第4話「未来を望む人たち」
8時を過ぎた頃、うとうとしていた私を起こすように静音が体を起こした。
私が声を掛けると、静音はこちらを振り向いて困ったように笑っている。
「ごめんね、心配かけちゃって」
「いいって。でも本音を言うと、結構びっくりしたよ」
お昼の野球の時、静音の左頭頂部へ投手の投げた球が命中。脳震盪で意識を失い、すぐに基地内の医療施設へと運ばれて検査。
小さい頃に読んだとある野球漫画を思い出して最悪な結果が頭をよぎったけど、こうして無事が確認できた。
本当によかったけど、医者からは明日の作戦はドクターストップが掛けられている。
「まあ、仕方ないか・・・」
「あ、静音。これはその投手から」
「ん?お、お菓子じゃん。何が入ってるんだろう。って、手紙?」
お菓子の入った箱の上に、手紙が入っている。
実を言うと、投手の人は司令に呼び出しをくらい、厳重注意。
一晩の謹慎処分となった。少しかわいそうだとは思うけど、慎重さが欠けていた部分もあると本人が認めている。
「明日謝ってくる。由比もついてきてくれない?」
「えっ。私はちょっと・・・」
「いいからいいから」
静音にゴリ押しされ、私はしぶしぶ同行を承諾した。
会話が静まったタイミングでドアをノックする音と同時にストラトアイが病室へ入ってきた。
手にはいくつかの書類が握られている。多分明日の作戦に関係した書類なのかもしれない。
「シフィル、明日の作戦のキミの2番機だが・・・」
ストラトアイの様子がどうもおかしい。何か異常でも起きたんだろうか。
「ストラトアイ、何かあったの?」
静音が尋ねると、ストラトアイは静音へ資料を渡す。
「・・・キミは、一体何が起きてるか知ってるか?まただ、3人目なんだ」
ストラトアイは頭を抱えてため息をついた。また、3人目。思い当たるのは静音、私と・・・3人目。
高度な空戦能力を持った3人目がこの時代へ流れ着いたという事?
「私にもわかりません」
「そうか」
机に資料が並べられ、私はそれを手に取る。
性別は私達と同じ女性。しかも年齢も私達とほぼ一緒。名前は・・・。
「三島朝奈。同じ扶桑人ですか」
写真を見る限り、黒くて長い髪の気の強そうな人だ。
「彼女は鷹を選んだ。リックには勝てなかったが、確かな腕はある」
鷹というのはF-16ファイティングファルコンで、私達のイーグルよりも小型軽量な戦闘機。
その後の説明で、彼女も私達と同様にあの飛行場へやってきたと聞かされた。
明日の朝には到着し、予定通りブリーフィングへ参加する予定。ずいぶんと手際がいい。
「では、私はこれにて失礼する」
「お疲れ様です。明日もお願いします」
私はストラトアイと別れると、静音にも挨拶をして自分の部屋へと戻った。
もう少し起きていようかとも考えたけど、いつもの話し相手の静音もいない。
私は寝る前の支度を終えると、ベッドに横になり布団をかける。
・・・やっぱり、もう寝よう。
目を瞑り、息を整えてゆっくりと眠りに入っていく。
翌朝になり、私は退院した静音と共に司令の執務室へ向かっていた。
静音は少し不機嫌そうで、私は途中でメロンパンを奢った。静音は今日一日は安静にするように言われているので、作戦は参加できず。
おかげで機嫌を良くした静音は、資料を見つめながら歩く。
「私達と同じような経緯なんでしょ?話が合うかもしんないじゃん」
「でも・・・」
正直言うと、このタイプの子はあまり得意じゃなかった。
中学2年の時に似たようなタイプの子と喧嘩した事があって、一週間ほどギスギスしていた事もある。
確かに2年の時は荒れていたし、色々な人と揉めてたけど・・・。
「今の由比は変わったんだから、仲良くできるよ。私が保証してあげるから!」
変わった、か・・・。うん、静音に助けてもらいながらでもいいから仲良くなれるように頑張ろう。
