第10話「平和の意味」
私の初配信は1月17日。この日初めて配信を行った。
1周年記念だというのに、何の祝い事も無いのは私の意向でそういう流れにした。
炎上もしてしまっていたし、何より疲れていた。
「それでも私がいいんだ」
それでも、この界隈は私を選ぶ。
私と友香、美羽、美咲、幸喜。この事務所のメンバー全員で一枚の封筒を見つめる。
送り主はバーチャルライバーというコンテンツの始祖とも言えるイナヅキというライバーからだった。
「ちなみに、私はイナヅキさんに憧れてライバーになったんだよ」
美羽がそう教えてくれる。そして気になる内容。それは彼女とのライブのお誘い。
当然、その場にいる誰もが驚愕を隠せなかった。
なにせVライバーの始祖であり登録者数は310万人とトップの実力。そんなお方からライブのお誘いが来た。
見向きもされていないと思っていたのに。
「由比、どうするの?」
友香からの質問に秒で答える。当然、お誘いを断るはずもない。
「やるよ!」
「そう言うと思った!すでに参加の方向で書類作ってた!」
「・・・参加しないって言ったらどうするつもりだったの?」
その質問をした瞬間に友香は私から目をそらし、別の話題にしようとする。
「そ、それはそうと!由比はこの後どうするの?」
「まだ未定。でも」
言いかけた時、私のスマホに着信。ライアーからであり、緊急連絡用の番号だった。
急いで応じると、どうやら人ならざる者が近くに出現したらしい。
「ごめん、緊急の出動要請。行ってくる」
ふと振り返れば、不安げな表情で見つめる友香。それもそのはずだ。
私は一度死んでいるのだから。
「大丈夫だよ、友香」
それでも友香は不安そうな表情を変えずにいた。
戦闘が完全に終わったのはそれから2時間後だった。
人ならざる者との闘いの後は必ずと言っていいほど虚しさが残る。
何の罪も無い人を救えなかった事。損壊や炎上している建物と、避難して誰もいなくなった街並み。
戦争の真っただ中にいる事を嫌でも認識してしまう。
一体いつになればこの戦いが終わり、平和な日々が訪れるのだろうか。
平和なんてものはただの理想でしかないのだろうか。
「相棒、考えたって始まらない。俺たちは常に誰かの為に戦うだけだ」
「・・・」
戦いは終わる事は無いんだろうか?
夕焼けで町が染まっていく中、私はただ一人作業をしていた。
能力を使い、町中に散らばる瓦礫を一か所に集める。せめて、人々が戻ってきた時に少しでも復興が早くできるように。
「由比、お腹空いただろ?携帯糧食だ」
「ありがと」
今日は配信は出来そうにない。遠く離れた町での戦闘だった為に、帰るのは明日になるだろうから。
枯れ葉や新聞紙、乾燥した木材を使い火を起こす。ナールズにいた時と比べると少しだけ暖かい。
逆に言えばナールズが極寒の地であり、扶桑人にとっては慣れない環境だ。
携帯糧食とは言ってもただの缶詰で、中身は茶碗一杯分くらいのとり飯とウインナーの缶詰。
不味くは無いけど、特別おいしいかと言えばそうでもない。それでも今の私にとっては涙が出るくらい特別なものだった。
食事を摂り終えてからは近くの家の倉庫にこっそり入り、そこで寝袋を使い寝る予定。
そうでもしないと風をしのげないからだとライアーは言う。
「風なら心配ないよ」
「・・・ああ、そうだったな。お前は」
私は元より半神で、風を操る事ができる。神格化した今は無制限に。
辺り一帯の風をぴたりと止ませた。それでも野営は少し不安の為、やはり倉庫へと入った。
「これで共犯だね」
「ははっ、明日の朝にはさっさと逃げないとな」
「うん」
避難指示は既に解除されている。だから、明日の夜明け前にはここを抜けて帰路につく。
私たちには帰る家があるから。
「由比、おやすみ」
「うん。おやすみなさい」
今日は少しだけ特別な夜だ。
そう考えながら、私はゆっくりと目を閉じた。




