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群青の空へ  作者: 朝霧美雲
第二章 -The Sky Dominated by Aces in 1998-
22/135

第2話「諦めない心が導きだすもの」

転職活動やら某惑星で飛び交うゲームやらやってて執筆が停滞していました。本当にごめんなさいいいいいいいいいいい!!!



私がこの民間軍事会社に入社して数日が経った。

体力維持のためのランニングを終えるとちょうどお昼で、シャワーを浴びて静音と合流の後に売店にあるイートインコーナーで食事をしていた。

正直言うと、アスタリカのご飯というか食事は結構油が多くてカロリーが怖い。

まだパレンバンの方が扶桑の食事を提供してくれていたので不安は無かった。

この後はまだ訓練があるので、あまり食べない事にしている。


静音との訓練は割と簡単だった。訓練メニューとしてはランニングと徒手格闘訓練に、戦闘機を用いての模擬空戦。

体力と徒手格闘は実力は拮抗しているけど、空戦技術は静音が上。とてもじゃないけど、あのがむしゃらに喰らいついてくるスタイルは少し苦手。

私も強い方だとは思う。でもなぜか勝てなかった。


模擬空戦の後は必ずシャワーを浴びるようにしているけど、今日はお風呂に入る事にした。

こちらへ来た初日に解決した問題として、下着が着けているものしかなかった。

静音に相談したところ、体格も殆ど一緒なのでいくつか静音のを貰い、今度の休暇に揃えに行く予定。




―だった。




だった。というのは、扶桑の戦況が急速に悪化したからだ。

私と静音はすぐに格納庫に集められ、アスタリカ空軍の正規部隊と共に扶桑へ向かう事となった。


「でもまたなんで?」


静音が理由を尋ねると、一枚の紙を渡された。

その紙には英語でいくつかの単語と写真が写されていた。


「レーザー戦艦に重飛行空母、新型戦闘機・・・」


ナールズの技術力って当時はこんな高かったんだ・・・。

レーザーも、20年後には中型戦闘機に積載できるくらいに小型になっていた。


「おかげで扶桑にいる部隊は士気ガタ落ちだ。非常に深刻なレベルになっている」


「唯一の救いがお前の身内、霧乃宮弘幸だ。彼のおかげでなんとか侵攻を遅らせる事ができているが・・・」


紙を持っている手がいつの間にか力んでいる事に気が付いた私は、静音にその紙を渡した。

行くしかない。でも、私達が行って戦況を変えられるの?