司令の執務室に到着すると、私はドアを3回ノックしてから部屋へ入り、敬礼をする。
「ちょうどいい所に来たな。昨日ストラトアイからも聞いているだろうが、キミの代役だ」
司令は静音に一日休んでいてくれと言葉をかけると、右の部屋の前に立って声をかけた。
するとドアが開き、写真と同じ顔立ちの子が入室して、私達の前でお辞儀をした。
軍人という雰囲気は無く、どちらかと言えば貴族だとか令嬢のような雰囲気がある。
「初めまして。私は三島朝奈と申します。今日の作戦、よろしくお願いします」
「こちらこそ初めまして。今日一日、お願いします」
私達の挨拶が堅苦しいと感じたのか、静音が不満そうにしながらも挨拶をする。
「私はライラプス2の2番機のフィーラ。今日一日、私の変わりにこの子のお守りお願いねー」
おっ、お守りって!?静音は私を何だと思ってるの・・・。
当の本人は私の反応を見てにししと笑っているし・・・・もう。
「・・・堅苦しいのは無しにしよっか」
「ふふっ、そうね。一つだけ注意して欲しいことがあるの」
彼女はそう言うと、私達の興味を引く言葉を口にした。
「私は・・・最悪な未来を変える為に望んでここに来たの。どうか協力を」
「最悪な未来・・・?」
私は握手を交わそうと手を出していたけど、ついその手を引いてしまった。
彼女の表情は悲しげで、少し前の私と雰囲気が似ていた。
「詳細は作戦が終わってから。まずはブリーフィングよ」
「・・・わ、わかった」
司令執務室からブリーフィングルームへ移動すると、すぐにブリーフィングが開始された。
要約すると、こういう事になる。
事前の偵察行動の結果、青森の三沢基地を中心に敵の航空部隊と地上部隊が布陣し、奪還作戦をする上で脅威となっている。
更に基地周辺だけでなく三沢市の市街地にも敵の部隊が配備され、扶桑海側には敵の艦隊も展開。
一番目から順にアルティナ作戦、バーエンド作戦、シーサーフ作戦となっている。
今回の作戦はライラプス隊はいずれかの作戦に参加し、敵部隊の排除に努めてもらいたいと。
「シフィルさん、私はアルティナ作戦を所望するわ。地上作戦は戦闘機の出る幕ではないの」
「わかってる。私も爆弾を積んでの戦闘行動はイヤ」
「決まりだな。作戦開始は時刻0008からだ。それまでに各自昼食を済ませておけ」
解散が告げられ、みんなは一斉に部屋を出て行く。私達もその中に混じり、部屋の外へ出た。
静音とも合流してからは食堂へ行き、更に智恵やお母さんとも合流した。
多分、基地のほかの人から見れば異常とも言える光景ではあるだろうけど。
「朝奈ちゃんだね、よろしく!」
「よろしくお願いします」
「改めてよろしくね。みんな」
それでも、このみんなで行動するのがとても楽しい。
いずれは現代へ戻るだろうけど、それまでだっていい。みんなで無事に過ごしたい。
昼食もみんな別のものを頼んで食べ比べしたり、ちょっとどうでもいい事で盛り上がったり。
「そろそろ時間ね。ありがとう、初めてなのに親しくしてくれて」
朝奈はみんなと別れを告げ、格納庫へと向かっていく。
「じゃあ、また後で」
私も次いで格納庫へと小走りで向かう。しばらくすると朝奈の後姿を見かけ、声を掛けた。
「指示、よろしく頼むわよ」
「うん。朝奈、よろしくね」
私達はやっと握手を交わす事ができて、お互い微笑んだ。
格納庫に入り、朝奈は自分の機体をじっくりと見せてくれた。
F-16は私の機体と比べて小柄だけど、少し先進的な戦闘機だ。
「どう?乗ってみたくなったでしょ」
「ふふっ、この作戦が終わったら乗せてくれない?朝奈は私のイーグル乗っていいから」
「決まりね。そろそろ準備しないと遅れるわよ」
「うん。じゃあ」
