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群青の空へ  作者: 朝霧美雲
第二章 -The Sky Dominated by Aces in 1998-
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第13話「得たものと失ったもの」



1998年 7月2日






―扶桑空軍 百里飛行場―






基地の駐機場に響き渡る多数の戦闘機のエンジン音と、慌しく動き回る整備員たち。

私はそれを愛機であるイーグルの操縦席から眺めていた。空はまだ暗くて、少し湿った空気が冷たく感じる。

エンジンの回転数は安定していて、油圧系統も何も異常は無い。一通りのチェックを終えて、管制塔へと無線を繋ぐ。


『ライラプス1、地上滑走タキシングを許可する』


了解ラジャー


地上滑走タキシングをするために出力を少し上げると、機体はゆっくりと前へ進みだす。

ほんの数分前に移動を始めた小隊は既に離陸を始めていて、夜明け前の暗闇に消えていく。


『必ず戻ってこいよ、ライラプス!』


地上では整備員達が手を振っていて、私は軽く手を振り返した。

飛び上がってから気が付いたのは、天候はあまりよくないという事。雲で覆われていて、明るみのない空。

雲を突き抜けてゆっくりと編隊を組みなおすと、静音が翼を振って合図をした。


『シフィル、この作戦はどれくらいの犠牲が出るんだろう』


犠牲は出させない、私が守れる限り守る。そんな決意を言葉にしたけど、静音は何も返答しなかった。

朝奈の乗るF-16は少し離れた位置を飛んでいて、なんだか一人考え事をしているようにも見える。

数十個の編隊の向かう先である東京都内には防衛網は敷かれていない。その代わりにそれを囲うように防衛網が何重にも敷かれている。

この作戦はその防衛網を殲滅する作戦。多数の航空機と地上兵器、数万の歩兵を投入して行われる。


『ライラプス3から1へ。今日が最後の作戦ね』


「・・・うん。やらなきゃ」


『ストラトアイより作戦行動中の全機へ。敵の防衛網までおよそ13マイル』


13マイル、つまりおよそ20キロメートルの距離まで近づいた時、別の方向から複数の戦闘機がやってくるのが確認できた。

敵味方識別装置の反応は扶桑空軍所属機。どうやら長倉さんの所属しているブラボー隊だ。


『ブラボー1より各機、ここを奪還すれば扶桑を取り戻せる。絶対にやるぞ』


『ブラボー2から1へ、当然だ。地上には取り戻したい光景があるんだ』


一見普通の会話のようで、でも士気の高さが伺える。誰しもが扶桑の奪還の為の最後の作戦の成功を願い、死力を尽くして戦おうとしている。

だから私は誰一人として墜とさせない。この作戦に参加している全員で扶桑の奪還を迎えたい。そんな気持ちが湧いていた。


『シフィル、この作戦は成功する。だから無茶だけはしないで』


「わかってる」


会話を終えてすぐ、ストラトアイからの無線が入る。残り数十秒で敵の防空圏内に入ると告げられ、私は兵装の安全装置を解除する。

静音と朝奈は散開して戦闘態勢になり、私も高度を下げつつ敵の防空網への攻撃を始める。

敵の対空砲火もかなり正確に狙いをつけてきて、私は一旦回避して離脱した。


『そんなヤワな戦闘機で対空機関砲なんか攻撃できねえぜ、シフィルさんよ!』


そんな無線が聞こえた直後、数機のA-10という攻撃機が敵へ向けて機関砲の掃射をしていく。

数発被弾したように見えたけど、それでも煙を吹く事なく平然と離脱。私のイーグルでは数発被弾すれば飛行に支障が出てしまうと言うのに。


『シフィル、対地攻撃は専門家に任せよう。制空をして彼らの援護を』


私は静音からの提案を受け、制空へと切り替える。とは言っても現状は特に敵の航空機はいなくて、ゆっくりと飛んでいるだけ。


『レッドプラムからシフィルへ、敵のヘリを確認。味方の地上部隊の攻撃に支障が出るんじゃない?』


了解ラジャー


レーダーの画面を見ると、敵性航空機の接近を感知していた。

ブリーフィング通りに作戦を進めるにはヘリの存在は非常に厄介で、今すぐにでも撃墜しなければいけない。


『ストラトアイからライラプス隊、ソイツらはブラボー隊に任せろ。諸君らは万が一の航空勢力に備えておけ』


了解ラジャー



私達は一度編隊を組み、上空から彼らの活躍を見守っていた。中には初めて戦果を上げる人もいて、微笑ましい交信が聞こえてきた。