そんな迷いで表情を曇らせていると、静音が私の肩をトントンと軽く叩いた。


「大丈夫、私達なら出来るって。守りたいモノがある人は強いから」


私はそこで、静音が言っていた言葉の意味を理解した。



―たどり着いたみたいだね。



そっか。だから静音は強いんだ。守りたいモノがあって、守るために生き残る。

そして、私にも守りたいモノが出来た。だから静音はああ言ったんだ。


「うん」


私達二人は扶桑へ行く意思を伝えると、すぐに出動命令が出た。

パレンバンの時のように、数日かけて作戦を練るだとかじゃない。

離陸してすぐ、管制塔から方位や飛行高度といった指示が出され、私達はそれにしたがって飛んでいく。


『こちら空中管制機ストラトアイ。これより貴機はストラトアイの指揮下となる。扶桑への空の旅を共に楽しもうじゃないか』


了解オーケー。シフィル、やっぱり空は気持ちがいいね』


「うん」


私はオートパイロットのスイッチを探したけど、どうやらこの時代のオートパイロットは不完全なようで、横方向ロールの姿勢安定装置が無い。

仕方が無く手動で飛行していると、横へ静音の機体が接近してきた。


『扶桑へ行ったら・・・出来たら買い物行こっか』


「そうだね。出来たら・・・」


今の扶桑は戦時下であり、北海道は物資も本州から入ってこない状態。

他国からの支援はあるけど、まだ本格的ではないらしい。

私達がこれから向かうのは紛れも無い戦地で、娯楽施設や旅行ではない。


『こちらストラトアイ。途中で空中給油を行うが、経験はあるか?』


「訓練生の時に数回。それ以降は無し」


『シフィルに同じく』


実戦に参加していた期間はおよそ半年。それも、最前線で戦っていた事もあって遠征は少なかった。

おかげで空中給油の経験はほぼ0に等しい。

もしライアーがいたらアドバイスをくれるだろうけど、今はいない。私がやらなくちゃ。

私は左手を使ってネックレスを取り出すと、その中にある写真を見つめた。


「・・・。生き残ろう」


決意を固めると、ネックレスをしまい左手をスロットルレバーに置き、一段前に進めた。







空中給油も済ませ、もうじきハワイ島の基地へと着陸する。ストラトアイの提案で今日はここで泊まる事になった。

もうじき日も暮れるし、妥当な判断だと思う。ここで焦って一気に扶桑へ行くとなれば、疲労でまともに戦えない。

私は機体を格納庫へ移動させ、機体からハシゴを使って降りる。


「由比、お疲れ様。これ、ストラトアイからの差し入れだよ」


静音は両手に紙袋を持っていて、片方を私に渡してくれた。中身を見てみると、ハンバーグとドリンク、フライドポテトが入っていた。

よく見たら紙袋も有名なファストフード店のマクドネルのものだ。


「あっ、すごい久しぶり」


「でしょ?食堂で一緒に食べよっか」


マクドネルのハンバーガーセットなんて3年ぶりくらいかも。

私達は格納庫が立ち並ぶ区域から敷地内にある食堂へとやってきた。

紙袋からハンバーガーを取り出し包みを開けると、おいしそうなにおいで思わず表情が緩む。


「ねえ由比、このあとバスケやろうよ。さっき別のパイロットから誘い受けたんだ」


「いいけどまだ右手治りきってないよ」


私の右手って、結構な頻度で怪我してる気がする。治りきる前に別の怪我をしたり。

でも、だんだんと全ての傷も塞がってきていて、完治する日も目前となってきた。

久しぶりのハンバーガーの味を十分に堪能した私は、静音と共に敷地内のスポーツジムへ向かった。


ジムではすでにゲームが始まっていて、私と静音はパイロットスーツのまま参加した。

私と静音以外は全員体格がよくて、中には身長が2メートル近い人もいた。彼らからすれば私達は子供でしかない。

バスケは私も苦手というわけではないけど、何度やっても上手くいかなかった。


「強いねー、みんな」


「負けっぱなしなのは嫌だからもう少しやらない?」


私は勝つまでとことんやる事にして、静音も首を縦に振ってくれた。

最近時々思う事がある。以前受け入れた事ではあるけど、もし私が普通の学生だったら・・・。


「静音、もし私達が普通の女子高生だったら・・・どんな生活を送っていたのかな」


それは静音も考えていた事みたいで、バスケが終わった後に答えてくれた。

静音の答えは、この戦争があったからどの道変わらないと。


「遅かれ早かれ、空を目指してたよ。私は18年からの戦争あらそいがあったから両親の反対を半ば無視して出てきたんだ」


そういえば、前も言っていたっけ。両親の意見を聞き入れずにルーガン空軍に志願したって。

私もおばあちゃんに話してから扶桑を出たけど、おばあちゃんは止めなかった。理由はお父さんも戦闘機パイロットだったからだと思う。


この基地には温泉があると聞いた私達は、すぐに売店で間に合わせの下着セットを買ってから温泉施設へと急いだ。

