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群青の空へ  作者: 朝霧美雲
第二章 -The Sky Dominated by Aces in 1998-
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第8話「紅い果実と白い羽」




私達がエリと出会ってから数日が経ったある日の事。

朝から降り続く雨の中、私達3人は天気予報を見ながら部屋で朝食をとっていた。

時折外を見てはため息をつく静音に、パンを頬張りながらナールズ語の本を読む朝奈。


「あーあ、雨の日は外出て散歩も出来ないから暇だよね」


「静音ってホント外にいないと落ち着かない人よね。梅雨で外出れない日が続いたら衰弱しそう」


「自分でもそう思うよ!!早く晴れになーれ!!」


静音はそう言って拝んでいる。朝奈が私の事をちらりと横目で見た時、ふと思いついた。

もしかしたら私が力を使ったら何か変わるかもしれない。


「・・・」


私は無言で手を合わせ、強く念じてみた。晴れるように祈り続けた。

でも、何分やっても変わる事は無くて、私は諦めてデザートのぷちパンケーキを頬張る。どうやら私が操れるのは風だけらしい。


「由比でもダメかぁ・・・」


「大空の巫女でも、さすがに天気だけは無理なのね」


一応、大空の巫女の存在をこの3人は認知している。だから普通に会話の最中に出てくる。

でも外での会話の時は口にしないように決めた。その存在はあまり知られていないから。


「ニュースも戦況の事ばっかり。地方のニュースよりも戦況の事を知りたい人の方が多いのかな」


不満そうにテレビを消す静音。テレビからの音声が消え、室内には雨音だけが響き渡る。

朝食を食べ終えて、食器を片付けて台所へ持っていく。今日の当番は・・・。


「私と静音か」


三沢に来てから食器洗いを当番制にして、三日に一日やらなくてもいいように話し合って決めた。

台所では静音が張り切って腕まくりをしていて、私はその横へ食器を持って並ぶ。


「さて、一番機。やりましょっか!!」


「静音、一昨日みたいに皿割らないでね」


「・・・はーい」


一昨日の話になるけど、静音は張り切って食器洗いをした結果お皿を一枚落として割った。

幸い誰も指などを切る事は無かった。でも朝奈が買ってきた食器だったからか、朝奈は結構怒っていた。


「そういえば由比、右手完全に治ったじゃん」


「あ、そういえば」


私は右手の傷のあった箇所をじっくりと見た。傷は完全に塞がっていて、痕も残っていない。

これで空中戦の時も痛みを堪えて操縦桿を引く必要も無くなって専念できる。その後私達は食器洗いに専念して、今回は何も割ることなく食器洗いを終えた。


「元々その傷ってパレンバン基地に空襲があって、その時に怪我したんだっけ?」


「うん。度々傷が開いたりしてなかなか治らなかったけど、やっと治ったんだ」


静音に手を差し出すと、傷があった部分を見つめている。

やがて自分の手と比べ始め、その後引っ込めてベッドへ仰向けに寝転がった。


「・・・この時代のゲームって何があったっけ?ファミコンとか?」


「1998年だとモンスターアラート2があるわね。早速やりましょ」


朝奈はダンボールからゲーム機とディスクの入ったケースを取り出した。


そういえばモンスターアラートって・・・確かホラーゲームじゃなかった!?


「ちょっと朝奈!私はそのゲーム反対!」


「いいじゃん由比、モンアラはそこまで怖くないから」


なんだか静音まで乗り気だ・・・嫌だ、私はホラー系は大の苦手なのに・・・。

とはいえ2人がやる気満々で、反対を押し切れず渋々3人でやる事になってしまった。

最初は朝奈がコントローラーを握り、次に私で静音の順番。なんで私が二番目なんだろう。


「朝奈はホラー得意なの?」


「そうね・・・実はホラーゲームマニアだったりするのよ私。同級生からはホラーゲーム喰らいの三島って呼ばれてたわね」


なんなんだその渾名・・・。とにかく、どうにかしてこの場から離脱する方法を模索しないと。

そんな考えを打ち砕くかのように、静音と朝奈は景品を用意してきた。


「1章クリアできたらスイーツファクトリーパムパってお店のデザート3品好きなの奢るから」


「・・・わかった」


デザートが食べられるなら・・・ホラーゲームをやってやる!!

