第7話 休暇
あの後、私は医師の診察で全治2週間との結果が出た。
それまでは出撃許可は与えられず、地上で療養に勤しむことになる。
数日が経過し、私はようやくきちんと歩けるようにはなった。
「由比!撃墜されたイーグルのフライトレコード見させてもらったけど!」
「うっ・・・」
そして現在、私は友香からの説教を受けていた。
ライアーを助けるとは言え、過剰すぎる重力が掛かっていたため。
「15Gって何!いくらフィル中尉を助けるためだからって、あんな事したらイーグルも由比も持たないんだよ!?」
ぐうの音も出ない・・・。
「由比は由比。たった一人だけなんだから、自分を大切にね」
友香の説教はすぐに終わり、二人で朝食を取る事にした。
と言っても、少し味の悪い病院食ではあるが。
朝食中、少し遅く起きてきたライアーがベッドの横にある椅子に座った。
「おはよう、ライアー」
「おはよう。調子はどうだ?」
「まあまあ。まだ全身痛むから、運動もできないな」
「いやむしろ大人しく寝てろ」
「フィル中尉も、よく片翼だけで帰還しましたよね・・・」
「あれか?なんかいける気がした」
ライアーの発言で、私は少し吹き出した。
でも、片翼だけで帰還できるライアーの実力は間違いない。
「それはそうと、由比は勲章授与式どうするの?」
「ああ・・・」
すっかり抜けていたけど、近日中に50機撃墜の勲章授与式を控えていた。
私はしばし考える。
「今週中でも大丈夫・・・かな」
「予定は今週中だな。司令に伝えてきてやろうか」
「ああ。お願い」
「了解」
ライアーが退室した後、私は友香と共に格納庫へとやってきた。
以前の基地よりも規模の大きな格納庫。そこで、友香が資料を机に並べていく。
パッと見た感じ、搭乗機体の選定資料のようだ。
「私からは、予備部品とかの関係で同型機に乗ってほしいんだけどね。それの方が整備もしやすいし」
「異論は無し。前と同様にペダルの調整とかよろしく」
「はいはい」
友香は資料の大半を破いてゴミ箱へ捨てると、机に残った一枚だけ手にとって封筒へ入れた。
「さて。由比は今からお勉強だよ」
「えっ。勉強?」
「由比は容姿は悪くなくて、人への当たりもいいと言えばいい。だけど足りないモノがあるの」
私に足りないモノって何だ・・・。
考えに考えを重ねるが、思いつくものはなかった。
友香の言う”私に足りないモノ”とは一体何だ・・・。
「答えは・・・そう、女子力!」
「じょ・・・しりょく?」
「うん。せっかく2週間の休暇を与えられたわけだし、街へ出てショッピングとかしようよ」
「友香、もしかして単純に買い物がしたいだけじゃ・・・?」
私の言葉で友香は硬直した。だけど、仕方が無いとは思う。
配属されて2ヶ月が経つ。のびのびと休暇を満喫できる日は無かった。
それは恐らく友香も一緒だろうし・・・そうだ、ライアーも誘うとしよう。
「友香、ライアーも誘っていい?」
「あ、いいよ。んじゃあこの後すぐにでも買い物へいく?」
「わかった。すぐ支度する」
支度、と言っても私服はジャージくらいしか持っていない。
だからすぐに支度が終わり、ライアーと友香が来るのを待った。
余談だけど、私のこの1ヶ月の給料は57万だった。
最初は28万だったけど、2ヶ月目に入ったら2倍に増えていた。
物品を買うには十分すぎる金額だ。
10分ほど待っていると、ようやく二人が来た。
友香は自分の部屋に置いてあるファッション誌に載っていた服を、ライアーはいたって普通だった。
「お待たせー。司令に相談したら車貸してくれたよ」
「誰が運転するんだ?」
「由比でいいんじゃない?」
「免許持ってないけど」
結局、ライアーが運転する事になった。友香に任せるよりはいい気がした。
後部座席で揺られているうちに、私は少しずつ眠気に身を任せていく・・・。
気が付くと、私はイーグルに乗っていた。眼下には赤く燃える町並み。
ふとレーダーに目をやると、1機の敵性反応。
『相棒、俺はお前を止めなければいけない』
・・・止める?何を?
捉えている機体は誰が・・・?
聞き覚えのある声・・・まさか、ライアー?