温泉の効能は特に目立ったものはないけど、扶桑に行ったらやりたい事や買い物の予定を話し合ったり楽しむ事ができた。

上がった後は支給品のジャージを着て格納庫へとやってきた。

ストラトアイが手配してくれた整備の人達がエンジンのメンテナンスをしてくれていて、私達はその手伝いをしていた。


「さっきの話、由比はどんな生活を送っていたと思う?」


「私は・・・」


私は昔、ボイスレッスンやピアノ教室などに高い頻度で通っていた事を思い出した。そのままいけば、多分歌手やピアニストになっていたと思う。

今からその道を目指すのは厳しいかもしれないけど、ちょっとずつそういうのが出来たらいいな。


「それなら扶桑に着いたら音楽隊覗いてみたら?」


「音楽隊?」


静音は音楽隊について詳しく説明してくれた。主に民間のイベントに参加したりして、演奏をしているらしい。

立派なステージも基地内にあるようで、空いている時に少し使ってみよう。


その後は静音とイーグルの整備の手伝いを進め、終わったところで私達は寝る事にした。

明日の起床時間は5時半。起きれるか不安になっていると、静音がベッドの横に座った。


「由比、寝坊したらロックウェル少佐に報告しちゃうよ?」


「・・・静音、もう少し起きてて大丈夫?話がしたくて」


静音がロックウェル少佐の事を口にして、私は一つ大事なことを話し忘れていた事に気がついた。

ロックウェル少佐は私がルーガン空軍離反の時に交戦して、死闘の末に撃墜。脱出は確認できていない。

それを話すと、静音は少し寂しそうに笑っていた。


「私は仕方が無いと思うよ。戦争なんてお互い何かを守ろうと本当に必死なんだから」


静音もロックウェル少佐に育てられた弟子の一人。同期で弟子とされたのは私達だけであり、素質を見込まれていた。

最終試験とも言える模擬空戦は静音はロックウェル少佐に勝ち、私は負けた。それでも笑顔で送り出してくれた。

弟子としての2年間は、扶桑へ行ったらまたしっかりと思い返しながら話し合おうかな。


「でも由比、ロックウェル少佐の乗ってた戦闘機って新型だったんじゃない?そんなシステム載せられるって」


「えっ?」


少佐の乗っていた機体の機影を描くように静音に言われた私は、近くにあったノートとペンで鮮明に覚えているあの機影を描いた。

言われてみれば、主力のフランカーシリーズでもなく、Su-57という時期主力機でもない形状をしていた。

主翼の後退角は57より浅く、どちらかと言えばフランカーに近い。けどダイヤモンド形状の翼で、アスタリカのF-35と少し似ている。

機動力を重視した設計かもしれないと静音が口にした。


「多分、昔で言う局地戦闘機タイプの新型かな。由比のハイGターンでやっとだったんでしょ?」


「うん。でも・・・」


何度か旋回を続けていると私が優位に立っていたのを話すと、静音からすぐに答えが返ってくる。

静音は結構戦闘機と航空力学きほんについて詳しくて、そこも強い理由のひとつなのかも。

私も航空力学きほんを学びなおしたほうがいいのかな。


「多分、機体の操縦装置コントロールシステムにアシストが入る仕組みになってるはず。じゃなきゃ急旋回ぶんまわして失速がイーグルより早いなんてならないよ」


更に詳しく説明を受け、静音が描いた図をじっくりと見る。

イーグルは人力で機体に固定された機関砲の照準を合わせないといけないけど、相手の機体にはそれを補佐する操縦介入装置がある可能性を指摘した。


「それによって短時間に相手の戦闘機を撃墜して、強力なエンジンの推力でエネルギー回復を行い・・・」





◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「――て!―――ないで!」


私は静音の声でハッと目を覚ました。

どうやら説明を受けているうちに寝ちゃったみたいで、静音が半ば涙目で揺さぶってくる。


「あ、ごめん。ちょっと眠ってた・・・」


目を擦りながらあくびをすると、静音は諦めたようにペンと紙を机に放り投げた。

そのままドスンとベッドへダイブした後、枕に顔を埋めている。


「由比ってホントに結構な頻度で寝てるよね・・・」


「静音の説明長い・・・」


「でも時間も時間だね。もう寝よっか」


静音は隣のベッドに仰向けになると、頭上のスイッチを押して部屋の電気を消した。

なんだかんだでこの基地の設備ってすごく充実していて、生活しやすい。


「おやすみ、由比」


「うん。おやすみ」





◆ ◆ ◆ ◆ ◆





翌朝になり、私達は急いで格納庫へ集められた。

偵察衛星の情報により、4時間半後に爆撃機十数機が北海道へ飛び立つ可能性が非常に高いと告げられた。


「朝食も取れず、5時間の飛行の後に空中戦となってしまうが・・・扶桑空軍の残存勢力は疲弊してきている。2時間後に増援がここへ到着するが、ここから扶桑への所要時間は5時間だ。君達に任せるしかない」


