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群青の空へ  作者: 朝霧美雲
群青の空へ -Next Melody-
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第0話「戦いを超えて」






6月の後半。私はとても忙しい日々を送っていた。2か月後に控えた夏祭りライブイベントに備え、ボイストレーニングにダンス練習、お金を稼ぐ為に配信をしたり。

いくら体力に自信があると言っても大変で、夜の配信が終わる頃には半分寝ているような日もある。そんな日々を過ごしているせいか、ふと友香から呼び止められた。

今はこれからボイストレーニングの講師の指導で歌のレッスンをするというのに、友香は一体どうしたんだろう。


「由比、今日のボイトレ終わったら5日間お休み取りなさい」


「えっ」


私が驚いた表情を見せると、友香は更に小包を渡して来た。


「東京に来て3か月も経つし、そろそろ長野の両親の所に会いに行ってあげたらどう?」


その言葉で私はようやく気が付いた。そういえば長野に事務所があった時は月一で会っていたが、東京に来てからは3か月も会っていない。

そしてこの小包の中身はどうやら軽い物。何かと思いつつ開けてみると、新幹線のチケットだ。


「友香はどうするの?」


「私はいいよ。旦那さんと行ってあげなって」


次のライブイベントまで2か月あるし、おばあちゃんのお墓参りもしてこようと決めた。

でもその前に。




今日は私の誕生日だ。でも誰も何も言ってくれていない。

少し寂しい気持ちもあるけど、友香にすら告げていないのだから当然だ。


ライアーからのメールを期待してスマホを開くも、特にこれと言ったメールは届いていない。

私はむしゃくしゃしながらコンビニへ立ち寄り、デザートを何個か購入。それを外の椅子に座りながら食べていると、ライアーからのメール。


[悪い。今日は遅くなる]


ああ。どうして今日に限ってライアーすらいつもの時間に帰ってこないんだろうか。

うん。了解、と一言だけ返信した。


じりじりと日差しが照り付ける中、配信に適していそうなゲームを買いあさろうとブッコフという中古売買店に立ち寄る。

中は冷房が効いていて、さっきまでのパレンバンを思い出させる炎天下とは大違い。


そういえば、私はコミックを読み漁った事が無い。これを期に、コミックを買って配信やボイトレの合間に読んでみよう。

とは言え探し方をよく知らないので、本棚を徹底的にチェックしていく。ラブコメやスポ根、ミリタリー系、BLなど。

時々仲のいいライバーからBLを勧められたりもする。でもそれより、私は百合と呼ばれるジャンルがある事に気が付いた。


百合とは女性同士の深い親密な関係や、恋愛の事を指すらしい。スマホで調べた所そう書いてあった。

BLと百合のマンガを一冊ずつ試しに買う事にし、更に他の作品も見ていく。

読み漁っているうちに、鋼鉄のイーグルという作品を見つけた。1998年のあの戦争を題材にした、とある戦闘機乗りが主人公の作品。

まさかと思って手に取ると、両翼が紺色に塗られたF-15Fイーグルに乗るエースパイロットの活躍を描いていた。


生い立ちや経歴が思った通りお父さんと似通っている。これは買わなきゃと思い、全12巻をカゴに入れる。

これで14冊。結構な量になったので、これでお会計をしよう。3080円は問題なく支払えたけど、なかなかの量になった。


「あっつ...」


再び外に出れば、灼熱地獄が私を襲う。まるでジェットブラストを浴びているんじゃないかと、そんな気分になるくらい暑い。

せめて日傘を持ってくればよかったと後悔の念が湧く。


仕方がないのでタクシーを呼んで帰る事にした。タクシーは意外とすぐ近くにいたようで、3分ほどで到着した。

東京の地形はよくわかっていない。自宅のマンションの住所と事務所の住所くらいしか知らないくらいだ。


よくよく考えれば、タクシーに乗ったのは1998年の朝奈のおばあちゃんの家に行く時以来だ。

それ以外は友香や軍によって配属された運転手に運転してもらっていた。


1998年の戦争で倒壊したビルや大きくえぐれた地面があった当時の面影は今は無い。そこにあるのは、あの戦争を乗り越えて復興を遂げた扶桑の首都の街並み。

それが少し嬉しくて、ついつい微笑んだ。でもすぐに、私の代わりに犠牲になった長倉さんの事を思い出す。



もうすぐあの日が来る。



そんな事を考えているうちに自宅前へと到着した。渋滞していた事もあり、日も暮れる寸前。

ライアーもまだ帰っていないだろうから、夕飯を作るのは私になる。まずは荷物を寝室の本棚へしまったりしなきゃいけない。


カードキーでドアのロックを解除して開けた。暗い室内で、なぜだかリビングの奥がぽわーっとオレンジ色に光っている。

そんな明かりを買った覚えはなく、誰か不審者でもいるんだろうかと警戒しながら近づいていく。


そっとリビングのドアを開けて中を覗き込んだ瞬間、明かりがパッとついて同時に破裂音がした。

驚いて顔を守ろうと構えた。でも何も痛くも無いし、むしろおいしそうな匂いが漂っている。


「由比、誕生日おめでとう」


ライアーの声がしてそっと目を開ければ、そこには私の知っているみんなが居た。

自慢する事のできない、そこまで広くない部屋に何人も。


「え、ライアー?仕事で遅くなるんじゃ?それにみんな...」


「去年は由比の誕生日知っている人少なかったからね。今年から祝わせてくれてもいいんじゃない?」


スカイスタジオ株式会社で私の活動を支えてくれている友香や幸喜、美羽や雲田わたあめとして一緒に活動している美咲さん。

それだけでなく国防最前線で飛んでいるはずの静音や、声優として各地で収録に勤しむ朝奈。

そして、私の大好きなライアー。色々な人が私の誕生日を祝う為に準備をしていたらしい。


「新幹線のチケットは私からのプレゼント。他にもあるよ」


ライアーからは髪留めをもらい、幸喜からは私のライバーとしての姿である桜宮空奈のフィギュアをもらった。このフィギュアはもうじき発売されるものをサンプル品としてもらったものらしい。

朝奈からは薄水色のシャツやおしゃれな服の詰め合わせ。静音からはイーグルのプラモデル。美羽や美咲さんからは私の好きなケーキをもらった。


「今年で21歳だから、ローソクは21本ね」


「16歳の時から5年かあ。意外と経ってないね」


5年という年月は意外と経っていない。


だけど。




だけど、色々な事があった。命の危機を何度もくぐり抜け、今もこうして生きている。

いや、私の場合は2回。命を落とした事になる。


それでもそれを超えて、今ここにこうして私が在るのだから。そんな奇跡を、みんなで祝う。



「ありがとう、みんな!」


嬉しさを込めて、私はお礼を言った。


用意してくれたケーキはおいしくて、朝奈からもらった服はかわいくて。今日はそんな素敵な日になった。








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