な、なんで敵性反応を?
『戦争の残酷さから逃げるつもりか?所詮俺たちはいいように使われるしか無いんだよ』
違う!私は逃げてなんかいない!
『撃て、臆病者!撃てよ!』
嫌だ・・・なぜライアーを撃たなきゃいけないんだ!
意思に反して、正面から向かってくるライアーを・・・。
私は、相棒を・・・ライアーを撃った。
火に包まれていく機体を、私は見つめるしかなかった。
助けたかった。でも、手を伸ばしても助けられない。
なんで私は大切な人を撃ったんだろう。そんな事をすれば、後悔するしかなくなるというのに。
「ライアー・・・ごめん・・・私は・・・」
私は、車が完全に止まる感覚で目を覚ました。
友香とライアーはシートベルトを外し、降りる直前。
「由比、起きた?」
「起きた・・・ふあぁ・・・」
大きく欠伸をし、私もシートベルトを外す。
ドアを開けて降りると、心地よい風が髪を揺らす。
「口元拭いとけ」
口元・・・?
眠い目を擦りながら口元に手を当てると、水気があった。
もしかして・・・。
「よだれ垂れてる・・・?」
「うん。はい、ティッシュ」
友香からティッシュを受け取り、口元を拭く。
何か夢を見ていた気がするけど・・・はっきりと覚えていない。
3人で服屋の前に来ると、私と友香で行動する事に。
ライアーは別の用事があるようで、他の店へ向かっていった。
「さて、由比」
「は、はいなんでしょう・・・」
なんだか友香がいつも以上に真剣だ・・・。
もしかして服屋に来てテンションが上がってるのか・・・?
「由比って基地の中でいつもジャージでしょ?だから私がお金出すから、服を選んであげる」
「い、いいってば・・・私はそういうのはあまり似合わないんだ・・・」
「あとその口調。もう少し女の子らしくしないとだめだよ」
「でもそれじゃ・・・」
「これから毎日私の部屋で特訓だねー」
私は観念する事にした・・・。多分抵抗しても無駄な気がしたんだ・・・。
それから数分かけて服を選び、試着していく。
10着ほど衣服を選んだあとは下着を二人で選ぶ。
「由比3サイズいくつなの?」
「測ったことはないけど、細い方だと思う」
「ついでに計ってもらおっか。すみません、この子の3サイズを測ってもらいたいんですけど」
友香は近くにいた店員に話しかけ、私はその店員に案内されてバックヤードへ。
2分後。サイズを測り終えた私は友香のところへ戻る。
店員に私のサイズに合う商品を尋ねると、丁寧に案内してくれた。
「それならこちらにいい商品がありますよ」
「ほら由比、こっち」
店員のお勧めの下着を5セットほど選んで会計を済ませる。
結構な量を買い込んだため、一回車へ荷物を置いていく事にした。
その後は3人で近くの喫茶店へと向かう。
外の景色が見える位置に座ると、メニュー表をじっくり眺める。
どれも美味しそうで、悩んでしまう・・・。けど、比較的早く決まった。
「私はベリータルトチーズケーキとコーヒーのセットで。コーヒーはミルクと砂糖多めで」
「じゃあ私はショコラケーキとコーヒーのセット。ブラックでお願いします」
「俺はそうだな・・・カルボナーラで」
3人とも注文を終えると、束の間の平和な町並みを眺める。
私達は、この町並みを”守っている”のかな。
「守ってんだろ。だからこうして寛げるんだ」
「・・・もしかして、聞こえてた?」
「口に出てたよー」
私は咄嗟に口を押さえた。でも出てしまったあとなので意味は無い。
「・・・ふふっ」
私は笑みをこぼした。
「あ、由比が笑った。珍しい」
「そうだな。最近表情豊かになってきてるな」
「そう?あ、でも最近みんなといると楽しいかなとは思うな」
「2ヶ月前なんてほかの人が笑っても見向きもしなかったのにね」
2ヶ月前と言えば、配備された直後だ。
確かに、私はその時は空へ上がって敵を撃墜すればいいとしか思っていなかった。
「でも、今は違う。基地があって、みんながいて・・・・友香とライアーがいて。そして、みんなを守るために空へ上がっている」
「いい答えだな」
「そうですねー」