そして私は、イーグルに乗り込んですぐにエンジンを始動させた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『こちらストラトアイ、まもなく作戦空域に到達する。各機、攻撃に備えろ』
ストラトアイから空域突入が近い事を知らされ、私は備えをとった。
横を見れば朝奈の機体がしっかりと並んで飛んでいて、目が合った。
『こちらライラプス2、機体の調子は絶好調よ』
「こっちも絶好調。・・・突入まで3マイル」
3マイルはおよそ5キロメートル。30秒もあれば突入済みになり、敵の警戒網に探知される。
つまり、作戦行動の開始となる。
私達は突入と同時に敵の基地と化した三沢基地へ機首を向けた。
「ライラプス2へ、狙うのは敵の戦闘機だけにして。それ以外は絶対に狙わない事」
『ええ。任せて』
その時、パレンバンの時のあの光景が脳裏に浮かぶ。少し気持ち悪くなったけど、飛行中だとそこまで気にはならなかった。
機関砲の射撃モードを対地に切り替え、敵の戦闘機を2機ほど地上撃破する。既に離陸中の一機は朝奈が撃墜し、多分この時代での初撃墜。
しばらく飛行して反転すると、離陸し終えた敵機がこちらへ向かってきている。
『ライラプス2から1へ。あの大型輸送機はどうするのかしら』
「大型輸送機?」
ちょっと遠いけど、確かに地上を動く銀色の大型機がいた。たぶんあの基地で指揮を執っている人物かなにかが乗っているのかも。
でも私は攻撃しない事にした。朝奈にそれを伝えると、戦闘機を撃墜しに向かっていく。
『ライラプス2、1機撃墜!』
正面からの攻撃を避けて、それでも敵機の鼻先へ機関砲を浴びせた。
朝奈、結構強いのかもしれない。リチャードさんと交戦して勝てなかったと聞いたけど、それでも確かに腕はある。
「ライラプス2、ナイスキル!」
『喜んでいる場合じゃないわ。どんどん上がってきてる』
まるでハチの巣を突いたように敵機が離陸し、こちらへ向かってきている。
数を数えると、14の敵がいる事がわかった。地上からはSAMが撃ってくるし、なかなか忙しい。
私は回避をしつつ敵機の背後を取ると、一気に接近して1機、2機と撃墜した。
『シフィル、2機撃墜確認!』
残りは12機。他の味方の機体も加勢し始めたところで、ストラトアイからの入電音。
『こちらストラトアイ、敵の増援だ。数は6』
『ブラボー隊よりライラプス、コイツらは俺らの獲物だ。横取りしたら許さねえ』
味方の数機が増援の方向へ向かっていくと同時に、そんな無線が流れた。
とても頼もしい味方だ。
「ライラプスからブラボーへ。そっちはよろしく」
『任された。それと、この間は悪かったな』
「へ?この間?」
この間・・・ってなんだろう?
私が考えていると、再び無線。
『俺だよ、長倉だ』
「・・・・ああぁーーーっ!!!!」
私は思わず叫んでしまった。すると、ストラトアイから入電音。
『ライラプス1とブラボー2へ。私語は慎め』
「・・・了解」
怒られた・・・。私語を掛けてきたのはあっちなのに・・・。
それはともかく、私達は基地からの迎撃機を全て撃墜しないと。
機関砲の残弾は327発、空対空ミサイルの残弾は2発。少し足りないかもしれない。
『メイデイ!メイデイ!こちらウォーリア1!敵の戦闘機の攻撃を受けてる!』
味方の誰かからの救援要請が流れ、私は周りを見渡した。
同時に、ストラトアイからも無線が入る。
『ポイントA-13-Bだ。誰か行けるヤツはいるか?』
「こちらライラプス1、任せて」
ポイントA-13-Bは・・・私から見て10時方向の・・・いた。
味方の攻撃機が敵の戦闘機から機関砲で攻撃されているのが見え、私はすぐに機首をその2機へ向けた。
普通に向かっていたんじゃ間に合わない・・・なら!!!