朝奈が小声で「チョロいわね」って言ったように聞こえたけど、きっと気のせいだろう。

ゲームを起動していざ覚悟を決めた時、大きな爆発音と共に地面が大きく揺れた。


「きゃっ!?」


「っ!!」


私達は飛び跳ねるくらいに驚いて、反射的に身を隠した。

幸い部屋の窓は割れずに済み、数分が経って空襲ではない事が確認できた私達は、合羽を着て状況を確認するために外へ出た。


「シフィル達、何があったの!?」


「ううん、私達にもわからないんだ」


外へ出た私達は、偶然居合わせたエリと行動を共にしようという話が決まった。

エリの提案と朝奈達の賛成があり、屋上へ向かう事に。私はみんなの一番後ろからついていく。

私達が一番手かと思えば既に他の人も屋上へ上がった形跡がある。

そして、私達はドアを開けてすぐに眼前で起きている絶望的な状況に立ち尽くした。


「嘘・・・これじゃ私達出撃できないじゃない・・・」


この基地の弾薬庫は二つあって、一つは地下に、もう一つは小規模な爆撃に耐えるシェルターに弾薬庫がある。

火柱は二つ上がっていて、いずれも弾薬庫からそれが上がっている。

燃料はあっても弾薬が無ければ攻撃はおろか、防衛すらできない状態。


「静音、まさかとは思うけど」


私は自分が習った限りのこの戦争の出来事を思い返していた。

習った限りであれば、この事件は恐らく・・・・。


「そのまさかだよ、由比・・・」


静音はポケットから取り出したメモ帳をそのまま濡れた地面へと叩きつけた。

その表情は期待を裏切られたのが見て取れて、私も合羽のフードを深く被った。


歴史が変わった。本来なぞるはずだった歴史から外れた。

原因はわからない。朝奈が来たから?私の行動が原因?それとも静音?

