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群青の空へ  作者: 朝霧美雲
第4章 -Not over as long as I'm here.-
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第23話「黒雲晴れて空青く」




レーダースコープに見える多数の怪異を前に、編隊の間隔を大きく広く取る。

俺は最後尾へ、静音達は前方へ。無線で連携を取っているわけではないのに、お互いの動きが手に取るようにわかる。


『いよいよ作戦空域だ。全機、作戦開始』


AWACSのストラトアイからの指示で作戦が開始された。まずは静音達が艦隊の支援を受けながら、この空域の航空優勢を確保する。

こちら側へ優勢が傾いてきた段階でハワイ島駐留の航空部隊が更に攻撃を加え、一気に突破口を開く。


事前のブリーフィングとは少し違うが、人類の存亡を掛けた戦いである故に全力を出さねばならないという上層部の意見が取り入れられた。

時刻は朝の7時だ。由比はまだ目を覚まさない。


「呑気に寝てるんだろうな」


相も変わらずな由比だ。だが、由比が目覚めれば状況は急変するだろう。

作戦通り、由比を抑え込むのが俺の役割だ。最終的には由比の翼を狙い、撃墜を図る。

そうすれば、きっと由比は飛べなくなる。それが作戦の終わりだ。


『敵の数が増大中!数は200だ!』


『上等だよ!全て叩き落す!』


上空から見ていると、一機の動きが鋭くなったのがわかった。あれが静音だろう。

由比の機動に近いがどこか違う。一つ一つの動作が丁寧で、且つ無茶をしていない。運動エネルギーと位置エネルギーが計算されている。

アクロバット機動と空戦機動が織り交ぜられた、秀逸な動きだ。


『静音の動きは間違いがない。私にもできるかしら』


『レッドプラムが2機撃墜!』


『プラム、やるじゃん!』


増えた敵の数よりも、静音達の三機の撃墜率の方が高い。

表示されている敵の数は160を切り、少しだけ空が広く感じる。そろそろ次の段階へ行けるだろう。


「AWACS、そろそろ次のフェーズへ行こう」


『ああ。ストラトアイよりフェンリル隊とグリーン隊へ、作戦空域へ突入せよ!』


四機ずつで編成された二部隊が作戦空域へ入り、手始めにレーダー誘導ミサイルで一気に数を減らす。

いくら数が多いと言えど、練度の高い部隊だけが集められたハワイ島の部隊がいればどうにでもなる。


『敵残存数、残り120!』


作戦が順調に進んでいるかと思われた時、徐々に敵の数の減りが早くなった。

時計を見れば、俺にとってはいつもの時間だ。


「時間だ」


無線で全機へそう伝えた。俺はそれまで高高度を飛んでいた機体を反転させ、高度を落としながら由比のいる方向へ機首を向けた。

レーダースコープに映る一つの反応。それが横方向へ移動している。


『作戦を直ちに変更する!全機、最終段階に移行!』


「戦う理由を思い出させてやる」


レーダー誘導ミサイルを一発発射して、それを由比が大きく速度を上げて避けた。それが戦闘開始の合図だ。

目視で見える距離になった時、高速でこちらへ向かってくる青い光球を捕捉。そんなものは小手先のテクニックだろう。


そんな騙し討ち程度で俺は落とせない。お前はいつだって考えが甘い


右へ旋回し、由比に対して機体の上面を見せつつ加速して回避する。

すると、俺の飛ぶ先へ今度は緑色の光球を連続して放つ。これはさすがにマズイか。


やっぱり接近戦はお得意のようだ。どっちが上か、勝負しよう。


回避機動をした後、すぐに由比を真正面に捉えた。

機関砲の引金に指を当てた瞬間に左方向へ逃げるように旋回し、今度は上方向へ飛んでいく。

かと思えば、こちらへ被せてくるように突っ込んでくる。


エース同士の戦いで正面対峙ヘッドオンを避けるのは常套手段だ。そこから被せてくるのが由比。


俺と由比は背中合わせで戦ってきた。俺が相手と距離を取れば由比が突撃し、俺が敵へ接近戦へ持ち込めば由比が距離を置く。

上方から降ってくる由比に対して、俺はそのまま回避機動をせずに機首を上げて上昇する。

読み通り、攻撃する事なく旋回戦に持ち込んだ。けど由比は一度旋回をやめて加速した後、一気に急激な旋回を仕掛けてきた。