ぐんぐんと加速させ、時速マッハ1.7に達した。そして、私はアレをやった。
降下しながら敵機の未来位置を捉え続ける。重力加速度は7、8、9と増えていくけど、全然苦しくない・・・。
11Gになってもなお、旋回を続けて・・・敵機との距離が150mにまで縮んだ瞬間を狙って機関砲を撃つ。
『敵機の撃墜を確認!ウォーリア1は無事だな』
『誰がやってくれたんだ?基地に帰ったら一杯奢るぜ』
乱れた息を整えつつ、私は彼の横を少し速めの速度で通過した。
するとコックピットで手を振っている姿が見え、私は彼が無事である事を改めて認識した。
『ライラプスか。恩に着る』
敵機の残りは4機にまで減り、地上部隊もかなり減ってきた。
そこで味方の攻撃隊と地上部隊が増援として到着し、残存勢力の一掃が始まる。
私達の任務はそこまでであり、残りの4機を片付ければいい。
「ライラプス1、FOX2!!」
『ライラプス2、一機撃墜!』
残りの4機も難なく撃墜し、私達は上空3000メートルで緩く旋回しながら地上を見つめる。
三沢市の勢力ももうじき殲滅が完了、海上方面もお父さん達の活躍で撃退。
まだまだ奪還作戦は続くけど、第一歩は大成功を収めた。
『シフィル、大成功ね』
「奪還作戦の第一歩が大成功だから、みんな喜ぶよ。帰ったらパーティーかもね」
『ええ。楽しみましょう』
「ライラプス隊、RTB」
私は千歳基地へ向けて飛行を続け、やがて着陸した。
イーグルから降りると同時にシャワーを浴びせられ、私は思わず尻餅をついた。
犯人はというと、私の本来の2番機の静音だった。
「ちょっと、フィーラ!!!」
「シフィル、作戦成功だって?おめでとう!」
静音はずぶ濡れになった私に抱きついてきた。
怒るに怒れず、私は不思議と笑いが込み上げてきた。なんでだろう。
「朝奈、初出撃で4機撃墜だって?なかなかやるじゃん!」
「ありがとう。青森はいつ頃展開する予定?」
展開って・・・あ、そっか。私達の役目は扶桑を占領したナールズ軍を撃退して、奪還していくんだった。
私が本懐を忘れてどうするんだ・・・。
「今回の作戦で滑走路や駐機場が損傷したから、それを修復してから。大体一ヶ月ちょっとと言ったところ」
既に工兵が展開し、解放された地元の企業達も協力して作業を進めているらしい。
みんなが扶桑を取り戻したいと願っていて、私達はそれに応えて解放作戦をしていく。
「シフィル、ちょっといいかしら。さっきの話を」
「わかった。じゃあ、ちょっと朝奈と話をしてくる」
私は朝奈に連れられ、少し離れた小屋の影で話をする事にした。
さっき言っていた”最悪な未来”という言葉。それがやっと判明する。
けど、その詳細は私には重すぎた。
「最悪な未来って?」
「1998年の扶桑へのナールズの侵攻、アスタリカは傭兵隊を派兵して知らぬ顔・・・扶桑はライラプスがいても護りきれず」
そして、扶桑の北海道、東京、長野、名古屋、大阪、福岡、沖縄の7箇所へ核ミサイルを撃ち込み、更にアスタリカのいくつかの都市へも撃ちこんだという。
世界はナールズが流れを握るようになり、言論統制などを強いる状態だという。
朝奈はそんな未来である2020年からとある方法で来たと言った。
「だから私は・・・その最悪な未来を作ったナールズをこの手で・・・」
「・・・」
もし彼女の言う事が真実であるとすれば、私達は世界を左右する究極の存在なのかもしれない。
私達のいる未来はライラプスがナールズ軍の黒幕を撃墜し、朝奈の言う世界の大混乱を防いでいる。
でも朝奈のいる未来は・・・・。
「朝奈、よく聞いて」
「な、何?」
「私達も朝奈と同じ、未来から来たの。でも、ライラプスのおかげで色々な国が世界を成している」
私だってそんな未来には絶対にさせたくない。そして、そんな未来じゃない世界がある。
もし私達二人だけだったらそうなってると思う。
「私達には力があって、未来を護りたいって強く願ってる。だから、絶対にやれる!ううん、やろう!」
何かを護りたいという想いは、人を強くしていく。
静音も、私も、ライアーも。朝奈だってそう。
「そういう事。聞いてたらずいぶんと嫌な未来だよねー」
いつの間にか静音もこっそり聞いていて、ひょいと姿を現した。
「朝奈は度胸あるよね、偶然飛ばされてきたんじゃなくてわざわざ飛んできたんだから」
静音は朝奈に抱きつくと、背中と後ろ頭を撫でながらそう言葉を掛けていた。
よく見ると、朝奈は身長が私と静音より少しだけ高い。
「ええ・・・。そうね」
私は二人が話に夢中になり始めたタイミングを見計らって自分の部屋へと戻った。
さっきの言葉は友香が言いそうな言葉を考えて口にしただけで、私の本心なのかはわからない。