私は静音の方へ視線を送り、その要請を受ける事を伝える。


「わかりました」


すぐにイーグルへ乗り込んでエンジンを始動させ、管制塔タワーと無線でやり取りをする。

滑走路は直ちに空けられ、私達の離陸が最優先となった。

誘導路を普段よりほんの少し上の速度で移動していくうちに、滑走路へ進入。

管制官の離陸許可は誘導路にいる時に貰っているので、スロットルを最大推力位置にまで押し倒す。


『シフィル、急ごう』


「わかってる」


私に続いて静音も離陸し、高度500メートルの段階で合流して扶桑への最短針路を飛行していく。


『ストラトアイよりシフィル、フィーラへ。これより君達は”ライラプス隊”として活動してもらう』


いよいよ、私達はあのライラプス隊として激戦に身を投じていく事となる。覚悟は決めていたけど、それでもどこかで緊張している部分を感じていた。

私の横を飛ぶ静音は、少し前に出た後に横へ旋回した。


『シフィル、ライラプス1を任せたよ』


了解ラジャー。ライラプス2、勝手な飛行針路は取らないで」


了解オーケー


徐々に高度を上げていくと、雲を見下ろせるところまでやってきた。高度計を見ると高度6000メートル。


『シフィル。世界の空は繋がってるのに、どうして人は争うんだろうね』


「・・・いつか、空と同じように人々の心が繋がる日は来る」


私は自分の願いを口にした。でも、その日が来るまでは私は戦い続けるのかもしれない。



途中で飛行経路にズレが生じている事に気が付き、地図を取り出して離陸時の方位や巡航速度、何が見えるかという情報を元に自分の飛んでいる場所を特定する。

この計算方法はロックウェル少佐が教えてくれたんだけど、かなり高い精度で算出できるやり方だった。


「ストラトアイ、少し飛行経路がズレてる」


『そうだな』


私達はストラトアイの指示で方位を少し修正しながら飛行を続けた。

途中で他の飛行隊も合流し、残り2時間で到着予定。

たぶん、本土へ差し掛かる直前くらいに敵と交戦してから着陸になる。


『ライラプス隊へ、千歳基地から入電。多数の敵部隊が北海道へ向け接近中』


そう言っている間に敵機の知らせが来た。私は即座に無線に応じ、方位を敵機の群へと向けた。

静音フィーラは指示も無く散開し、臨戦態勢を取っている。さすがと言ったところかな。

集団との距離は400キロメートル。遥か前方には白く雪化粧の施された扶桑の山々。


『ライラプス隊、コイツら逃せば扶桑は終わりだ。絶対に落とせ』


『じゃあ私からもお願い。報酬増やして』


静音は私より一足先に機外燃料タンクを棄て、一気に高度を上げていく。

同じくタンクを棄てると、私も高度を上げて戦闘態勢を取る。


『戦果次第だ』


『よろしくね、ストラトアイ』


6000から7000、8000と高度計の針が回っていく中、私は深呼吸をして気分を落ち着かせていく。

敵機の配置や機種などの特定をストラトアイへ依頼し、どう動くかをとにかく考えた。

高度9200メートルで敵機の群れへ直進的に向かっていると、更に続報。


『ストラトアイからシフィルへ。敵はミグ29が10機に熊が12だ』


了解ラジャー。フィーラ、敵爆撃機を最優先、戦闘機は後回しにしよう」


了解オーケー


敵機との距離は250キロメートルにまで縮まった。搭載兵器の安全装置をオフにし、発射に備える。

交戦距離に入るまでのこの数分は、いつものように極限の緊張感で縛り付けられているかのよう・・・。


『ライラプス2、FoX3!Fox3!』


静音の機体から白煙を引いて中距離ミサイルを1発発射した。続けて私、また静音と。