その答えは多分、神様だけが知っている。私達が知れるわけがない。








部屋に戻った私達は、ゲームをやる事もなく無言のままだった。

あのメモ帳には、静音と私が一緒に考察した正史の作戦の攻略法とも言える文章が記されていた。

それらが全て水の泡となった今、私達の力がどこまで通じるか予想できない。

確実に生き残っていられる保障すらあの歴史のどこかに消えた。


「・・・由比、今後は私達が生き残れる手段を選ぼう。あのメモ帳が意味を成さなくなった今は」


「私は嫌だ。例え負傷してでも私はこの国を奪還できる最短の手段を取りたい」


「キミは死にたいの?!敵の動向がわからなくなった以上、何をどのタイミングで出してくるかわからない!二人でやれるかどうかもわからない!」


私が静音の言葉を遮るように自分の本音を伝えた瞬間、静音も反論してきた。

お互いが信じる考えはどちらも間違ってはいないだろう。静寂の中にピリピリとした雰囲気が混じり始める。


「ちょっと、二人ともやめなさいよ!」


朝奈が間に入ってきてもなお、私達は一歩も譲ろうとしない。

それどころかますます言い争いが激しくなっていく。やがて朝奈もいつの間にか一歩引いてしまっていた。


「もういいよ!私はキミの二番機を辞める!エリと組むから朝奈がやれば!?」


「私は別に、静音がいなくたって作戦なんかできるからどうぞ!勝手にすればいい!」


「じゃあ勝手にするよ!もうキミの横は飛ばないから!」


静音はそのまま部屋を出て行って、残ったのは私と朝奈の二人だけ。

私はベッドへ横向きに寝転がり、そのまま目を瞑って不貞寝をしようとした。


「・・・ねえ由比、あんたはそれでいいの?」


朝奈から問いかけられ、身体を起こして朝奈の方を見る。

当然だけど、とても悲しそうな表情でこちらを見つめていた。


「方向性の違いで言い争いが起きるのはわかるけど・・・だからってあんな言い方しなくてもいいじゃない」


「・・・」


私は何も言えず、ただ俯くしかなかった。


「あんた達二人はすぐ熱くなりすぎなのよ。私、静音と話をしてくる」


朝奈も部屋を去り、私だけが一人残された。やがて雷も鳴りはじめ、私は毛布で頭を覆う。

今は何も考えたくない。考えれば考えるほど、自分が何をしたいかがわからなくなりそうで怖い。

空軍士官学校で出会ってから、仲違いなんてしたこと無かったのに。

大きくため息をついて再び目を瞑ると徐々に睡魔に意識を吸い込まれていく。


今は休もう。そう、今は。










私は小鳥のさえずりで目を覚まし、朝である事に気が付いた。

あれから何度か目が覚めては寝てを繰り返していたのは覚えているけど、時計を見る限り17時間近く寝ていたらしい。

外は晴れていて、戦闘機が飛び立つ爆音が聞こえてくる。


「おはよう、由比」


「あ、朝奈・・・。おはよう・・・」


いつもは隣のベッドにいるはずの静音の姿が無く、代わりに朝奈が仰向けになって小説を読んでいた。

朝奈は小説にしおりを挟んでから閉じると、私に手紙を渡した。


「これ、静音から」


「静音から?」


私は丁寧に封を開けると、一枚の手紙に綴られた文字を読んでいく。




ライラプス隊1番機の由比へ。


昨日はごめん。弾薬庫爆発の件で動揺していたのかも。

あの後エリと朝奈と話し合って、由比に謝りたい気持ちはあるんだけど・・・。でもちょっと時間を置かせてください。

数日後にはまた戻るから、それまで一人でいさせてください。



                           ライラプス隊2番機 佐倉静音





私は手紙を読み終えた後、ほっと胸を撫で下ろした。内心、静音のあの言葉を信じちゃってた部分があったし、罪悪感でいっぱいだった。

少しだけ距離を置いて、数日後に静音が戻ってきた時に謝ろう。じゃないと気がすまない。


「で、あんたはどうするの?由比」


「もちろん・・・謝るよ。だって、罪悪感でいっぱいだし・・・」


「ふふっ。じゃあこの件は解決でいいわね」


「うん」


私は微笑みながら返事をした。静音が戻ってくるまで何をしていようかな。

朝奈にそれを言ったら、近くにいい店があるらしく、二人で行く事になった。


「静音にはお土産を買わなきゃね。きっと喜ぶわ」


「ふふっ。静音は・・・確かショコラ系のデザートをよく食べていたっけ」


私は現代あっちでの静音との生活を思い返していた。

三沢基地の司令に休暇届けを提出してすぐ、基地の門を出て朝奈の言うお店へ歩いていく。

最前線が遠ざかったからか、千歳基地の時のような雰囲気は全く見られなかった。

精鋭部隊が守ってくれているけど、いつ空襲が来るかわからないあの雰囲気。


「なんだか、ここだけ平和ね」


「うん。でも、数週間したらまた前線基地へ配属されるって」


そんな話を基地に所属している隊員から聞いた。でも、それは正史でもそうだった。

二人で歩いていると、時々じっと見られたりする。ナンパをしようとして止める人もいる。

それはなぜかと言えば、朝奈がすごい殺意で睨んでるから。


「朝奈、そんな睨まなくても・・・」


「私、ナンパ大っ嫌いなの!相手が強引だったら反撃して警察沙汰になるかもしれないけど、その時はよろしくね」


「えっ」


私は唖然としたまま立ち止まった。けどそれ以降ナンパされる事はなく、無事なのかどうかわからないけどお店にたどり着いた。

案内されて席へ座った後、私と朝奈はそれぞれ好きなものを注文する。私はアップルベリーパンケーキセットで、朝奈はスーパーアップルパイセット。

注文を終えて、私達は店内の雰囲気について談笑し始めた。

リンゴの果肉の色を参考にした店内のカラーリングは、なんだか落ち着く。


「でも朝奈、スーパーアップルパイセットって二人前だよ?食べきれるの?」


「大丈夫よ。それに数日後には出撃でしょ?英気を養わなきゃ」


「そ、そうだけど・・・」


15分ほど待ってようやく商品が到着し、私はスーパーアップルパイの大きさに驚きを隠せなかった。

でも朝奈はそれに臆する?事なくどんどん口に運んでいく。カロリーだって絶対かなりの量なのに!


