第17話「傍で飛ぶ者は」
ハワイ島 ヒッカム空軍基地
この空軍基地には腕利きのパイロットが集められているが、多くても20機の撃墜をしている程度の奴が殆どだ。
そんな中で一人、以前の戦争を含めて短期間で150機近くを撃墜した猛者がいると聞いた。
「まさかここで再開するとはな」
「キミは確か」
茶色の長い髪を後ろで束ねた少女は、由比や俺の事をよく知る人物だ。
この少女が世界でも有数のウルトラエースとも言えるパイロットである佐倉静音。
「実力は由比からも聞いている。以前の戦争で、着任からたったの数日で15機を撃墜したんだってな」
「飛行機というものをしっかりと理解して飛ばしてあげれば、それくらい」
「それが出来ないのが普通の人ってもんだ。空軍司令から、お前と飛ぶように指示が出てる。よろしく頼む」
「そっか。じゃあ相棒同盟だね」
お互いに握手を交わした後、俺たちの愛機が翼を休める格納庫へとやってきた。
アスタリカ空軍から贈与された旧式であり最新の戦闘機であるFー15X。相性はイーグルⅡ。
俺たち二人用に特別な改修が施されていて、本来後部座席にはシステム士官が乗る。
「でもC型がベースなんだね、この子達」
「他のイーグルⅡはE型ベースなんだけどな」
どうやら俺たちには制空専門としてC型をベースにした機体を寄越したらしい。
扱いなれているからむしろ大歓迎ではあるが。
「じゃあ、スクランブルがあるまでちょっとお話でもしようか」
「そうだな」
それから、俺と静音で互いの知っている由比について語り合った。
士官学校入学当時から静音が撃墜されるまでと、あちらの世界での由比に起きた出来事。
俺の知らない由比が、静音によって語られていく。
「途中から、由比は間違いなく私よりも早く飛ぶようになった。同じ空を、同じ思いで飛ぶ人達を守る為に」
「そうか」
色々な人たちから見ても、由比はやっぱり誰かを守る為に戦っているんだと語られる。
憎悪で飛んでいたあの時からずいぶんと成長した。
時々飛んでいく戦闘機を見ながら、俺たちは新たな基地を一周する。
アスタリカのF-15やF-22、F-35だけではない。ナールズのSu-57やブリタニアのタイフーン戦闘機も配備されていた。
つまり、全世界の戦力をこの基地に集結させているようだ。
「世界から腕利きが集められていると聞くが、静音はどう思う?」
「どう、ね」
そこそこやれる人達なんじゃないかと彼女は言う。彼女からすれば、1対1なら全員を落とせるんだろう。
それなら俺とやったらどうだ。面白い勝負になるんじゃないかと予想する。
「静音、少し面白い事をするか?」
「いいね、ちょうど私も同じ事を考えてたかもしれない」
先ほどまでの、直に成人する少女の姿はそこにはなかった。
そこにいたのは、猛禽類のように鋭く獲物を狙うエースパイロットがいた。
早速基地司令に許可を取ると、着々と準備を進めていく。勝利条件はただ一つだけ。
後方から機関砲による撃墜判定を出した方の勝利。
『どっちが2番機にふさわしいか、これで掛けよう』
「上等だ。叩き落してやる」
離陸してから数分。高度4000メートルの上空へ到達すると、お互いに離脱して距離を取る。
こうしてドッグファイト勝負をするのは由比と出会う前以来だ。正直、作戦に参加して敵機を落とすよりも緊張する。
『それじゃ、模擬戦開始!』
自機の真横を高速ですれ違う静音の機体。間髪入れずに最大推力にして機首を上げ、後上方を見れば静音も同様に機首を上げていた。
空中戦というのは基本的に速度と高度、双方のエネルギーを獲得した側が勝つと言っても過言ではない。特に同じ機体であれば、総合エネルギーの差がかなり重要だ。
お互いの実力は拮抗していて、勝負はつかず。シャワーを浴びた後はイーグルの点検をし、翼の上で反省会をする。