放たれた数発のミサイルが全て命中した事がストラトアイから告げられ、次に私達は短距離ミサイルの射程圏へ突入した。

微かにだけど、大型爆撃機の姿が見えた。甲高いロックオンの音と同時にミサイル数発撃ち、後ろを見る。

後方で敵機の旋回していたけど、すぐに撃墜された。


『ライラプス隊、残りの爆撃機は4機だ!全て叩き落せ!』


残るは4機。しかし私の機体に数発被弾した感触があり、私はすぐ全力で旋回をした。

さっき誰かが撃墜してくれたけど、また背後を取られていた。少し感覚が鈍ったかもしれない。


『シフィル、援護するよ!』


静音がすぐに私の後ろの敵機へピタリとくっつき、機関砲で撃墜。

私も負けじと爆撃機の一機へ短距離ミサイルを撃ち、直後に急接近して別のもう1機の翼へ機関砲を撃った。

1機はじわじわと炎に包まれていき、やがて爆発して墜ちていく。


『ライラプス1、1機撃墜。もう1機は離脱し始めた。どうする?』


「・・・逃がそう」


私は交戦能力の無い敵機は攻撃したくない。だから・・・彼らを逃がす。


逃げていく敵機から視線を戻そうとしたとき、ふいに時刻が視線に入った。交戦開始から30分も経っていないけど、既に本土が近づいてきている。

私の機体の武装はミサイルが残り3発と、機関砲の残弾が470発ほど。静音はどうなのかな。


「フィーラ、そっちの残弾は?」


『ミサイルが残り2、ガンは300発』


残りの敵爆撃機の数は2機。


「次の2機でラスト。やろう」


了解オーケー






◆ ◆ ◆ ◆ ◆







この時代での初任務は特に滞りも無く完了した。ストラトアイ曰く、油断していた可能性が高いらしい。


着陸してすぐ、私達は基地司令の部屋で書類を作成していた。

着任関係の書類は結構面倒なものが多くて、横にいる静音は早速机に突っ伏している。

私はサッと書き終えて、この基地にあるというホールへやってきた。


「結構広いんだな・・・」


簡単なコンサートが出来そうで、もしかしたらこの基地にいる間にちょっとくらいはできるかもしれない。

近くに誰もいない事をしっかり確認してから、ステージに上がって私は小さい頃によく歌っていた曲を少しだけ歌った。



そういえば。



「一回だけ、静音の前で歌った事があったっけ」


「うん。卒業試験の前くらいにね」


歌っている途中、かすかな防音ドアの閉じる音が聞こえたのと、気配。その二つで、静音が入ってきている事は把握していた。

ステージ横のカーテンから顔を覗かせている静音の方へ歩いていくと、静音がおいしそうな甘い香りのする袋を差し出した。


「購買でメロンパン買ってきたよ。由比、甘いもの大好きでしょ?」


「うん、ありがとう」


私はメロンパンを受け取ると、ホールから出てすぐのところにあるベンチへ腰掛けた。

さすがに飲食が禁止されているであろうホールでメロンパンを食べるのはよくない。


「この後11時から私達を含めた到着部隊の紹介とブリーフィングやるんだって」


「11時から?」


今は10時15分で、あと45分程ある。それまで何しようか悩んでいると、静音から提案された。

その内容は私にとって意外なもので、同時に少し嬉しくなるものだった。


「二人でちょっと歌ってみよっか。私は由比みたいに上手くないけど、歌うの好きだよ」


「じゃあ、曲は―――」


何を歌うかはすぐに決まった。私達が生まれた年に公表された”銀色の羽”という曲。これはグライダーに乗っていた作曲家が作った曲で、言及はしていないけど私と静音には馴染み深い曲。