作戦の進行度は4分の1まで上がり、味方地上部隊が進軍して陣地を確保した。


『さァ、101空挺師団の出番だ!!降りねえ奴が地獄を見るぞ!!!地獄を見たくなけりゃ飛び込め!!』


数十機の輸送機から飛び降りていく空挺師団の隊員からの無線が聞こえ、静音が少し怯えたように話す。

なんでも、小さい頃に傘を持って高いところから飛び降りて骨折した事があるらしい。


『あんたも変わってるわね。普通はしないわよ、そんな事』


『別にいいでしょ!それがあったから今こうして飛んでるわけだし・・・』


高度を落として地上付近を飛んでみると、静音に見せてもらった欧州大戦を連想させるくらいの歩兵と戦車の数。

航空支援要請の無線や、連携を取ろうとする無線が入り乱れている。そんな中、ストラトアイからの無線の入電音が聞こえた。


『ストラトアイからライラプス隊、多数の敵勢力が接近中。奴らを撃破し、制空権を維持しろ』


『・・・シフィル、制空権の維持が目的だよ。忘れないで』


「フィーラ?」


どういう事か聞きたいけど、今は敵機の迎撃が先。敵機の数は20機で、私達よりも遥かに多い。

更に運の悪い事に、敵の機影は従来のSu-27戦闘機の性能を向上させたSu-30戦闘機。機動性をはじめとした空戦能力は私達のイーグルや朝奈のヴァイパーよりも高い。


交戦開始エンゲージ!」


それでも私は覚悟を決めて、一番に中距離ミサイルを数発放った。2機を撃墜し、一度上昇して高度を上げる。

その間にも敵からの攻撃が連続し、私は8倍以上の重力加速度に耐えながら敵機の背後を狙っていく。


『コイツ、あのライラプスか!』


『必ず数機で相手しろ!死にたくなければな!』


1機を相手にしていると、必ず2機か3機が背後にいる。とても厄介で、複数の攻撃を避けながら攻撃なんか当てられなかった。

全身が痛み、何倍もの重力で苦しい。だけど、地上で私達が勝つのを待っている人達がいる。負けるわけにはいかない。


『ライラプス2、2機連続撃墜!!』


『こっちも1機撃墜!だけど数が多い!』


1機へミサイルを、もう1機へ機関砲を浴びせた。これでライラプスは合計で5機を撃墜した。

でもまだ敵はいる。すぐに背後を振り返り、急降下してからアレをやる。常人が耐えられないくらいの荷重をかけての急旋回。

機体の各所が悲鳴を上げているのが把握できた。ごめんイーグル、今は耐えて・・・!


『シフィル、何機かを捉えてる今がチャンスだ!!』


「わかってる!」


最大出力のまま敵へぶつかる勢いで接近して、機関砲を浴びせて次の敵機へ。ミサイルも徐々に数が減っていく。

どれだけ落してもまだ私達の二倍の数がいるのに、もう全員が疲労していて、とても無事に帰れそうにはない。


『ストラトアイよりライラプス隊、まもなくブラボー隊がそっちに合流する!持ち応えてくれ!』


『無茶言うな!!』


悲鳴混じりの静音の返答が聞こえてすぐ、私は朝奈を探した。先ほどから返答が無い。


「レッドプラム、応答して!」


朝奈を探していると、遥か下方に白い飛行機雲を曳いて逃げる一機の戦闘機とそれを追う複数の戦闘機の姿が見えた。かろうじて攻撃を回避しているけど、動きに全く余裕が見られない。

よくよく見れば、逃げる戦闘機の形状は朝奈の乗っているヴァイパー。


『プラム、返事しろ!今行く!』


敵の攻撃を無理やり振り切った静音が反転しようとしたのを見た私の中で、止める事も行かせる事も出来ずにいた。

静音ならなんとかできるかもしれないという考えの反面、余計な敵を引き連れていく事になり、状況の悪化が予測できた。たった三機しかいない状況でそんな事をすれば隊の全滅も有り得た。


「朝奈、待ってて!」


強引に旋回して敵の追尾を振り切って、連続して二機を撃墜した。好機を作り出せた。今なら私が行ける。

5キロ手前から既に敵機へミサイルを放ち、機関砲で落とすべく狙いを定めていく。


『シーニー3・4へ、野犬どもが向かった。標的を切り替えて迎え撃て。そいつに交戦能力はもう無い』


私と静音に気付いているのか、敵は攻撃対象を朝奈から私達へと切り替えて、ミサイルを放った。

回避は出来たけど、またすぐに背後を取られた。


『シフィル、右旋回してすぐ反転して!』


「こう!?」


静音の指示を受け、私は右旋回してからクルリと機体を逆の方向に向けて旋回させた。後ろを見れば、私の背後を取ろうとしていた一機が静音によって撃墜され、更にもう一機を落とさんとばかりに接近していた。

