第21話「幾つもの強い思い」
まだ終わったわけじゃない。終わらせないから。
例え私が私じゃなくなったとしても、私はこの世界のどこかにいる。
最後の行にそう書き記された日記帳が由比が常に持っていたバッグの中から見つかった。
日付はつい最近のもの。それを見た瞬間、私は抱いていた不安の全てが希望に変わった。
「由比・・・」
そういえば、由比は常にどんな気持ちで戦っていたんだろう。
もともと人より精神的に不安定な部分はあって、だけどそれでも故郷や大切な人たちを守る為に戦っていた。
よく考えれば典型的な戦闘機パイロット気質な子だ。追い詰められても思考を凝らして逆転を狙う。
そんな由比が、簡単に敵になるのかと言えば。
「違う。由比はそんな子じゃない」
夜が明ければハワイ島へ到着し、いよいよ勝っても負けても最期になる戦いが待っている。
私は何ができるのだろうか。
結局考えているうちに眠らずに夜明けを迎えた。でも大体やる事は決まった。
静音とフィルさんの機体を整備して、出撃の時に見送る事。
横で寝ている幸喜にも手伝ってもらって、きっとそれが人生で最後の整備になると思う。
ハワイ島の基地へ到着して一番に、私は二人の機体のある格納庫へとやってきた。
すると、機体を眺めている二人がいる。声を掛けると、驚いた表情で駆け寄る静音とフィルさん。
「友香さん、まさか整備するんですか?」
「うん。どうせ勝っても負けても、整備するのは最後だから」
「由比の機体を一度のトラブルもなく送り出してた友香の整備なら、安心できるな」
フィルさんにそう言われ、私は思わず照れた表情で笑った。
考えてみればこの一か月ほど、しっかり笑えていなかったかも。
「これがイーグルⅡか。由比に乗ってみてほしかったな」
「そうだな。この戦いが終わったら、由比もきっと呪縛から解放される。それからだな」
「由比ともう一度飛びたいなってずっと思ってたから、由比には帰ってきてほしいね」
三人で話していると、更に何人かが格納庫へとやってきた。
朝奈ちゃん、由比の両親、それと見知らぬ人物。
「嘘、エリだ!」
「エリにはちょっと無理言って来てもらったのよ。まさかこの時代にいるなんて思わなかったけど」
「由比の窮地と聞いて、さすがにコソコソしてられなくてね。私もラプターで出撃するよ」
エリという人物と、そして初老の男性が横に並んでいる。
「私も、彼女を救うためにAWACSで指揮を執ろう。ライラプス1が欠けているが、君たちならきっと救えると信じている。頼むぞ」
どこかで見たことがあると思えば、20年前の戦争の資料で見たストラトアイの指揮官だ。
「ストラトアイが仕切ってくれるなら安心ね、静音!」
「エリもいるしな!やるぞ、朝奈、エリ!」
一番端のフィルさんを見れば、やれやれと言った表情をしている。
でもどこか嬉しそうだ。
「たった数機の援軍だけど、とてつもなく心強いな」
「ちなみに、ヨーロッパから元クーガー隊のメンバーが南極方面隊の主力として飛んでるんだって」
「ほう」
クーガー隊については私は知らないので、朝奈ちゃんに聞く事にした。
「クーガー隊はエース部隊で、私たちと共に20年前の戦争で大活躍した部隊です」
「スヴェート級の撃沈作戦の時はすごかったよね!バァーっと突っ込んでいって!」
静音が興奮気味に話している様子から、由比達に負けず劣らずの部隊だと思えた。
少しだけど、これなら人類に希望を見出せそう。いや、見出せる。きっと。
「幸喜、この後配信するよ!人類の強さを見せる為に!」
「えぇ、やるの!?」
困惑した様子の幸喜は放っておくことにして、作戦の準備へと取り掛かる。
格納庫の隅に置いてある工具を手に取れば、パレンバンにいた時の事を思い出す。
もしあの時、由比じゃなくて別の誰かの専属整備士だったら。
考えにくいけど、今こうしてライバー企業を立ち上げたりしていなかった。
由比と出会ってよかった。
心からそう思える。だからこそ、由比を救う為に今こうして再び工具を手に取っているんだ。
必ず助けて、再び笑いあえる日常を取り戻す。
大好きな空を再び飛ばせてあげたりもしたい。
歌える日々を再び。強く願えば叶うと信じて、この機体を飛ばそう。
「幸喜、レンチ一式取って!」
「OK」
由比を助けたいと強く願うこのメンバーなら、必ず取り戻せる。予感とかじゃなくて、絶対にできると確信を持ってる。