メロンパンを食べ終えてからホールへ戻ると、ステージの上に立ってちょっとしたコンサートのリハーサルの気分になる。




ボクらは空を飛べなくて、100年の時間ときは銀色の羽となり、大空ゆめをくれた。

無限の円を描いていく空は、ボクらをどこまでも惹きこんでいく。




そんな歌詞だった。でも私達にとって、それが空を駆けるきっかけの一つなのかもしれない。

だから、私達はその曲を自分たちの想いのように歌った。

歌い終えた私達は、小刻みな拍手の音に気が付き視線をホールの入り口へ向けた。


「すごくいい歌詞だったけど、何の曲ですか?」


声の主は、私達と同じくらいの年の少女だった。でも見た感じ、普通の子。私や静音のように、過酷な状況によって半強制的に鍛えられている感じは無い。


「まあー、なんていうんだろ?私達の思い出の曲だよ」


静音が答えると、その少女は少し不思議そうにしていた。


「私は佐倉しず・・・」


「ちょっ、ストップ!」


「むぐっ」


本名は可能な限り私達だけの秘密にしておかないと、どこかで未来が変わってしまうかもしれない。

そんなフィクションドラマだとかのような事が起きないとも証明できないし、ここは私達に与えられたTACネームを使わなきゃ。


「ごめんなさい。私はアスタリカ合衆国空軍第698飛行隊の隊長。訳ありで本名は明かせないから、シフィルって呼んでください」


「私はその2番機のフィーラ。シフィルとは今日からここで活動していくんだ。よろしくね」


私と静音が自己紹介を終えると、少女も自己紹介を始めた。

彼女の名前は”白窪しらくぼ 智恵ともえ”で、年は16歳と私達よりも年下だった。

そして、この基地の寮に一人で暮らしている事もわかった。


「飛行隊って事は・・・二人ともパイロットなんですか?」


「うん。つい昨日までアスタリカにいたんだけどね」


静音が経緯を説明したけど、智恵はいまいち信じていなさそうだった。

何を言っても信じてもらえなくて、ちょっとパイロットとしての威厳が危うくなっている・・・。

結局私と静音で考えて出た案は――。


「じゃーん!これが私達の翼!」


私達の機体を紹介する事にした。さすがに信じてもらえて、私達はついつい喜んでいた。

ここで私はふと時間が気になり時計を探し、近くの事務室の時計を覗き込む。

次の瞬間、私はみるみる血の気が引いていく。


「しっ、静音!時間、時間!!!」


「えっ、今何時?」


静音は慌てている様子は無く、とても焦れったい。

なので私は無理やり手を取って引き摺るようにブリーフィングルームへと連れて行った。

ギリギリのギリギリという言葉が似合うくらい直前で、私達は席に座った。






◆ ◆ ◆ ◆ ◆





ブリーフィングが終わってすぐ、私達は地上戦を開始していた。

地上戦と言っても、敵が攻めてきたというわけではなく・・・。


「私達二人が主力ってのがそんなに不満なの!?」


「フィーラ、落ち着いて」


「あーあ、これじゃあ扶桑ももう終わりだな」


事の発端は、静音の隣に座っていたパイロットの一人が私達の紹介に苦言を呈した事だった。

なんでも大部隊を派遣してくれると思っていたらしく、ライラプス隊と他1個飛行隊のみの派遣に留めたアスタリカを責めはじめた。

それだけでなく、主力の私達を“囮”呼ばわりした事に静音が反論を始めた。


「だったら空で勝負しなよ!私に勝ったら私達を囮呼ばわりしてもいいよ!」


「どうせ勝負したところで扶桑が終わりなのは変わらねえ。どうせアイツもそのうち無様に撃墜されて終わりさ」


ここまで傍観を決め込んでいた私は、その”アイツ”という言葉に反応した。

アイツって誰?凄腕のパイロットがいるのだろうか。


「ねえ、ちょっといい?アイツって誰?」


私は静音とそのパイロットの間に割って入ると、質問をしてみる。

答えてくれるかどうかはわからないけど、少なくとも他のパイロットからの補足が入るかもしれない。


「霧乃宮だよ。世界的に有名なはずだろうが、知らんのか?」


霧乃宮。私の苗字であり、自分とその家族を表す。

私は考える前に右手に力を目一杯入れて拳を作り、目の前でさっきまで偉そうにしていたパイロットを殴った。


撃墜される?無様に?

違う。私のお父さんは、霧乃宮弘幸は・・・・弱くない。弱くないから、生き残っていて。私を守るために離れて。

そして、私を忘れずにずっと待っていてくれて!そんな強くて優しいお父さんが無様に撃墜されろって!?


「ちょっ!ストップ!」


私は静音の制止を無理やり振り切り、更に2発目、3発目と殴っていく。

本当に・・・こいつだけは許したくない!こんな奴を立ち上がらせたくない!!

さすがに相手も反撃をしてきて、私は思い切り蹴飛ばされてブリーフィングルームの机に背中をぶつけた。


「ぐっ・・・!」


それでも私は立ち上がって反撃に転じた。でも今度は肩から蹴飛ばされて激痛が走る。

コイツだけは絶対に許さない!何が何でも殴り倒したい!殴り倒さなきゃ気が済まない!!


「由比!!やめて!!」


相手の胸倉を掴んで思い切り殴りかかろうとしたところで、誰かにその拳を止められた。

その止めた人物は二十前半の若い男で、少し小柄だった。

だけどその後ろ姿は・・・私が幼い頃に毎日見ていた背中があって、頼もしく感じていた後姿。


「長倉のおっさん、目を見ればわかるだろ?この子はかなりのエースだ」


「げっ、霧乃宮・・・」


お父さんは私の前に立つと、優しく頭を撫でてくれた。

懐かしい記憶が次々と浮かび上がり、私は耐え切れずに涙を流してしまった。

私はあと何回泣けばいいんだろう。何かある度に泣くのは少し恥ずかしい。


「エースパイロットってのは、どんな状況でも諦めないで生き残ろうと足掻く人がそうだ」


私へそう伝えた後、お父さんは立ち上がってさっきまで私が殴っていた人、長倉さんへ詰め寄った。


「誰が無様に撃墜されるって?俺には守りたい人がいるんだ。落とされてたまるかよ」


その言葉で周りからは拍手喝采が起き、私は静音に介抱されて近くの椅子へ座った。


「・・・よかったね、由比。お父さんに会えて」


「うん・・・ありがとう、静音・・・」







由比も結局は戦闘機乗りなんだなぁ・・・()

どこかの零戦撃墜王も言ってますよ。「命ある限り戦ってこそ、戦闘機乗りです。」と

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