でも、パレンバンの時だったらそんな考えには至らないと思う。
「あれから私は変われたのかな」
少しだけ考えてみた。友香やライアー、幸喜に静音、ロックウェル少佐もいたら。
もしかしたら”変わった”と言ってくれるかもしれない。少なくとも静音は変わったと口にしていた。
立ち上がって窓の外を眺めていると、一羽のスズメが降り立って水を浴びている。
そういえば、今はまだ4月の初旬だ。まだまだこの戦いは続くけど、みんなで戦っていきたい。
「由比ちゃん由比ちゃん!開けて!」
「はーい」
お母さんの声がしたのでドアを開けてあげると、一枚のチラシを渡された。
急遽作ったような雑さがあるけど、そこにはみんなの気持ちが詰まっていた。
「明後日、青森解放を祝って祭りをやる事になってね!この基地を一般開放して出店とかたーっくさんっ!」
はしゃぐお母さんを見てると、なんだか私まで嬉しくなってきた。
その嬉しい気持ちはみんなも同じかもしれなくて、私は参加する事にした。
すぐに部屋から連れ出され、近くの百貨店へとみんなでやってきた。
「由美さんって行動力とかすごいですよねー。あっ、あっちに37アイスクリームある」
「ちょうど3時だし、何か食べていかない?」
静音と朝奈は意気投合したようで、二人で提案をしてきた。
私もちょうど作戦の後で体力を消耗しているし、アイスはぜひ食べたい。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「「ごちそうさまでした」」
5人用の丸机で一斉に食べ終え、私達は次の場所へ移動する。
浴衣販売店へやってくると、祭りの開催を聞いてか大勢の人で賑わっていた。
「うっわぁ、めちゃくちゃ混んでる?!」
「どうする?私はこういうの平気だけど」
私は人混みは避けたいところだけど、せっかくここまで来て帰るのは少しもったいない。
みんなで話し合った結果、少し待って入る事にした。
時間にして30分。ほんのちょっとだけ減ったタイミングを狙って店内へ入っていく。
「由比は浴衣って着た事あるの?」
静音が私の名前を呼んだ時、朝奈が不思議そうな表情で私を見た。
「由比?」
そうだった。朝奈には私の本名を教えていないんだった。
教えなくても問題は無いと言えば無いんだけど、同じような境遇だから教えてあげたい。
これからずっと仲良くしていきたい。
「私の本名は由比。苗字はわけありで教えられないけど、改めてよろしくね」
「由比、ね。改めてよろしく」
受け入れてくれた事に安堵のため息をついていると、静音が手招きをしていた。
その手招きの仕草の後はカメラを覗き込むポーズをし、私達はすぐに静音の方へ向かう。
お母さんと静音と智恵が集まっていて、残るは私達。
「由美さんがカメラを持ってきてたから、みんなで取ろうよ。もしかしたら未来のどこかで見つかるかもしれないし」
「未来?」
お母さんと智恵は首を傾げているけど、私と朝奈は理解していた。
いつかまた千歳へ来た時に、どこかで私達が存在した証があってもいいかも。
「じゃあ撮るよー。みんな寄ってー」
「お客様、店内での写真撮影はお控えください」
「あっ」
私達が店員に驚いたタイミングで撮影してしまい、色々な意味でいい写真が撮れた。
少し注意を受け、その後は無事に浴衣を購入。基地への帰り道で、私達はさっきの写真を写真屋さんに出して現像してもらった。
「これがフィルム写真・・・初めて見た・・・」
「え、ええ・・・。私も初めてね」
私自身もフィルム写真は初めて見たけど、それよりも。
「ふふっ・・・あははははっ!静音の表情!」
静音の顔が明らかに店員に驚きすぎていて、私はお腹を抱えて笑った。
こんな表情の静音は初めて見た。とても面白くてもう・・・色々と無理。
「由比笑いすぎだよ!だって店内だって事すっかり忘れてたんだよ!」
「はぁー・・・笑いつかれたぁ・・・」
ようやく落ち着きを取り戻した私は、立ち上がって写真をカバンの中へしまった。
少し前から笑うようにはなったけど、こんなに笑ったのは多分小学生以来。
お母さんは笑い疲れた私を見て、そっと手を差し伸べてくれた。
「落ち着いた?」
「ええ、なんとか・・・」
紅く染まる夕日を眺めながら、私はしまった写真を再び出して裏面に書き込んでいく。。
この写真がいつかまた私達に届くように願いながら。
1998/4.8
千歳にて。
「由比、ついたよ」
「うん。由美さん、運転ありがとうございました」
リアルで新生活が始まりはや1ヶ月とちょっと。ようやく慣れて落ち着く時間が作れるようになってきたのでペースが戻りつつあります。次話も少し早めになるかもしれません。ご期待ください!