静音の動きは飛行機というものを熟知した上で、どこか猛禽類のような獰猛さを垣間見せていた。
例えば後ろを取れるタイミングで、あえて上昇して上方から攻めてきたり。
「パレンバンの鬼神、という渾名は伊達じゃないな」
「そういうライアーさんだって、冷静にコンパクトな動きの連続で、まるでプロボクサーみたいだった」
直後に、由比とは真逆の動きだと言われる。もしかしたら、由比にぴったりついていけるんじゃないかとも。
言われてみれば、由比は高速度で機体を旋回させ、高い重力加速度の掛かる飛び方をしていた。
「由比のあの飛び方から、なんて言われてたか知ってる?」
「アレだろ?」
白翼の悪魔。
それが由比に付けられた渾名だった。それも、20年前の戦争の時からだ。
時代を超えて由比にその名が付けられたのは、果たして偶然なんだろうか。そう考えると、少し奇妙にも思える。
「静音、由比の渾名が20年前と今も同じって、偶然だと思うか?」
「さあ?よくある事じゃない?」
畏怖と敬意を込めて、昔の大戦で活躍したエースと同じ渾名が付けられる事は稀にある。
由比に関しても恐らくはそういう事だと、半ば無理やり自分を納得させた。
夕飯の時間になり、俺は与えられた自身の部屋へ静音を案内した。
入ってすぐ、静音は2機のイーグルの前に並んだ俺と由比のツーショットの写真を手に取って眺める。
「由比も同じのを持っていたよ、過去に行った時に」
一瞬だけ悲しげな表情を見せたように見えたけど、すぐに静音は微笑んでいた。
夕食は基地内のレストランで摂る事に決め、静音と行動をする。
俺は相変わらずカルボナーラとコーヒーを注文し、メニュー表を静音へと渡す。
「本当にカルボナーラとコーヒーを注文するんだ」
「悪いか?」
「ううん、由比が言ってたんだ。ライアーはカルボナーラとコーヒーがメインだって」
どうやら由比を通して俺の食生活がバレていたようだ。弊害は無いが。
静音が注文したのは、イチゴタルトパフェとストレートティーだ。その注文の仕方はどこか見覚えがあった。
「由比だったら、たぶんこんな感じで注文するよね」
「だろうな。けど、静音は食えるのか?」
「たぶん大丈夫」
由比は炭水化物をあまり摂らず、どちらかと言えばデザートを口にする事が多い。
もう少し食生活を見直した方がいいんじゃないかと、静音を通して考える。
「お待たせいたしました。イチゴタルトパフェとストレートティー、カルボナーラとコーヒーでございます」
料理が運ばれてくると、かなり素材にこだわっている店だと知った。よく見ればメニュー表にもかなり大きな具が使われている。
食べてみれば風味もよく、基地の食堂にしては上出来だ。
食事を終えて基地内を散歩していると、一人の兵士とすれ違った。
「なあ、そこのお嬢ちゃん」
「ん?」
「あんた、20年くらい前にこの基地でバスケやっただろ」
「やったよ」
どうやら、静音を知っている人物らしい。でも、彼は50を過ぎた熟練兵だ。
それに対して静音は由比と同い年の19歳。関わりを持つには難しい年齢差。
「懐かしいな。年を取ってないように見えるけど、どんなマジックを使った?」
「タイムリープをね」
「おい、冗談だろ?」
親しげに話をする様子を見てると、こっちも面白くなってくる。
「って言いたいけど、神様だっているしな」
「そうだね」
神様という言葉を聞いた瞬間、静音の表情が曇った。手を振って別れた後にどうしてかを尋ねた。
「もし由比がいたら、もっと盛り上がったのに」
「ああ、そうだな」
由比には人を惹きつける能力がある。それはきっと、血筋から来るものだ。
だからこそ由比を大切にしたかった。由比には色々な人と出会って、色々な話をしてほしい。
もしも願いが叶うなら、そう願うだろう。




