第9話「意地で歌う」
「ライアー」
「どうした?」
暖かい部屋の中で、私はライアーの横に座り話しかけた。
今の心境はライアーに甘えたい。それでいっぱいだった。
「少し疲れた。だから、ライアーに甘えたい」
とは言っても、ライアーに寄りかかるだけ。ライアーの温もりを感じながら、目の前に広がる町の景色を眺める。
最近は人ならざる者の発生も本当に少なくなった。ただ、それが嵐の前の静けさのように感じている。
不気味なくらい、関連した戦闘や事件が減った。メリットがあるとすれば、こんな風にライアーとの時間が作れるという事。
ライアーは寄りかかった私の頭を撫でてくれた。心地よいその感触に、私は思わず笑顔になりさらにライアーにおねだりをする。
「猫みたいだな」
「ふふっ」
ぐりぐりと頭を押し付けてみる。すると今度は私の体を抱き、そのまま続けて頭を撫でてくれる。
こうして甘えないと、不安や恐怖心に支配されそうだから。
スタジオの事務所では相も変わらず友香が泊まり込んで作業をしていて、その真反対の席に幸喜と美羽。
以前私を襲おうとしてなだめられた人は辞めてしまった。この世界の実情に耐えられず、両親のもとへ帰ったそうだ。
それもそのはずで、世界の終焉などと騒がれていれば、誰しもが不安に駆られてしまう。
最近作られたトレーニングルームには美咲さんがいて、ランニングマシンを用いて体力トレーニングをしている。
「お疲れ様。頑張ってるね」
「この間の差を痛感しちゃって・・・どうしてあんなに体力があるんですか?」
「それは・・・」
私は自分の過去を美咲さんに話す事にした。高校へ進学せず、戦闘機乗りとして。エースパイロットとして空を駆けていた事。
でも美咲さんは私を受け入れてくれた。私を人殺しだとか、軽蔑をせずに。
「由比さんに追いつけるように頑張らなきゃって思っても、やっぱり基礎体力が違うなって」
美咲さんも高校時代はバスケ部にいて、体力はある方。でも、忍耐力はやっぱりパイロットは一つ上だという。
「だって、体重の何倍もの重力下で動かなきゃいけないんですよね。首を後ろ向けたり」
「あはは、確かにそうだよ」
それから私もトレーニングを始め、夜も更けていく。シャワールームで身長を比べてみる。
私は159センチだけど、美咲さんは165センチと私よりも一回り背が高い。
お互いの体を触っているうちにどんどん時間が過ぎていて、明日の配信に響きかねない頃合いになった。
「ささっとシャワー浴びて、明日のコラボ配信に備えよっか」
「そうですね!」
美咲さんと別れた後、私は24時間営業のカラオケ店へとやってきた。
のど飴で時々喉を癒しながら、ただひたすらに歌の練習を重ねに重ねていく。
私の限界?
そんなもの、案件が無くたって。
合同ライブに参加する事が出来なくても。私は歌うのが好きだ。この歌を色々な人に届けて。
友香に無許可で、朝方までのカラオケ練習を配信した。自棄になっていた。
限界と言われたのが悔しかったんだろうか。
少しの仮眠の後、私のスマホに届いていた一つの長文メッセージ。友香からのものだ。
由比。
今日からしばらくの間、あらゆる配信を禁止します。
自分の名前でエゴサをしてみてください。それを見て、状況の把握をしてください。
私からは以上です。
「えっ」
急いでエゴサをしてみれば、私がしたカラオケ練習配信は著作権に引っ掛かり削除されていた。
しかもスパチャをオンにしたまま配信をしていたせいで、それによって炎上してしまっている。
すぐに事務所へと戻ると、一番に友香に呼び出された。
「由比、あれほど事前に許可を取るように言ったよね」
「ごめんなさい・・・」
「今の状態で美咲ちゃんとコラボ配信ができると思う?もう少し考えて行動して!」
雲田わたあめと桜宮空奈のコラボ配信は急遽中止。それによって私はさらに一部の人たちからバッシングされる事に。
仕方なく家に戻ると、私はそのままベッドへと潜った。
「・・・っ」
声を上げないように、あふれてくる涙をハンカチで拭う。
しばらく泣いた後、シャワーを浴びて泣き腫らした目元を丁寧に洗う。
「あ」
スマホには友香からの着信。掛け直すとすぐに友香が応じた。
『ごめん、由比。さっきはちょっと怒りすぎちゃった・・・』
「・・・」
『今から謝罪文をRainで送るから、15分の謝罪配信をお願い』
先ほどとは違い、友香はとても申し訳なさそうに私にそう伝えてきた。
でも自棄になっていた私が悪いから、謝り直す。
「私の方こそごめん・・・」
そう言って通話を終える。すぐに枠を取って、友香から送られてきた文章を自分の言葉に変えて謝罪をする。
15分という配信時間はあっという間に終わり、再び部屋には静寂が訪れた。




