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群青の空へ  作者: 朝霧美雲
第二章 -The Sky Dominated by Aces in 1998-
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番外編③「黄昏時の奇跡」






8月2日。


私達は今日の夜にある記念祭に参加するために、千歳基地の時の浴衣へ着替えて寮を出る。


「本当はライアーにも見てほしいんだけど・・・今は仕方ないから」


「まあー・・・この子黒鷲さん好きだねホント」


「静音は好きな人は・・・由比だったわね」


横に並ぶ静音は呆れた様子で私の事を見ていて、朝奈はなんだかおかしそうに笑っている。

これに似た光景をどこかで見たことがあるような気がして、私は辺りを見渡した。


「どうしたの?」


「ううん、なんかこの光景見たことがあるような気がして」


それを聞いて二人は首を傾げていて、今度は私が笑ってしまった。





この基地にいた多数のパイロット達は扶桑の解放と共に故郷へ帰り、あれだけあった戦闘機も今や30機にも満たない。

管制塔横の建屋から飛行場を一望して、扶桑国内に平和が戻った事をようやく実感する事ができた。


「今日は全国各地で花火が上がるんだってさ」


「私達が行くところは日没後で、会場を囲むように打ちあがるって聞いた?」


「何それ」


朝奈がペンと地図を取り出して、会場の位置を中心にぐるっと円を描いた。更にその円に沿って×印。


「この場所から打ちあがるけど、さすがに警察が立ち入り禁止にしてるわ」


「おまわりさんもやーっと動けるようになったんだねー」


静音は少し小ばかにしたような笑みを浮かべていた。親と不仲だった故に警察のお世話になっていた事もあるらしい。


「さてと、そろそろ行かないと遅れるんじゃない?」


「あ、ちょっと待ってて」


私はあの腕輪とネックレス、そして友香から貰った勲章の髪飾りを取りに寮へと戻った。

寮の前の広場へやってきた時、またアレがいた。私が現代でパレンバンにいた時に見かけていた、不思議な鳥。

だけど私のイーグルの塗装のような羽の色ではなく、右の羽が血で染められたかのように赤い。


「・・・」


無言で警戒するように見ていると、その鳥は大きな翼を羽ばたかせて空へと舞い上がり、やがて見えなくなった。

あの鳥の模様はなんとなく見覚えがあった。


「ライアーのイーグル・・・?」


でもどうしてだろう。考えられるのはライアーがこの世界に来ているからかもしれない。

そんな事を考えていると、朝奈達も戻ってきた。どうやら私が戻るのが遅くて心配になったらしい。


「ごめん。ちょっと考え事してて」


「何時だと思ってるのよ」


「ほら、一緒に行くよ由比」


朝奈に背中を押され、私はゆっくりと歩き出した。最近この二人といるととても楽しくて、なんだか幸せな気分になる。

部屋へ戻り、すぐに腕輪と髪飾りを身につけて朝奈と静音のところへ戻った。


「じゃあ行こっか」


結局、さっきの出来事は二人には伝えなかった。基地から神社までは数キロ離れていて、到着は18時25分ごろ。

神社へ近づくほどに浴衣姿の人が増え、賑やかさを増していく。みんながみんな浴衣姿というわけではないけど、それでも千歳の時よりも華やかだ。

歩いているうちに日も暮れ始め、街の景色は少しずつ変わっていく。黄金色に照らされ、それが赤く染められていく。


「もうすぐ日没だね」


「そうね」


二人の会話に混ざろうとしたその時、私の視界の上の方に何かが映った。さっき姿を消した不思議な鳥が飛んでいるのを見た私は、朝奈達に何も伝えず走り出した。


「ちょっと由比!?」


「ごめん!すぐ戻るからここで待ってて!」


あの鳥はどこかへ降りようとしている。羽ばたくのを止めて滑空しながら減速しているのを見て私は確信した。

下駄を履いている事もあって躓きそうになりながらも走り続ける。どうしてあの鳥を追いかけようと思ったのか、はっきりとはわからない。

でもなぜだか、追いかけなきゃいけない気がした。ただそれだけだった。


「はっ、はっ、はっ・・・」


徐々に息が切れてきた。後ろを振り返れば神社の広場からだいぶ離れ、私は夕日が見える高台にまで来ていた。

そして、高台の手すりの上にはさっきの鳥が止まっていた。


「私は前に、自分の乗っている戦闘機と同じ模様の鳥を見た・・・あなたは一体何なの?」


そう尋ねた時、鳥がこちらに向かって飛んできて思わず手で防ぐ。でも傍へ飛んできた感触は無くて、再び前を見ると、目の前には男の姿があった。

それも、私のよく知る男の姿。


「・・・ライアー?」


名前を呼ぶと、ライアーは驚いたような表情でこちらに気付いた。もしこれが夢なら、すぐに覚めるだろう。


「ああ、そういう事か」


「どうして・・・」


ゆっくり近づいても、ライアーの体に触れても、夢が覚める事は無かった。じゃあこれは現実?


