコンビニを除けば5年くらい行っていない。

自分でも緊張しているのがわかるくらいぎこちなくなっている。


「啓一、この子のお茶出してあげなさい」


「ああ、お母さんが言ってたお客さん?」


小夜さんが台所へ行くと、坊主頭の男性が顔を覗かせた。見た感じこの時代のお父さんと歳は変わらないように見える。


「息子の啓一だよ」


「よろしくお願いします」


挨拶をして名前を言いそうになったところで小夜さんの方を見ると、首を横に振った。

相変わらずこの家族は察しが良すぎる。朝奈もかなり鋭く察してくるあたり、これが三島家の特有の能力の一つである事が伺える。


「由比ちゃん、こっちの椅子に座ってなさい」


「あ、はい」


台所ではなくリビングのソファーへ案内され、居間の長いすに座るように言われた。

その直後に啓一さんがお茶を机の上に置いてくれて、私は頭を下げた。


「うちに来るお客さんはまずいないんだ。だから、お母さんが言ってた人かなって思ったんだ」


私は少しぎこちなく返事をした。軍人以外で初対面の人と接するのはあんまり慣れていなくて、どうも緊張してしまう。

そんな私の緊張をほぐすように、彼は私にお菓子を持ってきた。


「これ、近所のケーキ屋さんで買ってきたから、もしよかったら食べて」


「ありがとうございます」


なんだか餌付けされているような気もするけど、私はそのお菓子を頂くことにした。

しばらくして小夜さんが戻ってくると、一冊のノートを机の上に置いた。

表紙には何も書かれていない。だけど何回もページをめくった痕がある。


「・・・もしあんたに覚悟があるなら、これを読みなさい。霧乃宮の血筋とその運命さだめについて1ヶ月くらいかけて書き上げたから」


「・・・」


これを読めば私の、お父さんの・・・霧乃宮家の色々な事がわかるかもしれない。だけど、伸ばした手の指先は震えていた。

知りたいからここに来たはずなのに、どうして震えているんだろう。朝奈が私に教えてくれなかった事が書いてある可能性もある。

朝奈は一体何を知っているんだろう。きっとここに書いてある事がそうなんだろう。

これを知ったら私はどうなるんだろう。朝奈や静音とまともに話が出来るんだろうか。

数え切れないくらいの不安が私の思考を埋め尽くした。


「由比さん大丈夫?顔色悪いよ」


「やめるなら今のうちだよ」


私は大きく深呼吸をした。空戦の時よりも、千歳で襲われた時よりも怖い。


「大丈夫・・・です・・・」


震える手でノートを持つと、一ページ目からゆっくりと読んでいく。

霧乃宮の血筋の歴史から始まり、およそ50年前の1947年に何が起きたかも明確に記されていた。

長女の霧乃宮由里さんには兄弟がいた事、兄弟と由里さんの結末、後代に語り継がれる事の無かった霧乃宮家の力の本当の意味。

その本当の力の意味から、私がどういう存在なのかを理解した。それは私の存在をとても強く否定されたように思えて、私はノートから目を背けた。


そのまま自分の手を見つめた。小さく震えていて、もう片方の手で抑えようとした時にその手も震えている事に気が付く。


「由比ちゃん!しっかりしなさい!あんたがそんなんじゃ周りが悲しむよ!」


とても大きな動揺を吹き飛ばすかのように、小夜さんが私の肩を掴んで怒鳴った。

おかげで我に返ったけど、それでも振るえは止まらなかった。


「・・・お母さん、由比さんに泊まってもらった方がいいんじゃない?」


「わかってるよ。あんた、今日は泊まっていき」


小夜さんの声はとても温かくて、どこか安心感を覚えた。






10時を過ぎた。

慣れない敷布団の上で、私は自分の存在を強く肯定しようと必死だった。それでも時々あの文が脳裏をよぎる。

体を起こすと、ゆっくりと階段を降りて中庭へ出た。こんな時はイーグルの翼の上で色々な事を考えたい気分。だけど今はそれも出来ない。

私は朝奈の言葉を思い返す。知らないほうがいいと、いつも言っていた。







◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆








横浜から帰った私は、静音が外出している隙を狙って部屋へ入った。部屋には朝奈だけがいて、テレビを見ている。

バッグからお土産を出して机の上に置いて、私は朝奈の対面に座って俯いた。


「・・・ごめん、朝奈」


「どうしたのよ、そんな暗い表情で」


数十秒の間を置き私は朝奈に何があったかを簡潔に伝える。


「霧乃宮の力の事・・・小夜さんに教えてもらったんだ・・・」


その知らせを聞いても、朝奈はあんまり動じていなかった。ただ何も言わずお土産の包み紙を丁寧に取り、中身の饅頭を私へ差し出した。


「私は平気よ。一番辛いのはあんたなのはよく知ってるから」


朝奈のその一言で、私は耐え切れずに子供のように大声をあげて泣き出してしまった。

私の存在が世界を丸々ひっくり返してしまうくらいの存在だなんて、信じたくなかった。知らなきゃよかった。手を出さなければよかった。




そんな後悔だけが私の心に残ることとなった。









そろそろ本編に入っていこうかなと思いますよー

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