第5.5話「託して去りゆく」
残された選択肢は二つ。
私が消えて彼女が生きるか、彼女が死んで私が存在し続けるか。
私の存在は結局、誰かの為に消えなきゃいけない。
それが世界の理なんだろうか。
ナールズの諜報機関から抜け出して扶桑へと到着した時には、何もかもが遅かった。
警察官のいる中で、彼女は一人地面へと伏せたまま。その周囲には血溜まりと、落ちているスマホ。
「ごめん、由比ちゃん。遅れちゃった」
「身内の方?」
「ええ」
何時間かの手続きや確認を終えて、由比ちゃんはAISASを所有している指定の警察署へと搬送された。
近くの防犯カメラなどを見させてもらうと、由比ちゃんが攻撃する間も無く胸の辺りに細長い物を突き刺している。
「今教えられるのはこの情報くらいだ」
「そっか。ありがとね、おまわりさん」
それから、由比ちゃんの赤く染まった服を女性の警察官数名で脱がしていく。そのまま血で汚れた体を丁寧に拭いて綺麗にする。
私の手は震えていて、うまく拭き取る事が出来ない。
「こら、走るな!」
やがて慌ただしく部屋へやってくる数名の男女。ライアーくんと幸喜くん、友香ちゃんと朝奈ちゃんに静音ちゃん。
そして由比ちゃんの両親も来て、母である由美ちゃんはわんわんと泣き始めてしまう。見ているのがとても辛くなる。
「由比・・・」
その場に崩れ落ちる朝奈ちゃんと、口元を抑えて大粒の涙を流す友香ちゃんを見た瞬間、私は悟った。
駆け付けたみんなは由比ちゃんを守っていくと決めたメンバー。なのに、目の前にいるのは最悪な結末を迎えた由比ちゃんの姿がある。
「ごめん・・・私の到着が遅れたから」
「由里さんのせいじゃない」
ライアーくんがそう言って、由比ちゃんの体にそっと触れる。
「朝奈ちゃん、少しこっち来て」
私には朝奈ちゃんの精神状態が大きく乱れているのが把握できていた。誰にも見えない小部屋へ呼び出すと、ゆっくりと能力を使って精神を安定させる。
「どうして私が命がけで変えた由比の運命が・・・私があの時代へ行った意味が無いじゃない・・・」
「そうだね・・・そうだよね・・・」
そっと頭を撫でながら、私は朝奈ちゃんを慰める。しばらくして落ち着いた朝奈ちゃんから離れて、次にライアーくんの元へ。
同じように小部屋で話を始めていく。
ライアーくんは一見落ち着いているようだけど、自分を大きく責めていた。
誰よりも由比ちゃんを守ろうとする意思が強くて、なのに傍に居ずに守るという約束を果たさなかった事。
みんなが悲しんでいて、同時にどうにかしたいという風に考えている。
「ごめんね。ちょっと考えたいことがあるから」
私はそう告げて、警察署を出て空を見上げた。
「私だって、もっと生きたかった」
義弘の守りたかったこの世界を守って、どんな風になっていくかを見たかった。
でも、どうやらここまでみたい。神となってこの世界に顕現しても、結局私は大切な人の為に消えなきゃいけない。
少しの間だけ、ずっと流すことの無かった涙を流してもいいのかな。
この切ない思いを少しでも軽くしたい。
世界を探しても人間に味方して、人間みたいに泣く神様なんていないと思う。
しばらく泣いた後、私は再び由比ちゃんの元へ戻ってきた。覚悟は決まったから。
みんなの由比ちゃんを取り戻さなきゃいけないから。私はその為の存在だから。
「みんな。由比ちゃんの気持ちを踏みにじっちゃうようで悪いから、由比ちゃんが起きたらごめんと言ってたって伝えてあげて」
気枯れてしまった人を生き返らせるのは出来ない。だけど、気枯れてしまった人を神へと昇華させる事は可能。
私のこの存在を以て、由比ちゃんの魂を再び戻して、そして昇華させる。それは神である私にしか出来ない事。
「現世を去りゆく御霊を呼び戻し、昇華したまへ。時同じく我の存在を昇華し、再びと幽世へ」
そう唱えながら、私は両手を合わせてただ一つの祈りを捧げる。由比ちゃんを復活させるというただ一つの願い。
みんなの希望である由比ちゃんの道をここで終わらせるわけにはいかないから。
「たった3か月くらいだけど、みんなと過ごせた時間。この世界が続く限り忘れないから」
徐々に私の体が光となっていく中で、最後に伝えられた言葉はそれだった。
それだけ伝えられればあとはもう、大丈夫かな。
ありがとう。私を否定しなかった人たち。
いつかまた会えたら、もっとお話ししたいな。
私に在った力は由比ちゃんに託して、世界の行く末を見届けよう。
大好きだよ。みんな。