「お前の機体と同じ模様の鳥に話しかけられて、気が付いたらここにいたんだ」


私もライアーも同じような状況で、そうなるとあの鳥が私達を引き寄せたというのだろうか。

とにかくこの状況がとてつもなく嬉しかった。まだまだ先になると思っていたライアーとの再会が今ここに実現したから。

ただ一つ問題があった。嬉しすぎて色々言葉が浮かんできて、どれを言ったらいいのかわからない。


「どうした?」


「ライアー、私はまだ生きてるよ」


私は一番に自分が生きている事を伝えた。幾度もの死闘を超え、しっかりとまだ生きている。


「それは何よりだな」


それを聞いたライアーは少し嬉しそうに笑っていた。お互いまだ生きていて、こうして会えた。

これは夢なんかじゃない。間違いなく現実だ。


「・・・ライアー、現代そっちはどう?」


「ああ、現代こっちか?」


ライアーから現代の様子を聞いた。何でも、20年の時を経てナールズが再び扶桑への侵攻を間近にしていて、扶桑は再び戦時体制となりつつあるらしい。

それに伴いアスタリカと扶桑は同盟を組み、連携を強化している。


「だがまだおっぱじめる様子は無いから安心しろ。各国の首脳が二次戦争の危機を避けようと動いてる」


「じゃあ早くこっちで・・・」


「待て。お前は今は現代の事はいい。俺らに任せろ」


「でも・・・!」


ライアーは私の気持ちを理解しているのか、頭に手を乗せて安心しろと言った。


「お前が生きていれば、こっちにいる幸喜や友香も、お前の両親だって大喜びだ。だから絶対に生きて帰って来い」


真剣な眼差しで私へそう伝え、ライアーは煙草を銜え火を点けようとライターを手にする。けど私はその煙草を掠め取って怒った。


「・・・何すんだよ」


「ライアー、一つだけ伝えたい事があるから真剣に聞いて欲しい」


次にライアーに会ったら伝えたいと思っていた言葉。それを伝えるには今しかないと判断した私は、この距離でライアーに聞こえそうなくらい心臓が高鳴っている。

空戦の緊張感とは全く違う、恥ずかしさの混じった緊張感。言えずじまいは嫌だ。

あの言葉を伝えなきゃ、今ここで伝えなきゃ。そうじゃないと、私のこの気持ちの高まりを抑えられない。


「どうした、由比」


「ライアー・・・」


私は息を吸って目を閉じた。決めなきゃ・・・。




本当に覚悟を決めなきゃ。




「ライアー、私はずっとライアーの事が」


目を開けた時、そこにライアーの姿は無かった。私達を赤く照らしていた夕日は沈み、辺りは暗く変わっていく。

一瞬何が起きたのか把握できなくて、私は呆気にとられ立ち尽くした。


「ライ・・・アー・・・?」


辺りを見渡してもさっきの鳥はいない。この辺りに人の気配を感じる事もない。

じゃあやっぱり今のは幻覚だったんだろうか?