でも被弾したのは私で、イーグルの片側のエンジンからは黒煙が吹き出ていた。エンジンの消火装置を作動させ、もう片側のエンジンを最大出力にして機首を地面へと向ける。


『シフィル、大丈夫!?』


「片側のエンジンは生きてる!でもこれ以上の戦闘は出来ない!」


『・・・そっか。プラムとシフィルはすぐに撤退して』


私はハッと思い返した。あの時と全く同じ状況だ。勝てる見込みの無い状況で静音を置いて逃げたあの時。

結果として私は静音を見殺しにした。だから静音を置いて逃げるなんて二度としない。


「バカな事言わないで!」


『今この状況で戦えるのは私だけだ!早く逃げろ!』


『ライラプスは今すぐ全員下がれ!2番機さんも残弾タマ無えんじゃねえのか?』


私達の無線に割り込むように長倉さんの声が聞こえた。直後にストラトアイからの入電音も聞こえて、私達ライラプスに撤退命令が下された。

機体を反転させて逃げようと反転した時、ロックオンアラートとほぼ同時にミサイルアラートがけたたましく鳴った。


速度の上がらない機体を無理やりに動かしながら、回避のためのフレアを全て使い切る勢いで射出させていく。

一発目は避けれた。でももう一発来てもおかしくない。もっと生きなきゃいけないのに。


『こちらレッドプラム、間に割り込んで私がミサイルを引き付けるから逃げて!!!』


そんな事をすれば朝奈が撃墜されてしまう。それだけは絶対にダメだ。


「朝奈は生きて!!未来を救いたくて来たんでしょ!?」


避けてまだ5秒も経っていないのに、またロックオンアラートが鳴った。エンジンのパワーも最大で半分しか出せないのに、どうやって避ければいいのかわからなかった。

フレアの数ももう無くて、次にミサイルを発射されたら私は撃墜されて、もしかしたら死ぬかもしれない。そんな考えが浮かび上がり、再びミサイルアラートが鳴る。

失速寸前の飛行機というのは、パイロットの言う事を聞いてくれない事が多い。浮かび上がるのに精一杯で、揚力が足りないから。

それでも私は前進しきったスロットルレバーを押しながら必死に回避をしようと機首を地面に向けて速度を上げながら操縦桿を引いた。


『エースパイロットってのは、どんな状況でも諦めないで生き残ろうと足掻く奴だ。若いエースは生かさなきゃ古参の恥だろ』


さっきまで鳴っていたミサイルアラートが消え、後ろから追ってきていた白煙を曳くミサイルは別の機影へ向かっていく。


『何やってんだ長倉、死にてぇのか!』


『未来を託せる奴を見殺しには出来ねえよ、小隊長や。あと、ミスト野郎と嫁によろしく言っておいてくれ』


ミサイルが命中した機影はエンジンと主翼から火を噴きながらも、敵の戦闘機へと攻撃を仕掛けていた。


『敵の撃墜はもういい、早く脱出しろ阿呆が!!』


私は無線の内容と先ほどの行動で、被弾したのが誰かを理解した。


「長倉さん、早く脱出を!」


『生きて虜囚の辱めを受けず。こんな敵陣の奥地で降りたらそれこそ生きて帰れるかわからん。それならいっそ敵を巻き込んで死んでやる』


長倉さんの機体は反転したかと思うと、下方にいた敵の新鋭機へと速度を上げて向かっていく。

何度目の無力感だろう。私は戦争というものへの抵抗感を覚えつつあった。どうすれば争いを止められるのだろうか。




『共に墜ちようや、敵のエースさん』




長倉さんの機体は敵に重なるように接触して、たちまち火に包まれていった。敵機も脱出をする前に落ちていく。

そして、隊長と戦力の半分を失った敵の航空部隊が撤退して静かになった空。


私は静音に尋ねた。知っていたのかと、涙声になりながら。

静音もただ見過ごすしか無かったと悔しそうに呟いて、私の傍を飛んでいた。


『ストラトアイから全機へ、作戦は成功した』


誰も嬉しそうな声を上げる事は無かった。二つの火柱の傍をゆっくりと旋回しながら飛ぶ隊や、基地の方向へと旋回する隊。

地上付近を飛んでみると、地上部隊の彼らは空で起こった事を存じていないのか、歓喜の声で溢れかえっていた。

でも仕方の無い事だとは思う。彼らもまた、多数の犠牲の中で勝利を掴んだのだから。





はい。半年前から決めていた事ですが、正直辛いです。由比達は長倉さんの死をどう乗り越え、まだまだ続く戦いに身を投じていくのでしょうか!ご期待ください!

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