番外編③
『どういう事だ!たった一機相手になぜ誰も攻撃を当てられない!』
敵の集団の一人が、私へヤケクソになってまで攻撃を当てようと必死になっている。
でも当たるわけが無い!私とキミ達とは、実力が遥かに違う!
愛機のレーダーにチラリチラリと映る機影から、25機は確認できる。恐らく捉えきれない敵もいるから30くらい。
「捉えた・・・今ッ!」
機関砲の照準に敵機が入るコンマ数秒前に撃ち、敵機は火に包まれる。
でも喜んだり、敵を探している場合じゃない。いるんだよ、後ろに。
私はフライトシューティングとかで無双するゲームを時折遊んでいた。
だから・・・この30対の敵機を相手にしているなら、一機落としたら後ろにいる敵を狙っていかないといけない。
既に4機は撃墜した。でも撃墜数に拘ってたらコイツらは私を落として、まだ逃げ切っていない由比達をターゲットにする。
『コイツ!後ろに目があるのか!?」
ええありますよ!キミ達の動きなんてほぼ読める!
私は速度を保ったまま細かく旋回をし続け、シビレを切らした一機が後ろから猛接近してくるのを見つけた。
次の獲物はコイツにしよう!
「キミ達は何もかも甘いッ!!」
まあ、私も甘い部分はたくさんあるよ。でも、ロックウェル少佐を相手にしているわけじゃない!
多少の予測なんかで生き残れるほど空戦は甘くないと教えてくれた!だから私はッ!
「はああぁぁぁぁッ!!!」
一気に旋回を強くかけ、速度が急激に落ちていく。失速の寸前に機首を地面に向け、出力を最大まで上げた。
速度を回復させたところで再び急旋回で敵機を捉える事が出来た。敵の状態は上昇中で、私の機体の速度の方が上!!
「ごめんなさいッ!」
私は敵の操縦席目掛けて撃ち、目を背ける。たったの数発で敵機は動きを止め、地面へ落ちていく。
残弾はまだ600発はある。だから効率よくやれば20機は落とせる算段。幸い、私にはそれを実行できる実力がある!
『なんなんだよコイツは!!!』
敵もずいぶんと混乱していて、統率が取れていない。これはますますのチャンスだ。
私がコイツら全部絶対に落として、絶対にみんなを帰還させる。
その為にたった一人で敵の群れに突っ込んだんだから、やらなきゃいけないんだ。
『こういうのはな、鬼神って言うんだよ!パレンバンの鬼神だ!』
鬼神。
今の私はそうかもしれない。どうせエンジンも過熱して痛んでるし、早く落として帰ろう。
ここ数日由比にケーキ奢ってたから、帰ったら奢ってもらおっかなー。
「そして、どうせなら。伝説のライラプス隊と間違われるくらい落として功績を!」
一機、また一機と撃墜していく。どうしよう、楽しくなってきた!
私は旋回のたびに掛かる加重を気にせずに敵機を追いかけまわしていく。
もう15機は撃墜したかな。まだあと半分残ってるけど、これだけの損害を与えれば敵も壊滅的被害という事で撤退してくれるはず。
その時、気が緩んでいたんだと思う。背後に居た敵から機関砲を何発か受け、右翼に小さな穴が何発か空いた。
燃料漏れの警告ランプが鳴り、同時に油圧が下がり始めた。
避けようにも操縦桿を傾けても、反応が遅い。そして、感触も重くなってしまった。
「あーぁ・・・やっちゃったなぁ」
本当に、あーあだよ。
私、扶桑を出るときに両親になんて言ったと思う?
――必ず生きて帰るから行かせてよ!!私だってこの国を護りたいッ!!!
そう、強く言い切って扶桑を発った。結果的に、両親に嘘をついた事になっちゃうな。
仲良くしてくれた友香さんとか、泣かせちゃうのかな。由比は・・・どんな反応するんだろうね。
中学の時に告白してくれた子も、元気にしてるかな。
あ、冷蔵庫に昨日作った肉じゃが入れっぱなし。
そんなどうでもいい事とか、思い出だとか。色々思い返しながら、私は緊急脱出の手順を踏んでいく。
とはいえ、一番肝心なモノが動いてくれない。
「・・・ねえ、キミは私と一緒に落ちたいの?」
1回、2回。3回目もダメ。やり方を少し変えて、もう一度。
それでも動いてくれない。
「死ぬ直前って、こんな気持ちなんだ」
由比に・・・最後に伝えられなかったなぁ。
ありがとう。ごめんなさい。それから・・・。
「好きだったのになぁ、由比」
高度はもう15メートル。そして、地面に当たる瞬間。
あれは、生涯忘れる事の無い光景だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「・・・」
またこの夢だよ・・・。あの日以来、呆れるくらいにこの夢を見ている。
この夢を見た後は毎回のごとく早起き。時計の針は5時半を指していて、隣には気持ちよさそうに眠る由比の姿。
よく見たら、当時と比べてずいぶんと穏やかな表情になったよね。
「さてと・・・飛びますか」
立ち上がろうとしたけど、由比にもう二度とやるなって言われてたっけ。
そうなると、やる事は・・・。
「二度寝しよっか」
私が由比の横へ仰向けになると、首元に何かが当たった。
やわらかくて温かい、人の温もりというよりは心が落ち着く何か。
「なんだ?」
状態を起こしてそれを手に取ると、一枚の白い羽である事がわかった。
でもすぐに淡い光となって消えていく。これが・・・。
「由比が言ってた白い羽だ」
もしかしたら、これが私達がこの時代に来た理由の一つだったリするのかもしれないし・・・。
「情報集め・・・の前に二度寝」
そのまま由比の横へ仰向けになり、すぐに眠りはじめた。
● ● ● ● ●
「シフィルっ!!!」
長倉さんの打った打球は、そのまま右翼手にいる由比へと弧を描いて飛んでいく。
野球初心者と言う由比だけど、さっきちょこっとやらせたらなかなかセンスのある子でしたね。
なんでもお父さんの遺伝だとか。そして肝心のそのお父さんだけどね、投手をやってますね。
「取ったけどどこへ投げれば!?」
見事に取った由比だけど、あたふたと迷ってる。今の状況だとランナーがホームへ向かっているからホームへ投げないといけないんだけど・・・。
あーあ、点取られちゃった。いくら身体能力高くても未経験だとしょうがないよね。
「ドンマイ!次の攻撃で取り返していこうよ!!」
中堅手の私は由比を励ましてあげる。困った様子でこちらをジッと見つめていてちょっとかわいい。
確か次の打者は・・・由比のお父さんだ。これで勝つるよ!やった!