「ねえ朝奈、なんでそんなに食べるのに太らないの?!」


「そうね・・・遺伝かしら」


「遺伝・・・」


遺伝ならなんで私は・・・小さいんだろう・・・。私はパンケーキを頬張りながらがっくりと肩を落とす。

でもこのアップルベリーパンケーキ、生地の中にリンゴの果肉が入っていて、甘酸っぱくて美味しい。これはぜひ静音にも食べてもらわないと。


「由比、一口食べる?」


「いいの?じゃあ私のも一口」


パンケーキを一口サイズに切った後、朝奈の近くにあるお皿へ分けた。

朝奈はちょっと大きめのサイズに切り分けてから私のパンケーキのお皿の空いたスペースに置く。

それをフォークで口に運んでみると、甘酸っぱくて香ばしいアップルパイの味が口全体に広がる。


「何これ、すごいおしい」


「でしょ?でもそっちのパンケーキも美味しいわね」


美味しいからってパクパク食べているうちに、最後の一切れになってしまった。

それを食べようとした時、朝奈の視線に気が付く。


「・・・朝奈、もしかして食べたい?」


「・・・ううん、遠慮しておくわ」


「そっか」


最後の一切れを食べ終えて、レジで支払いを済ませる。お土産も買って、そのまま私達は店を出た。

その直後、私と朝奈は目の前の道路へ子供が飛び出そうとしている事と、軽自動車が速度を緩めずに子供へ向かっている事に気が付いた。


「あの子何してるの!」


「っ!!!間に合えっ!!!」


私は両手を合わせて強く祈り、朝奈は子供へ向かって全力で走り出す。

軽自動車へ突風が吹く事をイメージしてすぐ、白い羽の出現と共に強い風が吹いた。

でも遅かった。間に合わなかった。

軽自動車は少し進路を変えただけで、朝奈へ向かっていく。

運転手がようやく朝奈と子供に気付いて急ブレーキをかけたが間に合うわけもなく、朝奈を数メートルはね飛ばした。

子供の無事は確認できた。だけど。


「朝奈っ!!」


朝奈ははね飛ばされた衝撃で頭部と右腕の部分から出血していた。急いで駆け寄っても、朝奈は何も返事をしてくれない。

それどころか体を起こそうとも、動こうともしない。


「し、止血しないと・・・」


士官学校時代に習ったやり方で止血をしようとして、私は手を止めた。

出血状態が酷くて、おまけに私の手が大きく震えていて上手くできない。習ったとおりにやっているのにどうして・・・。

どうにか縛れたけど、それでも血が止まらない・・・。なんで!助けたいのに・・・っ!!