その時だった。数人の覆面マスクを被った男が入ってくるなり、ナイフを突きつけて店員を脅し始めた。
でもこのタイミングですぐに動けば、気勢の削がれていない彼らより優位には立てない。
私は少し様子を見る事にした。それはライアーも同じ考えなようで、動かず男たちの動きを観察していた。
「由比、どうするの?」
友香は友香で慌てる事なく、どこに隠し持っていたのかモンキレンチを机のしたに置いていた。
「少し様子見。ナイフの持ち方と足の運び、あれ素人だろうし」
「俺も同意見だ。ただ脅せばいいと思ってる」
2年間の訓練期間で、万が一の際の格闘術はしっかり習得してある。
ライアーはライアーで強いだろうし。友香もモンキレンチで屈強なうちのパイロットを撃墜させてる。
「相棒、知ってるか?7年前まで、俺は地上で生き残る為に足掻いていた」
「・・・もしかして、歩兵だったのか」
「惜しいな、軍属じゃねえ。金で雇われた傭兵さ。今もな」
意外な事が聞けた。つまり、ライアーはどこかの民間軍事会社に属している事になる。
どおりで戦い慣れているわけだ。普通の兵士なら2年前の戦争勃発が実戦を経験する理由だけど、ライアーは戦いに身を投じている期間が長いんだ。
「それはさておき。どのタイミングで制圧するんだ?」
「そこは任せて」
多分、私は端から見ればただの女の子でしかないわけだし。
少し怯えているフリをしよう。でもどうやって・・・。
「あ・・・」
私はこの間の敵だと思っていた味方の兵士に囲まれた時のあの恐怖感を思い出す。
あれはやっぱり今でも怖い。もし本当に敵だったとしたら、私は今頃ここにいない。
それを思うと、震え始めた。
次に表情は・・・・ちょっと怯えた感じでいいかな。
とにかく民間人に装ってジッと攻撃のチャンスを待つ。
ちらりと男たちを見ると、店員を乱暴に突き飛ばしていた。
許せない・・・。
「うん。ライアー、やっぱりすぐやろう。じゃないと・・・」
じゃないと、みんなが怖い想いをする。こんな平和な街なのに。
怖い想いをするのは私達兵士だけで十分だ。
私は立ち上がると、一直線にナイフを持った男へと歩いていく。
素人の振りかざすナイフなんて、エースパイロットがこちらに向ける機関砲より安全だ。
なんせ本当の殺気が無いから。
「相棒、援護するぜ」
こういう時、共に行動してくれる相棒はすごく頼もしい。
幸い人質を取った様子は無く、遠慮せずに行動できそうだ。
「強盗さんこんにちわー。ちょっと我慢して・・・ねっ!」
ナイフの持ち方が甘いのを狙って、グリップの部分を蹴飛ばす。
我ながらちょうどいい加減だ。フワッと浮いたナイフをキャッチしてグリップの部分で頭部を思い切り殴る。
「ライアー!」
「任せろ」
怯んだところでライアーが腕を掴んで相手の骨を折る。
嫌な音がしたが、私は目を逸らす。
しかしここで私の予想していなかった事態が起きた。
倒した人物とは別の強盗が銃を取り出し私に突きつけ脅す。
「わっ」
撃たないんだろうけど、下手な動きが取れない。
私は両手を上げてナイフを床に置いた。
「遅い!そんな動きじゃ戦場で撃たれるぞ!」
でも、ライアーがしっかりカバーしてくれた。
隠し持っていた拳銃を即座に抜き、躊躇う事無く相手の足を撃った。さすが元地上兵。
「武器を捨てて手を上げろ!少しでも変な動きを見せたら撃つ!」
「友香、ロープ持ってる?」
「二人ともいい連携だったねー。空でもそんな感じ?」
そんな雑談をしつつ、相手の腕をロープで縛る。二重にも三重にも。
絶対に解けないように結んだ。これたぶん切らないと取れないんじゃないか。
私とライアーはお互いの名前を呼び合うと、ハイタッチをする。
「痛いっ!!!」
ハイタッチをした手が右手だったせいで、激痛が走る。
そうだった、まだ傷塞がりきってないんだっけ・・・。
「っと、わりい・・・」
「ううん、忘れてた私が悪い・・・」
その後、警察と救急隊が駆けつける前に私達は逃げるように基地へと帰った。
7話投降しましたが、少し物足りない感・・・。
次回8話は期間が空くかもしれません。




