第22話「彼女を信じて」
イーグルのエンジンに火が入れられ、少しずつ回転数が上がっていく。
新型機だからか、非常に状態は良い。由比と出会う前に乗っていた旧式のA型とは大違いだ。
各種システムの調整が終わり、スロットルを少しだけ前に倒してゆっくりと機体を進ませる。
『タワーからレジェンドゴースト、離陸を許可する』
『了解』
レジェンドゴーストはラプターに乗ったエリ・カロライナのコードネームだ。
20年前の戦争で、巨鳥と恐れられたBeー0を由比と共に撃墜した事があるという。
記録もアスタリカ空軍によって厳重に保管されていて、ストラトアイが見せてくれた。
「まさかそんな嘘みたいな奴と飛ぶ事になるなんてな」
『聞こえてますよ、ライアーさん』
「聞こえるように言ったからな」
離陸してすぐ、俺の傍へF-16に乗った朝奈とイーグルに乗った静音、ラプターのエリが近づく。
聞けば、朝奈もしっかりと実戦を経験している。これならすぐに落とされる心配は無さそうだ。
『やれるのは私たちだけだ。由比を必ず』
『ええ。私たちの由比だもの』
『全員の士気は高い。やれると信じようよ』
由比のいる空域までは30キロほどだ。数分で接敵する事になる。
ブリーフィングでは、由比を囲うように数百体の飛行型怪異が飛び交っている。
ハワイ島を出港したアスタリカ海軍の艦隊によるミサイル攻撃支援を受けながら戦えとの指示だ。
『こちらストラトアイ。君たちを全力で支援する。作戦目標はただ一つだ』
俺たちに課せられている作戦目標はただ一つだけ。
『ライラプス1を、霧乃宮由比を救え』
レーダーで20キロの距離に多数の飛行物体を捉え、まず先にレーダー誘導ミサイルを発射する。
それと同時に後方からいくつもの白煙を吹く飛行物体が飛び去っていく。
『第一射で25の敵飛行体を撃破!気を抜くな!』
ストラトアイから報告が入る。通常の軍隊であれば、25の撃破は非常に大きな戦果だ。
しかし相手は人間ではない。何百、何千といるうちの25だ。どれくらいのパーセンテージだろうか。
「さあ、花火の中に突っ込むぞ!』
続けざまに飛んでくるミサイルと爆発の中、敵を殲滅する為に突っ込んでいく。
機関砲、10発に満たないミサイルを全て使い果たし、一度離脱する。
『ストラトアイから全機へ。α部隊は一度離脱し、再補給の後に攻撃を。これよりb部隊を突入させる』
これもブリーフィング通りだ。俺たちの補給の間は別の2部隊が続けざまに攻撃を加え、70%の敵の壊滅を図る。
空域を抜けてからは散開していた静音たちが傍へ戻ってきた。密集隊形で飛びながら、お互いに機体のダメージチェックを行う。
基地が見えた時、ストラトアイからの緊急無線が入った。
『ストラトアイより全機、b部隊が全機落とされた!』
「どういう事だ、ストラトアイ!」
『現在状況を分析中!追って詳細を知らせる!』
何が起きたのか、空域を離れた俺たちには全くわからなかった。どうして瞬く間にb部隊が壊滅したのか。
着陸態勢に移行し、更に情報が入った。
『ストラトアイより全機、どうやら彼女が動いたようだ。α隊は補給が完了次第、強行偵察を行え』
「そういう事か。どうする?」
『やるしかないわよ』
『そうだな。ここまで来たならね』
全員の答はYes。着陸を終えた俺は、すぐに由比のいる方向を向いた。
もしも今、由比が人と戦っているなら。彼女は何を思って戦っているんだろうか。
由比が空や地上で戦った時、強かったのは誰かを守る為だったはずだ。
なら今戦っているのは、果たして由比なんだろうか。
ただ強いだけの、由比ではない別の者。もしそうなら、どうやって助ければいいのだろうか。
次にイーグルのエンジンに火が入ったのは、日が暮れ始めた頃。
とうとうハワイ島の防空圏へと怪異が入り込むようになり、警報と共にミサイルが飛んでいく。
由比は島から35キロの場所にいる。強行偵察をして、一刻も早く作戦を練り直さねばならない。
『タワーから作戦機へ!なんでもいい、早く上がるんだ!』
エンジンが安定してすぐ、誘導路をいつもより速く進める。
滑走路へ進入してからも管制塔へ確認をしないまま、離陸を開始。どうにか他の3人も付いてこれている。
「このまま音速まで加速する。アイツの傍を掠めるように飛ぶぞ」
『大丈夫なの?被弾したりしない?』
「いずれにしろハワイが陥落したら人類は終わりだ。被弾を恐れてたら間に合わない」
高度は7000メートル。レーダー上には一つの反応がある。少しずつその反応が近づき。そしてついに、浮かんでいる人型の飛行体を目視した。
あれが由比だ。
こちらへ向けて高速で飛んでくる青い光球を避けながら、由比の真横を通過した。
しっかりと見る事が出来た。大きく変わってしまった由比の姿を。
あの愛しい姿なんてどこにも存在しなかった。群青色の髪も、透き通るような空の色をした瞳も。
「クソッ!なんでだよ!」
他の3人は由比からの猛攻に近づく事が出来ず、引き返していた。俺だけが由比へ近づく事が出来た。
地上へ着陸した時には日没後だ。これからの時間は怪異が日中よりも強化される時間。
「不思議な事に、彼女は再び活動を停止した。しかし、怪異が強化される時間だ」
それにより、撃墜されたパイロット達の救助は困難を極める。
「由比を救う作戦は明日だ。彼女のパターンを把握できた今こそ、作戦を決行する」
作戦内容の記された紙を見て、その場にいた全員が凍り付く。
「作戦名はGet her Back。エリ・カロライナ、佐倉静音、三島朝奈。この3名が先陣を切り、突破口を開け。後続であるライアー、キミが彼女への攻撃を行う」
「待て、攻撃ってふざけるなよ!」
俺はストラトアイの胸倉を掴みに掛かった。でもその手は誰かによって押さえられ、次に視界が反転していた。
どうやら投げられたらしい。
「落ち着いてください、ライアーさん!」
「…ああ、そういえばあったな。こんな事」
由比の両親の存命が知らされた時、由比は幸喜の胸倉を掴もうとした。それを俺が押さえ、投げ飛ばした。
そんな事があったな。
「何やってるんだろうな、俺」
「気持ちは痛いほどわかります。次の作戦はもしかしたら、由比を失うかもしれない。でも」
それでも、この作戦を決行しなければ。
「由比も私たちも、誰も生き残れない。可能性は0になってしまいます」
朝奈の頬を涙が伝った。
「そんなのは由比が望まない!」
そうだ。由比が望まない事を俺はやろうとしていたのかもしれない。
由比を信じず、由比を救えるチャンスを放棄しようとしていた。
「夫失格だな」
「由比を信じてあげてください、ライアーさん」
「ああ」
明日の作戦で、俺と由比の運命は決まるだろう。
その運命はきっと、神でさえ知らない。どうなるかわからない。
「悪いな。気付かせてくれてありがとう」
「明日の作戦、必ず成功させましょう」
「そうだな」