「朝奈!目を覚ましてよ!!」


何度か縛り直してもダメで、縛った服に血が滲んで私の手を赤く染めた。

まだ数分しか経ってないのに・・・もうこんなに血が・・・。


「由比!そこじゃないよ!もう少し上で縛って!!」


そんな時、隣に誰かが膝立ちになり、手際よく止血処置をしていく。

私の名前を呼んだ人物は、見慣れた姿。


「静音・・・っ」


私は彼女の名前を呼んだ。でも返事をする事もなく、黙々と止血処置を進めている。

さっき朝奈から貰った手紙の内容を思い出した。もしかしたら、本当はまだ会いたくなかったのかもしれない。

それでも私の前に現れたのは・・・優しさと正義感とか、そういうものだと思う。


「静音、ごめん・・・」


「話は後で!今はとにかく朝奈を助けないと・・・!」


「っ・・・わかった・・・」


静音は焦りと、どこか怒っているようにも見えた。私は何も言えないまま静音の指示で応急処置の補助に徹していた。








◆   ◆   ◆   ◆   ◆






あれから誰かが呼んだ救急車に朝奈は乗せられて、私達も一緒に乗り込む。

搬送先は、三沢基地の病院施設だった。朝奈はすぐに緊急手術室に運ばれ、私達は外で座って待っていた。


「静音、・・・ごめん」


「由比。あそこで力を使ったのはいい判断だったよ。・・・でも、止血法は間違っていたから」


静音はそう吐き捨てた後、近くの自販機へ歩いていく。ミルクティー2本を買うと、私へ一本を手渡した。


「ありがとう・・・」


「言いたい事なんてたくさんあるけど・・・今は私達の大事な友達の無事を祈ろう」


「うん・・・」


時計の針が時を刻む音が続く。一秒がとてつもなく長く感じて、私はしきりに時計を気にしていた。

止血をしていた時に触れた血の感触が未だに忘れられず、私は左手を包むように握った。


「静音・・・」


「何?」


「私は・・・また、大切な人を失うのかな・・・」


幼い頃に生き別れた両親に、パレンバン配属後に失った静音に・・・今度は朝奈。

もし本当に失ったら、私は正気でいられるのかな・・・。


「・・・」


「・・・ご、ごめん。こんな事言うのはよくないよね」


私は険悪な雰囲気に耐え切れず、思わず謝った。

それからまた沈黙が訪れ、私は気分を紛らわすためにミルクティーを口にする。

甘みが口いっぱいに広がると、不安で一杯だった気持ちが少しだけ和らいだ。


「由比、少し外を歩こう」


「えっ。あ、・・・わかった」


静音の突然の提案に戸惑いつつも、私は静音と共に外へ出た。

気分はあまり上がらないのに、空は青く透き通るように晴れている。


「・・・由比ってさ、やっぱり血とかそういうの苦手だったりするの?」


「あんまり得意じゃないんだ・・・」


そっかぁ、と答えた静音は、芝生の上に腰を降ろした。


「私の両親って二人とも救命救急士でさ、私が幼い頃から医療に関して色々教えてくれてたんだ。でも、根っからの争い嫌いでさ・・・私が空というか、戦闘機乗りに憧れ始めた途端態度がガラって変わって・・・それが、あの戦争が始まる3年前かな」


仰向けになり、手を空へ伸ばす静音。私は、ふと上空を飛ぶ戦闘機に気が付いた。高度はちょっと低くて、機体の形状がよく見えるくらい。

静音もそれに気が付いていて、じっと見つめていた。


「でも私は両親の勧める救命救急士よりも戦闘機乗りになりたかった。幼い頃に見た、ライラプス隊を地上から撮影したビデオがきっかけだった」


どういう映像だったのか、静音は事細かに教えてくれた。それは私達が既にやっていたものだった。

実は三沢解放後の帰還の時、千歳基地上空で曲技飛行をしていた。同時に反対側に旋回して、再び滑走路上空でぴったりと編隊を組みなおすという、かなり高度な飛行。

下手をすれば空中衝突し、二機のどちらも墜落しかねない技。それを出来たのは、私と静音だったから。


「・・・朝奈、無事だといいな」


会話は一旦途切れて、次に静音が口にしたのは朝奈の容体。

もし助からなくて、未来だけ変わったとしたら・・・。そんな考えが脳裏に浮かんだ。


「静音、中で待とう」


「・・・うん」


二人同時に立ち上がると、お互い顔を見合わせた。そして、直後に出た言葉は二人とも同じだった。


「静音、ごめん」

「由比、ごめん」


普段だったら、お互い微笑んでいたかもしれない。だけど、今は笑顔になれる気分じゃなかった。

沈黙の後に、無言で手術室の前へと歩いていく。その足取りは二人とも重くて、朝奈が私達にとって大切な人である事を改めて理解した。

手術室から医師が出てきても、私達は慌てる事無く立ち上がる。


「幸いにも、命に別状は無いよ。意識も数日立てば戻るだろう。ただ・・・数ヶ月は空中戦はおろか、通常の飛行も無理だ」


「そう・・・ですか・・・」


朝奈が飛べなくなった。それは未来を変える為に来た朝奈にとって一番の苦痛になるかもしれない。

横を見れば、静音がいつも見せないような悲痛に満ちた表情で、今にも泣きそうだった。私も泣きたかったけど、今は朝奈の傍に居てあげるのが役目な気がした。


「なんで朝奈がこんな目に遇うんだよ・・・!」


「静音・・・」


「ごめん由比・・・やっぱり一人にさせて・・・」


「・・・」


私は静音の背中を無言で見送った後、病室へ運ばれた朝奈の横へ座った。

さっきまであんなにも元気で・・・アップルパイを笑顔で食べながら楽しそうに喋ってたのに。

そして、私の力で朝奈を救えなかったのがとても悔しかった。


「朝奈・・・」


私は・・・。


「あなたが飛べなくても・・・」


全力以上で戦って、あなたの世界の未来を明るく照らすから。


「今は苦しくても、私達が支えるから」


だから、今はゆっくり休んで。



私は・・・死神だとか悪魔だとか、なんて言われてもいい。

全力以上で戦って、扶桑の未来も、朝奈の世界も・・・色々なものを守ろう。


そんな誓いを胸に刻んで、朝奈の手を優しく握った。






第8話投稿完了っ!! リアルが忙しかったり体調を崩したりで投稿できるかなって日から数日経ってしまいましたが、いかがでしたか?現在番外編も執筆中で、一月以内には投稿できるかなと言うところです。ご期待ください!

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