それもお見通しで、由比の旋回方向に対して垂直に旋回し続け、後方45度くらいの位置に捉えたところで逆方向へ切り返す

急な切り返しに対応できなかった由比は俺の前に出てしまい、HUDの照準に捉えられる。


「終わらせよう、由比」


機関砲の引金を引き、放たれた機関砲弾が由比に生えている白い翼へ命中したのが見えた。

時間は20分経っているかと思えば、たったの1分と30秒程度。ドッグファイトというのはいつもそうだ。

お互いの頭と操縦技量を全て出し合い、凝縮された時間の中で戦いが終わる。


AWACSから扶桑の状況と怪異の数が伝えられ、作戦の終了が告げられる。

俺は由比を追って飛び、水面にふわりと落ちる羽のように海面に着水する由比の姿を確認した。


「AWACS、すぐに救助隊を出してくれ。あそこに由比がいるんだ」


すぐ近くを減速して飛んでみれば、そこには由比がいた。

救い出す事が出来た。俺と皆の大切な由比を。






引き上げられた由比の傍で、俺は友香達と夜空を見上げていた。

雪は止み、室内は月明りに照らされている。


まだ戦いが終わったわけでも、由比が目覚めたわけでもない。

でも、由比は生きている。脈拍も体温もしっかりとあって、寝息を立てている。


「朝奈がいなかったら、俺は由比の事を諦めていたかもしれない。本当にありがとう」


「いえ。私の方こそ、由比を救い出してくれてありがとうございます」


ラジオからは南極方面と扶桑の現状がニュースとして流れている。

扶桑をはじめとした太平洋方面は、ようやく人類側が取り戻す事が出来た。

南極方面はまだまだ戦闘が続いていて、これから各国が一気に戦況を変える為に作戦を練っている。


寝ている由比を見れば、髪色は以前の色に戻っている。

俺はその髪に触れ、それからそっと抱きしめた。


それでも目覚めない。どうしてだろうか。時間だけが過ぎていく中で、友香が一つの提案をした。


「…フィルさん、白雪姫」


「白雪姫って」


それは確か、白雪姫に一目惚れして以来、彼女の行方を探し続けていた王子が息絶えた白雪姫の姿を見つけ出し、静かに口づけをして死んだはずの姫が息を吹き返す。

そんな物語だ。わからなくはないが、果たしてそれで由比は目覚めるのだろうか。


「まさか、こんな大勢の前で由比にキスをしろというのか?」


「でも、考えられる方法がそれしか」


俺は少し間を開け、わかったと言葉を伝える。あの時のように、俺は由比の唇にキスをした。

その瞬間だった。青白い光が俺と由比を包み込み、同時に由比の体から黒い霧のような何かが逃げるように飛び出した。

部屋に飾ってあった花瓶は発生した強風によって倒れ、窓ガラスが割れる。


「全員、ケガは無いか?」


ようやく落ち着き、全員の状態を確認する。そこで俺は由比が身体を起こしてこちらを見ている事に気が付いた。


「由比!」


「えっと、みんなどうしたの?」


由比が目覚めた事を全員がこの目で確認し、一斉に周りを囲んだ。

時間にして1週間程のこの期間、ずっと由比の事が心配だった。それ故に、俺を含めて全員が少なからず涙を流している。

朝奈に至っては大号泣だ。


一通り泣き終えた所で俺と友香で状況の説明をする。由比があの状態になったと同時に南極方面に巨大な怪異が出現し、世界的に危機的状況になっていた事。

それを聞くなり由比は立ち上がろうとするが、身体は回復しきっていない。


「でも大丈夫だって」


由比はそう言うと、青白い光を身に纏い、かと思えば黒い翼を生やした。

一見するとまるで悪魔のような黒い翼だけど、由比の表情と白い装束が纏われ、どこか天使のようにも思える。


「反転して、白翼の悪魔から黒翼の天使だな」


「それ、正式にその呼び方でいいと思う」


由比曰く、今の心境は雲一つ無い青空のように晴れ渡っているという。

そして、明日には南極方面の攻勢に参加するとの事だ。なら、俺がやる事は一つだけ。


「由比」


「何?ライアー」


「明日の攻勢、俺はお前の傍を飛ぶ。それでいいか?」


「もちろん」


由比の、一番機の相棒として共に空を駆けるだけ。あのパレンバンの空を飛んでいた時のように。


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