第12話「惹かれ拒み」
私とライアーの住んでいるマンションの、自分たちの部屋。
再びいつも通りの日々が流れていくかと思えば、今度は私が中学時代に告白をしてきた人との再会。
「わかった。わかったから・・・明日は予定無いから、中学校前で待ち合わせでいい?」
電話での彼の再三の要求に私は折れ、会う約束をした。
今日はライアーはいないので、気軽に相談できる人物と言えば朝奈。事情を話すとすぐに来てくれて、すぐに対策を練り始める。
「彼の名前は木島龍。私が中学2年の時に告白してきた人」
「その人が今更何の用よ」
どうやら彼は私と友達として交流を深めていきたいとの事。だから今は大丈夫と朝奈に告げた。
昨日会った限り、ちょっとしつこくはある。でもそれだけであり、異様な気配などは全くなかった。
「何かあったらすぐ言いなさいよ」
「わかってるって」
朝奈は能力が失われたとはいえ、合気道の師範代も目指している。だから用心棒としては非常に頼もしい。
軍隊格闘の達人でもなければ私たち二人が掛かれば大抵の男性は制圧が可能だ。
「それにしても、静音は最近忙しいみたいね」
「うん。なんでも、扶桑空軍飛行教導群に教官として抜擢されたみたいで」
扶桑空軍は今、飛行型の怪異の出没に備えて空中哨戒の部隊が編制されて、まさしく実戦の最中だ。
全勢力の技量の底上げの為、優秀なパイロットは全て教官となっている。
「・・・ライラプス1はもういないのね」
「うん。私は今は・・・」
しばしの沈黙。でもそれは朝奈の提案によってすぐに破られた。
朝奈から提案されたのは、日常的な事だった。お風呂への誘い。
「最近一緒に入ってなかったし、一緒に入りましょ」
「そうだね。朝奈となら」
久しぶりの朝奈との入浴の為、私は一緒に脱衣所へ。
お互いに衣服を脱いだ後に突然朝奈が抱き着いてきた。
「由比、だいぶ柔らかくなったよね。体も性格も」
「体に関してはこれでもトレーニングをしてるから!」
毎日のように戦闘機に乗っていたあの頃と比べたら、確かに少し丸くはなった。
けど太ったというよりは適正な体重になっただけ。
「私ね、いまだに今のこの現状が信じられないの。由比が生きて目の前にいるって」
未来は少し変わっちゃったけど、それでもいいと朝奈は目を閉じてつぶやく。
「だから由比。これからも生き続けて」
「うん。約束するよ」
「絶対ね」
翌日。中学校の前へ来ると、木島さんがこっちに気付いてにこやかに手を振る。
「おはよ」
「おはよ。で、今日はいきなりどうしたの?」
「相変わらず無愛想だね。今日は少しお高いレストランに招待してあげようと思ってね」
「ふうん」
相変わらず無愛想だと言われ、少し不愉快だった。直後に言われたレストランへの招待で、それはすぐにかき消される。
そういえば、彼は私が既婚者である事を知っているんだろうか。もし知っているなら断る事もできるかもしれない。
「ごめん。ちょっと待ってて」
私はわざと指輪を見せるようにスマホを持ち、自身が既婚者である事をアピールした。
でも彼はそれを見ても特に驚きもせず、私がスマホで処理を終えた後に声を掛けてきた。
「結婚おめでとう。ずいぶんと早い結婚だね。相手はどんな人?」
「・・・どんな人だっていいでしょ」
なんだかずいぶんと寛容的だ。逆に少し怪しく感じる。
朝奈には近くでスタンバイしてもらっていて、いつ何が起きても対応できる。
「ごめん、プライベートの事はあんまり入ってほしくないよね。じゃあ行こっか」
「・・・」
木島さんはずいぶんと女性に慣れているみたいで、中2の時のあの初々しい雰囲気はどこにもない。
同時に私の性格を熟知されているからか、怒るに怒れない。手玉に取られているのがすぐに理解できた。
私が話さずにいれば話しかけてこないし、少し立ち止まって何かの店の方を見ればどうしたのかと尋ねてくる。
嫌いになれない距離感を保っているのがとても不気味で仕方がない。
「ほら、到着したよ」
徒歩で数十分。ようやく到着したレストランは街はずれにある真新しい店。
スマホで調べてみれば、かなり有名なチェーン店だ。評判もかなり良い。
「予約してる木島です」
「木島様ですね。只今ご案内致します。こちらへどうぞ」
エレベーターへ案内され、この街の建造物としてはかなり高い5階の窓際の席へ案内された。
私がどうしてそこを選んだのかと聞く前に、彼からその理由が語られる。
「霧乃宮さん、戦闘機パイロットだったからね。高いところの方が好きかなと思って」
まただ。私の性格を完全に熟知している。
「・・・なんで私の事をそこまで知ってるの?」
「そりゃ、霧乃宮さんの事が好きだからだよ」
その一言で、私はまさかと思い能力を使う。その途端に感じられる不気味な感覚。目の前にいる木島さんからその反応がある。
「実はね。少し前に黒いフードを被った人から色々な事を教えてもらったんだ。そして、一つの掛けをした」
「一つの掛け?」
「そう。霧乃宮さんが半神だった時に得られた血液の雫をね」
彼はそう言いながら服の袖を捲り、注射痕を私へ見せた。
それを見た瞬間、私の顔から血の気が引いていった。嫌いになれなかったのは私の血を取り込んで能力を得た事によるものだったから。
以前朝奈に聞いた事がある、霧乃宮家の血を継ぐ者特有の能力。人の心を惹き付けるのもその能力の一つ。
「・・・ごめん!私はあなたと関われない!二度と近づかないで!近づいたら・・・本当に殺すから!」
「そっか。残念だ」
私は彼に殺意を剥き出しにして、レストランから立ち去った。
帰宅してすぐに朝奈に来てもらい、状況を説明する。
どうやら私の血はアスタリカだけではなく、扶桑にも。もしかしたらその他の国にも渡っているかもしれない。
「・・・」
「由比?」
「ごめん、ちょっとまだ」
まだ心臓の高鳴りが収まらないし、彼の顔が忘れられない。
そこで私は朝奈に一つの質問をした。朝奈にとって私という存在は恋愛対象になりうるかと。
「そうね・・・否定はできないかも。同性とはいえ、由比は人の心を惹き付ける魅力がある」
「そっか」
なら、これは能力によるものなんだと安心する事が出来た。とはいえ、その能力の恐ろしさを理解してしまった。
そして彼がいわゆるサイコパスであるという事。もし次に会った時は。
彼の現状から、本当に彼を殺さなければならない。だからあのように言い放った。でも私はそんな自分を許せずにいる。