でもその疑問はすぐに消え、私は間違いなくこの場所にライアーがいて、今さっきまで話をしていた事は事実だと認識した。


「煙草・・・ライアーに返さないと」


ライアーの煙草を握り締めていた事を思い出して、私は手のひらの煙草を見つめる。

もしさっきの事が夢であるなら、私は煙草なんか持っていない。これはライアーがここにいた証拠だ。


そして、日没を迎えてすぐにドンと大きな音が聞こえる。その音で私は二人を待たせていた事を思い出して、高台を去った。

やや全力で走って10分ほどだから、今からだと15分ほどかかってしまう。


「絶対怒ってるよ・・・」


戻るのが少し怖い。だけど既に何発も花火が上がっていて、それが会場へ近づくにつれて私の周囲の暗闇を青く、赤く、緑色に明るく照らす。

10分経つか経たないかわからなくなってきた頃、ようやく会場へと戻ってきた。ここからはさっき二人と離れたところへと向かわなければいけない。


「痛いな、どこ見てるんだよ」


「すみません!」


急ぎ足で向かう途中、人とぶつかってしまった。でも私の顔を見た時、驚いたように謝られた。


「いやいいよ・・・行けって・・・」


「えっ・・・」


行けと言われ、二人のところへと再び急ぎ足で向かう。やがて見慣れた二人の姿を見つけ、傍に寄って謝った。


「由比、あんたすぐ戻るって・・・って、どうしたの!?」


「どうしたのって、そっちこそどうしたの」


「いや由比!キミ泣いてるんだよ?何かあったの!?」


「泣いてるって・・・え?」


静音に泣いてると言われ、ようやく涙を流している事に気が付く。原因は思い当たるのがあった。

きっとライアーに思いを伝えられないままに再び離れ離れになったから。それを理解した途端、悔しいのか悲しいのかわからない感情が湧く。


「ごめん・・・せっかく花火見に来たのに・・・ごめん・・・」


今になってそれが辛くなってきて、私はその場にしゃがむように嗚咽を漏らしてしまった。


「・・・由比、後で水あめ奢ってあげるから元気だしなさいよ」


朝奈は何かを察したようで、私の傍へしゃがみ頭を撫でてくれた。せっかくの花火大会だけど、二人に世話を焼かせてしまっている事が申し訳ない。

二人に慰められながら人気の少ない大木の横のベンチへ移動した後、私はようやく落ち着く事ができた。


「ここからも一応花火は見えるし、ちょうどいいんじゃないかしら」


「朝奈、なんだかごめん」


「いいわよ別に。それより、気分は落ち着いた?」


「おかげさまで。ありがとう」


静音はベンチに座る前に水あめを買いに行き、もうそろそろ戻ってくるはず。

そう考えているうちに静音が戻ってきて、一人二本ずつ水あめを貰う。


「それにしても、由比もホントに変わったよね。正直初めの頃は戦闘マシーンみたいな印象だったよ?」


「戦闘マシーンって例えだと、感情も無く敵機をただ落とすだけみたいな?」


「そうそう!」


私は戦闘マシーンと言われても否定する気にはならなかった。実際にただ敵を落として復讐をするだけだった。

それが友香やライアー、幸喜に、この時代に来て静音や朝奈と親しくしているうちに色々な感情が生まれるようになった。


「でも今は違う。それは二人のおかげでもあるから・・・二人とも、本当にありがとうね」


真剣に、少し微笑むように二人にお礼を言うと、静音は顔を赤くしてそっぽを向き、朝奈は笑顔になる。





花火大会も終わり、私達は着替えてシャワーを浴びて部屋に戻る。明日は雨の予報で、今の時点で少し蒸し暑く感じた。

朝奈の提案でスイカを近くのスーパーで買い、氷水で冷やして食べる事に。だけどそんなすぐに冷えるわけもなく。


「どうすんの朝奈、これじゃ今日中に食べられないよ!?」


「うるさいわね!いいじゃない今食べたって!」


「今食べたら私は太るんだって!朝奈は太らないかもしれないけど私は太んの!」


「二人とも落ち着いて。冷蔵庫で冷やしておいて明日切ればいいと思うよ」


二人の仲介をして、私はスイカを冷蔵庫へとしまう。

別に今食べなくても、明日のお昼とかに食べればいいのに。


「由比がそういうなら明日でもいいけど・・・」


朝奈は少ししょぼくれた様子でベッドに腰掛け、読みかけの本にしおりを挟んだ。


「私はもう少し夜空を眺めてるから、二人とも先に寝てていいよ」


そう言い、ベランダへ出ていく静音。今は雲もあるけど、雲間の星空がとても綺麗だ。

出撃予定の全く無い日々が続き、みんなどこか安心して自分のやりたい事をやっている。

私も明日は基地のホールで歌の練習を何人かでする事になっていて、少し早く寝る予定でいた。


「私ももう少し起きてるわ。由比はもう寝るの?」


「うん。おやすみ、朝奈」


パジャマでと着替えてすぐにベッドへ潜り、朝奈へ手を振って目を瞑る。

ライアーに伝えられなかった気持ちは、現代へ戻ってからしっかりと伝えよう。


そう決めて、私は考えを少しずつ止めて深く眠りについていく。

これの元ネタはとある映画で、実は数年前からこんな描写をしたいなと思っていたんですよね!


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