――3アウト!チェンジ!
状況としては私達が負けているんだけど、由比もだいぶ野球のルールを把握してきている。
その証拠にルールブックを読み終えた様子で、他の人と意見のやり取りをしていた。
一方グラウンドでは、弘幸さんがいかにも打ってやるぞ!という表情で投手とにらみ合い。
「ヒロくん頑張れぇーっ!打てーっ!」
由比のお母さんの由美さんも応援していて、更には由比まで応援し始めた。
自分のお父さんだし、応援したくなるよねー。私も応援しよっと!
「弘幸さんがんばーっ!!」
そもそもこの野球大会は、明日の青森奪還作戦に備えて交流を深めようという司令の企画。
血気盛んな基地のパイロット達と整備を含め、ほぼ全員が賛成。そんな中で私達は反対だったけど、由比のお父さんにより説得され参加。
やっぱり由比ってお父さんっ子だよね。
投手の投げた球を弘幸さんは見事に打ち、打球はぐんぐん伸びていき・・・。
観客席は無いけど、ほぼホームラン状態に。これにはみんな歓喜して、由比と由美さんははしゃいで抱き合っている。
親子っていいな。私ももし現代に戻れたら・・・こんな親子の関係を築き上げたい。
「・・・さて、次は」
打順の書かれた掲示板を見ると、6番の弘幸さんの後には由比のコードネームのシフィルと書かれていた。
由比は不安そうに私を見ながらバットを両手で持ち、グラウンドへ歩いている。
「シフィル、ちょっとこっち」
仕方が無いから教えてあげよ。私、これでも中学時代は野球部のマネージャーだったし、小学生の時なんてエースだったからね。
今は空でも撃墜王だから、私はエースの素質あるんじゃ。
「打つ時はこう。打ち上げるんじゃなくて、地面へ振り下ろす感じで」
「こう?」
手本を見せると、由比は私の真似をして振り下ろす感じで素振りをしてみせた。
そうそうすごくいい感じ。やっぱ運動神経いいよね由比って。
「そう!いいじゃん!大きいの狙わなくていいから、とにかく塁へ出る事を考えて!バントでもいいから」
「ばんと・・・?」
あ。由比は野球初心者なの忘れてた。
「バントっていうのはこうやって、右手でバットのこの部分持って軽く当てる感じ。ただし悟られると逆に危ないからあとは由比の判断で!」
「わかった」
こうして由比を送り終えた私は、ベンチへと戻った。
五月晴れという言葉がふさわしいくらいの青空を見上げ、空への想いを言葉にした。
「こーんな青い大空を、自由に飛んでみたいな」
管制も入らず、飛行経路も設けずに・・・本当に自由に飛び回りたい。
上も下も、右も左も・・・何もないあの大空は、私が昔からずっと憧れていた場所。
早朝の朝焼けに、真昼の青空、夕焼けに染まる雲海を見下ろしながらや、月明かりに照らされながら。
色々な飛行状況があるけど、どんな空も大好き。
「おっ、打った」
再びグラウンドに目をやれば、由比が一塁の方向へ打った。やっちゃった。
これだと一塁手に取られて、すぐに対応される・・・かと思えば、由比の足の速さでギリギリ間に合った。
さすがに由比のさっきの判断ミスの評価から一転し、みんな歓声を送っていた。
「勝てるといいなぁ」
私がそう呟くと、ちょうどこっちへ戻ってきた弘幸さんと目があった。
「勝てるといいなって思うのも大事だけど、勝つ気満々で行こうぜ?お前さんもスーパーエースだろ?」
「そうですね。本気でやって、勝ちに行きましょう!」
その後も順調に出塁していき、8回ウラの2アウト満塁。2点差でこっちが負けている。
この状況で私が打者ってなんだかすごい責任を感じるけど、やるしかない。
「フィーラちゃーん!ガンバレーッ!!」
「がんばれーっ!!」
由比と由美さんと、他のみんなからの声援がベンチから聞こえてきた。
狙うは逆転ホームラン以外無い!
「打てよ臆病者!!!」
ちょっと、誰!?私を臆病者呼ばわりする人は!!
もうこれは絶対にホームラン打って見返してやる!!!!
私はバッターボックスに立つと、とある左打ち選手の真似をして投手を威嚇した。
さあ、どんな球でも弾でも打ってやる!
投手が投げるモーションに入ったのを確認して、バットを握る力を強めた。
振られた手から白球がこちらに向かって飛んできて・・・。
「えっ」
今回は短いですが静音の大空戦と作戦前の交流試合で起きた出来事です。




